第3480話 はるかな過去編 ――転戦――
『狭間の魔物』による侵略。魔族による侵略戦争に端を発する形で訪れていた戦乱の時代のセレスティア達の世界で起きた事態に巻き込まれていたソラ達。そこで彼らはかつて存在していたという八英傑というかつてのカイトの仲間達と共にその事態の収拾に乗り出す事になっていた。
そうして『狭間の魔物』の大元と思われる巨大な触手の海の化け物により敢え無く敗北を喫したこの時代のカイトを媒体とする形で召喚された未来の時代のカイトは四騎士達に指示を飛ばすと、彼らが戻るまでの間孤軍奮闘とばかりに戦場に乗り出していた。
「……」
マーリンの幻術が解けると同時に、まるで『強欲の罪』はしてやられたとばかりに身体を大きく震わせる。そうして先程の数時間で放たれていたよりはるかに多くの触手の塊が発射。この世界へと降り注ぐ。
「悪いが、雑兵如きが通れるほどオレは甘くない」
ぱちんっ。触手の塊が降り注ぐと同時に、世界が壊れた事を利用して開いたどこかへの扉の中から無数の武器が現れる。それらは全てがどこかの世界で英雄が振るった武器。その影だ。
その力は単なる武器の模造とは比較にならず、一射一射が触手の人形を守る触手の殻を削り取る。そうして数発も命中すれば殻はもはや蜂の巣となり、更に数発で触手の人形を消し飛ばす。
「……」
これで片付けられるのは雑魚だけだ。カイトは力技による掃討戦を行いながら、その投射と共に興奮を投げ捨てる。帰れるはずのないと思っていた時代。もはや会えるはずもない人たちとの再会。興奮は鎮まらない。だが自らの精神に煽られ技を鈍らせるなぞ武人の行いではない。
故にカイトは大太刀を自らが振るうべき太刀のサイズへと変更。精神を落ち着かせるべく目を閉じて世界に意識を傾ける。
(法則もなにもあったものではない、か……流れも凄まじい事になっているな。一瞬先が滅茶苦茶だ)
だがだからと言って、流れが読めないわけではない。そしてだからこそ、ある意味でのやりがいもあった。
「……」
一瞬。世界が歪むのをカイトの感覚が掴む。そうして世界が裂けたと同時に、カイトが<<転>>を行使する。
「……」
ちんっ。小さな音が響いて、現れようとしていた巨大な腕が地面へと落ちていく。が、その一方でカイトは僅かな失敗を理解した。
「……少し観測が甘いか」
<<転>>の妙は世界に結果だけを観測させる事で、攻撃そのものはなかった事にしてしまうことだ。故に今のカイトであれば納刀の音さえさせないはずだったのだが、世界そのものが崩壊しつつある事により観測も不確かになり音が残ってしまったのだ。
「すごいね」
「まぁ、まだまだって所だ」
「そっか」
カイトの返答を背に受けながら、その横をヴィヴィアンが飛翔する。そうして向かう先は、カイトが切り飛ばした巨大な腕の持ち主の所だ。
「はっ」
穴から出ようとしている以上、敵がどんな大きさだろうと穴以上である事はないのだから。そんな考えだったのだろう。ヴィヴィアンは数十メートルはあろうかという穴を全て覆い尽くすほど巨大な斬撃を放ち、穴ごと中の魔物を両断する。
そうして両断された魔物が世界の外側で崩れ落ちていくのを見ながら、カイトはまるで指揮者のように指を振って扉から放たれている武器の一部を穴の中へと注ぎ込む。そうして世界の外で無数の閃光が輝くのを横目に、カイトは穴から背を向ける。
「さて……どうしたものかね」
当然だが大本となる『強欲の罪』が目覚めた以上、再び『狭間の魔物』達による侵攻は始まっている。ここ以外にも色々な所で世界を引き裂いて魔物が現れており、彼一人でどうにかなる問題でない事は明白だった。
「さっさと呼ぶのが良いんだろうが……」
『まぁ、やれるだけやれば?』
「楽に言ってくれるなぁ……まぁ、無理じゃないか。シルフィ」
「カイト!」
突如、ヴィヴィアンの声が響く。とはいえ、これにカイトはひらひらと手を振るだけだ。そうして直後、世界が裂けてその先から竜の首が生えてその口から巨大な火炎が迸る。
「はいどーも」
放たれたものは巨大な火炎だ。とどのつまり属性攻撃。今のカイトに通用するはずのないもので、ただ魔力を回復させるだけにしかならない。故に彼はほぼどうでも良さげに残る火の粉を右手を振るって生み出した突風で吹き飛ばすと、かなり軽い様子で虚空を蹴って消える。
「はい、せーのっ!」
どぉん。轟音が響いて、巨大な竜の頭がまるで風船のように弾ける。そうしてだらりと力なく崩れ落ちる頭の無い首を魔糸で縛り上げる。
「はっ!」
どうせこの竜っぽい魔物も触手に取り込まれているのだ。死体を遺しておいては碌なことはない。というわけで魔糸を介して魔力を流し込んで跡形もなく消し飛ばして、彼は周囲を見回す。
「はてさて……誰でも良いんだけどさ。この後始末って誰がやらされるんだ?」
『え? カイトだけど』
「ですよねー」
さすが世界の便利屋。過去の世界でも一番使い易い駒は自分らしい。カイトはシルフィの聞くまでもないだろうに、と言わんばかりの言葉に肩を竦める。
「ならもういっそ滅茶苦茶にしても良いか」
どうせ後で片付けるのは自分なのだ。カイトはそれならば遠慮する必要はないと判断する。そしてどうせ今の自分は切り札として呼ばれているのだ。ならば隠す必要もない、とも判断する。
「ヴィ」
「ん?」
「軽く何十体か片付けてくるから、そっちもそっちで適当に頼めるか?」
「りょーかい。確かに固まって行動している場合でもないしね」
明らかに敵の数が多すぎるのだ。これでまだ自分達だけが狙われるのなら良いのだが、そんなわけでもない。ならば別行動にして戦うのが良いだろう。というわけで別行動を軽く決めた二人であるが、カイトがヴィヴィアンへと手を差し出す。
「ん?」
「お手を拝借」
「どうしたの? わっ」
唐突に自らに宿る大精霊達の力に、ヴィヴィアンが驚いたような顔を浮かべる。まぁ、一見するとそんな風に見えないあたり、彼女らしくあった。
「大精霊達の加護だ。全属性付与した」
「そんな事出来たの?」
「できるようになった……それはそれとして。それがあれば大丈夫だろ」
「うん。ありがと」
ヴィヴィアンがいつものように笑う。それを見て、カイトは手を離して再び世界の流れを読み解いた。
「じゃ、やるか」
「ん。また後でね」
ふっ。二人が同時に消える。そうしてカイトが移動した先では、おやっさん達シンフォニア王国の冒険者達が巨大な岩石から触手が生えた奇妙な化け物と戦っている所であった。
「あ、よいしょっと!」
「おぉ!? カイトか!? お前、怪我は!?」
「お? あー……ああ、おやっさんか!」
「なんだよ、藪から棒に……」
やってきたと思えば大剣の腹で巨大な岩石の魔物の岩石で出来た体表を叩き割ったまでは良い。だがその後不思議そうな顔をしたかと思えば、満面の笑顔を浮かべるのだ。おやっさんでなくても気持ち悪いような顔を浮かべるだろう。
「悪い悪い……おらよ!」
気味が悪いと言わんばかりのおやっさんに謝罪しながら、カイトは魔力で登山に使うピッケルと手投げ斧を合わせたような道具を魔力で編み出して、打ち砕いた岩石の魔物へと投げ付ける。それは勢いよく岩石の魔物へと突き刺さると、そのまま身体の中心まで突き進んで内部から大爆発を引き起こした。
「うおっ! やるなら先に言えや……で、復活したのか?」
「おうよ……と、言いたい所だがそういう事でもなくてな」
「あん? そういやお前さん、鎧は」
「ああ、そこら説明すると面倒なんだよなぁ……まぁ、鎧はしてない」
「はぁ?」
ここは戦場だぞ。おやっさんはカイトの返答に顔を顰める。と、その次の瞬間だ。再び世界が裂けて、その先から先の岩石の魔物と良く似た、ただし今度は溶岩で出来た高熱の魔物が現れる。
「っ! お前ら」
「……」
ちんっ。おやっさんが周囲の冒険者達へと指揮を行おうとしたその最中。小さく、耳を澄ませばようやく聞こえるという程度の音が鳴り響く。
「……あ?」
「……はぁ。再会を喜んでる時間もないってか」
「今の……お前か? 何やった?」
「ちょっと、な」
おやっさんの問いかけに、カイトは楽しげに笑う。とはいえ、笑ってばかりもいられない。なので彼はすぐに気を引き締める。
「おやっさん。後少し持ち堪えておいてくれ。ちょっと切り札を行使する」
「切り札か……この状況でも使い物になるんだろうな?」
「問題ない……これで無理なら、と思う所でもあるしな」
次の戦場へ向かうということか。おやっさんはカイトが腰に刀を帯びて居合い切りのような構えをしている事からそれを理解する。
「お前、何があった?」
「色々だ……本当に色々と、な」
この世界に戻った時、すでにおやっさんは死んでいた。そしてカイトは先ほど自分の名を呼ばれるまで、彼の事さえ覚えていなかったのだ。故に滲む万感の想いで、おやっさんはなんとなくだがこのカイトは自分が知る彼と何かが違うと察したようだ。それが気になりはしたものの、引き止めるべき場でない事は彼もわかっていた。
「そうか……ま、頑張ってくれや」
「あいよ」
「……何があったんだ、お前によ。ま、良いか」
たんっ。音もなく消えたカイトの背に、おやっさんは僅かに笑う。が、すぐに彼も気を引き締めて戦いへと戻っていくのだった。
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