第3495話 はるかな過去編 ――触手の騎士――
『強欲の罪』。どこかの世界で一大帝国を気付くという魔物と類するにはあまりに文明的な行動を見せる魔物。後にそれとなる『強欲の罪』の雛との戦いの最中にソラ達の縁を使い未来の世界から呼び出されたカイトは、自身の顕現を見抜いたヴィヴィアンと共に触手で出来た船を撃破するべく巨大な触手で出来た船の内部へと潜入する。そうして暫く移動していた二人を待っていたのは、王宮の謁見の間のような空間で騎士のような触手の人形であった。
というわけで触手の騎士との交戦を続ける中で、ヴィヴィアンの攻撃を受けた触手の騎士は触手を用いて右腕の膂力を増大すると共に左手にそれを補助する触腕を生み出して魔術の高速行使を併用した戦闘方法へと切り替わっていた。
「ふふ」
だだだだだっ。左手の手印から行使される高速かつ強大な魔術の矢をヴィヴィアンは楽しげに笑いながら駆け抜ける事で避けていく。そうして矢の投射から距離をある程度取った所で、彼女は直角に曲がって触手の騎士へと肉薄する。
「はぁ!」
ぎぃん。触手の騎士が両手剣を合わせてヴィヴィアンの剣戟を防ぐ。そうして右腕一つで受け止めた触手の騎士は片手となった事と膂力が片腕で十分になった事で取り回しが良くなったらしい。片腕一つだというのに、両手の頃より遥かに速い速度でヴィヴィアンへと切り返す。
「遅い遅い」
幾重にも火花が舞い散り、まるで目覚まし時計の様にけたたましく鉄の音が鳴り響く。が、速度を上げた触手の騎士に対してヴィヴィアンはまだまだ余裕で、大剣一つでそれと渡り合っていた。というわけで互角に渡り合う彼女に、触手の騎士は左腕で高速に印を切っていた。
「押し留めは無理だよ」
にこにこと楽しげに笑いながら、ヴィヴィアンが最後の印が組み上がる前にその場を離脱する。そうして彼女が離れると同時に、まるで彼女の逃げ場を潰すかの様に炎の壁が立ち昇った。
『……』
「……じゃ、そろそろ本気やろっか」
炎の壁から現れる触手の騎士に、ヴィヴィアンの顔付きが少しだけ変わる。そうして直後、彼女の姿が消える。
「おっと……」
明らかに驚きが浮かんだな。カイトは触手の騎士の顔に浮かぶ驚きにほくそ笑む。そうして消えた彼女が音もなく、触手の騎士の後ろに現れる。
「はぁ!」
『!』
触手の騎士が驚きを浮かべるも、それより早くヴィヴィアンの剣閃が疾走する。しかし流石にこれで仕留めきれるほど相手も甘くはなかった。というわけで結末を見て、カイトが首を振る。
「……ちょっと卑怯じゃねぇかね、それは」
「ふふ。良いよ、このぐらい」
両手剣での防御が間に合わないと見るや、左手で印を結んで障壁を展開したらしい。ヴィヴィアンの振るう大剣は後数ミリという所で食い止められていた。そうして笑う彼女へと、身を捩ってその動きのまま触手の騎士が剣戟を放つ。
「ふっ」
カウンター気味に放たれる斬撃に、ヴィヴィアンが再度消える。それに今度は触手の騎士も追い縋るも、すでに速度では圧倒的な差が生まれつつあった。
「うーん……要らんかったか」
圧倒的な速度で移動するヴィヴィアンを目で追いかけながら、カイトは彼女に加護まで付与したのはやりすぎたかと内心で苦笑いだ。ここまで圧倒しているわけであるが、彼女はまだ加護を使っていなかった。そうして今度は速度で翻弄するヴィヴィアンを見る彼に、シルフィードが声を発する。
『でもすごくない? 魔王時代の戦闘力そのままだよ』
『あんなもんじゃなかったぞ、魔王時代は。支援が入るからな』
『あー……そう言えば何人もの勇者がそれで大苦戦させられてたっけ……あれ? もしかして……君達って魔王時代よりヤバくない?』
本来カイト達は四人で世界を相手取って戦える猛者達だ。その実力は大精霊達との契約を持ち出したり、世界が一丸になって立ち向かったりしてようやく倒せるほどの領域だ。
当然カイト達は契約や加護を持っておらず、全てを自分達で賄っていた。まぁ、言うまでもなく彼らに加護なぞ与えてしまえば人類側に勝ち目なぞないのだから仕方がないだろう。というわけで驚愕の真実に気が付いたシルフィードに、カイトが笑って嘯いた。
「なにせ魔王を超えた大魔王様を更に超えた勇者様ですので」
『超勇者とか?』
「もうなんなのかわかんねぇな……ま、万が一の場合はお前らも連帯責任だかんなー」
ケタケタケタ。カイトは楽しげに笑う。と、そうこうしながらもヴィヴィアンは速度で翻弄し続けていた。
「ふふ」
触手の騎士を翻弄しながらも、ヴィヴィアンは余裕が損なわれていない。どうやらこうして逃げている様に見えるのも、逃げている様に見えるだけというわけなのだろう。
(これで恐ろしいのは速度だけを上げているという所だろうな……)
速度だけ上げているといえば聞こえは悪いかもしれない。そしてその言葉そのものは間違っていない。だが上がっているのは単なる移動速度や剣戟の速度だけではない。衝撃を殺す速度も反射神経も遥かに向上しており、明らかな余裕が見え隠れしていた。
(さて……そうなるとお前さんに出来るのは……)
限られてくるだろう。カイトはここで自分にも読めない手札は除くとして、取れる手は何かを考える。そうして考え付くのは一つだった。
「ふふ」
速度が倍加した。ヴィヴィアンは自身の速度に対応し、それを上回る様に加速した触手の騎士に僅かにほくそ笑む。確かにどうにせよあのまま続けていた所で触手の騎士の敗北は明確だった。ならば速度を底上げして対応しよう、というのは当然の判断でしかないだろう。
(そうだよな。流石にこの状況で触手を使って脚力アップ、なんて出来るわけもないし……さりとて今までの様子から外部……『強欲の罪』からのバフなんてのもない。が、すでにやつの底は見えている……なら奇跡の種は……)
左手の手印。カイトは超速で動き出した触手の騎士のからくりをそう断言する。そして事実、触手の騎士の左手は一つの印を結んでおり、そこで固定されていた。
(本来は単なる速度上昇の手印だな。あの簡便性から考えて、上昇率は高くはないはず。移動時に両手で印を結んで速度を上げるためのもの……という所だろう。それを片手を固定する事で効果範囲を拡張しているか……いや、両手という概念にしているか?)
どちらかはわからないが、少なくとも通常の効果より一段か二段上の効果はあると見て良いだろう。そうして触手の騎士の行動を読み解いたカイトの一方。速度を上げた触手の騎士はヴィヴィアンの背後に回り込んでいた。
「ふっ」
まるで意趣返しとでも言わんばかりに自らの背後に回り込んだ触手の騎士に対して、ヴィヴィアンはそんなものわかっていたとばかりに最初から大剣を動かしその腹で斬撃を防ぐ。そうして防いだ所に、再度触手の騎士が消える。
(……終わったな)
完全にヴィヴィアンの戦略に嵌った。カイトは今度はヴィヴィアンが追う形で始まった追いかけっこを見ながらそう断ずる。そうして数度、剣戟が交わる。
「っぅ」
元々速度を増しただけのヴィヴィアンが、総合力を倍加させた触手の騎士の攻撃に耐えきれるわけがない。というわけで吹き飛ばされたヴィヴィアンが地面に着地するよりも前に、触手の騎士が彼女へと追い付いた。
『!?』
「ごめんね、私妖精なの」
すかっ。空を切った自らの斬撃に、触手の騎士は今日一番の驚きを浮かべる。直撃の瞬間、ヴィヴィアンは妖精族の特性の一つである大型化を解除して、小さな姿に戻ったのだ。
本来ヴィヴィアンが妖精族である事を見抜けていればこれも頭の片隅にあったかもしれないが、所詮は魔物。そこまでの知識があるか微妙だったし、よしんば大本の個体にその知識があったとしてもここでその札を切る事は予想出来なかっただろう。というわけで斬撃を回避した瞬間、再度大型化。両手剣の柄を握ると、地面を滑る様にして急制動を仕掛ける。
「さ、今度はどうする?」
腰だめに大剣を構えて、ヴィヴィアンが楽しげに問いかける。そうして彼女の実像がぶれて、まるで万華鏡の様に幾重にも折り重なった。
「チェックメイトだな」
触手の騎士も急制動を仕掛けようとしているが、如何せんそもそもヴィヴィアンを追撃しようと加速したのだ。そしてそこに想定外の行動が発生した事により、数瞬の間が存在してしまっていた。幾ら加速していようと、その速度を考えればもはや触手の騎士の回避が間に合うような状況ではなかった。
「「「はぁ!」」」
すでに左手の手印は加速で固定している。そうせねばヴィヴィアンの速度に追い付けなかった。が、これにはデメリットがいくつもあり、加速で固定した手印を即座に解除して魔法もどきを展開する事はこの触手の騎士には出来なかったのであった。そうして万華鏡の様に折り重なったヴィヴィアンが、無数の斬撃を一度に放つ。
『!』
無数に放たれる斬撃に、触手の騎士は自分が乗せられた事を理解したようだ。が、すでに回避は間に合わない。ならば防御はというと、この通りありとあらゆる可能性から放たれる斬撃を防ぐ事なぞ現実的に不可能に等しい。そして触手の騎士とて諦めわけがない。なので触手の騎士は最も斬撃が通る一点を狙い定め、両手剣で剣戟を放った。
『!?』
ばりんっ。まるでガラスが割れるような音と共に両手剣が砕け散り、触手の騎士の顔に先ほどヴィヴィアンが小型化したと同等かそれ以上の驚きを浮かべる。が、当然斬撃は両手剣を砕いたからと止まるわけがない。そうして確定した無数の斬撃が、触手の騎士へと襲い掛かった。
「ごめんね。別に一つしか確定しないわけじゃないの」
「放たれる可能性がある以上、そして放たれたという結果がある以上、結果に合わせて世界が現実を修正したわけか」
終始圧倒したヴィヴィアンに拍手を贈りながら、カイトは彼女の言葉を補足する。ここらは一番厄介な所であったが、実はあの斬撃は一つが確定したからと他の全てが消えるわけではなかったらしい。
なので触手の騎士は可能性が一番高い所を狙い打ったわけであるが、それは同時に一番してはならない事だったのである。そうして触手の騎士を無数の剣戟でねじ伏せて、二人はコアの停止へ向けて動き出すのだった。
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