第3471話 はるかな過去編 ――召喚――
『狭間の魔物』による侵略。かつてそんな事態に見舞われていたセレスティア達の世界であるが、過去へと飛ばされた彼女らはそれに巻き込まれる事になってしまう。
そうしてカイトが瀕死の重傷を負わされる中で開始された『狭間の魔物』との戦いは序盤一進一退の戦局となっていたものの、一夜が明ける頃に姿を現した触手の海から生み出された無数の触手の人形。世界を引き裂いて直接現れる強大な融合個体たちの出現により人類・魔族の合同軍が押されつつあった。
そんな中で正しく孤軍奮闘かつ無双の有り様を示す大魔王の力により人類側が瓦解しつつあったものの、それを見抜いたカイトにより大精霊たちより提案された最後の秘策。今回の敵に対して特攻を有する未来のカイトの召喚が執り行われていた。
「「「……」」」
カイトが収められたカプセルが虹色に光り輝き、更に魔法陣も虹色の輝き暫く。珠のような汗がセレスティアの額に滲み、数分。光が段々と強まっていくのを戦場全ての者が見る。そしてそれは、カイトの召喚を察して魔族軍総司令部に戻った大魔王も同様であった。
「大魔王様! ご報告致し」
「……良い。見えている」
「……はっ」
報告にやってきた兵士が見たのは、獰猛に笑う大魔王の姿だ。そんな姿は魔族の側近達をして見たことがなく、これから起きる事態が何なのかと興味を注がせる。そうして手で伝令に下がるように命じた大魔王が、笑いながら呟いた。
「その可能性は流石に想定していなかったぞ、オリジナル。それこそ、狭間からの侵略者以上に」
本当に今回は面白いと言える事象が尽きない。ここに来て本来あり得るはずのない事態の追加に、大魔王は本当に楽しげだった。そうして、大魔王の見守る中。巨大な虹の光の柱が天を突き、強大な力が出現するのだった。
さて大魔王の見守る中で執り行われたカイトの召喚。天を突く巨大な虹の柱が生じて数秒後。誰もが顔を背けていたわけであるが、光の収束に伴って全員が顔を上げる。
「「「……」」」
成功したのか失敗したのか。カイトの状態を維持していたヒメアさえわからない状況であった。そうして沈黙が流れるわけであるが、唐突にカプセルからごぼっという音が鳴り響く。
『がぼっ!? ぼへっ!?』
「……あ! ちょっ、ちょっと! 急に暴れんな!」
何が起きたか定かではないが、カプセルの中のカイトが暴れ出したのだ。それにヒメアが大慌てで拘束処置を施す――万が一失敗などがあった場合にすぐにフォローに入れるようにしていた――わけであるが、それが逆にカイトを更に暴れさせる。
『っ!?』
「あー……ノワール。溶液抜いてあげてくださいなー」
「いや、だめでしょ!?」
「いえ、成功しているからこそのこれかとー……」
「え?」
「あ、はい」
そうなの。半笑いのベルナデットの言葉にヒメアがきょとんとした様子でそちらを見る。というわけで唐突に水を向けられたノワールがカプセルの中を満たしていた溶液の排出処理を行って、全部抜けきった所で蓋が開いてカイトが飛び出した。
「し、死ぬかと思った! なんなんだよ、いきなり!」
「「「……」」」
声を荒げるカイトに、誰もが何も言えない。何が起きているかカイト以外も全員わかっていなかった。と、そんな彼がげんなりとした様子で膝を屈していたのだが、どこか疲れた様子で周囲を見て正面で疲労困憊な様子で自身に跪いて祈りを捧げていたセレスティアに気が付いた。
「んぁ? セレス?」
「はい」
「何が……ソラ? それに先輩も……え? これなに? どういう状況?」
「先輩? ということは……俺達が知ってる方のカイトで……良いのか?」
この時代のカイトは瞬の事を先輩ではなく瞬の名で呼ぶ。なので呼び方が先輩となっていた事で、このカイトが自分達の時代のカイトなのだと瞬はなんとなく理解したらしい。それに彼が困惑を浮かべつつも、更に周囲を見回して自身を心配そうに伺い見るヒメアに気が付いた。
「……どういう……っ」
「……だいじょう……ぶ?」
「なんで……どうなって……」
未来のカイトからしてみれば、到底出会う事のない人物との再会だ。驚愕に包まれ困惑するのも無理はなかった。そんな彼であるが、ヒメアの横にベルナデットまで居る事に気が付いた。
「そっちは……ベル……だよな? どうなって……っ」
「あ、ごめんなさい。とりあえずケーブル類を外さないと……あ、少しじっとしていてください」
「ノワ? それにあれは……『海の女王』?」
『兄さん、大丈夫ですか?』
「サルファ?」
横に居たのは自らが繋がれていた生命状態を確認するケーブルを外したノワール。遠くに見えるのはアイクの旗艦たる『海の女王』。そして響いたのはサルファの声だ。そして歓喜や驚愕、困惑の滲む彼におおよその状態を察したベルナデットが教えてくれた。
「とりあえずですねー。上を見てもらえますかー?」
「……なんだありゃぁ」
これまたヤバい状況だ。カイトはベルナデットの言葉で上を見て、世界の壁が消失し世界と世界の狭間から無数の魔物が侵略してきている光景に思わず笑うしかなかった。というわけでいつもののんびりとした様子で、ベルナデットが告げた。
「そういうわけですねー」
「わからんわ! 説明を省くな!」
ああ、そうだ。こんなやり取りを無数にしていたんだ。カイトは嬉しそうに変わる事のない親友の妻にしてかつての幼馴染の一人にツッコミを入れる。そしてこれに、ベルナデットも喜んだ。
「あははー。おかわりありませんねー。安心しましたー」
「はぁ……まぁ、大体の状況は察した。ヤバい状況ってわけか。レックスは?」
「あの方なら現在全軍の指揮をされていますー」
「あいよ……」
「?」
てくてくてく。ベルナデットの言葉に応じながら自身の方に向けて歩いてくるカイトに、ヒメアが小首を傾げる。一瞬無視されているのではないかと不安に思ってはいたようだ。そうではなく少しの安堵がありつつも、ただ無言でこちらに歩いてくる彼に困惑が浮かんでいた。
「ひゃ!」
「……はぁ。大体わかった。あの時代か」
「んなっ……なっ……」
急に抱き寄せられたのだ。ヒメアの顔は真っ赤であったが、一方のカイトはその恥ずかしがり様からおおよその時代、状況を理解したらしい。
「ここは過去だな。オレにとって、だが。懐かしの故郷か。盛大な歓迎会まで開いてくれるたぁ、嬉しいじゃねぇか」
「そうなりますー。お熱いですねー」
「ご褒美の前借りぐらいさせて貰いたくてね。キスの一つでもさせてもらいたいもんだ……ま、過去のオレに嫉妬されちまうからしないでおくがね」
「っぅぅぅぅ!」
この男は一体どこでこんなセリフを覚えてきたのだろうか。ヒメアはカイトのきざったらしいセリフと茶化すようなベルナデットの言葉に顔を更に赤らめさせる。そうして暴れる彼女を更に強く抱きしめて、耳元で問いかける。
「姫様……命令はもらえるのか?」
「え?」
「今のオレは騎士をやめてるが、それでもお前がオレの姫様である事は変わらない」
「……」
そうか。この男は未来の世界においても自身を求めてくれているらしい。ヒメアはどこか待ち望むようなカイトの言葉で、それを理解する。そうして力を抜いて、彼の望む王女としての顔を浮かべた。
「カイト。我が騎士よ」
「はっ」
王女として命を下すのであれば、かつての騎士として跪くのも良いだろう。カイトは今の貴族としての優雅さとかつての騎士としての生真面目さを内包させながら跪いた。
「かつて下した命の通り、たとえ死が我らを分かつとも我が騎士こそが最強である事を証明なさい」
「御意」
楽しげに、カイトが笑う。最強を証明せよ。それがかつての主君の命令であれば、そうしてみせよう。そんな意気込みで彼が立ち上がり拳を握りしめ、しかしふと不思議な表情を浮かべる。
「……うん?」
「どうしたの?」
「いや……これは……ああ、そうか。そういう……道理で……」
妙な感覚がある。そんな様子で手をじっと見つめ、更に身体をペタペタと触っていたカイトであるがその違和感の原因を察したらしい。獰猛な表情で笑みを浮かべる。そうして上の触手の海を眺めた後、彼は地面に突き立てられたままの自らの双剣の方へと歩いていく。
「さって……格好つけた手前、全力でやりたい所ではありますが、っと……起きてるな」
「「はっ!」」
カイトの求めに応じて、双剣から二人の女性が顕現する。これが誰かなぞ言うまでもないだろう。が、これにカイトが苦笑を滲ませる。
「別に顕現せんでも」
「若……お覚悟は?」
「んー……あんま良くねぇな」
「「……」」
それでもやるのだろう。本来の主人の苦笑いを、双剣の精霊達はそう理解していた。なにせ彼女らは唯一あの終わりなき旅を共に過ごしたのだ。この苦笑いが諦めの滲んだものであるぐらい、手に取るように理解出来ていた。
「やるか、しゃーない」
「「御意」」
やはりそう言うか。カイトの返答に双剣の精霊達は自らの姿を双剣へと戻す。そうして自らの双剣を手にとって、彼が少しだけ嬉しそうに笑った。
「やっぱりお前らが一番肌に合うな……人の技でお前らを再現しようとしても厳しいな」
『若は天を、魔を統べる者……我らの再現は出来ないでしょう』
『破壊と創生の刃……若、御存分に』
「なんだ、お前ら……楽しみなのか?」
『はい……何よりマスターがご存分に振るわれる事が』
「ははは……嬉しいこと言ってくれるじゃねぇの」
ぶんぶんぶんっ。カイトは形稽古のように双剣を振るい、腰の鞘へと納刀する。そうして彼は自身が常に有しているはずの異空間を見て、ため息を吐く。
「武器庫は……概ね損失。あるのは……」
『『……』』
「……え? 何、どした?」
これさえあれば十分過ぎる。カイトは自らの魔導書達が黙して何も語らないのに少しだけ困惑する。そうして彼の問いかけに、アル・アジフが答える。
『……父よ。我々からしてみれば無関係の事態に巻き込まれたようなものなのだが』
『面倒』
「お前らなぁ……いや、わからいでもないけどさぁ……」
だからといって道具側が面倒くさいような雰囲気を出されても困るのだが。カイトは娘達の反応に盛大にため息を吐く。が、これに双剣の精霊が眦を上げる。
『貴様ら、若のご出陣だ。無駄口を叩かず働け』
『はぁ……わかっている。小姑に言われんでもな』
『こじゅっ……!』
「くく……ま、旅は道連れ世は情け。ながーいお付き合いになるんだ。楽しんでこうぜ」
その特性上自らしか使う事の出来ない双剣に、自らが自らのために拵えた魔導書だ。そのどちらもカイトにしか扱えない。そうして魔導書二冊を両横に浮かべて、カイトは改めて上を見る。
「うーん……『強欲の罪』か。嫌になるな」
「『強欲の罪』?」
「ああ……ああ、そうか。先輩も『リーナイト』で『暴食の罪』と戦ったっけか」
その名は聞いた事がある。そんな様子で反応した瞬に、カイトは苦笑いを浮かべながらはっきりと認める。
「あいつは『強欲の罪』の雛だな。そりゃ、オレが呼び出されるわけだ。<<守護者>>も居ない時代かつこのレベルの文明じゃあれは無理だわな」
「つまり……あの化け物と同格というわけか?」
「あっちは死にかけの残滓だったがな。ま、こっちは成長する前の雛の状態だからさほど変わらんか」
「……」
つまり今のこの手の施しようのない状況でさえ、あの触手の化け物にとってはまるっきり成長段階に過ぎなかったらしい。それに瞬は言葉を失う。
「……勝てる、のか? 『暴食の罪』もお前一人では無理だっただろう?」
「え? あぁ、悪い悪い。勝てる勝てる」
不安そうな瞬に対して、カイトはかなり気楽な様子だった。
「そうなのか?」
「ああ……それにそうでもないとわざわざ大精霊達がオレを呼ぶなんてしないだろ」
「それは……そうだな」
「そういうこと……ま、各自好きに戦ってくれ。上はオレがなんとかしよう」
「そうか」
そもそもカイトこそが特攻を持ち合わせているという話なのだ。勝てもしないのにわざわざリスクを取る意味はなかっただろう。というわけで瞬らには好きに行動する事を指示し、カイトが戦場に飛び出そうとしたその瞬間。巨大な閃光が迸るのだった。
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