第3468話 はるかな過去編 ――対巨人戦――
『狭間の魔物』による侵略。かつてそんな事態に見舞われていたセレスティア達の世界であるが、過去へと飛ばされた彼女らはそれに巻き込まれる事になってしまう。
そんな中で開始された『狭間の魔物』との戦いはその多くが雑魚と言える個体だったが故に『狭間の魔物』の殲滅戦にも近かったものの、それも開始から数時間。世界の亀裂が大きく広がり周囲一帯を覆い尽くすほどになった事により、ついに敵の親玉とも言える巨大な触手の海の『狭間の魔物』が出現。無数の触手の塊を降り注がせ、それが無数の触手の人形を生み出していた。
そうして無数の触手の人形との戦いを経て一度総司令部へと戻る事にしていたソラと瞬であるが、その道中。世界を引き裂いて現れた身体の各所から触手が生えた1つ目の巨人との交戦状態に陥っていた。
「おぉおおおお!」
雄叫びを上げながら突っ込んでいく瞬であるが、彼の狙いは頭部の眼球だ。こういう1つ目の魔物は通常眼球に何かしらの力を有している事が多く、潰せるのなら潰すのが常道であった。とはいえ、それが難しいというのもまた事実で、今回もそうやすやすと潰させてはくれないようだ。
「っ」
ぴかっ、と1つ目の巨人の1つ目が輝いたのを瞬は見る。そうして彼は急速な魔力の収束を即座に認識すると、その場から敢えて斜め前へと大きく跳び上がる。それと同時に彼の真下を這うように魔力の光条が迸り、広範囲を焼き尽くした。
「はっ!」
爆風に背を押される形で空中でさらなる加速を行い、瞬は一気に1つ目の巨人の眼球を狙いに行く。が、やはりそう簡単に倒せるほど甘くはなかった。
「ちっ」
自らをまるで羽虫のように振り払わんと振るわれる無数の触手に、瞬は舌打ちしながらも付き出そうとしていた槍を回転させて切り払う。そうして切り払われた触手は切り払った傍から再生していくが、それでも問題はなかった。
「……」
瞬が敢えて目立つように1つ目の巨人の眼前で舞い踊るように戦いを繰り広げる後ろで、ソラが<<偉大なる太陽>>を掲げながら目を閉じていた。
別に瞬の攻撃でダメージが与えられるのなら問題ないが、そうはならない可能性が高い事は二人共重々承知していた。そしてこの1つ目の巨人は巨体に見合わぬ速度を有している。防御主体のソラでは囮としては不向きだ。ならば瞬が囮となり敢えて目立つようにして、ソラが高火力の一撃を叩き込もうという算段であった。
「っ」
行ける。魔力の蓄積が十分な領域に到達したと判断したソラがかっと目を見開いて、地面を力強く蹴って一気に1つ目の巨人へと肉薄する。
「はぁあああああ!」
雄叫びと共にソラが地面を駆け抜ける。それに1つ目の巨人も気が付いて、再度眼球に魔力が収束する。
「甘い!」
幾ら再生するとは言え、1つ目の巨人とて自らの触手を焼くつもりはないのだろう。光条が放たれる瞬間、頭部で眼球を守っていた無数の触手がまるで怒髪天を衝くとばかりに上に逆立つ。そしてそこを逃す瞬ではなかった。
「はぁああああ!」
裂帛の気合と共に、瞬が魔力の収束する眼球へと槍を投擲。自らは本来ならば打ち消すはずの反動を利用して後ろへと吹き飛ぶように退避する。そうして今にも解き放たれんとしていた膨大な魔力が瞬の一撃により堰を切ったように暴発。細かな魔力の光条が四方八方に飛び散った。
「はぁああああ!」
細かな魔力の光条が四方八方に飛び散って地面を焼くのを横目に、ソラが跳び上がる。そうして彼は大上段に構えた<<偉大なる太陽>>を思い切り振り下ろし、黄金色の斬撃が放たれる。
「やった、か?」
「いや、それやってないフラグっすね……」
斬撃の反動を使って後ろに跳んだソラが瞬の真横に着地。それと共に閃光が晴れて、眼球から大量の鮮血を吹き出し右肩あたりから胴体の半ばほどまで大きく切り裂かれた1つ目の巨人の姿が露わになる。
肩甲骨から走る傷はもはやほとんど両断というに相応しく、ぶちぶちぶちという音と共に皮と肉が巨人の自重で裂けていく音が聞こえそうなほどであった。
「「……」」
結果のほどや如何に。二人は動きを見せない1つ目の巨人の動きを注視する。このまま倒れてくれるのなら良し。倒れないのであれば、再び攻勢を仕掛けるのみだ。そうして両者動きを見せず数秒。よほどの大ダメージだったのかだらりと垂れていた触手が唐突に大きくうごめいた。
「ちっ」
「だめっすか」
まるで触手が傷口を縫合するように肉片の両側から大きく蠢いて、自重で広がっていく傷口を強引に一つにまとめ上げる。そうしてまるで触手の鎧のように強引に肉体を一つにまとめ上げたと同時に眼球に突き刺さったままの瞬の槍を頭部に生えた触手の一つが抜き放ち、彼らへ向けて投げつける。
「おっと……別に返してくれる必要はなかったんだが」
超音速で投げつけられた槍を瞬が雷を操って回収する。そうしてくるくるくると見栄を切るように振り回して、それと同時に紫電を纏ってその場から消える。
「はぁ!」
再び1つ目の巨人の眼前に移動した瞬はそのまま再度眼球目掛けて刺突を放つ。とはいえ、流石に二度も三度も眼球を潰されるのは1つ目の巨人とて御免被るのだろう。先ほど以上に猛烈な勢いで頭部の触手を振り回し、瞬を迎撃する。
「ちっ」
流石に無理か。瞬は笑いながら舌打ちし、自らの槍が振り払われるのを良しとする。何より彼自身、この攻撃が成功するとは思ってもいなかった。というわけで猛反撃を行う頭部の触手を弾いて、彼は更に上へと跳躍する。
「せっかくくれてやったんだ! 遠慮せず貰っておけ!」
1つ目の巨人の頭頂部より更に上へと舞い上がった瞬は自らを追い縋る触手の群れを下に見ながら、それら全てを諸共に焼き尽くさんとばかりに槍に炎を宿して振り下ろす。そうして再度反動で跳躍し距離を取って、地面に着地する。そしてそれと入れ替わるように、今度はソラが攻撃を仕掛ける。
「……」
だんっ、と地面を蹴ってソラが駆け抜ける。そんな彼へと<<偉大なる太陽>>が告げる。
『ソラ、見えているな』
「おう……まだ再生は終わってない」
鮮血こそもう吹き出してはいないものの、しっかりと見てみれば1つ目の巨人の眼球はまだ穴が空いており、魔力の発射が難しい事が見て取れた。ならばあの超火力の光条は放たれない。二人はそう認識し、一気に駆け抜ける。そうして駆け抜ける彼らに、1つ目の巨人も気が付いたらしい。流石に触手を振り回すでは対応出来ないと考えたのか、1つ目の巨人がその巨腕を振り上げる。
「っ」
振り上げた一瞬の後、1つ目の巨人の巨腕が振り下ろされて地面を揺らす。しかし振り下ろされた先にはソラの姿はなく、すでに彼は1つ目の巨人の真下へと潜り込んでいた。
「っ、はぁああああ!」
1つ目の巨人の真下へと潜り込んだソラが一瞬だけ膝を屈して、思い切り跳び上がると共に<<偉大なる太陽>>を振り上げる。そうして今度は股関節あたりから上へと黄金色の斬撃が迸るも、先に彼自身が傷付けた大きな傷を覆う触手を切り裂こうとした瞬間だ。<<偉大なる太陽>>が弾かれる事になる。
「っ」
がんっ、という音でも響いたかのような衝撃と共に自身の斬撃が食い止められ、ソラの顔にしかめっ面が浮かぶ。そうして斬撃が食い止められた瞬間、彼をまるで抱き込まんとばかりに触手が伸びる。
『ソラ!』
「ちっ」
流石に取り込まれてはたまったものではない。ソラは<<偉大なる太陽>>の声に1つ目の巨人の胴体を蹴って強引に離脱する。そうして伸びていた触手が、まるで1つ目の巨人の胴体を鎧のように覆い隠す。
「ちっ……」
大きなダメージは与えているはずだが、まだ倒し切るには遠いらしい。地面を滑るようにして減速するソラはそう理解し、小さく舌打ちする。そうして彼が再びの攻勢に向けてぐっと<<偉大なる太陽>>を握りしめるその横を、紫電が通り過ぎる。
「……」
ばちんっ、ばちんっ、と紫電の弾ける音を一歩毎に響かせながら、瞬が紫電の速度で駆け抜ける。そんな彼に1つ目の巨人も気が付いてその巨腕を振り下ろすが、流石にとてもではないが追い付けるものではない。そうして紫電の残像さえ生じさせて、瞬が1つ目の巨人の股下を潜り抜ける。
「はっ!」
股下をくぐり抜けた瞬は数歩進んだ所で自らの魔力で編んだ雷の槍を地面に突き立てる。そうして足を止めた彼へと1つ目の巨人が薙ぎ払うように巨腕を振るが、ただ雷で編まれた槍が揺れるのみだ。
「次!」
紫電の速度で1つ目の巨人を翻弄しながら、瞬はまるで1つ目の巨人を取り囲むように雷の槍を地面に突き立てていく。そうして時に跳び上がり、時に振り払う速度をも上回り、巨腕を掻い潜りながら雷の槍を地面に突き立てること計六度。最後の一振りを突き立てると同時に、彼が大きく跳び上がる。
「おぉおおおおお!」
戦場全てに轟かんばかりの雄叫びと共に、瞬が巨大な雷の槍を手に海老反りに振りかぶる。そしてそれと共鳴するかのように、1つ目の巨人の周囲に突き立てられた雷の槍から彼へと雷が伸びていく。それはあたかも、雷の檻のようであった。そんな雷の檻の頂点に居る彼を、1つ目の巨人が見上げた。
「はぁ!」
かっと瞬が目を見開いて、雷の檻に捉えられた1つ目の巨人へと巨大な雷の槍を振り下ろす。それは本来ならば1つ目の巨人を焼き払うに十分な威力を有していたが、振り下ろした瞬間の瞬の顔は苦みが乗っていた。
「ちぃ!」
あと一瞬間に合わなかった。降下していく瞬が見るのは、自らの雷の槍に向けて放たれる眼球からの魔力の光条だ。それはあと一歩の所で拮抗状態を作り出し、彼の雷の槍を食い止めていた。そうして空中を舞う瞬に、ソラの声が響く。
「先輩!」
「っ」
ソラの声を聞いた瞬が見たのは、雷の檻目掛けて駆け出すソラの姿だ。それに瞬は直感的にソラの思惑を理解。両手を広げるように雷の檻を操って、ソラへと繋げる。
すでに1つ目の巨人とてこの状況で雷の槍を回避しようとすればその瞬間に雷の槍の直撃を受ける事になる。あちらに残されているのは雷の槍を完全に破壊する事だけだ。1つ目の巨人に動きようがない以上、檻を展開する必要はなかったのだ。
「ぐっ」
瞬から雷を譲渡され、ソラの顔に僅かな苦悶の色が滲む。が、痛みに足を止めている暇はない。そうして彼は極光と雷を纏いながら、地面に突き立てられた雷の槍の真横を駆け抜ける。
「完全に、そして久しぶりに思い付きだ! 冥土の土産に持ってけってんだ!」
地面の雷の槍を目印として、ソラが跳躍。彼が振りかぶるのは、<<偉大なる太陽>>ではなく左手の盾だ。その先端を、1つ目の巨人の胴体を覆う硬質の触手へと押し当てる。
「<<極光雷撃杭>>!」
がぁんという音と共に激突した盾の先端に、極光で編まれた魔力の杭が生ずる。そうして魔力が爆ぜて杭が射出されて硬質の触手を打ち砕くと、即座に次の雷撃で編まれた杭が射出。1つ目の巨人の肉と骨、内蔵を大きく弾き飛ばす。
そしてその一撃が、完全に決め手だったようだ。どうやら触手の鎧の内側は再生が不完全だったようで、その強大な衝撃も相まって完全にその胴体を両断する。
「っ、うおっ!?」
頭のある上側が自身の一撃で吹き飛ばされるのをソラが認識した直後。彼の身体が大きく後ろへと吹き飛ばされる。瞬が雷を操ってソラを強引に避難させたのだ。そしてそれと入れ替わるように、妨害するもののなくなった瞬の雷の槍が残っていた1つ目の巨人の大部分へと直撃。内側から消し飛ばす。
「ふぅ……っ!」
「させんっ!」
「先輩!?」
一瞬の油断。着地して安堵を浮かべたソラ目掛けて放たれた魔力の光条の前に、幻想の腕を顕現させた瞬が立ちふさがる。そうして放たれた光条を幻想の腕で吸収しながら、彼は吹き飛ばされて地面に落ちた1つ目の巨人の頭へと肉薄。魔力の光条を放つ眼球へと幻の爪を突き立てる。
「<<簒奪魔手>>」
まるで死神もかくやとばかりの冷たい声が響いて、吹き出した鮮血ごと幻の爪へと吸い込まれる。こうして、完全に1つ目の巨人が上半身下半身共に消し飛んで戦いは終わる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




