第3486話 はるかな過去編 ――星に比する巨人――
『狭間の魔物』による侵略を受け召喚された未来の世界のカイト。そんな彼の出現により『狭間の魔物』こと『強欲の罪』との戦いは次の段階へと移行。<<青の騎士団>>との合流したカイトは死者の召喚を執り行うと、彼の呼びかけに呼応する形でかつてこの世界で名を馳せた騎士達が現れる。
そうして現れたシンフォニア王国どころか大陸全土の伝説に名を残す英雄達に下の戦闘を任せたカイトはヴィヴィアンと共に『強欲の罪』を狙いに行く事にするわけであるが、それを察した『強欲の罪』が反撃を繰り出していた。
「「……」」
さてどこから来るか。カイトとヴィヴィアンは背を合わせながら、どこから敵が来ても問題ないように警戒を強める。そうして音ならざる音が響く中、二人は世界が砕け散るのを目の当たりにした。
「おっと」
「これは……ちょっと想定外?」
「想定外」
世界を引き裂くではなく世界を抉るのか。カイトはまさかの状況に思わず吹き出す。そうして直後だ。巨大な手が、二人を覆い隠す。
『カイト! 何があった!?』
「おーう。大丈夫大丈夫……あ、よいせっと!」
どぉん。爆音よりも更に巨大な轟音が轟いて、二人を押しつぶそうとしていた手のひらが吹き飛ばされる。その巨大さたるや、指一つだけでもすでに山のようであった。というわけでもはや大地にも等しい巨大な手が吹き飛んで、敵の姿が露わになる。
「こーらまた……」
「大きいねー」
「いやかっる……いや、これはまぁもう現実感喪失しきってるけどさぁ……」
ぽかーん。敢えてカイトの表情に擬音を乗せるのであれば、そんな間抜けな様子だろう。なにせ敵の大きさは比較が出来ない規模だ。数千メートル級の山よりも更に巨大。おそらくどこかの星に足を下ろせば、ただ立つだけで成層圏を突破出来そうなほどの巨大さであった。と、そんな星の如き巨人であったが、打ち上げられた腕とはまた別の腕が振り下ろされる。
「避けられそうにないね、これ」
「無理ですねー。いや、こいつ本気でやれば数歩で大陸横断出来るんじゃね?」
ごぉおおお、とまるで隕石が墜落してくるかのような勢いで迫りくる手のひらに、二人はそもそも回避する気さえなかったようだ。というより、手のひらだけでも数十キロはあるかもしれないのだ。転移術で星の裏側にでも回らない限り回避出来るものではなかった。
「自重で圧壊とかしないんかねぇ、あのサイズ。宇宙だから大丈夫とかそんなのか?」
「考えても無駄じゃないかな?」
「無駄だなー……」
「それより熱くないのかな、あれ」
「手で大気圏突入って意味わかんねぇな……」
大気との摩擦で灼熱を纏う手のひらを見ながら、カイトは深くため息を吐く。と、そんな彼の脳裏に大魔王の声が響く。
『オリジナルよ。彼奴の出現に伴う重力場の歪みはこちらで防いでいる。仕留めるのは貴公に任せよう。流石に我では被害が大きくなりすぎよう? そのかわり、好きに戦うが良い』
「それで重力異常が起きてないわけね……あいよ。こっちでやりま」
当たり前であるが、こんな戦場全部を押しつぶしても余裕で有り余るだろう手が地面に直撃しては堪ったものではない。そしてこんな相手だ。人類だ魔族だと言えるわけがなかった。というわけで大魔王が支援に入り、カイトが討伐を担う事になったようだ。
「久しぶりに?」
「大丈夫。こいつらとも割と長い付き合いになりつつある」
「そっか……まぁ、私達にとっちゃ」
「こんな程度、懐かしい相手でしかないな」
二人の脳裏に浮かぶのは、原初の世界から追放された時代。あの時代は世界の狭間なぞ目でもない領域で無秩序だったのだ。星という比較対象はなかったが、今思えば星と同程度の規模の魔物に脅かされた事は一度や二度ではなかった。というわけで対処法は初めからあった。
そうしてカイトの意を受けて狭間の世界の壁をも引き裂いて、カイトの後ろから巨大な鋼の右腕が顕現する。それは落ちてくる腕の指先ほどの大きさもない、星の外に立つ巨人からすれば赤子の指のようでしかない。だが、そこに秘められた力はまるで比較にならなかった。
「……どうした? デカブツ。ほら、こいよ。あともうちょっとだぜ」
灼熱を纏い大気を鳴動させていた巨大な手が、カイトの頭上数百メートルの所で停止する。そうして戦場全域を覆う手のひらを前に、カイトは獰猛に牙を剥いて笑っていた。それを見てヴィヴィアンが総身に力を込めようとして、それにカイトが手を前に出した。
「じゃあ、私も……あれ?」
「神様二枚は流石に大盤振る舞いだ。それにお前一人だと疲れるだろ?」
「ふふ……わかった」
この程度の相手に自分達が本気を出すまでもない。カイトの言葉にヴィヴィアンは解き放とうとしていた力を霧散させる。と、そんな彼にアル・アジフが口を尖らせる。
『我々は大盤振る舞いではないのか』
「大盤振る舞いは大盤振る舞いだ……が、あのサイズだ。流石にオレ一人でやると大魔王様が疲れちまうだろ?」
カイト自身、単身でも星を砕ける。その彼にとって、星ほどの巨大な魔物を相手にする事なぞ苦でもない。が、大魔王もそうであるように彼が本気でやれば被害が馬鹿にならない。
そして残念な事にこの時代のヒメアはカイトに対応出来るほどの腕はなかった。というわけで被害が出ないように戦わねばならないのであった。
そうして気楽に話す彼らの一方。右手一つで侵攻が防がれたのを見て、巨大な手がゆっくりと――あまりの大きさにゆっくりに見えるだけだが――閉じられていく。
『はぁ……ナコト。単なるデカブツだ。目のものを見せるぞ』
『左腕追加』
右腕はすでに放たれている。であれば次に繰り出されるのは当然、左腕だ。というわけで再び世界の壁をぶち抜いて、今度は鋼の左腕が顕現。右腕一つで支えていた手のひらへと激突。その手を大きく打ち上げる。
「我は遥か始源の時より在りしもの。我は終焉の時を経てなお残りしもの」
どうやら巨大な腕は二本だけではなかったらしい。一本目の腕が打ち上げられたまま、そして二本目の腕もまた打ち上げられたにも関わらず、三本目の腕が飛来する。
「……」
だぁん、と三本目の腕が右腕と激突。しかし今度は星に比する巨人もまたこれを理解していたらしい。僅かにでも弾かれた事を理解した瞬間に自ら腕を引き戻し、反動を抑制する。そして引いたと入れ替わりに、四本目の腕が飛来。鋼の左腕と激突する。
「おいおい……四本でやってもその程度か?」
四本目が弾かれたと同時に一本目の巨腕が飛来する。これに鋼の右腕が激突し、四本の星をも砕く巨腕と2つの鋼の拳が無数の拳打を繰り広げる。が、その速度も力もいつしか、鋼の両腕が上回る。
「おらおらおらおらおら!」
楽しげに、狂気さえ滲む声を上げながらカイトは放たれる拳打の速度を加速させる。そうして星をも砕く拳が一打放たれる間に鋼の拳が二打三打と打ち込まれ、流石に星に比する巨人も反動を抑制しきれなくなったようだ。
「おらぁ!」
がぁん、と大きな音が響いて、巨腕の一本が大きく打ち上げられる。だがそれでもまだ三本の腕は残っている。残る三本で拳打を続けるが、すでにカイトの力に耐えられる状況ではなかった。そうして打ち上げられる四本の腕を見ながら、カイトは詠唱を終わらせる。
「我は輪廻の輪より外れしもの。我は常世全ての不条理を糺せし無二なるもの……我は神意なり」
おぉおおおお。カイトの呼びかけに応じて、声ならざる声が響く。そうして彼を覆い隠すようにして、鋼の神が顕現する。
「……さ、遊んでやるよ」
「すでに遊んでいるだろう」
「父様は相変わらずお遊びが好き」
両腕を組んで仁王立ちするように顕現した『神』が、カイトの動きに合わせて右手で挑発するように手招きする。サイズの差は完全に顕現しようと変わらない。
巨大な鋼の『神』でさえ星に比する巨人に対しては指の第一関節ほどもない。だが、それでも。秘められた力は全く逆。あまりにカイトの方が大きかった。最初に打ち上げられた腕が振り下ろされて、『神』へと激突する。
「……それで?」
大陸を、星をも打ち砕きかねない巨大な拳の衝突。本来であれば如何なる存在もその大地ごと押し潰す一撃はしかし、鋼の『神』を僅かにも動かす事さえ出来はしない。そうしてまるで羽虫でも払うように、『神』が自らの頭を抑えていた巨腕を払った。
「この程度か」
まるで弾かれたかのように打ち上げられる巨腕を見て、カイトはまるで神の様に傲岸不遜に笑う。そうして、次の瞬間だ。次の一打が振るわれるよりも前に、『神』が姿を消した。
「さ、女が見てる前なんでね。ちょーっと気合の入ったパンチ打ち込むぞ?」
「誰の前でも言ってそうだね」
「うるせぇ」
次に『神』が姿を露わにしたのは、星に比する巨人の胸だ。そうしてヴィヴィアン――一緒に取り込まれていた――の言葉にカイトが笑いながら、星に比する巨人の胸を打つ。そうして星にも匹敵する巨人が彗星の如き速度で、星から引き剥がされる。
「おぉおおお!」
引き剥がされた星にも比する巨人を鋼の『神』が追撃する。そうして、この世界から離れた虚空で星を崩す巨人と『神』の戦いが開始されるのだった。
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