第3512話 はるかな過去編 ――謁見――
後に『強欲の罪』となる触手の軍勢との戦いも終わり、暫く。『強欲の罪』との戦いにより期せずして発生した一時の平穏の中で、ソラと瞬はカイトの助言を受けてレジディア王国より更に東。海を隔てた島国へと足を踏み入れていた。
そんな東国にて出会ったのは、鬼の王にして女傑である希桜であった。というわけでソラ達の正体がおそらく察するべきではないと理解した希桜へと、二人は魔術の薫陶を受けさせて貰える様に頼んでいた。
「なるほどねぇ。相克と相生を応用して魔術を、か。小僧の考えたこととは到底思えんなぁ」
「「あ、あははは……」」
これは完全に色々と疑われている。ソラも瞬もそう分かるような様子を見せながらも、決してこちらに踏み込もうとしてこない希桜に苦笑いしかない。一方の希桜はニタニタと明らかに隠していることを必死で隠している様を楽しげに眺めるだけだ。そんな彼女を花月が嗜める。
「希桜様。あまり虐めてはなりませんよ。それに人が隠していることを理解しながら、それを当人の前で楽しげに眺めるなぞ趣味が悪い」
「ははははは。お前よりはマシだろう。お前に気に入られた男は相当手酷く弄ばれているそうじゃねぇか」
「おや、何かご存知で?」
もしかして自分達が見ているのは鬼ではなく狐と狸の化かし合いなのではなかろうか。豪快な様に見えて実質人をからかって遊ぶ希桜に対して、花月が扇子で口元を覆い隠して表情を隠して笑う様子を見てそう思う。
「はははは……ま、お前の趣味にゃ口出しはせんよ。俺が痛い目に遭うからな」
「それは結構。人様の趣味に口出しされるようでしたら、私もそれ相応の返答をせねばなりませんからね」
「おっかねぇなぁ」
だから気に入ってるんだけどよ。希桜は酒を飲みながら、花月の言葉に笑う。というわけで花月の言葉で少しだけ気勢が削がれたこともあり、希桜は真面目に話をすることにしたようだ。彼女は徳利を置くと、声を上げる。
「はぁ……おい、誰か! 流桜呼んでこい!」
「やるんですか? カイト様の所の使者でしょう?」
希桜の言葉に驚いた様子で花月が問いかける。これに希桜ははっきり頷いた。
「騎士ならやらねぇで良いかと思ったがな。そうじゃねぇなら一回やっておかねぇと他に筋が通らねぇだろう……それにこの間の戦に放置しちまったせいで拗ねてやがんの。可愛いったらありゃしねぇだろ?」
「それはお可愛らしいことで。あの戦、到底流桜様で乗り切れるものではありませんでしたのに」
どうやら知らなかっただけで花月もあの戦いに参加していたらしい。流桜の様子を知らされて楽しげに笑う彼女に、希桜もまた声を大にして笑う。
「ははははは! だろ! まぁ、そう言ってもキャンキャン泣かれても面倒くせぇ。ここらで一つご機嫌取りってわけだ」
「大変ですね」
「はぁ……何が楽しゅうてこの俺が育児なんぞせにゃならんのやら」
「長だからでしょう?」
「なんだがよ。でもこういう場合、普通は乳母とか養育係を用意するのが俺の立場なんじゃねぇか?」
「駄目だと判断されたんでしょ?」
「なんだがよ」
花月の再度の指摘に希桜はため息を吐く。ただまぁなんだかんだ楽しんではいるのだろう。なんだかんだ言いながら、顔には今までの人をからかって遊んでいる時の顔とは違う笑顔が浮かんでいた。というわけでソラはそんな彼女に聞けそうだから聞いてみることにする。
「そういうのは雇われていないんですか?」
「あん? まぁ、色々とあってな。雇ってねぇんだわ、これが……ああ、お前ら。さっきの話、絶対に言うんじゃねぇぞ。ウチのお姫様、カイトの所のお姫様ばりに面倒クセェ奴だからな」
「は、はぁ……」
そもそも子供に厄介も何も無いのではなかろうか。ソラはそう思いながらも、希桜の言葉に応諾するしかない。そうして待つこと暫く。入ってきた扉とは別。希桜の待っていた板の間にある天井の一部が唐突に扉へと変化する。それにソラが思わず目を丸くした。
「え?」
「ああ、悪い悪い。幻術解除するの忘れてたわ。花月」
「失礼いたしました。私もすっかり」
希桜の言葉に花月が取り出していた扇子を振るう。すると彼女の扇子が一振りで御札に変わり、もう一振りで何枚もの御札の束に様変わり。更にもう一振りすると、御札が扇状に広がった。それを花月が腕を振るうと共に空中へと投げ放つ。
「……はぁ!」
一瞬の瞑目の後、花月が放った御札を起動させる。すると御札が部屋の各所へと飛んでいき、そこで壁や床、天井まで張り付いた。そうして次の瞬間。今まで壁があった場所が壁ではなくなり、床も拡張されて姿を変えていく。
「希桜様。終わりました」
「おう……悪い悪い。謁見の時は空間の繋がりを無茶苦茶にして謁見の間を作ってるわけだが、それを忘れちまっててな。元通りにした」
「は、はぁ……」
まるでパズルの様に動き回って入れ替わっていく壁や天井を見ながら、瞬もソラも思わず呆気にとられていた。これは後に教えてもらうことであるが、この屋敷の中の闘気を一つの流れにするのにはどうしてもこうしなければならなかったそうだ。そうしなければ働いている文官達まで倒れてしまって仕事にならないから、ということであった。
「はははは……まぁ、ウチのお姫様が入ってきた瞬間にさっきのじゃぁ、完全に泣かれちまうからな」
「一度それで泣かれましたものね」
「あっはははは! あの時はカイトが居てくれて助かったなぁ!」
「あの時は謁見も何もあったものではありませんでしたね」
「マジでな! いやー、悪い事しちまったわ!」
ばんばんばんっ。希桜はその当時を思い出したのか、楽しげに膝を叩く。そうして楽しげに笑った彼女であるが、そうこうしている間にも空間は入れ替わり天井や壁が動いていき、ついに動きを止めた。
「「……え?」」
「ま、この通り実はここは外が見れる内庭に繋がる開放的な通路に面する部屋だったってことさ。内庭そのものは流石にあると闘気が外にまで漏れ出ちまうから空間を圧縮して隠してたんだけどな」
出来上がったのはよく時代劇等で町奉行が沙汰を申し付ける際に使われるような、謂わばお白州のような場所だ。ただお白州のような印象を受けるのは壁の一部を埋めていた襖を全開放しているからで、風流な内庭が一望できた。というわけで様変わりした謁見の間を見て、ソラが問いかける。
「あのさっきの木の扉は?」
「あれはまた別の部屋の扉だ。俺の闘気が収まって仕事に取り掛かったことでいろんな所が動き出したからな。ああいう別の部屋の扉とかが出ちまったのさ」
どうやらこの部屋にはない扉が出てきたことで、希桜も本来解除するべき空間の置換やらを解除していないと理解したようだ。と、そしてそんな言葉とほぼ同じタイミングで、数人の侍女に連れられて一人の童女が現れる。彼女は見えている中央にたどり着くと、そこで座って三つ指付いて頭を下げる。
「お母様。流桜、参りました」
「おう、来たな。入れ」
「はい」
どうやらこの童女が流桜らしい。ソラも瞬も10歳前後という所の童女にそう理解する。そんな彼女は希桜の娘に相応しい美しさを内包する愛らしい少女で、とてもではないがカイトの言う様にこの時点で瞬にも比する戦闘力を有しているとは思えなかった。そうしてそんな彼女は希桜の命に従って手招きする彼女の横へと歩いていき、その横に腰掛けた。
「こいつぁは俺の娘の流桜だ」
「鬼桜国の流桜にございます」
「「あ、どうも」」
やはり流石はお姫様という所だろう。所作の一つ一つが非常に優美で、そして同時に淀みがなかった。というわけで驚きと感嘆を漏らす二人に、希桜が笑って告げる。
「じゃあ、挨拶も終わったな……おい、二人共。魔術が教えてほしいってんだろう。ならそもそも俺が教えるに足る実力があるか、教えて面白そうかどうか、見せてみろ」
「「っ!?」」
希桜の言葉と共に、流桜から幼子には到底思えない領域の闘気が溢れ出る。それは正しく希桜の娘であることを如実に露わにしていた。そうして思わず気圧される闘気をまるでそよ風の様に心地よさげに受けながら、希桜は笑みを深める。
「花月!」
「ご随意に」
希桜の言葉と共に、花月が最初から用意していた札を空中へと投げ放つ。そうしてその札が光を放つと共に、再び空間が変貌するのだった。
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