第3483話 はるかな過去編 ――召喚――
『狭間の魔物』による侵略を受け召喚された未来の世界のカイト。そんな彼の出現により『狭間の魔物』こと『強欲の罪』との戦いは次の段階へと移行する。
そうして<<青の騎士団>>との合流したカイトは彼らへとひとまずの指示を与えると、自身は自身の為すべきことを為すべく次の動きへと移っていた。
「……」
カイトが為すべきこと。それは言うまでもなく縁を用いた死者の召喚だ。いつもなら簡単に成し遂げられるそれだが、彼自身が語る通りやはり状況が色々と異なっている事もありいつもと同じというわけにはいかない。
故に彼は意識を最大限拡張し、繋げるべき縁を手当たり次第に引き寄せていた。強大な一人が居た所でどうにかなる状況ではない事は明白だ。四騎士が保有する開祖達の遺品を縁にするだけでなく、この戦場に居る者達を媒介として出来る限りの数も用意する必要があった。
「「「……」」」
やはりこの団長は団長でもあるのだろうが、同時に自分達が知る団長とは全く異なる来歴を辿った別の人物でもあるのだろう。四騎士達はまるっきり自分達の団長とは思えぬほどの静謐さを見せるカイトに、誰ともなくそれを理解する。そしてそれは誰よりも、彼女こそが理解していた。
「……」
本当にどういう旅路を重ねればこうなったのだろうか。ヒメアはカイトの静謐さを見て、少しだけ悲しそうでいて辛そうな表情を浮かべていた。明らかに自分達が一緒に居るなら浮かべないだろう顔。それが自分を不安にさせる。そんな様子の彼女に問いかける声があった。
「何か不思議?」
「……ああ、ヴィヴィアン様……でしたか?」
「そう言えば名乗ってなかったね。はじめまして、聖女様」
小型化していたので一瞬ヒメアはヴィヴィアンだと認識出来なかったらしい。そんな彼女にヴィヴィアンは大型化して、恭しく一礼する。これにヒメアもまた、王女として一礼する。
「ありがとうございます……ヒメっ」
「ごめんね。でも今それは駄目だよ。ううん。私が嫌かな。だから私も名乗らない。貴方も名乗らないで? これは私のワガママ」
「はい?」
彼女は何もわかっていないし、おそらく分かるのはずっと未来の話になるのだろう。ヴィヴィアンは自分が抱える想いや願いを全く知る事のないヒメアの困惑する顔に少し申し訳なく思う。だが駄目なのだ。こればかりは。
「ごめんね……でも今だけは駄目なの。まだ私と貴方の会合は成されてはならない。ここは一時の夢。全てが片付けば消えてしまう幻。記憶にも残らない……そして何より、貴方が受け入れられない挨拶を私も受け入れられない」
「はぁ……あの、貴方はカイト……未来の世界のカイトとどういう関係なのですか?」
「相棒の一人かな」
なにせああも自分が合わせられるのだ。それはカイト自身が彼女が加わった場合の戦い方を理解しているからこそで、この一度だけでヴィヴィアン自身もカイトへの合わせ方を理解してしまっていた。
ならばもはや何も言われる必要はない。自分は未来の世界ではいつも通り彼の相棒として振る舞っている。それが一時の幻でも分かるほどには、カイトと共に数多の世界を渡り歩いてきた。
そしてだからこそ自身に迷いはなく、いつも通り彼と共に歩むだけだ。だがその自身の在り方こそが、ヒメアを苦しめる事もまた知っていた。
「……」
ああ、羨ましい。ヒメアはヴィヴィアンのこの短な言葉だけで、自分について山程の事をカイトから聞かされているのだと理解する。同時に心底彼女が羨ましくて仕方がなかった。そうして浮かぶ顔に、ヴィヴィアンはしかし一切の優越感も一切の侮蔑も浮かべない。
「それは必要ないよ。カイトが誰より貴方を愛している事は貴方こそが誰よりわかっているはず」
「……」
ヴィヴィアンの指摘に対して、ヒメアはただ真一文字に口をきつく結ぶだけだ。元々ソラ達を見る中で、どことなく理解はしていたのだ。そうなのだろうと。ただそれを認めたくなかっただけだ。
だが彼女自身、そんな自分を醜いと感じ恥だと感じていた。それを見せないように努めてもいた。だからこそ、口を真一文字にきつく結ぶしかない。そんな彼女にヴィヴィアンは言葉を原初の言葉へと切り替える。
『わかっている。私は全てを理解している。私達はそれだけの月日をカイトと共に歩んだ。他の何もわからなくても、彼の事だけは理解できる。けど貴方はまだ理解出来ない。ううん。したくない。それをするのはカイトの役目。だから何も語らない。語れない』
私達が何者かも含めて。語るのはカイトの役目だ。ヴィヴィアンは今自分が語るべき事を口にする。もちろん、これが絶対に良くない事を引き起こす事はわかっている。
未来を知らずとも、カイトの事を知っている。その彼がヒメアに関して語らない事はない。だからこそ、彼が知っていると同じかそれ以上に理解もしていた。なので彼女は自分が必ず語らねばならない事を語る。
『でも一つだけ安心して欲しい。私達がここに居る事は間違いなく貴方とカイトの答えの先にある』
「……」
そうなのだろうとは誰よりも自分がわかっている。だがそれでも。今までの月日がある。彼女達のように共に歩んだのではなく、ともすれば見捨てられても不思議のない日々なのだ。不安が晴れるわけがなかった。
『……ごめんね。今は、それだけ』
多分、これは自分がこの時代で言わねばならない事なのだろう。そうしなければヒメアは漠然とした不安を抱えたままだ。故にその先の暴走もない。そして暴走がなければ世界が分岐する事もない。明確に不安を与え、暴走を促さなければならない。
世界が分岐したからこそ、ここに自分達が居られるのだ。ヴィヴィアンは世界の分岐を知らないものの、ここでこの事を告げる事は必要なのだと漠然とした認識があった。彼女が進むべき道への最後の後押しをさせるためだ。
「……」
ヴィヴィアンの言葉が何だったのか、ヒメアには実のところわかっていない。ただ胸の奥底で眠る原初の自身が理解していた。故に彼女は本能的に理解するのみだ。というわけで不安は不安として抱えたまま、彼女はカイトの儀式を見守る事になる。
「……」
外で何が起きているかも知らず、カイトはただ目を閉じて自身と世界を一体化して世界のシステムへと介入する。
(……わかってはいたがえらく無茶苦茶な事になってるな)
以前の大陸間会議の際もそうであったしカイト自身も先に明言しているが、この召喚を成し遂げられるのは大精霊達の助力があってこそだ。なので世界の状態を見極める事は重要で、その側面で考えれば世界の流れを読み解く神陰流はこの死者の召喚にも非常に有用だった。
(ありとあらゆる情報が崩れている……まだこの星にはその情報が降りていないが、宇宙空間は悲惨だな)
攻撃が中々届かなかったのは当たり前だった。世界の外側はこの星ではなく、この星の外に向けて大きく広がっていた。とはいえ、これが偶然かと言われるとそうではない。
『強欲の罪』にとってこの星は収穫するべき狩り場だ。確かに『暴食の罪』と違って死体でも情報は回収は出来るが、世界の情報が崩れた状態が重なるとどうなるかはわかったものではない。故に必要として、この星の外側に世界の外側を広げる事にしたのである。
「全員、オレを囲むように移動してくれ。ああ、開祖様達の遺物は持ったままな」
カイトの指示に四騎士達が彼を囲むように移動する。そうして彼自身は馴染み深い気配から、更に遠くへと手を伸ばす。
「これは……」
「凄まじい力だな」
開祖や始祖と呼ばれる者たちの遺物から迸るとてつもない力の渦を感じて、四騎士達は揃って目を見開く。そうして4つの光が四騎士達が掲げた遺物から立ち上り、四方へと散る。そうして、かつてこの世界を救った英雄達が舞い降りるのだった。
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