第3494話 はるかな過去編 ――触手の騎士――
『強欲の罪』。どこかの世界で一大帝国を気付くという魔物と類するにはあまりに文明的な行動を見せる魔物。後にそれとなる『強欲の罪』の雛との戦いの最中にソラ達の縁を使い未来の世界から呼び出されたカイトは、自身の顕現を見抜いたヴィヴィアンと共に触手で出来た船を撃破するべく巨大な触手で出来た船の内部へと潜入する。そうして警戒しつつ潜入した触手の船の中で、カイトは盛大にため息を吐いていじけていた。
「ほらな。ほーらな。こうなると思ってたんですよ」
「なんだか不思議な空間だね」
「そうだろうと思ってたんですよ。そりゃ普通に船の中になんてなるわけないですよ」
甲板の上にあった扉から艦橋らしき所につながると思われた扉であるが、相手は魔物。扉がそのまま中に繋がるという常識が通用するわけがなかった。
というわけで入った二人がたどり着いたのは、巨大な石橋が浮かぶ不思議な異空間であった。といっても石橋が延々続いているわけではなく、単に出た先が石橋――の一部――の上というだけだ。
他にもどこから流れ着いたのか街灯のようなものが浮かんでいたり、単なる石の塊があったりとしていた。そうして肩を落とすカイトに、ヴィヴィアンが笑いながら慰める。
「まぁ、敵の軍勢が待ち構えているとかなくて良かったじゃない?」
「そっちの方が良いだろ。ただ考えず倒しゃ良いんだしな。何より、オレとお前の二人で推理やらなんやらやりたいか?」
「……しっかり頭脳担当居ないね」
「やってくれる?」
「……」
カイトの問いかけに、ヴィヴィアンは無言でニコニコと笑うだけだ。目は口ほどに物を言うとは言うが、その笑顔が何より答えだった。というわけでこの展開が一番嫌だった、と肩を落とすカイトは気合を入れて立ち上がった。
「はぁ……さて、どうしたもんかね。飛空術は……当然の様に禁止されてる、と。面倒くさいな」
「とりあえず進んでみる? こっちから来たっぽいけど……」
「行きはよいよい帰りは怖い、とは言うが……戻れそうにありません、と」
二人が立つ石橋の逆側に広がっていたのは白み掛かった虹で覆われた空間だ。上下左右に白い虹が全てを覆い尽くしており、その先がどうなっているかは見えなかった。試しに魔力で編んだ棒を突き出してもみたが、ただ空を切るばかり。戻る事はできそうになかった。
「じゃ、行くか」
「うん」
ひとまず石橋の果てまで進んで見れば何かまた分かる事があるかもしれない。二人はそう考えて、とりあえず歩き出す。
「そう言えば今の私達ってカイトと一緒なの?」
「一緒に居られれば楽なんだがなぁ……まぁ、生きれば生きるほど色々とあるもんで。お前らに任せたい事の一つや二つ出るもんだ」
「りょーかい」
不意に別れねばならないのなら話は別だが、それが話し合った上での事であるのならそれは一緒に行動していると同じだ。なのでヴィヴィアンは今は一緒に居ないが、単にそれが必要だから別行動を取っているのだと理解する。
「あ、でもお前らということはどっち?」
「モル」
「上手く別々だ」
「あははは。今とは真逆にな」
「あはは」
基本的にヴィヴィアンは四人の中で一番の脳筋だ。その次はカイト、その次がユリィで、最後はモルガンという具合になる。というわけで今はまだ考えるのが面倒という割合が勝っているのか、カイトはとりあえず突き進む事にしていた。どちらにせよこの二人なら大抵は踏み潰して進めるので大丈夫だろうという安心感もあった。そうして談笑しながら歩き続けること暫く。石橋の端にたどり着いた。
「……なにもないね」
「敵も出てこない、と」
石橋の端から先は逆側と同じくただ白い虹色の空間が広がるだけだ。だが逆側とは異なり少し大きめの石が浮かんでおり、二人の脚力なら飛んで行けそうではあった。
「どうする?」
「行くか」
「うん」
カイトの言葉にヴィヴィアンが応じて、彼の首へと手を回す。そんな彼女をお姫様抱っこの様に抱きかかえると、カイトが僅かに屈んで一瞬で石の足場へと移動する。
「ふぅ……はてさて……」
「なんだろう、これ」
「石畳で出来た石橋と良い、街灯と良い……何かの文明のようなものは感じられるな」
石の塊かと思われた物体はどうやら、何かの建物が砕けたものか破片に岩が張り付いたかで出来たものだったらしい。ちょうど足を乗せた所には僅かに鉄の破片が飛び出していた。
「で、それは良いが次は……あっちかな?」
「……そうだね」
周囲を見回して、二人は次の足場となり得そうな浮遊物を探す。そうして跳躍を繰り返し移動すること暫く。少し大きく、平らな足場へとたどり着く。
「……なんというか、明らかにこれは……」
「王宮……と言って良いのかな。砕け散っちゃってるけど」
「だな……ここは敢えて言うのなら謁見の間、という所か」
元々はかなり豪華な場所だったのだろう。壁には破けているがかなり上質な布が立てかけられており、その中には旗のようなものもあったりしていた。そしてその最奥には。
「あれがこの船の炉……もしくはコアかな?」
「その一つだろうな……で? お前がその守護者って事か?」
最奥で輝く光球の前に鎮座する触手の人形ともまた一風変わった、まるで両手剣を前に構えた騎士のような威風を有する人形へとカイトが問いかける。もちろん、返答があるとは思っていない。が、意外な事に声が帰って来た。もちろん、剣を抜き放ちながらではあるが。
『縺溘?縺ォ繧∫視荳句・ウ谿ソ』
「おぉ?」
「嬉しそう?」
「初めて答えが帰って来たからな……意味は不明だが」
なんと言ったのか、というのは一切わからない。魔物の言葉だからか翻訳の魔術も通用していなかった。というわけでカイトが剣を抜こうとしたわけだが、その前にヴィヴィアンが前に躍り出る。
「私がやるよ……暇だし」
「そか……ま、負ける事はないだろうし良いか」
どうやらカイトは手出しをするつもりはないようだ。彼が一歩後ろに下がると同時に、触手の騎士とヴィヴィアンが地面を蹴って、謁見の間中央で火花が散った。が、斬り結んだのは一太刀のみ。即座に両者の姿が掻き消える。
「……」
ヴィヴィアンが逃げ、触手の騎士が追いかける格好か。カイトは超速で移動しながら、移動した先で一つだけ上がる火花を目で追いかける。が、彼の顔には笑顔が浮かんでいた。
(流石軍精様か……斬り結んでない。剣戟の発生から斬撃だけがワンテンポ遅れている。どうやってんだよ)
伊達に最盛期は数多の神族や神をも上回ると言われた異族の頂点達と戦い、その多くを斬り伏せたと言われるだけの事はある。カイトは今でこそのほほんとした様子しか見せないが、その実妖精という種族としては弱者に分類されながらも数多の神々にさえ恐れられた妖精の実力に僅かな興奮を覚えていた。
(そうでなきゃなぁ……そうでなきゃな)
なにせ自分と共に最前線で数多の英雄達を斬り捨ててきた最強最悪の魔王の一角。『原初の魔王』と唯一並び、戦う事が出来た最強の魔戦士。その実力は、『強欲の罪』謹製だろう融合個体相手だろうと追随を許さない。
(さて……何を狙う?)
当たり前であるが、ヴィヴィアンはただ逃げているわけではない。そしてそれを触手の騎士もわかればこそ、彼女を追っている。もし彼女を捨て置いてカイトを狙えば、その瞬間に自分が斬り捨てられる。戦士として、そんな確信があったのだ。そうしてカイトがその思惑を読み解こうと考察を開始した直後。ヴィヴィアンが明確に停止する。
「ふふ」
『!』
「うっそだろ、おい……」
ヴィヴィアンの停止と共に生じたのは、無数の斬撃。たった一太刀しか刃を振るっていないにも関わらず走る無数の剣戟に、僅かな驚きが触手の騎士の金属質の顔に浮かぶ。表情は明らかに変わっていないのに驚いた事がカイトからでも理解出来たのだから、その驚きのほどは察するにあまりあった。
「さぁ……」
どう防ぐ。カイトは無数に煌めく斬撃に曝される触手の騎士に、お手並み拝見とばかりに獰猛な笑みを浮かべる。一撃一撃が必殺。どれもこれもが本物。一つ二つ防いだ所で程度でどうにかなるものではない。そうして幾重にも分裂する斬撃を前に、触手の騎士はしかし両手剣を右手一つで構えて左手を空ける。
「あらら」
「……む」
無数に発生していた斬撃が一つに折り重なり、触手の騎士はその一つだけと剣戟を交える。とはいえ、ヴィヴィアンからすればどうという程度もない事ではあったのだろう。一撃を防がれた後、即座に次の斬撃を放つ。その一方、カイトは今の一幕を考察する。
(今のは……魔法もどきか? ヴィヴィアンは可能性を分岐させ、ここに斬撃がある状況というのをいくつも創り出したわけだが……謂わばシュレディンガーの猫状態か。移動し続けていたのは、剣戟を放つまでの一瞬を限りなく減らさせるため……)
世界に幻を見せる事で、斬撃がどこにあるか世界にもわからなくしてしまったわけだ。そしてその結果が出力される時はすなわち、攻撃が命中した時だ。そしてそれに合わせて斬撃が確定される事になる。
カイトはヴィヴィアンの斬撃を簡単にそう噛み砕く。無論幻を見せると言っても幻術で成し遂げているわけではないし、よしんば幻術であったとしてもその幻術は魔法にも等しい領域の幻術だ。それに対抗して打たれた手を、カイトは考察する。
(それでおそらく、今のはシュレディンガーの猫状態を魔法もどきで強引に観測する事で確定させた……という所か。やはり攻撃に使えなくなっただけで、魔法もどきは面倒だな)
カイトは触手の騎士の手立てをそう判断する。そうして手札を一枚潰された形となるヴィヴィアンであったが、そんな彼女に両手剣で斬り結んでいた触手の騎士が動いた。
「っ」
何かをするつもりだ。ヴィヴィアンは触手の騎士が僅かに力を込めて自分の大剣を押し戻した事を知覚する。そうして今まで以上の時間的な空白が生ずる――無論コンマ数秒というごく僅かな時間であるが――と、その瞬間触手の騎士は両手剣から左手を手放す。
「おっと」
迸る光の矢に、ヴィヴィアンが羽を羽ばたかせて僅かに舞い上がる。そうして上下逆さまになった状態で、彼女は触手の騎士を飛び越えながら斬撃を放つ。これに触手の騎士は右手一つで斬撃を受け止めた。
「……」
何か違和感があった。ヴィヴィアンは空中で身を捩り触手の騎士を正面に捉え、その違和感を確認する。そうしてすぐに彼女は違和感を理解する。
「そういうことも出来るんだ」
「人間離れ激しいな」
「人間だったのかな、この個体」
「さぁな……少なくとも、ベースは二本の腕に二本足。常識的な身体をしている様子だが」
ヴィヴィアンが感じた違和感は両手剣を手にする右腕だ。触手の騎士の右腕のちょうど手首から少し上あたりから触手が何本も伸びて、両手剣の柄を包みこんでいたのである。
それはあたかも、両手剣と触手の騎士が一体化したかのようであった。そしてそんな触手の騎士が右腕を振るい、先程と同等かそれ以上の力で斬撃を放つ。
「はっ!」
「おっと」
「あ、ごめん」
「良いよ、別に」
触手の騎士から放たれた斬撃を大剣で斬り伏せたは良いが、その斬り裂かれた一つがカイト目掛けて飛んでいったようだ。とはいえ、これにカイトはまるで羽虫でも振り払うかの様に軽く手で払うだけであった。そんな彼の一方で、ヴィヴィアンは返礼とばかりに斬撃を放つ。
「はぁ!」
この程度でどうにかなるものではない事はヴィヴィアンも重々承知している。なので彼女の目的は片手を強化して何をしようとするのか、という所であった。そうしてそんな彼女の思惑通り、触手の騎士は強化した右腕で剣戟を放ちヴィヴィアンの斬撃を破壊。空いた左手で手印を結ぶ。
「なるほど」
騎士じゃなくて魔剣士というわけかな。ヴィヴィアンは左手を補佐する様に伸びた触手と共に手印を切る左手に、そう判断する。そうして飛来する光の矢を身を捩って回避して、そのままヴィヴィアンは距離を詰めていくのだった。
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