第3485話 はるかな過去編 ――戦闘開始――
『狭間の魔物』による侵略を受け召喚された未来の世界のカイト。そんな彼の出現により『狭間の魔物』こと『強欲の罪』との戦いは次の段階へと移行。<<青の騎士団>>との合流したカイトは死者の召喚を執り行うと、彼の呼びかけに呼応する形でかつてこの世界で名を馳せた騎士達が現れる。
そうして現れたシンフォニア王国どころか大陸全土の伝説に名を残す英雄達は四方に分かれて顕現すると、各々が伝説に恥じない実力と伝説では決して伺い知れないその本来の性根を見せて戦闘を開始する。そんな光景を見て、レックスはカイトの本当の厄介さを心底理解する。
「……」
なるほど。これは想像した以上に厄介だ。レックスはそれを理解すればこそ、大精霊の力により顕現した過去の英雄達の出現に高まる統一軍の士気に対して顔には盛大な苦みが浮かんでいた。そんな彼へと、ベルナデットが告げた。
『お気持ちはわかりますー……なんでああもやられたくない事をしでかすんでしょうねー』
「くっ……あはは。本当にな」
こんなもの、シンフォニア王国の貴族達にとっては悪夢にも等しい光景だ。もちろん、彼からしてみれば面白くて仕方がない話でしかない。
だがこれを心底面白いと捉えられるのは自分が英雄に類する性質を持つからだと自己分析出来ていたし、出来る自分がレックスは少しだけ恨めしかった。そうして遠くでリヒトへと頭を下げる彼の姿を見ながら、少しだけ物憂げな顔を浮かべる。
「なんていうか、あいつは本当に自分の価値を理解出来てないんだよなぁ……いや、今のあいつは理解してる……か。いや、この時代よりでかい価値ってのは笑えるけどさ。これに並ぶのかぁ……」
『諦めますー?』
「まさか。気合入るね」
どこか挑発的なベルナデットの言葉にレックスは笑う。ここから先、おそらくカイトには本当に色々な事があったのだろう。彼は為政者としての見識を持ち合わせているというカイトを嬉しくも思い、同時に苦々しくも思う。
権威も権力も望まない、ただ一人の姫の騎士である事を望む男が権力と権威を手にする事を決めるのだ。権威と権力の頂点を手にする事が定められていた彼には、何があったか察するにあまりあった。
「ま、あいつが覚悟を決めたってなら俺からすりゃ嬉しい話、か」
『張り合い、ありますものねー』
「どんな街を、国を作ってるんだろうな、あいつ」
ソラ達からは公爵という貴族としてはほぼほぼ最高位の地位と最高位の権限、そして様々な事情から最大の領地を与えられていると聞いている。公爵とは時として公国という国を興す事もある。
エンテシア皇国を知らないレックスからすれば、強い権限を有する公爵とは独立国扱いとも見做せた。これから先、国の舵取りを行っていく事になるレックスにとってカイトの作った街は正直に言えば見たくて堪らなかった。
『ですが、それ以前ですよー』
「そうだな……良し。全軍に総攻撃の指令を。なんとか押し返そう」
ベルナデットの言葉にレックスは再び気合を入れて、全軍の指揮を再開させる。そうして先遣隊本隊の到着と英雄達の顕現により勢いを取り戻した統一軍による攻撃が再開されるのだった。
さて統一軍が勢いを盛り返し、攻勢を再開していた一方。死者の召喚を終えたカイトはというと、<<青の騎士団>>にも再攻撃とレックスの指揮下での転戦を指示。自身は今回の切り札として、状況を見極めるべく一度状況を精査していた。
「とりあえずこれでひとまずは、か」
「すごいね」
「だろう? まぁ、本当はこんな手間になるもんでもないんだが」
「え? ああ、ごめんごめん。そっちもすごいね」
「え、違うの?」
何か別のことに感心していたらしい。鼻高々に応じていたカイトであるが、ヴィヴィアンの言葉に思わず目を丸くする。これにヴィヴィアンが笑う。
「あはは……彼らだよ。すごい力」
「ああ、彼らか」
ヴィヴィアンが見るのはリヒト達だ。もちろん彼ら以外にもかつて炎帝と呼ばれた騎士等、様々な英雄達がそこかしこで戦っている。だがやはりカイト以前に勇者と呼ばれただけの事はあり、リヒト達が一番色々とぶっ飛んでいる様子だった。それは戦闘力も然り、在り方も然りであった。
「なんだか懐かしいと言えば懐かしいのかな。ああして話し合いながら旅をしてたような事もあったかな」
「話し合いながら旅はしていたが……あれはもう巫山戯ながら戦ってるというかなんというか。いや、オレらもそうっちゃそうなんだけど」
「今もそう?」
「認めたくねぇなぁ……」
どんな戦いを繰り広げていただろうか。カイトはヴィヴィアンの問いかけに自分達が一緒になった場合の様子を思い出し、間違いなくリヒト達と同様に真面目ではあるものの真面目さとは程遠い戦いを繰り広げていたと笑う。これにヴィヴィアンは非常に満足げだった。
「そっか。良かった」
「良いのかねぇ……いや、マジで良いのか? いや、本当にどうなんだろう……」
「ふふ」
相変わらず変に真面目で変に不真面目。カイトらしい反応にヴィヴィアンは楽しげだ。というわけで笑う彼女に困るカイトであったが、まぁ言うまでもなく彼らも彼らだ。世界の壁が引き裂かれようとする瞬間を理解するや、即座だった。
「はぁ!」
「うーん……」
ヴィヴィアンの大剣が翻り出てきた部位を切り裂けば、その後は今のままで良いのだろうかと悩むカイトが魔銃の引き金を引き絞る。そうして解き放たれる巨大な光条により世界に空いた穴が飲み込まれて、光条が通り過ぎた後にはすでに穴も閉じていた。
「……あれ?」
「ああ、穴は閉じておいた。再度こっちに来られても面倒だからな」
「それもそうだね」
カイトの言葉に道理を見て、ヴィヴィアンがすぐに疑問を消失させる。というわけでそんな彼女に、カイトも悩むだけ無駄と思い直したようだ。どこか苦笑いに近いながらも、やれやれという塩梅で笑う。
「でもこんな事してる時点でオレらもオレらか……ま、良いか。楽しいし」
「だね」
「うっしゃ。じゃ、やったりますか」
そうと決まれば再びお仕事の時間だ。カイトは数も用意したし、と『強欲の罪』を見上げる。その双眸はやはり彼を見詰めており、敵愾心のようなものこそ感じられないものの警戒しているのだと如実に示していた。
「……出来れば、今の状態で本気の再戦ってのもしてみたかったが……」
「大魔王様みたいにしてみる? ちょっとぐらいなら良いと思うよ」
「やめとくよ。大魔王様みたいに冗談が通じる相手とも思えないからな」
ヴィヴィアンの問いかけに対して、カイトはどこかいたずらっぽい顔で笑う。あの『強欲の罪』はカイトが知る最盛期にはまだまだほど遠い雛だ。最盛期と再戦してみたい、という心はあるはあるが、本当にしたいかと言われれば首を振るだけであった。そして二人が『強欲の罪』の攻略に乗り出す事を決めたのは、向こうにも伝わったようだ。
「……来そうだね」
「流石に自分が狙われに来るなら本気で防衛も開始する、ってわけか」
音ならざる音が響いて、世界が揺れ動いている事を二人は理解する。そうして直後。今までのような規模とはまるっきり異なる世界を壊すような衝撃が迸り、新たな融合個体が姿を露わにするのだった。




