第3510話 はるかな過去編 ――首都――
後に『強欲の罪』となる触手の軍勢との戦いも終わり、暫く。戦いに参加した人類・魔族の超級の戦士達が魔法もどきに対応しつつ自軍の被害を防ぐべく無茶を繰り返した結果、軒並み行動不能に陥っていることになっていた。
というわけで偶然生じた僅かな平和な時間を利用して、ソラと瞬はカイトの助言に従って魔術の応用を学ぶべくレジディア王国より更に東。海を隔てた東国へと足を踏み入れる。
そうして東国まで案内してくれていたアイクと別れた二人は花月なる女性に案内され、竜車に揺られて更に東。島国の中央にある首都へとたどり着いていた。そうしてたどり着いた二人を待っていたのは、巨大な大木であった。
「……おぉー……すごい巨木ですね。世界樹の一種とかだったりするんですか?」
「いえ、あれは違いますね。霊木の類ではありますが」
「あれで……」
ソラは図鑑の図解に記載されていた世界樹にも匹敵するだろう巨木を見ながら、しかしそれでも世界樹ではないという言葉にびっくりする。と、そんな彼に瞬が半笑いで問いかける。
「ソラ……現実逃避はしない方が良いと思うんだが。あの巨木は珍しくはあるが、別に聞かない領域ではないだろう」
「……何の話っすかね」
「……あはは」
瞬の指摘に何かから目を逸らすソラに、花月が乾いた笑いを零す。というわけで何かから目を逸らしていたソラが、ようやくその原因について声を荒げて指摘する。
「いや、冗談っしょ!? なんなんっすか、あれ!? いや、剣だってのは見たわかるんっすけど、なんなんっすか、あのサイズ! 後ろの山よりデカくないっすか!?」
「かつて居た破壊神の携えた剣、と」
「「……」」
冗談だろう。ソラと瞬は揃って巨木の更に後ろに見える山程の大きさもあろうかという剣らしい存在の残骸を見る。
「……あの、破壊神って確かレックス殿下が乗っている黒い馬に乗ってたって話ですよね? それがなんであのサイズの巨大な剣を持ってたなんていう話になるんですか……?」
「破壊神はかつて山を踏み均し、川を跨いで越えたといいます……妥当なサイズなのではと」
「「……」」
そりゃ伝説に則れば妥当なサイズではあろう。ソラも瞬も数百メートルは優に超えるだろう山より更に巨大な剣の持ち主を想像し、何が真実なのかわからない伝説にただただ呆気に取られるばかりだ。と、そんな二人であったが、瞬がふと気が付いた。
「……そう言えば希桜様はその破壊神を龍神と共に倒した鬼神の末裔と伺いました。その破壊神というのが……」
「ええ。その証というわけですね」
「「……」」
どうやら希桜は血筋からしてとてつもない力を持っていそうだ。瞬もソラも再度言葉を失う。というわけでそんなこんなで首都にたどり着いたわけであるが、町並みはどこか和風に近かった。
「なんか和風っていうか……そこら近いものを感じますね」
「そうだな……島国と良い、色々と近い所があるのかもしれないな」
「でもだからといって中国みたいな国があるわけでもなく、って感じなんで……やっぱ単なる偶然なんっすかね」
「そういえば……エネフィア……は、そうか。そもそもカイトだから関係ないか……」
「っすね」
瞬の言葉にソラもまた同意する。エネフィアでは中津国の隣はというとマクダウェル領。言うまでもなくカイトの領地で、日本に近い印象があるのはそもそも当たり前だった。というわけで今度はソラがこの世界について考える。
「この世界は隣は……レジディア王国っすね……あれ? でも確か……一つ良いですか?」
「なんでしょう」
「この国って文化的には龍神とか鬼神とかからの流れを汲んでるん……ですよね?」
「……驚きました。その通りですが、よくわかりましたね」
ソラの問いかけに花月は少しだけ驚いた様子で目を見開く。伊達にレックスの使者として選ばれたわけではない、と思ったようだ。
「まぁ、流れを考えりゃそうなるかな、と……そうなるともう完全に偶然っすね」
地球の日本の文明には中国の影響があることは間違いない。それに対してエネフィアでは日本の影響も相互にあると言われているので、若干だがその影響はあるだろう。だがこの世界においてはそのどちらの影響もなく、龍神や鬼神という神々の文化が流れてきていると考えるのが妥当そうだった。というわけでそこらを考えて、ソラが一つの仮説を打ち立てる。
「もしかしたら日本も中津国も、中国とかよりも龍神とか鬼神の影響が強いのかもしれないっすね」
「どういうことだ?」
「いえ……ほら、日本って俺のご先祖様? って龍らしいですし、先輩も鬼神の血を引いてるらしいんっしょ? ってなるとそこらの影響が強いのかなー、って」
「なるほどな……確かに中津国も龍に縁がある……」
もしかしたら自分達が知らないだけで、独特と言われる文化の根の部分にはそういった異族の影響が日本にもあったのかもしれないな。二人は第三の世界で見えた共通点から、図らずも日本の文化について考える切っ掛けのようなものになったようだ。とはいえ、だからこそ東国は少し親しみを抱きやすかったようだ。というわけでそんな様子を察して、花月が問いかける。
「何か気になることでも?」
「ああ、いえ……故郷に近い様子だったんで。ちょっと懐かしいっていうかなんというか、って感じですね」
「そうですか……まぁ、湯治等の療治ではないとは聞いておりますが。もしよければゆっくりお休みください」
「ありがとうございます」
花月の申し出にソラが頭を下げる。というわけで日本にも中津国にも近く、しかし同時にやはり近隣の国が違うからか少しだけ違う様子のちらほら見える東国の首都を進んでいくこと暫く。その中央にある和風の館のような建物へとたどり着いた。そんな建物を見て、ソラが見たままの感想を告げる。
「お城っていうよりも館に近そうですね」
「希桜様も御先代も城塞を有する城を好まれませんでしたので……先々代がお亡くなりになられた時に平屋に変えられたのです。昔はあの絵のような城だったのですが……」
ソラの言葉に花月は苦笑いを浮かべながら竜車の中に掛けられていた小さな城の絵を指し示す。その絵はちょうど日本のお城のような城の絵で、ソラもこの絵のイメージがあったからソラが呟いたのであった。
今はソラにとっては非常に馴染みの深い和風の広いお屋敷という様子で、広さを除けばソラにとっては自宅の様子を思い出させた。
「まぁ、戦を考えれば城の方が良かったのでしょうが、あの頃は戦なぞもう久しく起きていませんでしたから。政務に合わせたのは無理ない事でしょう」
「はぁ……あ、それであの中に希桜様が?」
「ええ……ただ流石に正門から中は歩かねばならないのでその点はご容赦願います」
「わかりました」
花月の言葉にソラは一つ頷いた。そうして二人はそのまま花月に案内されて、純和風のお屋敷の中を歩いて進んでいく。だが二人は一歩歩く毎に、顔つきが険しくなっていった。
「……ソラ」
「……うっす」
入ってわかった。ここに住んでいる者たちは相当な猛者揃いだ。二人は渦巻く闘気が自分達が今まで関わってきたどの政府の中枢とも異なった密度であることを理解する。そんな二人に、花月は振り向くことなく笑う。
「良かった。生半可な使者では希桜様の前にたどり着く前に膝を屈しますから」
「……もし歩けなくなったらどうなるんです?」
「その時は担架で運んでいきます。使者ですから……ただ、希桜様にはお会いできませんがね」
「「……」」
これが東国の流儀というわけか。ソラも瞬も弱者は顔を合わせるつもりもない、と言わんばかりの花月の背にそう理解する。そうして二人は気合を入れ直して、希桜の待つ最も闘気が渦巻くエリアへと歩いていくことになるのだった。
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