第3496話 はるかな過去編 ――脱出――
『強欲の罪』。どこかの世界で一大帝国を気付くという魔物と類するにはあまりに文明的な行動を見せる魔物。後にそれとなる『強欲の罪』の雛との戦いの最中にソラ達の縁を使い未来の世界から呼び出されたカイトは、自身の顕現を見抜いたヴィヴィアンと共に触手で出来た船を撃破するべく巨大な触手で出来た船の内部へと潜入する。そうして最深部までたどり着いたカイトは、闘技場にも似た場所でコアを守る女剣士型の触手の人形と交戦。これを撃破し、コアを破壊していた。
「ふぅ……おぉ、案外時間ギリギリだったな」
コアの破壊を含めて要した所要時間はおよそ4分と30秒ほど。時間はギリギリという所だ。そうしてコアの破壊と共に砕け散る異空間を見ながら、彼は壁の崩壊により見えるようになった最後の異空間を遠くに見る。が、そんな異空間もこちらの破壊から間を置かず、崩壊が始まった。
「……とりあえずはこれで終わり、と」
三つの異空間は崩壊し、コアの共鳴も起きていない。あのコアが魔導炉だったのか、それとも生物としてのコアなのかはカイトにもわかりかねたが、少なくとも触手の船を動かしていた動力源はなくなったと考えて良いだろう。というわけで自壊の始まった触手の船の中で、カイトは目を凝らす。探すものは言うまでもなく、だ。
「……居た」
ヴィヴィアンの姿を確認すると、カイトは崩壊していく地面を蹴る。
「あ、カイト」
「おう……問題は?」
「なかったかな……じゃ、脱出かな」
「そうだな……じゃ、出るか」
ヴィヴィアンの言葉に同意すると、カイトは崩壊していく異空間の中で呼吸を整える。すでに崩壊が始まっているので出方なぞ幾つもある。最悪は空間として崩壊していくだけなので、放置していても外にはじき出される可能性はある。とはいえ、ここが崩壊した結果がどうなるかはわからない。というわけで、崩壊していく異空間をも斬り裂く斬撃を放った。
「わぁ……キレイに斬れたね」
「だな。オレもここまですっぱり行くとは思っとらんかった」
崩壊の始まっていた異空間だけでなく触手の戦艦さえちょうど二人が内部に突入した艦橋の根本あたりから完全に両断されていた。そんな状況に笑っていた二人であったが、そこでカイトは自分達に向けて影が降りていることに気が付いた。
「……おっと。こりゃまずい」
どうやら呑気に笑っていられる状況でもなかったらしい。カイトは自分達の背後にあった艦橋も両断されていた結果、ゆっくりとずれ落ちる様にこちらに向けて倒れ込もうとしていることに気が付いて、大慌てでヴィヴィアンを抱えてその場を離れる。幸い異空間が崩壊したことで飛空術も使える様になっていた。と、そうして彼らが離れたと同時。声が響いた。
『カイにぃ! 撃ち込んで良いか!?』
「アイクか! 問題ない! 壊してやれ!」
『おう! 野郎ども! 一斉砲撃だ!』
空に浮かぶ大海の上で、海の男達の鬨の声が響き渡る。どうやらカイト達が内部で交戦している間に、『海の女王』は距離を取ることに成功していたらしい。そうしてカイトと入れ替わりに無数の魔弾が一斉に触手の巨大戦艦へと直撃。各所で爆炎と閃光が迸る。
「流石にコアを三つとも破壊されりゃ、障壁の展開も何も無いか」
「あとは自壊していくだけだったし、もし障壁とか砲撃とかしちゃったらその時点で僅かに残った魔力も急激に減っていくだろうからね。こうなるのは当然だと思うよ」
本来であれば触手の戦艦の表面には無数の触手の人形が生えて、それが手印等で障壁を展開する役割を担うのだ。が、それも魔力があるから出来ることで、コアという魔力の供給源が破壊されては出来ることはほとんどなかった。
「とりあえずこれで完了、と……」
これで完全に消し飛んだと考えて良さそうだろう。カイトは閃光と共に削れていく触手の戦艦を見ながらそう判断する。というわけで目下の懸案事項を片付けたカイトに、ヴィヴィアンが問いかけた。
「それで、次はどうするの?」
「どうしましょうかね」
とりあえずあの護衛の触手の人形達は片付けたわけだが。カイトは触手の戦艦のコアを守っていた二体の触手の人形を思い出して、次の一手を考える。と、そんなことわけで次の一手について考え込む彼であったが、ふとそこでヴィヴィアンへと問いかけた。
「……あ、そうだ。ヴィヴィ」
「なに?」
「そっちで戦ったのって大型の獣人系の戦士みたいな触手の人形か?」
「よくわかったね」
カイトの問いかけに、ヴィヴィアンが少しだけ驚いたような顔を浮かべる。どうやら案の定だったらしい。それをカイトは理解すると、彼女に軽くかつての『強欲の罪』が築いた帝国の組織としての概要を教えてくれた。
「というわけでな。そうじゃないかと思ったんだ」
「なるほど……ということはあの戦艦はもしかしたら向こうの切り札の一枚だったのかもね」
「かもしれんがなぁ……」
「そんな甘い相手じゃない?」
「そう思うわけ」
ヴィヴィアンの問いかけに、カイトは少しだけ苦みの乗った笑みを浮かべる。何度も言われているが、『強欲の罪』はあくまで後に『強欲の罪』と呼ばれる魔物となるだけで、今はまだ雛と言える状態だ。
故に色々と手探りで対策を打っている様子は散見されており、後にカイトが戦うような戦略性や明確な悪意は感じられなかった。それはさておき。それ以外にも気になる点があったようだ。
「そいつらは本来、完全にワンオフで拵えられたボディを持っていた。だから再生はしても、同一個体のような存在はなくてな……えっと、コアにして全体を統括する『女王』。圧倒的な火力と速度を有する『獣戦士』。攻防兼ね備わった『魔剣士』。『女王』の最側近にして護衛の『女剣士』……これが『女王』近辺の強個体だ」
本来ならばワンオフで作られるこの個体達をまるである程度の量産性を有しているような感じであそこに配置していたのはなんだろうか。カイトはヴィヴィアンの問いかけに答えながら、そう思う。
「まぁ、これはあくまで『女王』近辺の強個体というだけだが……」
「ということはもっと居たの?」
「居たな。オレ達が戦った奴らはあくまで『女王』直轄の護衛だ……まぁ、だからちょっと疑問でな。ああいう場所に最側近のモデルを配置するのか、って」
このモデルとなる相手をまだ取り込んでいないだけなのなら、それはそれで分かるんだが。カイトはヴィヴィアンに対して自身の感じている疑問を口にする。だがこれに、ヴィヴィアンが告げた。
「でもそもそも今は『女王』もあの状態でしょ? ならまだ個を生み出すほどの思考が備わってないんじゃないかな」
「それはあり得るだろうし、その可能性は高いだろうな」
ヴィヴィアンに続いて、カイトもまた巨大な触手の海と一体化している状態の『女王』を見る。カイトが戦った『強欲の罪』はこの『女王』を中核的存在として群れを成す魔物だった。
一応本体としては現状『女王』と一体化している触星と言い表された触手の塊だが、ある意味では群れの総称を『強欲の罪』と称しても良いだろう。そんな『強欲の罪』を見ながら、カイトは首を振る。
「……それにしちゃ、じーっとこっちを見詰められてるんだよなぁ。気味が悪いったりゃありゃしない」
「あはは……でも本当にこっちをずーっと見てるね。カイトも私も」
「まぁ、オレ達は世界が呼んだ増援みたいなもんだからな。警戒されて当然だろうさ……ん」
「流石におかんむりかな?」
「っぽいな」
世界が大きく揺れ動いた。二人は揃って苦笑いを浮かべ、ついに完全に消滅した触手の戦艦があった場所を見る。そして直後のことだ。世界が書き換わり、それが再度書き換えられる。
「始まったか……こりゃ『女王』も本格的にこっちに乗り出して来そうだな」
「どうする?」
「どうしましょうかね」
ヴィヴィアンの問いかけに、カイトははてさてと口にする。本体が直々に攻め込んでくる以上、また自分達を狙い撃つ様に何かをしてくるに決まっていた。その何かを見極めねば次の行動が取れるわけがなかった。そして案の定、二人の周囲が書き換わる。
「やれやれ」
「個体としても強そうだけど……」
「特別な場所へご招待、というわけか」
わざわざ世界を書き換え空間の法則を歪めてまで、自分達を倒したいらしいな。カイトは何かが居るらしい闇の中を警戒しつつもため息を吐く。そうして、二人は自分達を狙い撃つ様に現れる融合個体との交戦に備えるのだった。
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