第3515話 はるかな過去編 ――廻天――
タイトル消えてました……
後に『強欲の罪』となる触手の軍勢との戦いも終わり、暫く。『強欲の罪』との戦いにより期せずして発生した一時の平穏の中で、ソラと瞬はカイトの助言を受けてレジディア王国より更に東。海を隔てた島国へと足を踏み入れていた。
そうしてたどり着いた東国にて出会ったのは、鬼の王にして女傑である希桜であった。というわけで彼女へと魔術の教授を頼んだ二人であるが、二人へ希桜が下したのは娘にして数百年後の未来において猛者揃いの鬼桜国の戦士を束ねる名将となる流桜との御前試合であった。
とはいえそんな御前試合も瞬が想定外に<<雷炎武>>を使用したことに反応した流桜が何かの力を行使しようとしたことにより、希桜が終了を判断。母親らしく流桜を――若干豪快に――抱き上げて、再び謁見の場に戻った板の間に腰掛けていた。
「あの小僧が何を考えてお前さんらを寄越したかわからなかったが、どうやら考えなしというわけでもなかったらしいな。なんだ? あのさっきの雷と炎を纏った技は」
「<<雷炎武>>、と呼んでいます。自分が独自に開発したものです」
一応開発の経緯としてはカイトが関わっているが、そこらに触れると色々と面倒になる。というわけで希桜の問いかけに瞬は自分の独力によるものとしておくことにしたようだ。
まぁ、そもそもの発想はバーンシュタット家の<<炎武>>から着想を得た彼独自のものだし、そこにカイトやクー・フーリンらの助言を受けて改良に改良を重ねているというだけだ。間違いではないといえば間違いではない。
「なるほどな。まぁ、着想にゃマクダウェル家の技術がありそうではあるが……」
それだけではないとはいえ、雷を纏っているのだ。カイトが使者として送った以上、自分が預かり知らぬだけで深い繋がりがないわけがないと希桜は考えていた。というわけで少しの想定外はあったものの諸々納得は出来たと希桜は頷く。
「ひとまずは理解した。確かにお前さんらなら、こっちで相剋・相生……俺達は廻天と呼ぶこともあるがな。そいつを学ぶ意味はありそうだ」
「そうなのですか?」
「おいおい……お前さん、相生に近い技術を使ってるのに何驚いてんだ。それとも気付いてなかったのか?」
少しだけ安堵した様子の瞬の返答に、希桜が僅かに肩を震わせる。というわけで教えてやる、と決めた希桜は今はそういう場ではないから、と簡単な講釈に留める。
「あれは雷気を通して火気を生じさせた感じだろう。まぁ、だから簡単に出来るかと言うとそんなわけはねぇから、体質もあるんだろうがな」
「はぁ……」
「あははは。悪い悪い。ま、言い回しやら関係性は追々学んできゃぁ良い。雷気、火気、土気、水気……そういう類でそっちとは言い方が変わってることも多い」
おそらく自分達が考える所の八属性に該当することなのだろう。瞬は希桜の言葉をそう理解する。実際、希桜もそのつもりで説明していた。
「あー、なんだったかね。そっちの考え方じゃ雷ってのは加算だったか? 風と土を組み合わせることにより生ずるという考え方だ。逆に氷気は水と火を組み合わせることにより生ずるという考え方か」
「複合属性の考え方ですか?」
「それだな。俺達も似たような考え方は持ってるが、少し理屈は異なっててな。火気は土気を生じさせ、火気と水気が相剋することにより氷気が生ずる。ここらの相生ずる関係と相克する気により、何が生じて何が滅し何が残るかが変わってくる」
希桜の言葉に、瞬もソラも未来のカイトが教えてくれた通り確かにこれは陰陽五行の思想に似ているなと納得する。ただ違うとすれば彼の述べた通り八元素に類する形でより細分化され、五行思想ではなく更に多くの関係が生じているという所だろう。
「そこらで言えば、さっきお前のしてた雷を周囲に展開した察知能力。あいつは何をされたかわかっているか?」
「あ、いえ……そう言えば何をしたんですか?」
「流桜。教えてやんな」
「はい」
そう言えば不可思議な現象により雷のセンサーが無効化されてしまったな。先ほどの御前試合での一幕を思い出して問いかける瞬に、希桜は膝に座らせていた流桜に説明を促す。そうして希桜の促しを受けた流桜が、何をしたか教えてくれた。
「雷気が漂いそれを利用してこちらを察知していることがわかったので、身体を構築する土気を利用して雷気を生じさせて反応しない様にしていました」
「は、はぁ……」
「はははは」
そもそも基本的な理論が異なるわけで、瞬からしてみればなぜそんなことが起きるのかと困惑するしかないだろう。というわけで生返事な彼に希桜が笑うわけだが、もともとそれは想定していたしそうなることを見込んでこの話を出させたわけだ。彼女は酒で唇を湿らせると、改めて教えてくれた。
「そう言われたってわかりゃしねぇし、分かるならわざわざ教えを乞いに来ねぇよな。まぁ、相克に関してはいわゆる相性の話だ。これはお前らにも馴染みは深いだろうな。ただ相生ずる関係については、そっちだとかなり無視される部分だ。わかんねぇのは無理もねぇさ」
おそらく豪快な女傑ではあるのだろうが、同時に為政者としての知性も非常に高いのだろう。瞬は希桜の言葉を聞きながらそんな印象を受ける。
後の彼曰く、自分の師の師スカサハを更に豪快にして、魔術と武芸の比率を武芸寄り――カイトに匹敵する武芸者だがあくまでスカサハは魔術師――にした女傑。そんな印象だったようだ。
「ま、そうは言っても流石に今日これから早速お勉強だー、なんて馬鹿なことは言わねぇ。時間も時間だしな。何より俺も今のお前らの様子を見て、色々と教え方を考えにゃなんねぇしな」
「「ありがとうございます」」
「おう……ま、そういうわけだから今日明日ぐらいは休んどけ。教えを始めよう、ってなったらまた声は掛けてやるからよ」
「「はい」」
どうやらなんとか教えてもらえることで決まったらしい。瞬もソラも揃って頭を下げ、教える内容を考えたいので暫く時間が欲しいという希桜の言葉に素直に応ずる。
魔術は座学にも等しい。いきなり難しい理論から始めても意味はない。その者に応じた内容を考えねばならないのは当然で、教えるまでに時間が必要なのは当たり前のことだった。
「おし……じゃあ、これで終わりだな。花月」
「はっ」
「こいつらを客間に案内してやんな。客間はカイト達が使ういつもので良いだろう」
「良いのですか? 少し長逗留になるかと思われますが……」
「まぁ、良いんじゃねぇか? 良いよな」
「え、あ、はぁ……とりあえず寝床さえあれば自分は問題ありません。冒険者ですので。欲を言えば、食事が頂ければ有り難いですが……」
希桜の問いかけに瞬は一瞬どう反応するべきか悩むも、冒険者として普通に野宿等もある身としてはきちんとした寝床があるだけで御の字だ。
それこそ最悪遭難した場合は寝床もない、食料もない可能性さえある。マクダウェル公爵軍のサバイバル訓練に参加させて貰ったこともあり、寝床を用意してもらえるだけで文句はなかった。というわけでそんな彼の返答に、希桜が大笑する。
「あっはははは! そいつはそうだ! 安心しな。飯はきちんと出してやるし、寝床も大丈夫だ。そっちみたくベッドじゃねぇってだけだ。後は畳の匂いが苦手ってやつか。板張りのベッドのある部屋もあるんだが……逆にカイトとかは畳の部屋を気に入っててな」
「あぁ、そういう……」
確かに畳は独特な匂いがあり、獣人系の異族であれば匂いが苦手とする者が居ても不思議はないだろう。とはいえ、瞬やソラからしてみれば畳なぞただ懐かしいだけで断る理由になぞならなかった。というわけで瞬は一つはっきりと頷いた。
「畳の部屋なら自分は逆に嬉しいですね。故郷の自室は畳張りなので」
「そうなのか……ま、そういうことなら逆に良いだろう。ゆっくり休みな」
「ありがとうございます」
希桜の言葉に瞬は深々と頭を下げる。そうして、この日はこの後花月に案内されて客室へと通されて、それから数日はひとまず東国の状況等を視察させて貰いながら時間が経過することになるのだった。
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