第3496話 はるかな過去編 ――撃破――
『強欲の罪』。どこかの世界で一大帝国を気付くという魔物と類するにはあまりに文明的な行動を見せる魔物。後にそれとなる『強欲の罪』の雛との戦いの最中にソラ達の縁を使い未来の世界から呼び出されたカイトは、自身の顕現を見抜いたヴィヴィアンと共に触手で出来た船を撃破するべく巨大な触手で出来た船の内部へと潜入する。そうして最深部までたどり着いたカイトは、闘技場にも似た場所でコアを守る女剣士型の触手の人形と交戦状態に陥っていた。
「……」
超高速で消える様に移動する女剣士の速度は目で追おうとして追えるものではなかった。それだけの戦闘力でもカイト曰くまだまだ雛だというのだからその実力は末恐ろしいわけであるが、それ故にこそカイトも目だけで追うことは不可能に近かった。
(……あの時代に<<転>>を習得出来てればなぁ……)
かつてのカイトであれば視覚情報や聴覚情報はもちろん、気配察知能力等の属人的な能力までフル活用して高速移動を繰り出す女剣士の居場所を常に把握していた。それはある意味では、力技にも等しかった。
だが今は世界の流れを読むだけで事足りていた。それに彼はかつての自分の拙さに嘆き半分、数多神々や英雄をして格が違うと言わしめた神陰流に感心半分という所だ。というわけでかつてより遥かに楽かつ確実に、カイトは女剣士の行動を読み取った。
「ふっ」
女剣士の停止と共にきぃん、という音が響いた。そうしてコンマ数秒の刹那の間に、女剣士が数十もの剣戟を放つ。が、それら一切を双剣で弾き飛ばされることになる。
「……良し」
その場から動かないという枷を課した状態からでも防御出来ている。カイトは自らの腕の上達を実感し、少しだけ満足げだ。そしてそれは双剣の精霊達からも同様だったようだ。
『若。随分と上達なさいましたね』
「剣技が上昇したわけじゃないさ。その他の技術が上昇した結果、剣の冴えも上昇したって所かな」
ここらはおそらく発想の違いだったのだろうな。カイトは剣士でありながら剣士ではない技術を剣士として利用しているにも等しい神陰流に対してそう思う。とはいえ、だからこそカイトには肌に合ったこともまた事実であった。
「さて……」
次はどう出るつもりか。カイトは今回、自分の腕を確かめたいこともあり基本は待ちの戦術をベースとして戦うことにしていた。どうせ勝利は揺るがない以上、この程度をしてもよいだろうと思ったのである。というわけで刹那の交わりの後、再び消えた女剣士の気配をカイトは感覚だけで追い掛ける。
(……やはり技術そのものは変わっていないな。変わっているのは身体能力。技を試すには丁度よい)
この女剣士はどこかで触手に取り込まれ、技術だけを再現されたものなのだろうか。カイトは女剣士の使う技術のみは未来と変わらぬことを見て、そんなことを思う。
(……来る)
ふわっとした流れるような動きで、女剣士がこちらに向けて直角に疾走の軌道を変更する。そして一瞬の後。カイトの口から吐息が零れ出る。
「ふっ」
疾走の勢いを利用した刺突。紫電よりも遥かに速い閃光の如き一撃。それはカイトの眉間目掛けて容赦なく放たれるも、カイトは僅かに身体を傾けるだけだ。そうして放たれた刺突の後、彼はそのまま身を捩って蹴りを叩き込む。
「……」
やはり以前に戦った時より肉体はかなり硬質感があるな。カイトはおそらくこれが戦闘力が低下している一因と察する。が、同時にこうも思った。
(……てかもしかして……ここでの敗北の結果、本来の肉体に近い方が良いってなってそう変換したのか?)
『強欲の罪』が魔法もどきで自分の肉片を変換して触手の人形として再構築したのは少し前の話だ。そしてそれが出来るのであれば、今しがた自分が戦う女剣士や先にヴィヴィアンが倒した触手の騎士等を本来の肉体に近付けることなぞ造作もないことだろう。それをしたことがないのはその発想がなかったからだと考えられた。
「……とにかく遅いな」
本来の肉体ならこの数倍の速さでもおかしくないものを、技術一つで補っているのだ。十分にすごい技術ではあるが、最盛期を知るカイトからすれば特別速いとは感じられないものであった。というわけで、彼は一度だけ腕時計に視線を落とす。
(残り一分半……まぁ、三十秒ぐらいは余裕を残しておきたいから……そろそろやるか)
数百程度は剣戟を交え、女剣士の技術に今なら追い付けるとカイトは納得。これ以上遊ぶ必要もないと考えて、終わらせることにする。
「……」
終わらせるとは言ったものの、派手に動き回ったりするつもりはカイトにはない。故に彼は女剣士の接近を三度待つ。そうしてほぼ音もなく疾走する女剣士の速度が一瞬だけ緩んだ。
「ふっ!」
心臓目掛けての一直線の刺突。流石に先ほどの様に軽く身を捩る程度でなんとかなるものではなかった。故にカイトは双剣で叩き上げる様にして刺突を弾くと、そのまま次の剣戟に備える。
「はぁ!」
カイトは続けざまに放たれる連続の刺突に対して大太刀で対応し、細剣が引かれると同時に大剣を振り下ろす。これに女剣士は即座に地面を蹴ってその場を離脱。自身を追い掛ける地を這う斬撃に向け空中で刺突を放ち、斬撃を吹き飛ばす。
「ふぅ……はぁ!」
自身の斬撃で生じた空白を利用して一瞬だけ呼吸を整えて、カイトは地面を強く蹴ってこちらへ向かってくる魔力の刃による刺突を障壁一つで防ぎ切る。元々自身の攻撃を相殺するために放たれたものだ。この程度で十分だった。
とはいえ、流石に女剣士の刺突だ。十分であるだけでどうしても一瞬だけ速度は緩む。そうして一瞬だけ、僅かに緩んだ突進の速度によって生ずる時間を利用して女剣士は地面に着地。即座にカイトへと切り返す。
「っ……流石だ!」
カイトは即座に自分へと肉薄する動きを見せた女騎士の技術に改めて舌を巻く。そもそもこれが女剣士の最盛期であれば、カイト自身刺突に突っ込むなぞという行動はしなかっただろう。というわけでカイトはこちらへ向かってくる女剣士に向けて即座に大剣を振りかぶると、それに対応するかの様に女剣士もまた細剣を引き絞る。
「はぁ!」
曲がりなりにも『強欲の罪』謹製の個体だ。与えられた細剣も並の細剣ではない。カイトの一撃で壊れることもなくその一撃を受け止める。
「っ」
やはり流石にそう安々と倒させてはくれないか。カイトは自身の大剣を受け止めていた細剣がすでに引かれていることを理解。本来はかなり手こずる相手だと再認識する。
そんな彼は大剣を引く動きに合わせて、取り回しやすくするために大剣に仕掛けた重力制御の魔術を解除。敢えて後ろへと引っ張られる様にして続く刺突を回避。更に回避と同時に魔術を再展開して、反動だけ利用して距離を取る。
「ふぅ……」
とりあえず距離は取ったが。カイトは自身に向けて飛び掛かるが如くに身を屈める女剣士を見ながら次の一手を考える。が、考える時間を与えてくれるほど女剣士は甘くなかった。
「っと」
放たれた再度の刺突に、カイトは今度は身を捩って回避。その捩る動作を利用して、大太刀で弧を描くような斬撃を放った。が、これに女剣士は即座に細剣を薙ぎ払う様にして、大太刀を弾いた。
「はぁ!」
大太刀が弾かれても問題はない。カイトは双剣士という異端の剣士であることを利用して、今度は大剣を叩きつけるような格好で大きく振り上げる。これに女剣士は防げないと判断したのだろう。その場からバックステップで距離を取った。だが、それが終わりの始まりだった。
「ほいっと」
かんっ。カイトが地面を軽く小突いた瞬間、女剣士が移動した足元にルーン文字が浮かび上がる。そうして生じた爆発を見ながら、カイトは一つ楽しげに笑いながら謝罪する。
「悪いな……今のオレは満遍なく強化されててな。こういう小手先の技も出来るわけ」
そもそも本来武器の切り替えを主軸として戦うカイトが双剣一つで戦っている時点でおかしいのだ。更に言えば彼の戦い方としてルーン文字を置いて敵を罠に嵌めるというやり方もいつも通りといえばいつも通りだろう。
それを神陰流の<<転>>一つで対応していたのだから、手抜きと言われても仕方がなかった。とはいえ、そんな彼もルーン文字一つでこの女剣士を仕留められると思うほど舐めてもいなかった。
「さて……」
来るか。カイトは爆炎を斬り裂いて現れた女剣士に、両手に携えた大剣と大太刀の二振りをだらりと垂らす。
「……」
チャンスは一瞬だけ。カイトは刹那さえ全く足りないチャンスを手にするべく、<<転>>で把握出来る範囲を最大限まで拡張する。その上で一瞬のチャンスを掴むべく、思考速度と反射神経を魔術で加速。有り余る出力を利用して、一瞬を見定める。
「……」
あと一歩。もしこれが知性的な敵であったのなら、今の自分がこんなあからさまに隙だらけの姿勢を取ることに不審感を抱いただろう。カイトはそう思いながらも、容赦するつもりはなかった。そうして女剣士が最後の一歩を踏み出して、もはや止まれない状態になる。
「……はぁ!」
すれ違う一瞬。カイトの双剣が女剣士の閃光が如き刺突よりも更に速い速度で振るわれる。そうして振るわれた双剣は守るもののない女剣士の肉体を十字に斬り裂いた。
「流石に再生されると面倒なんで!」
女剣士を十字に斬り裂いて、カイトは双剣を異空間へと収納。今度は双銃を取り出して、残る肉片へと魔力の光条を射出。女剣士を跡形もなく消し飛ばすのだった。
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