第3474話 幕間 ――幻術士マーリン――
『狭間の魔物』による侵略。かつてそんな事態に見舞われていたセレスティア達の世界であるが、過去へと飛ばされた彼女らはそれに巻き込まれる事になってしまう。
そうしてカイトが瀕死の重傷を負わされる中で開始された『狭間の魔物』との戦いは序盤一進一退の戦局となっていたものの、一夜が明ける頃に姿を現した触手の海から生み出された無数の触手の人形。世界を引き裂いて直接現れる強大な融合個体たちの出現により人類・魔族の合同軍が押されつつあった。
そんな中でこの時代のカイトを媒体とする形で召喚された未来のカイトであったが、そこに現れたのは魔王としてのオリジナルに引き寄せられた大魔王であった。そうして大魔王との戦いに臨むカイトは大魔王との短な会話の後、三分間を耐え抜く事を提案する。
「「はっ!」」
カイトと大魔王の再激突。そうして生ずる衝撃波が、世界を揺らす。すでに世界の壁が崩れて久しく、触手の海がその崩れた領域を拡大してしばらくが経過している。
その余波は世界の外をも安々と揺らし、世界という護りがないが故にその余波を直接受けた多くの『狭間の魔物』達を消し飛ばす。そんな光景を、遠くでマーリンは見ていた。
「やれやれ……まぁ、世界の法則が崩れている事は私としても有り難いが。にしたって派手にやるものだ」
かんっ。マーリンは杖で地面を小突いて、巨大なカニのような魔物を消し飛ばす。カイトと大魔王は共にこちらの世界にやってきた融合個体の大半を消し飛ばしたわけであるが、全部を倒したわけではない。
何より先にソラ達が戦った1つ目の巨人のように世界の壁を自分で引き裂いてこちらに来る個体も居るのだ。単にそれが出来ない個体達を倒して時間を稼げるようにした、と言えるだろう。というわけで世界の壁を引き裂いて現れる個体達は別途対応しなければならなかった。
「ありがとうございます!」
「ああ、構わないとも……それより早く隊列へ戻るんだ」
「はっ! この御恩は戦って返します!」
「そうしてくれ」
何より私にまた後で、ということはないのだから。マーリンは危うく襲われそうになっていた兵士達の背を柔和な微笑みと共に見送った。そうしてそんな彼が見るのは、同じ様に強大な個体達を一息に倒していく人類側の猛者達だ。
「……」
平時には民を。戦時には仲間を守るために誰よりも奮戦するその姿は、自らを切り捨ててでも護りたかった仲間達を思い起こさせたのだろう。マーリンの顔は穏やかながらも、どこか寂寥感のようなものがあった。と、そんな彼が見守っていた騎士の一人がこちらへと近付いてくる。
「かたじけない。我が国の兵が世話になった」
「いえ、構いません。今は各国が協力しあうべき時です」
「然りだな……まったく……そうだというのにウチの団長殿ときたら。何をしているのやら」
相手は真紅の長い髪を棚引かせる女性騎士。そんな彼女は大魔王と楽しげに戦うカイトを見ながら呆れていた。
「貴公、どこの魔術師だ? 先には然りと言ったが、その竜の紋様は見た事がない。今問うべき事でも問う必要のある事でもないがな。少し気になった」
「今は仕えるべき主人を待つしがない幻術使いです。どこの国に属しているわけでもございません」
「……なるほど。それは失礼した」
確かに着ている衣服はくたびれている。もしかしたらどこか自分が知らないだけの滅びた国の魔術師だったのかもしれない。グレイスはそう考え、そうであるのなら仕える国について聞いた事は不躾だったと謝罪する。これにマーリンはあながち嘘ではないと内心苦笑しながらも、首を振った。
「いえ……それより騎士様。今彼を見て団長、と」
「ああ、なぜか鎧を解いているようだが……あれは紛うことなく我が団長殿だろう」
ソラ達の話だと自分達の団長が青天井の強さで、ソラ達の団長は底知れない強さだという触れ込みだったはずなのだが。グレイスは再度カイトを見上げ、ヴィヴィアンとのタッグである事を差っ引いたとて大魔王と互角以上の戦いを演ずるカイトに盛大な苦笑いを浮かべる。とはいえ、同時に不思議には思っていなかった。
「所詮、ソラ達ではまだ団長殿の背を見る事なぞ適わぬというわけか。いや、それも含めての底知れない強さというのやもしれんか」
ソラ達が背中だと思っていた背中はもしかしなくてもカイトがそこにあると見せているだけの幻影で、実際には更に遠くにその背があったのだろう。
グレイスはそう理解しつつ、ソラ達自身もそう思わされているのだと気付いている事に僅かに感心する。そもそも底知れない、という時点で彼らは自分達が見ているカイトの背中が偽りである事を――自分で理解しているかどうかは別にして――気付いていたのだ。というわけで自分達の想像を遥かに超えた所に立っていたカイトに何より呆れながらも、グレイスがマーリンへと問いかける。
「……ああ、そうだ。魔術師殿。このような場だが、もし行く宛がなければ来るか? 補給線等は確保している。休める場を提供できるぞ」
「お気遣い感謝致します。ですが問題ありません……そもそも私も旅人です故に」
「? 冒険者というわけか?」
「いえ……そのままの意味です。私もまた貴殿の団長と同じくこの世界にとって旅人です」
「なに?」
団長と同じ旅人。その言葉の意味を掴みかね、グレイスは顔を顰めながらマーリンの方を見る。そうして彼女はマーリンの更に先を見て、驚きを浮かべた。
「これは……これは貴公がした……いや、しているのか?」
「幻術使い、ですので。戦場においては幻と夢を見せる事が私の仕事です」
「……」
おそらく自分の知るどんな幻術使いよりも格上。グレイスはマーリンがしている事を理解して、言葉を失う。そうしてそんな彼女へと、マーリンが告げた。
「今は、貴殿らもお休みください。我らが時を稼ぎましょう」
「……かたじけない。我らもまた次に備えさせて頂こう」
どうやら自分が声を掛けた相手は世界側が寄越した増援だったらしい。グレイスはカイトと共に戦うヴィヴィアンがその一人と理解していればこそ、このマーリンもまたその一人なのだと直感的に理解したようだ。
ならばその言葉に素直に従うべき、と急ぎその場を離れさせて貰う事にする。そうしてグレイスが離れ一人になったマーリンは天高くよりこちらを見る触手の海を見る。
「やれやれ……随分と大きくなったものだ。だが……助かった。根が女性であるのなら私の幻術も効果がある」
触手の海より触手が降り注がないのは、単に彼がその中心に居た女性に向けて幻を見せて眠らせたからだった。あれが中心にして首魁である事は明白。そして全ての個体が同一個体と言えるほどに影響を与え合っているのだ。
であればあれの動きさえ食い止めてしまえば、自意識の薄い個体の動きを鈍らせ時間を稼ぐ事は可能だった。無論、そんな事ができるのは夢魔の血を受け継ぐマーリンだけだろうし、彼自身もまた彼の言う通り中心に居たのが女性だったから出来た事だった。
「さて……今の内に世界に幻を見せて時間を稼げるように……したいんだがなぁ」
どっかんどっかん派手にやるなぁ。マーリンは世界を揺らすカイトと大魔王を見て、いっそ他所でやってくれないかなと思う。まぁ、彼らがああやって目立ってくれたおかげで触手の海に幻を与えて眠らせる事も出来たわけだが、彼らがああして世界を揺らしまくるせいでもう一つの幻術がうまくいっていなかった。
「はぁ……世界に幻を見せる事で世界の壁は薄まっていないと認識させ、自意識を有する個体達の侵略を防ぎたいんだが……こうも世界を何度も何度も派手に揺らされては難しいなぁ……」
グレイスが驚いていたのはここだった。マーリンは先ほどの世界を引き裂いて――正確にはハサミで斬り裂いてだが――現れたカニのような融合個体を消すと共に、引き裂かれた部分を幻で覆い隠して次の侵攻を防いでいたのだ。しかも彼はその領域を緩やかに広げてさらなる時間稼ぎを目論んでいたのである。
「はぁ……まぁ……しょうがない。頑張るとしますか」
せっかく世界達がくれたチャンスだ。ふいにするわけにもいかない。というわけでマーリンは再び気合を入れて、人知れず敵の侵攻を一人で食い止めるのだった。
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