第3501話 幕間 ――大魔王――
夢を見ていた。それは本来あり得ざる再会の夢だ。なぜありえないのか。簡単だ。そもそも本来出会う前の時点での出会いなのだから、あり得るわけがない。だがそれでも、再会したらしい。
(……面白い夢であったな)
まどろみの中、あり得ざる再会に僅かに機嫌が上向くのを自覚する。あの男との再会を夢見すぎたが故に見た夢か。そう思う。だが首を振って意識が明瞭となるにつれて、これが夢ではなかったことを理解した。
「……そうか。必然か……」
なるほど。そうでなければ道理にそぐわぬ。自らの夢が夢ではなく、封じられた記憶。ただそれが時が来たから思い出したというだけだ。明瞭になっていく意識の中、自分がしたことを理解して笑う。
(度し難いな、我が事ながら……過去に干渉したか。にしても……存外気付かぬものだな。あの男は相変わらず不思議な奴だ)
なぜあの男は自分がそうであるのなら、こちらもまたそうであると思わなかったのだろうか。
「幾ら過去とはいえ、その時点で死者であれば過去に干渉は出来ぬ」
なにせ死んでいるのだから。そんな当たり前なことをひとりごちて、思わず笑いが浮かんだ。
「そうか……今この時、お主もどこかで生きているか」
正直に言えば、飽いていた。非常に、と形容して良いレベルに飽いていた。あの男が去ったあとの世界とは聞いて、否、知識として識っていた。それでもあの男が守った世界を攻めるという仕事は面白いと思って引き受けてしまったが、それにしたって期待ハズレも良い所だ。
あの男が、かつて自分を殺してみせた龍神が永劫にも等しい一生涯を掛けて守り抜いた世界。その世界なのだからあの龍神に匹敵するとまでは言わずとも、楽しめる猛者が居るのではないか。自分が争う意味のある世界なのではないか。
そう思ったのに、蓋を開けてみれば抗ってくるのはせいぜい大物でもなければ小物でもない、言うなれば中物とでも言うべき存在がちらほらいる程度。飽くな、という方が無理がある。
「……」
ああ、駄目だ。久方ぶりに、血が滾る。あの龍神との戦いの日々は心が踊った。それを思い出し無聊を慰めることが日課だった日々に、久しぶりに血が通う。というわけで上機嫌になっていたわけだが、そうであるがゆえにここに居るのが自分一人でないことをすっかり忘れていた。
「姫様。如何なさいました? お紅茶が冷めてしまいますが……」
「はぁ……姫はよせ。いつまであの頃を引きずる」
「あ……申し訳ありません、大魔王様」
大魔王。世界の操り人形。『刈り取る者』。破壊の精霊。呼び名は幾つもある。だが大魔王たる自分が言うのならば数百年前にこの世界に現れ、そしてあの龍神が討滅せしめた者。その後代にして、龍神に敗北した先代の大魔王の記録をベースに改良された次世代機。それが今の自分。
「構わぬ……が、他の者がおる前では慎む様に」
「はっ……それで如何なさいました? 目覚めてより随分と上機嫌なご様子でしたが……」
流石に分かるか。自分の寝室に立ち入ることを許した数少ない女の中でも唯一、女中共にさえ許さぬ睡眠中さえ立ち入ることを許した女だ。自分が上機嫌になっていることなぞ手に取るようにわかっていただろう。
「あの龍神のことを思い出していた」
「あの龍神……ああ、我らを魔の楔から解き放ったあの?」
「うむ」
魔の楔。それは我らを魔物足らしめていた因子。あのせいでと言うのは自分達の仕出かした結果であるので些か自分勝手だが、あのせいで魔物とならざるを得なかった部分。
それは龍神や彼の率いる英雄、賢人達により編み出された魔術により自分達の存在が解体された折り、人の芯とでも言うべき魂から切り離されていた。
まぁ、あの龍神や賢人達は逆で、我らもまた魔物に捉えられた憐れな虜囚と思った様子だったが、結果として切り離されたことは事実。そこについては感謝しているし、恩返しの一つはしてやろうと思っている。そしてだからこそ、ここに自分は居る。
「過去にな。妾はこの世界に来ていたらしい……いや、正確にはついさっきまで行っていた、か」
「はい?」
「くくく……ちょうど今この時まで、あの龍神もまたどこかの世界からこの世界の過去に飛んでいたようでな。そこで妾と……かつての妾ら……まだ妾でさえ自我の無い頃の妾らと争ったようでな。で、妾もまた過去に干渉し、あの龍神と争っておったのよ」
「……出来るのですか?」
眉唾ものも良い所だ。そんな顔だな。長く、それこそ前世から連れ添った女の顔に浮かぶのは困惑と担がれているのでは、という警戒だ。
二度の人生で少し遊びすぎたかもしれない。反省しよう。いや、そもそも今は魔族なのにこの女はこんな素直で良いのだろうか。そう思わないでもない。
「出来ることはあるまい。過去に干渉出来るのであれば、妾はまずあの頃の妾らに助走をつけて殴りに行く。全くもって愚かしい。素直に死んでいれば良いものを……それは良い。それが必要であれば起きえよう」
「必要であれば?」
「うむ……妾らがここに、この世界に来るために、よ」
この世に偶然なぞないのだろう。魔術師としての自分がそう思う。
「破壊の精霊としての再誕を世界より提案されたことは覚えておるな?」
「覚えて……はおりませんが。そもそもひめさ……大魔王様が契約され、我々に持ちかけられたので」
「そうであったな」
あの龍神との戦いに敗れ、魔物の帝国が崩壊したあと。魔物の因子を外された妾らは生命の道理として、世界の輪廻に戻された。が、世界にとって妾らは世界さえ壊しかねなかった厄介者。輪廻にそのまま戻したくもなかったらしい。
魂を砕き完全に新たな魂として新造することも考えたそうだが、何か考えがあったのか妾にこう問うたのだ。破壊の精霊となり罪を償うのであれば、いつかはまた輪廻の輪に戻そう、と。これに妾は飛びつき、同じ様なこの女らにも同じ様に取り計らう様に頼んだ。
無論強制はしていない。全てを忘れ、新たな生命として生まれたいと望むのも自然だ。なにせ償いと言えば聞こえは良いが、即ち死だ。辛い道のりになることは明白だった。それでも共に往こうとしたこの女や将軍達には感謝しかない。恥ずかしくて口には出来ないが、そうは思っている。
「妾らにその選択肢を提案したのは、この時代、この場にて妾がここにおらねばならなかったかららしい。ま、卵が先か鶏が先かの論理だが……」
「……はぁ」
何もわかっていない顔。だからいじめたくなる。少し考えれば良いものを、こいつは何も考えていない。というより、ステータスが極振りなのだ。まぁ、だから妾の護衛なのだと言われれば悲しいかな、納得するしかないのだが。
「はぁ……まぁ、そういうものと思え」
「はい」
「……お主、どこかで変な男に引っかかるなよ」
「大丈夫です」
うん。少しだけ将来が心配になる素直さと純真さだ。まぁ、幸か不幸かこれから何度になるかはわからないが、暫くは生まれ変わっても一緒なのだ。フォローすれば良いだけと考えておこう。いや、主人にフォローされる従者はどうなのだ。そう思うと自然とため息が溢れた。
「はぁ……ああ、まぁ、そういうわけでな。先程まで龍神と争った記憶を思い出しておったのよ」
「はぁ……」
「生返事よなぁ……まぁ、気の利いた言葉ひとつでも出せればお主らしくもないか」
「馬鹿にされてます?」
「しておらんよ。褒めておる」
そこが良い所なのだから受け入れて欲しい。無理は百も承知だが。まぁ、それは良いか。
「それで、妾が眠っている間に何か代わりは?」
「ああ、そういえば将軍から報告が。あの女勇者と相まみえたと」
「ほぅ……少しは苦戦させたのであろうな?」
やはりさっきのことがあるからだろう。少しだけ期待が滲んだ。なにせあの龍神が扱った二振りを携えているのだ。人類側もそれを理解して、最優の戦士に与えたらしいが、それでもあの龍神には程遠い。いや、遠すぎる。あんなのが最終的に自分を殺す輩だと考えれば、情けなくて涙さえ流れた。だが罪滅ぼし。受け入れるしかない。
「まぁ、少しはという所だそうです」
「そうか……他には?」
情けないとはいえ、それが仕事だ。というわけで、せっかく与えられたチャンスを活かすべく仕事に戻ることにしよう。またいつか、あの龍神と出会える時を信じて。
お読み頂きありがとうございました。




