第3521話 はるかな過去編 ――救援――
後に『強欲の罪』となる触手の軍勢との戦いも終わり、暫く。未来から来たカイトの指し示した指針を受けて、レジディア王国より更に東。海を隔てた鬼と龍が治める鬼桜国へと足を踏み入れたソラと瞬。二人はそこで鬼の王にして稀代の女傑でもある希桜から<<廻天>>と呼ばれる他の属性を利用して別の属性を生じさせる技法を学んでいた。
そうして数ヶ月の修練の末にそろそろ修行の日々も終わりを迎えるかというタイミングで訪れたのは、最近になりようやく復帰したというカイトであった。
そんな彼であったが、やはり大きな戦いの後ということもあり精神の奥底から戦いが抜けきらないことを受け、湯治に来たとのことであった。というわけで暇だろうという希桜の気遣いにより、ソラと瞬の二人はカイトと共に温泉街へと送られていた。そうして温泉街に到着して一日。三日間の休養の中日だ。この日の始まりはいつもの如く、身体の調子を落とさない程度の朝稽古だった。
「……うん? なんだか……かなりゆっくりだな。そういう鍛錬方法なのか?」
「そうじゃないんだが……」
瞬の問いかけに、カイトはどう説明したものかと困ったような顔で考え込む。そんな彼は身体に支障を来すことのない程度。なぞる程度の型稽古を行っていた。いたのだがその動作は非常にゆったりとしたもので、何度か見ていた型稽古とは似ても似つかない動きだった。というわけでそんな彼は少し考えた後、口を開いた。
「やって見せた方が手っ取り早いか……二人共、少し下がっていてくれ」
「? 俺も?」
「ああ」
「あ、あぁ……」
気にはなっていたので瞬とカイトの会話を小耳に挟んでいたソラが瞬と共にカイトの指示に従ってその場を離れる。そうしてカイトが良いという位置まで離れると、しかしその瞬間だ。三人が貸し与えられていた訓練場へと、兵士が駆け込んできた。
「マクダウェル卿! 一条さんに天城さんも! こちらでしたか!」
「「「ん?」」」
どうやら目的は間違いなく自分達だったらしい。三人は汗だくになりながらも駆け込んできた兵士に首を傾げる。とはいえ、兵士が駆け込んできたのだ。のっぴきならない事態だということは誰でも理解出来る。
というわけで、カイトはなにかを見せようとしていた動作を中断。駆け込んできた兵士へと宿屋に用意して貰っていた水を差し出す。
「ほら、とりあえず飲め。肩で息するような様子じゃ話も何もないだろう」
「あ、ありがとうございます」
「……落ち着いたか?」
「は、はい……ふぅ」
兎にも角にも正確に報告を貰わなければ次の手が打てないし、下手を打つ可能性だってあるのだ。兵士が落ち着いたのを見ての問いかけに、兵士は一つ頷く。そうして説明された事態に、カイトが感心半分驚愕半分という塩梅であった。
「……流桜が苦戦? またそりゃ珍しい」
「はい……それでこちらに増援を求めに来た所、貴殿らが滞在されていると伺ったものですから……」
「ふん……」
兵士の言葉にカイトは少しだけ考え込む。言うまでもなくカイトはシンフォニア王国の騎士団長。勝手に戦って良い立場ではない。が、そんな考えもすぐに答えが出たようだ。
「わかった。元々希桜様のご厚意で滞在させて頂いている身だ。力を貸そう……ただ」
「存じ上げております。希桜様には内密に」
「話が早くて助かるよ。鎧も着ていかないから、オレは居なかったことにしておいてくれ」
どうやらこういうことは何度もあったらしい。兵士の応諾にカイトが喜色を浮かべる。無論どうせバレるだろうとは思っている。単なる決まり文句のようなものでしかなかった。そうして鎧も着ずに立ち上がった彼であるが、ソラと瞬の二人に問いかける。
「二人はどうする? 別にここでのんびりしていても問題はないだろうが」
「まぁ……」
「……だな。俺達も行こう。世話になっている身は俺達も変わらんし、それこそ期間であれば俺達の方が長いからな」
「ありがとうございます。ではすぐに兵舎へ戻り、手配を整えてまいります」
エドナが居るカイトは別に良いだろうが、ソラも瞬もここまでの足は軍が用意した地竜を借りていた。というわけでこちらに到着してからは返却しており、次に使うのはあくまでも明後日の朝だ。使うのならまた手配して貰う必要があった。というわけで三人は急いで用意を整えて、流桜の救援へ乗り出すのだった。
さて駆け込んできた兵士の要請を受けて乗り出した流桜の救援。兵舎にて地図を受け取った三人は増援の兵団と共に戻るという伝令の兵士を残して三人で一足先に出発していた。
そうしてカイトはいつも通りエドナで。ソラと瞬は飛竜で道中を駆け抜けていたわけであるが、その道中。瞬がカイトへと問いかける。
「カイト。一つ聞きたいんだが、良いか?」
『なんだ? ああ、もしかしなくても今回の相手のことか?』
「ああ……温泉に行くまでの道中でも話していたが、流桜様が苦戦するほどの相手が滅多なことで居ないことはわかる。その、なんなんだ? 邪眼兵? とやらは」
邪眼兵。それが今回流桜が苦戦させられているという相手の名だった。だったのだが、瞬もソラも数ヶ月の滞在で一度もそういう相手の名を耳にしたことがなかったのだ。というわけで少しだけ考えた後、カイトは一つ問いかける。
『数日前に邪鬼という鬼神の末裔の話を希桜様がしていたことを覚えているか?』
「ああ。昔いた鬼の悪い王様……なんだったか?」
『そうだ……それでその邪鬼が信奉していたのが、古い時代に居たとされる破壊神だ』
「確かレックスさんの乗っている馬の前の持ち主の、か?」
『そうだ……といってもこれは隠されているがな。変に不安を与えたりする要因になっても面倒だからとかなんとか』
確かに暴れ回った悪い鬼の王様だというのだ。この国で大いに暴れ回った伝説の破壊神を信奉していたり、何かと肖っているとしても不思議はないだろう。瞬はカイトの返答に納得する。というわけで、彼の納得を見たカイトが話を進めた。
『まぁ、それは良いか。邪鬼と同じ様に破壊神を信奉していたり、邪鬼を信奉していたりする奴らの中で、武力で鬼桜国を攻め落とそうとしている奴らのことを邪眼兵と呼ぶそうだ』
「なぜ邪眼兵なんだ? 邪鬼なら邪鬼兵。もしくは破壊神……いっそ邪神兵等でも良いんじゃないか?」
『まぁ、そう思うのは無理もないよな』
瞬の問いかけに、カイトは僅かに肩を震わせる。そうして彼がその理由を教えてくれた。
『破壊神のマークが目みたいなマークでな。だから信奉者達の多くが胸当てやローブの胸の部分に目の紋様を入れているんだ。だから邪眼兵って呼んでいるそうだ』
「なるほど……だがそんなに強いのか?」
『いや、流石にピンキリだ。破壊神を信奉していようと、破壊神の神使というわけでもない。あくまでも信者止まりだ……だがまぁ、逸れ者ってのは時折とんでもない化け物が出てくることがある。それにぶち当たっちまったんだろうよ』
カイトは苦い顔で瞬の疑問に答える。と、今度はそんな彼にソラから質問が飛んだ。
『そう言えばそもそもその邪鬼? そんな鬼ってもうかなり昔に倒されているんだろ? それなのにまだ根絶やしに出来ないのか』
『どうしても鬼桜国には天然の要塞となっている場所が多い。全部を全部虱潰しに探すのは無理なぐらいにはな』
それで根絶やしにするのが難しいというわけ。カイトはソラの問いかけに答えながら、今回向かう場所への地図を見てため息を吐く。
『おそらく今回、流桜はそういった拠点の一つを攻めているんだろうよ。が、上手く行っていないというところか』
なるほど。謂わば攻城戦というわけか。ソラも瞬も上手く行かず助けを求めてきたという流桜の考えに賛同を示す。そうして三人は引き続き敵や地形等についての状況を確認しながら、苦戦する流桜の下へと急ぐのだった。
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