第3502話 はるかな過去編 ――後始末――
未来の世界にて別の生命として再誕を果たしていた『強欲の罪』のコアたる『女王』。カイトとの戦いの敗戦により、一足先に未来の世界へと戻された『女王』が目覚めた一方。コアたる『女王』を討伐したカイトはというと、最後の後始末に臨んでいた。
「ふぅ……どうしようかな」
『そのままやってくれ。手間が省ける』
『貴様ら……』
「あはははは」
オレの相棒達は武器も人も仲が良いな。カイトはアル・アジフに応ずる双剣の精霊達のやり取りに笑う。というわけで一頻り笑ったあと、カイトはコアを失った触手の海を見る。
「はぁ……流石に弱体化したか」
『女王』自身も言っているが、『女王』の役割は司令塔。全体に指示を出し、『強欲の罪』の目的である『簒奪』を行うことだ。
これがまだ未来の様に他にも自意識を有する個体が居れば話は変わってくるが、そもそも『女王』の自意識の覚醒とてカイトに呼応する様に未来の因子が『女王』に流れ込んだからだ。
それもそれが出来た理由は未来において『女王』が特殊な立場に居ればこそで、それ以外の個体にはまだ自意識は宿っていなかった。
(結果的ではあるが……『女王』により『強欲の罪』は弱体化したか。まぁ、それを補って余りある『女王』だったわけだが……オレとの戦いを優先した……か? それとも……)
本来は触手の海がコアたる『女王』を利用して指揮を行っていたのだろうが、その『女王』が自意識に目覚めカイトとの戦いを優先した結果、あとに残ったのは本能的に動く触手の海だけだ。
無論触手の海もその巨体に見合うだけの出力はあるが、『女王』という知性の塊を失った以上は知性的な行動が出来るわけではなかった。
『若。何をお考えで?』
「いや……ちょっとな」
『『女王』のことで?』
「あはは……流石に分かるか、お前らは」
流石に長く一緒にいれば、自分の考えていることぐらいわかるか。カイトは僅かに苦笑する。そして隠し事はできそうにない、と認めて頷いた。
「ああ……存外、『女王』の奴は自分でさっさと敗北するべく来たのかもな」
『あれで、ですか?』
「あれで、な」
『女王』の最盛期を知る主従としては、あれでもかなり戦闘力が低下していることを理解していた。が、その低下はあくまで能力値の話で、技術は低下していなかったこともまた理解していた。
『マスター。それは考えても詮無きことかと。答えが出ることはありません』
「そうだな……とりあえずどうすっか」
双剣の精霊の言葉に同意するカイトは、改めて触手の海を見上げる。当然だがあのまま放置しておくわけにもいかないし、さりとて双剣の力を開放するわけにもいかない。どうしたものか、と考えものだった。と、そんな彼にヴィヴィアンが告げた。
「カイト。これ使える?」
「おん? ああ、ケイオスか……やめとこう、流石に」
「だね」
カイトの言葉にヴィヴィアンはいつもの笑顔で大剣を異空間の中へと収納する。世界の仲介者たる彼女の持つ大剣は特殊な大剣だ。それ故に二人はここで使うのは完全にNG行為と考えていた。
「あはは……ま、そいつは世界が正常な状態なら良いんだろうが……最悪そいつの力で世界の法則が無茶苦茶になりかねん」
『そもそも今も無茶苦茶』
「その無茶苦茶が修正不可能レベルにまで及びかねん、って話。とくにあいつを片付けるならな……大魔王さまー。なんかないっすかー」
ナコトの指摘にカイトはため息を吐く。そんな彼の問いかけに、大魔王は今日一番顔を顰めた。
「馴れ合うつもりはないが」
「オレはどうでも良いんだがな……ま、馴れ合いをお望みでなければ改めて聞いておこう。何か手は?」
「ふむ……」
先ほどまでのおちゃらけた様子から一変、真面目な様子での問いかけに大魔王は改めて手立てを考える。そうして少しして、しかし大魔王は首を振った。
「思い付かん。貴公の剣以外は、だが」
「そいつが出来れば楽なんだがね……あまりやりすぎると、今度はオレが未来に戻れなくなっちまいかねん。法則を歪めて元の時代へ帰還ってのはなるべく避けたい」
『なるべく避けたいではなく避けよ。主様の後始末なぞごめんじゃぞ』
「あいあい」
まぁ、時の運行を司る者としては流石に認められないよな。カイトは響いた時乃の声に肩を竦めるも、その言葉には同意を示すしかない。一応<<星の剣>>を使って自分の法則を歪めればなんとかなるかもしれなかったが、そうするとこの時代の自身がどうなるかが未知数も良い所だ。
ただでさえ色々とイレギュラーな要素が多いのに、この上で追加で不確定要素を組み込みたくはなかった。そしてそれは曲がりなりにも精霊の一端でもある大魔王も納得する理由足り得たようだし、大魔王自身も言ってみただけという様子が強かった。というわけで残念そうな様子はおくびも見せず、それならばと口にした。
「そうか……ならば、手は一つしかあるまい」
「かぁ……スマートなやり方で終わらせたい所ではあったんだがなぁ……何よりそのやり方だとお残しが生じかねんし」
「どうにせよ後の世にはあれの成長した魔物が出てくるのだろう。ならば取り零しは必然、ないしは必要と捉えよ」
「なんだよなぁ……」
ここで取り零したから未来で大変になるのか。未来が大変にならねばならないがゆえに取り零しが発生してしまったのか。カイトはこの時代からすると未来の自分が経験する『強欲の罪』との戦いを思い出して肩を落とす。とはいえ、すでに過去の話なのだ。そうならざるを得ないのだから仕方がないと諦めるしかなかった。
「はぁ……最低でも半分、受け持ってくれよ」
「承ろう」
カイトの言葉に大魔王が承諾を示す。そうしてため息を吐いたカイトは、魔導書に力を通す。
『結局我らがやるのか』
「やらねばならんのならやるし、やるなら効率的に終わらせたい……こんなデカブツ、ちまちまと削ってられるかよ」
幾ら『強欲の罪』とはいえ、すでに司令塔にしてコアたる『女王』は討伐されている状態だ。それでもいつかは再生するだろうが、今ではないことは間違いない。というわけで、流石の『強欲の罪』もこうなってしまっては単なる非常に大きな魔物も同然だった。
「レックス。大丈夫か?」
『なんだ!? こっち大変なんだけど!?』
「おー……そっちも大変そうね」
声を荒げるレックスの言葉に、カイトはそちらを見て思わず吹き出す。どうやら統率を失ったことで魔物としての本能が強く表出し、周囲を無造作に破壊しようとしていたようだ。
『他人事だと思いやがって……なんだよ』
「こっち、でかい触手の化け物の司令塔とでも言うべき奴を片付けた。コアみたいなもの、って所かな。多分こっから指揮系統から外れて暴れる個体が増えてくると思う。注意しておいてくれ」
『なるほど。納得』
後のレックス曰く、侵略という目的があった分だけまだ『女王』が居た状態の方が被害が少なかった、というほどであった。とはいえ、そちらに手を出していると今度は他の個体まで生まれかねない。あちらはレックスに任せるしかなかった。というわけで、彼の納得にカイトは本筋に入る。
「で、こっちはこれからあの上のデカブツを削り取る。あれを削りきれば、まだ大分違うだろうしな。それを予め断っておこうっていう判断だ」
『わかった……手助けとかは?』
「今ん所必要ねぇな……ただ結構な火力は叩き込むつもりだから、姫様には万が一をお願いって伝えておいてくれるとありがたい」
『わかった』
「よっしゃ……」
これで根回しも完了。カイトは再びの『神』の顕現に向け、二冊の魔導書と意思を調律。そうして次の瞬間この日二度目の『神』の顕現が行われて、カイトは『神』を駆って巨大な触手の海の解体作業に取り掛かるのだった。
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