第3470話 はるかな過去編 ――召喚――
『狭間の魔物』による侵略。かつてそんな事態に見舞われていたセレスティア達の世界であるが、過去へと飛ばされた彼女らはそれに巻き込まれる事になってしまう。
そうしてカイトが瀕死の重傷を負わされる中で開始された『狭間の魔物』との戦いは序盤一進一退の戦局となっていたものの、一夜が明ける頃に姿を現した触手の海から生み出された無数の触手の人形。世界を引き裂いて直接現れる強大な融合個体たちの出現により人類・魔族の合同軍が押されつつあった。
そんな中で正しく孤軍奮闘かつ無双の有り様を示す大魔王の力により人類側が瓦解しつつあったものの、それを見抜いたカイトにより大精霊たちより最後の秘策。万が一の切り札である未来のカイトの召喚という本来ならば出来ない作戦が語られる事になり、セレスティアを中心としてその準備に勤しむ事になっていた。
というわけで準備に奔走する総司令部の一方。レックスもその対応に追われる事になった事で更に窮地に立たされる事になった統一軍であるがしかし、2つの騎士団の騎士たちの士気は高かった。
「聞いた?」
「ほう……珍しいな! ライムの方からそんな事を言い出すとは!」
「珍しい事は否定しないわ……でも言い出しもするでしょう」
この12時間ほどで最も勢いよく氷炎が舞い踊る。それは正しくこれから先に起こる事を心待ちにしている彼女らの心情を代弁しているようなものであった。
「当然だな……邪魔だ!」
世界の壁が引き裂かれて再び強大な融合個体が現れんとしたその瞬間。獰猛な表情でグレイスが地獄の業火を思わせる黒い炎を引き裂かれた亀裂の中へと注ぎ込む。そうして何十体目かの世界の壁を破れる領域の融合個体を焼き払い、彼女が楽しげに笑う。
「未来の団長だと? 巫山戯るのも大概にしろと言いたい所だが……くくく……あっはははは! どこまでぶっ飛んでいるのだ、我らの団長殿は!」
「ふふ……」
おかしくて仕方がない。本来未来から過去に跳ぶなぞ出来るはずもないのだ。だが、この状況下に限ってカイトであれば召喚出来てしまうらしい。元々未来のカイトはぶっ飛んだ存在だと理解しつつあった彼女らであるが、それにしたって度が過ぎた。と、そんな所に。今度は雷風が吹き荒ぶ。
「笑いすぎですよ、グレイス。それにライムまで集まって」
「そういう貴方たちだってわざわざ言いに来たんでしょう?」
「あははは……」
ライムの指摘に対して、今度はルクスと共にやってきたクロードが恥ずかしげに明後日の方角に顔を背ける。全員が全員に教えたくてたまらなかったらしい。そうして青に属する四騎士が勢揃いした事を受けて、グレイスが笑みを深める。
「腑抜けていないとは思うが……さて、我らの団長殿が未来で腑抜けていたり我らを忘れていても困るからな。ここは一つ……」
「良いでしょう」
「勿論です」
「良いわ、乗ってあげる」
グレイスの視線での問いかけに、残る四騎士たちが揃って同意する。そうして四人が四方になるように立つと、各々の剣を掲げて4つの剣を交差させる。
「雷神の名において誓う」
「風神の名において誓う」
「炎帝の名において誓う」
「氷帝の名において誓う」
「「「「我ら蒼き勇者の四騎士なり」」」」
それぞれが掲げるのは自分たちの家の開祖となる騎士の異名だ。そうして四振りの剣を交差させた所で、クロードが思わず吹き出す。
「ぷっ……」
「どうした?」
「いえ……まさか兄さんに対抗する手段として編み出したこれを兄さんの目印に使うなんて……まぁ、兄さんらしい流れと言ってしまえばそれまでなんですが」
「くっ……」
「あはは……」
「ぷっ……」
クロードの言葉に三人の騎士たちが思わず苦笑を浮かべたり、吹き出したりする。そうしてグレイスが笑いながら同意する。
「全くだ。効果を保ちながらこの二文に縮めるのにどれだけ苦労させられたことやら」
「縮めたのはほとんど私なのだけど?」
「気にしない気にしない」
「貴方、時々いい加減になるわね……」
ルクスの言葉にライムが肩を竦める。というわけで呆れ返った彼女が告げた。
「はぁ……まぁ、やるとしましょうか」
「「「おう!」」」
ライムの言葉と共に、全員が頭上で交差させていた剣を引いてそれぞれ背中を合わせるように立つ。そうして次の瞬間、本来四騎士それぞれが保有する固有の力。炎、氷、雷、風の4つの力が四人全員に行き渡る。そしてそれと時同じく。大地を揺るがす巨大な人影と東の天を覆う巨大な龍の影が幾つも現れる。
「……どうやら、東からの増援が間に合ったようだな」
「あれは……東の龍と鬼神達ですか。随分と早い……流石に龍神はまだ、ですか」
「裏町のアサツキでしょ、どうせ。彼女噂だと龍神の姫君か相応に高貴な身分って話だし。少なくとも族長ではないから龍神族は動かせなくても、下級の龍や鬼神ぐらいなら即座に動かせて不思議はないわ」
真相はアルヴァら歴代シンフォニア王しか知らないので四騎士達でさえ噂でしか知らないが、ここまで迅速な動員であるのなら十分にあり得るのではなかろうか。ライムは自らの推測を語りながら、そう思う。そうして東側で勢いを盛り返したのを見て、四人も頷く。
「これは負けてはられんな。せっかく目立つようにしたのに、これでは埋もれてしまうではないか」
「大きさは実績で補えば良いでしょ」
「そうだな……では、行くか!」
「「「おぉおおおお!」」」
グレイスの言葉に呼応するように、周囲の兵や騎士達が鬨の声をあげる。そうして、カイト召喚までの時間を稼ぐべく四騎士達が再び奮戦するのだった。
さて統一軍の戦士達の中でも中核を成す四騎士達が奮戦していた頃。レックスとアイクは再び総指揮に戻り、フラウやノワール達が壊れた魔導具類の修繕に取り掛かっていた一方。
ソラ達は儀式の邪魔にならないようにヒメアにより眠らされたカイトのカプセルの周囲で、セレスティアによるカイトの召喚の儀式の手伝いを行う事になっていた。
『というわけで、今回カイトを呼ぶのには媒体として君らも必要になる。まぁ、色々と複雑な条件があるんだよね。本来は不可能な事を色々と特例を踏まえてやるわけだから』
「そりゃまぁ……普通は出来そうにないもんな。でもなんで出来るんだ? いや、世界がこんだけ壊れちまったから、ってのはわかるけどさ」
『うん……それはかなり大きい。本来、こういった事態は世界が修繕するからね』
当たり前だが未来からの介入なぞ大精霊が認めているので問題がないだけで、本来はあってはならない事象だ。というより何より大精霊達自身、介入を防ぐべき立場の存在だ。
その大精霊達が介入を防ぐどころか介入を提案するなぞ、世界にとってこの事態がどれだけ異常事態かつ緊急事態と捉えられているかわかろうものであった。
『その上で可能となる要因を上げると、まず君達という存在により未来の因子がこちら側に流れ込んでいること。次にカイト自身が改変を受けた事で、現状彼の存在そのものが不確かな状態になっているということ。つまり世界からしてもカイトがどちらに……未来か現在のどちらに属する存在か不確かな状態になっているというわけだね。そうなっている事により君達を縁として状態を未来側に引き寄せる、というわけだ』
「な、なるほど……」
恐ろしいまでに全ての状況が整っている。というよりも、カイトが瀕死の重傷を負う事さえが必要な事象。それを理解してソラは思わず恐れ慄く。と、そんな事を理解した彼であるが、そこでふと気が付いた。
「……あれ? ってことはもしかしてカイトが大怪我をするってわかってたのか?」
『……ああ、うん。それか。それは僕らとしても微妙な所だよ。知っていたのか、と問われれば答えはイエスだ。でもあのタイミングで知っていたのかと言われれば、答えはノー。あのタイミングでは僕らも知らなかった。僕らもまたこの時間軸から見て未来の事象に関してはある程度しか知りえない……ううん。言い方を変えた方が良いだろうね。知る必要がある事以外は知り得ないんだ』
「知る必要があること?」
不思議といえば不思議な言い方だ。そんな様子で首を傾げるソラに、シルフィードは頷いた。
『うん……これは当たり前だけど、過去の情報が書き換われば未来が変わってしまう。そうなると君達の存在そのものが危うくなる……でもこれ、おかしいよね』
「いや、タイムパラドックスってそういうもんだろ?」
『あはは……そうだね。タイムパラドックスだ。でもそれは困るよね』
「……確かに。あ、そっか。だから知る必要がある事以外は知り得ない、か」
『そういうこと。僕らが知っているのはあくまでそれを引き起こすために必要な情報だけだ。本来、僕らだって君達からしてみれば過去の存在だ。僕らが未来の情報を知って過去を変えようとしてもだめだからね』
ソラの納得に我が意を得たり、とシルフィードが同意する。というわけでそうこうしている間に、セレスティアの準備が整ったらしい。カプセルを中心として彼の二振りの剣を地面に突き立てていた。
「出来ました……これで出来るかどうかはわかりませんが……」
「え? わからないの?」
「そもそもカイト様を媒体として未来のカイト様を召喚というのは私達自身……そして皆様自身想定された事態ではありませんでしたので……ただ出来るとは思います」
ヒメアの問いかけに対して、セレスティアはどこか自信有りげな様子で明言する。これにベルナデットが同意した。
「ですねー。そもそも召喚術や封印を行ったのは未来の私達ということですから。私達からすれば今回の事態も知っているはずですのでー……秘しただけで出来る、ようにもしているんでしょうねー」
「そういうことになります」
「あー……すっかり忘れてたわ」
ベルナデットの言葉に、ヒメアはそもそもセレスティアが使用する召喚術自体が未来の自分達が作ったものだと思い出す。というわけで準備が整ったという彼女に、ソラが問いかける。
「あ、俺達は何をすれば良いんだ?」
「おそらくこの魔法陣の中に居て頂くだけで良いのかと。先の大精霊様のお言葉だと、皆さんが居る事により未来のカイト様を呼ぶ呼び水になるのだと思われます」
本来セレスティアが行うのは過去のカイトの召喚だ。それを応用する事で未来のカイトを呼べるということだが、そもそも彼女らとしては想定していないものだ。
出来るだろうとは思っても、どうすれば良いかなぞわかるわけがなかった。というわけでおそらくそうなのだろう、という形で運用する事にしていたらしいセレスティアは魔法陣の前に跪いた。
「……では、始めます」
「「「……」」」
何が起きるのだろうか。ヒメアを含め、これから起きることに僅かな興味を見せつつも一同沈黙する。そうして彼女の前に備えられた双剣が輝き出す。
『これは……』
『若様の力……? それに、これは……』
『ああ、そうか……我らは本来……』
『そうだ。若様のご両親は……』
未来の因子が流れ込んできているということなのだろう。双剣達はこの時代の自分達が知り得ない数多の情報の流入に驚いたような声を上げる。それを聞きながら、瞬は『リーナイト』での事を思い出す。
(前の時は確か十数分掛かっていたと聞いたが……あれは確か、自身が本来使えない神器を使ったからだとの事だったか)
儀式の準備の際セレスティア曰く、今回は本来自分が対応するカイトの召喚なので以前の『リーナイト』でのレックス召喚よりは楽だし手早く出来るだろう、とのことらしい。
しかもそちらで経験を積んだ事もあり、慣れも見えた。そうして数分。魔法陣が光り輝き、瞬達の身体もまた虹色に輝きだす。
「「「っ……」」」
不思議な感覚。後に瞬達は今回の一件での感想をそう述べていた。そうして彼らの身体が輝き出して少し。カイトが眠るカプセルもまた淡い虹色に包まれるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




