第3516話 幕間 神を探して
後に『強欲の罪』となる触手の軍勢との戦いも終わり、暫く。『強欲の罪』との戦いにより期せずして発生した一時の平穏の中で、ソラと瞬はカイトの助言を受けてレジディア王国より更に東。海を隔てた島国・鬼桜国へと足を踏み入れていた。
そんな二人の一方。シンフォニア王国に残ったセレスティアはというと、これまたカイトに請われて旧時代の文明の生き残りとなる光神を探し求めることになっていた。というわけでセレスティアは数日掛けて学生時代の記憶を呼び起こしていた。いたのだが、その話を聞いてレックスは思わず半笑いだった。
「……お、おぉ……おぉ? え? マジで? カイトが?」
「マジ……は、マジです。無論誰もが本気にはしていませんでしたが……」
「ぶぅわっはははははは!」
大爆笑。そんな言葉が似合うほどに、レックスは腹を抱えて笑い転げる。後に彼曰く、二十余年の人生の中でもトップクラスに爆笑したとのことであった。そしてそれは同じくその話を聞いていたグレイスも一緒に肩を震わせていた。
「ほ、本当なのか?」
「ええ……先に申し上げました通り、誰も本気にはしていませんでしたが」
「それでも正直に言えば驚愕も良い所だ。あの団長だぞ? いや、まぁ、確かに顔の良し悪しで言えば良い方なのでありえなくはないが……」
「あ、あははは……」
その団長は現在の姿を見ればありえないどころか普通に思えるかと思うのです。噂にしたって少しありえない噂過ぎないか、という様子のグレイスに対して、未来の世界の彼を知るセレスティアはそう思う。というわけで、これまた同じく話を聞いていたクロードはしかめっ面だった。
「にしたって兄さんと光神が出来ている、というのはその……いくらなんでも突拍子もないと言いますか。いえ、それ以前に確か兄さんと知られていないのでしたか?」
「ええ……カイト様だと知っていたのは我らレジディアの王族に属する者ぐらいかと。レックス様からサポートのお申し付けがありましたので……」
そのレジディアの王族でも更にごく一部にしか伝えられていなかったし、現代でも『廃城の賢者』がカイトであることを知るのはごく一部だ。というわけで改めてカイトの当時の状況を理解して、一同納得する。
「そうか。そういえばそうだったか……まぁ、なぜ団長が立場を隠してという疑問はあるが……それこそそれを言い出すとなぜ団長が居ながら内乱を防げなかったか等様々な疑問が出るか。いや、政治に疎い団長か。そこらは仕方がないのかもしれんが……」
「どっちにしろ私達が考えられることでもないでしょう。それより問題は、その光神をどうやって探すかよ」
「それと、誰が探すかですね」
グレイスの言葉にこの話題を殆どどうでも良さげに片付けたライムと、楽しげにはしていながらも肝は掴んでいたルクスが肝心な部分を抜き出して問題提起する。というわけで改めての提起に、レックスが目端に浮かぶ涙を拭って同意する。
「だなぁ……あー。笑った……よりにもよって神様と恋愛関係を噂されるとか。あいつマジかよ……あー……でもそうってことはかなり良い人なんだろ?」
「ええ。副学長先生……私も何度か教えを授けて頂きました」
「「「……ん?」」」
懐かしい話です。そんな様子でかつてを思い出したらしいセレスティアの言葉に、一同が揃って首を傾げる。というわけで、レックスが思ったことを口にした。
「……それ、会って良いのか?」
「……あ」
本当にそれは良いのだろうか。セレスティアはレックスの言葉に今更な疑問を得る。
「え、えっと……あの……ど、どうなのでしょう。あ、いえ……ですが思い返せば『黒き森』の大神官様も私をご存知でしたが、何も問題ありませんでしたので……おそらく問題ないのでは……」
よくよく考えればここで自分が会うということは即ち、未来の世界では自分のことを知った状態で会うということに相違ないのだ。それは大丈夫なのだろうか、と思ったセレスティアであるがスイレリアがそもそもそうだと思い出して、この出会いも必要な出会いなのではないかと考えることにしたようだ。と、そんな彼女の推測にレックスもなるほどと納得する。
「あ、そうか……そういえばそれもあったな。ということは問題はない、ってことか……そうか。それに考えりゃ聖獣様や先代の大神官グウィネス様もいるもんな。結構この時代の出会いのことやらを覚えてらっしゃる方は多い……のかもしれないなぁ……」
「あ……そうですね。それを考えれば希桜様と会っても良かったのかもしれませんね……いえ、そうすると今度はこちらで光神を探すことが出来なくなってしまうので問題ですが」
「そうだなぁ……」
結果的にそうするしかなかったと言えばそうするしかなかったわけであるが、少し警戒し過ぎた所はあったかもしれない。セレスティアの言葉にレックスもまた同意。とはいえ、同時に未来のことをあまり安易に明かす必要もないので、これが最善だったと納得もしていた。と、そんな所に声が響く。
「ああ、それは問題無いと思うよ」
「ん? グウィネス様!?」
唐突に響いた声に一瞬警戒するレックスであるが、それがグウィネスのものであると察すると盛大に驚愕して、そしてすぐに襟を正す。自分の身内とも言える騎士達の前だったので完全にだらけきっていたし、そうでもなければ先程のような腹を抱えて笑い転げるなぞ王族としてはあり得ない姿が見せられるわけがなかった。とまぁ、そういうわけで慌てて襟を正した彼にグウィネスが笑った。
「あははは。良いよ、そんな畏まらなくても。僕からしたら君は仲間の子孫の子孫みたいなものだしね」
「も、申し訳ありません……ですが如何なさいました? というか、ご滞在だったのですか?」
「うん。リンが少しこの国を見たい、って言うからね。もう暫くこの国に残るつもりだったんだ。流石に前線付近は危険だから王都にして貰うことにしたんだけど……それでアルヴァ陛下に挨拶に行ったんだけどそこで光神の話を聞いたのさ。彼女を探している、って」
どうやらグウィネスは古き者の一人として、同じく更に古き者である光神とは知り合いだったらしい。当然だが四騎士達が今の一時の平穏を利用して強化を図っていることはアルヴァにも報告している。なのでもしなにか知っていれば、と思ったアルヴァが助言を貰えないか聞いてみてくれたとのことであった。
「そうだったのですか……それでご助言をと。ありがとうございます。我が友に代わり、御礼申し上げます」
「ああ、お礼なんて良いよ。<<青の騎士団>>なんてマクダウェル家が関わる騎士団なんだろう? リヒトなら多分、協力してやってくれと言うからね」
「ありがとうございます」
「良いってことだよ」
レックスの感謝に応ずるグウィネスだが、一瞬だけ彼の視線はセレスティアに向いていた。どうやら、彼もまたあの戦いにおける記憶の封印を免れた一人というわけなのだろう。ちなみにだが、あの戦いではアシュリン達は流石に戦場から遠ざけたらしい。
あまりに危険過ぎたし、カイトの召喚に気付いた後急行するには二人と馬車が一緒では間に合わないと判断したようだ。風の契約者の力まで使ってようやく、という塩梅だったそうである。
「で、光神か」
「ご存知なのですか?」
「うん。といっても流石に、君の様にこの時代の彼女が何をしているかまでは知らないんだけど……」
あくまでも彼女と知己を得ているというだけだ。セレスティアの言葉にグウィネスは少しだけ困ったような顔で首を振る。
「まぁ、僕と彼女が知り合っているのは単に古い時代から生きていればそういうこともあるという程度だね。特に僕は時々大精霊様のご指示で動くこともあるから、神々とは縁を得ることは少なくなかった」
「ですが古い文明です。どういう繋がりが?」
「これは僕が大神官の職を辞して、旅に出始めた頃の話か。まずは僕が何をしたか……君達は知ってる?」
「……いえ、申し訳ありません。何も……」
グウィネスの問いかけに、レックスは一度四騎士達の顔を見合わせ全員の顔に困惑が浮かぶのを見て頭を下げる。彼自身もまた聖獣から聞かされておらず、知らなかった。とはいえ、これにグウィネスは笑って首を振る。知らなくても無理はなかったからだ。
「知らなくても無理はないよ。なにせ伝説の終わった後の話だしね。リヒトの物語も殆どが失われている今の時代で僕のその後が語られていないのは当然だ。語っても居ないからね……まず僕がしていたのは、事象の混濁が解決された後の各地の状況の確認だ。その中で、同じ様に各地の異変の後を確認していた彼女と出会ったのさ」
「なるほど……すでに文明は滅びたとはいえ、光神も神。神としての職務として、ですか。それに光神様は……」
「うん。中央で信仰は続けられていたからね。彼女自身の力は少し弱まった程度で、決して神としての権能が失われていたわけじゃない。何より彼女は真面目でもあったからね。人知れず、活動していたよ」
レックスの言葉に応じて、グウィネスは当時の光神のことを語る。そしてこの真面目な神という話はセレスティアから聞かされていた人物像と合致していた。というわけで、グウィネスが告げる。
「多分今回の一件が解決したこともあって、裏でまたその予後の調査をしていると思うよ。だよね?」
「おそらく。この時代にて各所で目撃されたという話を覚えております。おそらくそれは副学長が意図的に残されていたのだと今にして思うわけですが……」
おそらく自分がここ時代で光神を探すことを知っているからこそ、意図的に学園にこの時代の自分の活動についてを残していたのだろうな。セレスティアはグウィネスの言葉に応ずる形でそれを察する。というわけで、光神を探す部隊はグウィネスの協力を受ける形で探索をスタートすることになるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




