第3507話 はるかな過去編 ――支度――
後に『強欲の罪』となる触手の軍勢との戦いも終わり、それに関わった超級の戦士達が魔法もどきに対応しつつ自軍の被害を防ぐべく無茶を繰り返した結果、軒並み行動不能に陥って暫く。その一人であるカイトが未来の因子が抜けたことで再びけが人に戻っていた。
というわけで空いた時間でその見舞いに訪れていたソラであるが、そこで彼は同じくカイトの見舞いに来て倒れたヒメアの後始末をしていたレックスと再会。彼から魔族側も大将軍達が無茶を繰り返した結果行動不能に陥って暫くの平穏が訪れていることを知らされると共に、それを利用して次に向けて東の国にて未来のカイトの助言を達するべく渡航許可を貰うことになっていた。
それと共にカイトからこの時代で生き残っているという古代文明の神の生き残りである光神を探す様に指示を受けたセレスティアに打ち合わせへの参加の言伝を貰うと、諸々を踏まえてホームに戻ることにしていた。
「そうなのか……ということは暫くは戦線は膠着状態になりそうなのか」
「どっちも、主力が動いちまうとどんなことが起きるかわからないみたいっすね。レックスさん曰く自分も最低一ヶ月は戦闘を避けて様子見。更に追加で何ヶ月かは戦闘を抑えるしかない、だそうです。下手をするとカイトの復活の方が早いかもとかなんとか」
「それは……またすごい状況だな」
「っすね……まぁ、おかげで各国動きが鈍りつつも、暗躍はしまくるみたいっす」
「そうか……逆に言えばカイト達のような強力な手札が使えないみたいなものか。どの国も一緒と言えば一緒だが……」
それでも使えないとわかっているのなら警戒しないで良いのだ。それは多少無理をしても動く理由足り得るだろう。もちろんレックスもそれはわかっていたからこうして足繁く各地を渡り歩き、自身の健在を示していた。
「そっすね……まぁ、後はもう少ししたらカイトが最低レベルで動ける様にはなるらしいんでそれを使いつつ牽制して、時間を稼ぐつもりらしいっす」
「……動けるのか?」
「動きたくねぇなぁ、って当人笑いながら話してましたけどね」
「……相変わらずなんだが大変だな、あいつは……」
今も昔も大怪我をしていようとお構いなしに動き回らせられるカイトに、瞬は心底同情する。
「いや、良いか。とりあえずその稼いだ時間で俺達も協力して次に備えて欲しい、っていうことだったか」
「っすね。とりあえず東の国へ赴いて、相剋と相生を学べってのがカイトの……俺達の方のカイトの言葉っすからね」
「そうだな……それでこれか」
瞬はレックスから渡された渡航許可を見る。四騎士達の強化と共にソラや瞬の強化も行わせたいというのが未来のカイトの考えだ。
特にこの時代のカイトが言っている通り、東国を治めているのは鬼神の末裔というこちらも同じく鬼神の子の生まれ変わりである瞬とは縁のある相手と言えるだろう。その面でも薫陶を得ることは良いと考えていた。
「また長旅になりそうだが……」
「どんだけになることやら、って感じっすけど……」
「いろいろな手配はしてくれているんだったな」
記憶は朧げで何があったかはソラ達未来から来た者たち以外には定かではなく、そして彼らも下手に『方舟の地』でのセレスティアのような状態にはなりたくない。
なので語ることはなかったしカイト達も求めることはなかったが、レックスはソラ達を東国へ向かわせる様に頼まれたという記憶はあったらしい。なのでそれに従って諸々の手配をしてくれていたのであった。
「……ああ、そうだ。セレスティア」
「なんでしょうか」
「東国の姫君とは馴染なんだったな?」
「ええ……流桜様ですね」
瞬の問いかけにセレスティアははっきりと頷いた。カイトにも語っている通り、当代の女帝である希桜の娘である流桜はセレスティア達の時代には東国の軍勢を統率する総大将の任を請け負っている。
それに対してセレスティア達は第二統一王朝の切り札のような存在で、必然として関わることは多かったらしい。話すことも多かったのである。
だが当然ここでセレスティアが彼女ら母娘と会うわけにもいかないし、彼女には別にカイトから光神を探す様に指示が出ている。こちらの大陸に残留することになっていた。
「その母と共にどういう方なんだ? カイト曰く戦闘狂だということだったが……」
「てかお父さん? は誰なんだ?」
「父……?」
「「……え?」」
きょとん。敢えて擬音を乗せるのであれば、今のセレスティアの表情はそんな塩梅だ。そんな当たり前のはずのソラの問いかけに対して、セレスティアはまるでそんな者がいるのかという様子だった。というわけで彼女の様子にぎょっとなる二人であるが、これにセレスティアは大慌てで首を振る。
「ああ、いえ。申し訳ありません……ただそう言えば一度も聞いたことがありませんね……父君については誰も興味を持ったことがない……と言って良いのでしょうか……なにせ希桜様が非常にアクの強い方ですので……」
「それでも一度ぐらいは話しに出たことはあるんじゃないのか?」
「……いえ、それが一度も。流桜様も一度もそんな話をされたことがありません。希桜様に挑まれて敗北した、という話は良く聞きますが……」
瞬の問いかけに、セレスティアは今更ながらなぜ疑問を抱かなかったのかと驚いた様子だった。とはいえ、そんな様子でソラはもしかしたらと勘付いたようだ。
「もしかしてかなり幼い頃に亡くなってるとかじゃないのか? 物心が付く前だと記憶一切無いとかザラだろうし」
「……なるほど。それはそうかもしれませんね……希桜様の夫なのだから相応の武芸の腕も持っていらっしゃいそうですし……」
すでに死んで久しいからこそ話に出ないのではないか。そんな推測を立てたソラに、セレスティアはその可能性が高いと納得したらしい。まぁ、それにしたって話の俎上に載せられないのは少し不思議ではあるだろう。
というわけで何も情報がないに等しいわけであるが、そこまで気にすることでもない。なので瞬が口を開いてこの話題を終わらせることにする。
「まぁ、もしわかるのなら調べてから行った方が良いか……出てくるかどうかはわからんが」
「そうですね……出来るのならそうした方が良いかと」
「良し……それで結局、希桜という人と流桜という人はどういう人なんだ?」
「流桜様はそうですね……生真面目な方でしょうか。この時代もそうなのかはわかりませんが……」
瞬の問いかけに、セレスティアは自分が知る東国の姫君についてそう評する。彼女の言う通り、彼女が関わっているのはここから数百年先の未来の流桜だ。なので幼児であるらしい彼女もすでに少女の頃も過ぎて大人の女性で、その情報が頼りになるのかと言われれば少し不安は残るところだろう。
「ただ希桜様曰く、昔から真面目な奴ということでしたから、真面目な方であることに間違いはないでしょう」
「そうか……その母親の希桜という方は?」
「……そうですね。豪快な方、というのが一番手っ取り早いかもしれません」
どこか笑いを堪える様に、セレスティアは端的に言い表す。そんな彼女にソラが問いかける。
「どうしたんだ?」
「いえ……豪快な方で間違いはないでしょう。ただどこまで豪快なイメージで近付けるか、と言われると少し疑問はありますから……」
「そ、そうなのか……」
どうやら自分が思い描く豪快さより更に豪快かもしれないらしい。ソラは半笑いのセレスティアの言葉にそう思う。というわけでその後は暫く、二人はセレスティアから東国の気候や統治者の中で重要な情報等を仕入れて支度を進めることになるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




