第3467話 はるかな過去編 ――乱戦――
『狭間の魔物』による侵略。かつてそんな事態に見舞われていたセレスティア達の世界であるが、過去へと飛ばされた彼女らはそれに巻き込まれる事になってしまう。
そんな中で開始された『狭間の魔物』との戦いはその多くが雑魚と言える個体だったが故に『狭間の魔物』の殲滅戦にも近かったものの、それも開始から数時間。世界の亀裂が大きく広がり周囲一帯を覆い尽くすほどになった事により、ついに敵の親玉とも言える巨大な触手の海の『狭間の魔物』が出現。無数の触手の塊を降り注がせ、それが無数の触手の人形を生み出していた。
そうして今までとは格の違いが明らかな触手の人形との乱戦状態に陥ったわけであるが、乱戦の結果ソラたちは全員が逸れる事になってしまう。というわけで乱戦の中で逸れた一同であるが、サルファの助言により一度総司令部にて再合流するべく敵の中を突っ切っていた。
「ふぅ……後少し、か」
「見えてる距離っすけどそこまでが遠かったっすね」
「そうだな……」
塹壕として拵えられたのか、それとも戦闘の余波で結果として出来上がったのか。ソラと瞬は出来上がっていた地面の切れ目にて少しだけ小休止を挟んでいた。天変地異が普通に起きている場所だ。地面が大きく割れたり抉れたりは各所で生じている。どちらであれ、有り難くそれを利用させて貰うだけであった。
というわけで最後の一息に備えて休息を取る二人であるが、そこに先導や周囲の状況の助言をくれていたサルファの声が文字として眼の前に現れた。なお、そもそもこの場での休息に助言をくれたのも彼だった。
『かなり乱戦状態になっているが……体力、魔力共に大丈夫か?』
「ええ……まだ俺もソラも問題ありません。途中で回復出来るような力が期せずして手に入った事もありますし……」
『そうか……それは良かったな。それでここから先だが、少しだけ厄介な状況と言えるかもしれない』
「厄介?」
サルファの言葉に瞬が僅かな警戒を滲ませる。そうして彼は少しだけ注意深く塹壕から顔を出して外を観察する。
「……特には何も見当たりませんが……」
『それは今は、という意味だ。もう暫くすると厄介という意味を嫌でも理解出来るはずだ』
とどのつまりサルファは自分たちにはわからない何かが視えているというわけか。瞬は彼の言葉からそれを理解する。そして彼の言葉が終わるか終わらないかというタイミングで、それは起きた。
「なんだ!?」
「うぇ!?」
ばりばりばり。まるでガラスが破られるような。硬質の澄んだ音でありながら、そんなあり得ざる音が響き渡る。そしてそんな現象は当然普通には起こり得ない。故に起き得るのであれば、それはこの世界の法則が乱れているからこそだ。そうして音と共に世界の壁が縦に引き裂かれる。それを見て、サルファが舌打ちした。
『ちっ……無茶苦茶だ。幾らここが世界の法則が薄くなっているからって引き裂いて強引にここに顕現してくるか。ほら、言った通り、厄介が来たぞ。休ませてやっていたんだから、そいつを仕留めてから戻ってきてくれ。レックスさんは向こうでそいつを複数体相手に戦っているから、手助けは期待しない方が良い』
「「……」」
まだ何が現れるかはわからないが、少なくともとてつもない存在が現れつつあるぐらいは二人にも直感的に理解出来る。そしてどうやら、レックスはこれを複数体同時に相手しているというのだ。相変わらずの戦闘力だと言えたし、同時にだからこそ手助けは望めないと二人は顔を見合わせて気を引き締める。
「ふぅ……はぁ!」
「<<太陽の威光>>!」
二人は今まで小休止と抑えていた力を再び解き放ち、ぐっと足に力を込める。
「ソラ。俺がオフェンスを……お前はもし先手に失敗した場合を頼む」
「了解っす……十分に注意を」
「ああ」
世界が裂けたと同時にこちら側に現れなかった事は、二人にとって幸いだった事だろう。数秒とはいえきちんとした打ち合わせを行う時間的余裕があった。
そして先程瞬が槍を投げた事により、世界の法則が乱れた中に突入するのが得策ではない事を二人は理解している。故に狙うのなら、こちらの世界に敵が足を踏み入れた瞬間だった。
「「……」」
数秒の打ち合わせの更に数秒。二人には周囲の戦闘の音が遠くに聞こえていた。それが極度の集中によるものか、世界の法則が乱れた余波がついにここにまでたどり着いていたからなのか。それは二人にはわからなかった。だが数秒が数十秒にも感じられるほどに引き伸ばされた後。世界の亀裂からまるでよじ登るように、触手とは思えないしっかりとした爪が生えた腕が現れる。
「っ、おぉおおおお!」
腕がこちらの世界に入り込んだ瞬間、瞬が地面を蹴って雄叫びと共に亀裂へと突撃する。先に打ち合わせた通り、先手必勝するつもりだ。そうして紫電の速度で跳び上がった彼は腕の前へと移動。中の光景を確認する。
(っ)
瞬間、瞬と中に居た異形の個体の視線が交差する。しかし彼は自らが1つ目の巨人を認識したと同時に、直感的に頭部にあった巨大な1つ目目掛けて槍を投げ放つ。
「はぁ!」
巨大な1つ目を狙ったのは完全に直感的によるものだ。それが正解かどうかなぞ誰にもわからない。そうして直感的に放たれた紫電の槍は巨大な1つ目の巨人目掛けて一直線に飛翔。ほぼ一瞬で、1つ目の巨人の眼前にまで肉薄する。しかしその次の瞬間、瞬は盛大に顔を顰める事になる。
「うぅ!?」
気色悪い。瞬は思わず生理的な嫌悪感を抱いた。無理もなかった。なにせ飛翔した槍に対して、1つ目の巨人はその頭部がばかりと裂けてまるで髪の毛のように無数の触手が吹き出してきたのだ。そうして吹き出した無数の触手が槍を叩き壊したのである。というわけで盛大に嫌悪感を顔に出す彼に、ソラが大声を上げる。
「先輩!」
「すまん、問題ない! だが攻撃は失敗だ!」
中の光景を見ていなかったソラが慌てふためくのは無理もないだろう。というわけで彼の焦燥に対して瞬は着地と共に問題ない事を手で示す。そうして改めて彼が着地するのと、1つ目の巨人が轟音と共に着地するのはほぼ同時であった。
「うわっ……気持ち悪っ」
「ああ……だが、強いぞ」
土煙を上げて着地した1つ目の巨人を二人は改めて見る。そうしてお互いに警戒を露わに一瞬先の交戦に備えつつ、二人はとりあえずお互いの所感を交換する。
「大きさは大体5メートル程度……巨人種がベースにしては小型か」
「サイクロプス系……がベースとは思いますけど」
「だろうが……流石に気持ちが悪いな」
触手が一番密集しているのは頭部だが、それ以外の身体の各所にも触手が生えていた。そうして警戒しつつもまずは情報収集に務める二人であるが、1つ目の巨人が雄叫びを上げる。
「「っ!」」
何かをしてくるつもりだ。二人はそう思いながらもその大きな音に顔を顰めてその場に縫い付けられる。そうして縫い付けられた二人の眼前に、1つ目の巨人はその巨体に見合わぬ俊敏さで肉薄する。
「っ」
ぱちんっ。1つ目の巨人が眼前まで迫りくるのを見て、瞬が紫電を纏ってその場から離脱する。そしてその直後だ。1つ目の巨人が両手を組み合わせてまるでハンマーのように振り下ろす。
「ソラ!」
ソラが避けられたのを確認出来ず、瞬が思わず声を上げる。が、どうやらこれはソラの思惑だったようだ。
「おらよ!」
がぁん、という大きな音が響き渡り、振り下ろされた両拳が打ち上げられる。ソラは巨体に見合わぬ俊敏さを理解すると、即座にカウンターに切り替えたのだ。そうして打ち上げられた両手に、瞬が切り込んだ。
「おぉおおおお!」
今ならどちらか片方ぐらいはやれるはずだ。瞬は多少の無茶は承知で打ち上げられた両手のどちらかでも良い、と狙いも付けずに思い切り刺突を繰り出す。そうして深々と突き立てると、手そのものを足場として<<縮地>>を起動。その場を一瞬で離脱する。
「はぁ!」
距離を取ると共に突き刺さった槍に魔力を込めて、大爆発を起こさせる。
「「……」」
どうだ。瞬もソラも閃光が迸り爆炎が上がるのを少し遠くに――ソラもすぐに離脱していた――見ながら、その結果を確認する。そうして数秒経って煙が晴れた先には、両腕を欠損した1つ目の巨人の姿があった。
「よし……幸運だったな」
「……いや、そういうわけじゃないっぽいっすよ……」
瞬としては両手どちらかで良かったが、結果としては両手とも消し飛んでいたのだ。それに僅かにほくそ笑む彼であったが、どうやら糠喜びだったようだ。そうして聞こえたソラの言葉に、瞬もまた盛大に嫌悪感で顔を顰める事になる。
「……うぇ」
うぞるうぞると残っていた肉がうごめいて、無数の触手がまるで失われた手を代用するかのように伸びる。そうして伸びた触手が一瞬にして変貌して、再び両手が元通りになっていた。
「……どうやら、厄介な敵に間違いないな」
「っすね……やりましょ」
「ああ」
ソラの言葉に瞬は再び腰を落として、交戦に備える。そうして二人は両手を再生した1つ目の巨人へと、今度は彼らの方から攻め込んでいくのだった。
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