第3500話 はるかな過去編 ――決着――
『強欲の罪』。どこかの世界で一大帝国を気付くという魔物と類するにはあまりに文明的な行動を見せる魔物。後にそれとなる『強欲の罪』の雛との戦いの最中にソラ達の縁を使い未来の世界から呼び出されたカイトであったが、まるで彼に呼応する様に『強欲の罪』もまた未来の世界からの影響を受けることになる。
そうして現れた未来の因子を利用して『女王』との戦いを繰り広げることになっていたカイトであったが、そんな彼はヴィヴィアンらと合流すると、一気に攻勢に乗り出していた。
「はぁ!」
ヴィヴィアンが『女王』から放たれる魔術を斬撃で斬り裂く。そうして出来た隙間が次の魔術で埋まるより前に、カイトが身体をねじ込んで一気に距離を詰める。
「っ」
だんっ。虚空を蹴って加速して、カイトが『女王』へと肉薄する。だが流石に魔術師である『女王』とてゴリゴリに近接戦闘メインのカイトの肉薄を許すほど甘くはない。
『父よ。空間が拡張されるぞ』
「わかってる」
自身の肉薄を察知したと同時に急激に広がる両者の距離に、カイトが虚空を踏みしめ再加速。が、やはり空間がそもそも拡張しているのでは幾ら物理的に頑張っても距離を詰められるわけがない。
「……ふむ」
こんな行為に意味はないだろうに。『女王』は急加速するも自身に近づけている様子のないカイトに訝しみを浮かべる。そもそも彼女は一度カイトに敗北を喫しているのだ。カイトが考えもなしに無意味な行動を行うとは毛ほども考えていなかった。ならばその意図は何か。空間を拡張し足を止めた所に魔術の投射を行う『女王』は考える。
「ふっ」
一方のカイトだが、相変わらずヴィヴィアンと共に『女王』が急速に離れるのに対抗する様に虚空を蹴って距離を詰めていくだけだ。カイトの道を切り開くヴィヴィアンに至ってはカイトの行為の意味を理解している様子さえなく、ただカイトの行動に合わせているだけだ。
「……」
「っ」
瞬間、足を止めたカイトが僅かにほくそ笑むのを『女王』は見る。それは明らかに何かを企んだ顔で、彼女は一瞬で周囲の状況を再確認させられることになる。
「っぅ、そこか!」
ぱりんっ。女王が明後日の方角に向けて魔術を放つと、まるで何かが砕け散るような音と共に何かが砕け散る。自身を囮として、魔術と剣戟の衝突により<<バルザイの偃月刀>>を放っていたのである。そうしてそれを囮として自らの位置を入れ替えることで広がる距離を強引に詰めるつもりだったのだろう。『女王』はそう読み取った。だが、それさえカイトの策略であることに彼女はその直後、気付くことになる。
「!?」
自身が目を離した一瞬で、カイトが肉薄していることに『女王』が驚きを浮かべる。確かにカイトから視線を外したことは事実。だがそれでも空間の拡張の速度を鑑みれば、完璧に距離を詰められるほど甘くはない。一体なぜ。そんな困惑が『女王』に浮かぶも、それを解決している余裕がない事は『女王』自身が誰より理解している。
「はぁ! っ」
外れたか。カイトは確かに自身の攻撃の範囲に『女王』は捉えたものの、間一髪回避を間に合わせたと空を切る感触で理解する。とはいえ、流石に無理やり間に合わせた感は否めなかった。故にそこに大魔王が合わせた。
「見事だ」
「そいつぁ、どうも」
自身の真横を閃光が如き速度で駆け抜ける大魔王が風に乗せて届けた称賛の言葉に、カイトは再び虚空を踏みしめながら礼を告げる。『女王』がカイトの攻撃の回避を間に合わせたのはあくまで強引だ。少し離れた所から様子を伺っていた大魔王は彼女がどこに逃げたか、どうやって逃げたかを理解していた。
「ふっ!」
虚空に向けて、大魔王が斬撃を放つ。それは拡張された次元や位相をも斬り裂いて、世界に巨大な断層を生じさせる。
「っぅ! 品のない!」
カイトの攻撃を次元と位相をずらすことで回避し、更に自身の身を隠して態勢の立て直しを図っていた『女王』は強引に元の次元と位相に戻されて渋い顔だ。
なお、品のないという言葉は大魔王はこれを力技で成し遂げたからであった。そうして強引にこちらの次元と位相に調律された『女王』に、今度はヴィヴィアンが肉薄する。
「はぁ!」
「っ、だが!」
次元や位相を越えようと単なる斬撃であれば空間の拡張で余裕で逃げられる。『女王』はヴィヴィアンの斬撃よりも前に、空間の拡張を間に合わせる。そうして再び急速に距離を取る『女王』であったが、ヴィヴィアンが単なる斬撃を放つ意図を正確に理解出来るわけがなかった。
「カイト」
「おう!」
ヴィヴィアンの斬撃の意味。それは次元を斬り裂くことで、カイトの移動距離を短くすることだった。そもそも彼女がメインアタッカーとなることはない。
あくまでカイトのサポート、もしくは必要に応じた露払い。サブアタッカーだ。四人で一つの『原初の魔王』。それと戦ったことのない、それどころかその存在さえ知らない『女王』がこの二人の連携を理解出来ないことは仕方がないことだろう。
「っ」
「捉えたぞ!」
斬り裂かれた次元を自らの前と繋げ、空間の拡張よりも前に距離を詰めたカイトに対して、『女王』の顔には盛大に笑みが浮かぶ。そうではなくては。そんな様子があった。そしてだからこそ、彼女は切り札の一枚を個々で使い捨てることを躊躇わなかった。
「っ」
何かに自身の剣戟が食い止められた。カイトはあと僅かまで迫った自身の剣がしかし、『女王』の展開した闇の中に居る何かに阻まれ届かなかったことを理解する。そうして彼の前に広がった闇の中から、ずるりと何かの塊が零れ出るわけであるが、それにカイトは思わず困惑する。
「……『女王』?」
「くくく……まさか予備の身体を一つ使い捨てることになるとはな」
「うぇ……まじかよ」
闇の中からこぼれ出たのは、これまた『女王』だ。だがその目は閉じられており、意思が宿っている様子は皆無であった。そうして虚空の地面に倒れ伏した後、魔素となって消え去った自身を見て『女王』が苦笑する。
「安心せい。此度の分体はこれ一つ。流石に幾つもの分体をこの時代で創るのは妾でも出来かねたのでな。お主は覚えがあろう?」
「なるほど……残機ゼロってわけか」
『女王』の言葉に、カイトはかつて彼女を倒した時のことを思い出す。彼女が今しがたした通り、そして前々から言われている通り、『女王』はあくまでも『強欲の罪』が進化していく上で必要になって作成した人格の一つだ。
そのベースは『強欲の罪』の大元となった魔術師らしい、というのが時乃の言葉だが『強欲の罪』の端末の一つに過ぎないのだ。故にその肉体はあくまでも器に過ぎず、意思を移し替えることは出来たのだ。
(それで確か意思というか個体概念を消し飛ばす魔術を開発して、叩き込んだんだったな)
今回はそれは流石に対抗策を身に着けられかねないから出来ないんだけどな。カイトは自身の裡に準備している『七つの大罪』に対抗するための魔術を再確認。ついでこれが使えないが故の代替策を確認する。
「とはいえ……ならば」
「くくく」
にたり。そんな様子で牙を剥くカイトに、『女王』は再び空間を拡張して距離を離す。敢えて離していたのにはそんな意図もあったようだ。というわけで再び離れた距離に、大魔王が次元を連続して跳躍しながら再び攻め込む。
「ふっ」
だんっ、だんっ、だんっ。力強く虚空を蹴りながら空間をその度に跳躍し、大魔王は『女王』へと距離を詰める。空間が拡張するのなら、それを織り込んで跳躍すれば良いまでのこと。そんな意図だ。
だが、流石に『女王』とてそれだけで接近を許すほど甘くはない。故に彼女との距離は中々詰まらなかったし、大魔王とてそれは織り込んでいる。
「……」
何を考えているのか。『女王』はカイト同様に自身への追撃を繰り返す大魔王の意図を図る。が、すぐに意図を理解したらしい。空間の拡張と拡張の合間に、彼女は薄くほくそ笑む。
「ここ!」
「っ」
「取った!」
数度の跳躍で大魔王は『女王』の移動距離を測っていた。それを見抜いた『女王』は大魔王の跳躍の瞬間、今まで固定していた空間の拡張幅を少しだけズラして、自身の背後へと移動しようとした大魔王の更に背を取れる様に移動する。だが、しかし。そうして背に魔力の光条を受ける大魔王の顔にもまた笑みが浮かんでいたことに、彼女は気付けなかった。
「はぁ!」
「なに!?」
光条が晴れた先。大魔王と入れ替わる様に現れたヴィヴィアンに、『女王』が驚きを浮かべる。『女王』が自身の意図を見抜くなぞ織り込み済み。それが見抜けないほど愚かな相手と大魔王も思っていない。故にならば更に先を見抜き、手を打つ必要があった。そうして驚きを浮かべた『女王』に、ヴィヴィアンの剣戟が翻る。
「っぅ!」
間一髪。驚きと困惑を浮かべていた『女王』であったが、それでもなんとかヴィヴィアンの剣戟を斬撃の放たれた空間を拡張することで回避する。流石にタイミングがタイミングだ。自身を動かすことは出来なかったようだ。とはいえ、それもまた大魔王の想定内だった。
「届いたぞ」
「っ!」
空間の拡張を利用された。『女王』は拡張した空間の法則が整う前に転移術を行使して自身を正面に捉えた大魔王に、今度こそ盛大な苦みを浮かべる。とはいえ今度もまた、なんとかギリギリ杖での防御を間に合わせる。そうしてその衝撃を利用して距離を取ったその瞬間。彼女は再びの驚きを得ることになる。
「っ、流石」
「だろ? 地球でも最速。本気でオレとやった時は生身で光速……光の速さを超過した女傑の技だ。秘中の秘……お前に切るなら高くない」
だんっ。吹き飛んでいく自身にさえ追い付いてきたカイトに、『女王』は自身の敗北を悟る。カイトが超高速で移動した技法。それは地球でスカサハが編み出した身体能力の魔術の個別制御。それを利用して、亜光速レベルで肉薄したのであった。そうして、彼の双剣に力が宿る。
『若』
『マスター』
「覚悟はまだ決まってない……だが」
『『御意』』
そうだろうと思った。双剣の精霊達はカイトの言葉に楽しげに笑う。結局、根っこの根っこでは何も変わっていない。だがそれでも、自分達を振るうことに迷いのない主人に、双剣はこの時代のカイトではついぞ振るうことの出来なかった力を開放する。これに『女王』が驚きを浮かべた。
「それは」
「こいつは、鞘だ……だがそれでも」
同じことが出来るんだよ。獰猛に笑いながら、カイトは双剣の真の力。世界改変の力を解き放つ。それはカイトが地球で手に入れたものと同一。違うとすれば、それはこの星の<<星の剣>>だという点。そして極稀に存在する非常に稀な剣であるという点。その二つだけだ。
そうして、世界の改変により自らこの時代へと顕現した『女王』は未来の因子を消し飛ばされ、この世界から消え去るのだった。
お読み頂きありがとうございました。




