第3465話 はるかな過去編 ――第二幕――
『狭間の魔物』による侵略。かつてそんな事態に見舞われていたセレスティア達の世界であるが、過去へと飛ばされた彼女らはそれに巻き込まれる事になってしまう。
そんな中で開始された『狭間の魔物』との戦いはその多くが雑魚と言える個体だったが故に『狭間の魔物』の殲滅戦にも近かったものの、あまりの数の多さに戦闘開始から数時間は一進一退の拮抗状態に陥っていた。
というわけである種の拮抗状態を生み出していること。これがおそらく『狭間の魔物』の戦略の一つである事を理解したソラにより、一同は順番で大休止を取っていた。そうして、暫く。全員が順番に大休止を取れていつでも出られるようになったタイミングで、ソラは改めて世界の亀裂を見ていた。
「……なんっていうか……改めて見るとすごい事になってますね」
「不思議な光景と言うべきだろうが……ふーむ……」
ソラの言葉に瞬は物理法則どころか魔術的な法則さえ乱れに乱れている世界の外を見て、少しだけ興味深い様子で顎に手を当てる。そうして暫く色々と観察していた彼であるが、カイトへと一つ問いかけた。
「なぁ、カイト。もしあの空間に突入したら、どうなるんだ? 誰もあっちに突撃していないが、場合によっては向こうに向かわねばならない事だってあるだろう?」
『うーん……まぁ、着の身着のままで突撃したらどうなるかは少しオレにもわからんなぁ……ただ碌なことにはならんだろう』
「そうか……一度投げてみても良いか?」
『まぁ、すでに何千と色々と放たれてるから今更ではあるが……好きにすれば良い』
魔力の流れなどを見通そうにもそもそもその力とて世界が定めたものだ。その世界の法則そのものが壊れている以上、遠目に見て何かがわかる事はほとんどない。ならば攻撃してみてその攻撃がどうなるか、と確かめるのは意味がないとは言えないだろう。
というわけでカイトの許可を得て、瞬は魔力で槍を編む。こういう時、使い捨てられる上に自らの魔力であるが故に敢えて壊れた際のフィードバックからある程度何が起きるかを確かめる事が出来るのは強かった。
「ふぅ……はぁ!」
一瞬だけ呼吸を整えた後、瞬は少しだけ気合を入れて槍を投げる。そうして投げられた槍は紫電となると簡単に音速を超過。途中魔物の群れを貫きながらも一直線に遠ざかっていく。
「……見えている以上に遠い……な」
「まだたどり着かないんっすか?」
「ああ」
ぐんぐんと遠ざかっていく瞬の槍だが、数秒経過してもいっこうに世界の亀裂の先へとたどり着かなかった。この投擲は単なる投擲ではなく、瞬がコントロールする投擲だ。故に時間が経てば経つほど速度が遅くなるということはなく、それこそ時間が経てば経つほど加速させる事だって出来る。
なのですでに音速の数倍の速度には到達しており、秒速数キロメートルは優に超えているだろう。それでたどり着かないということは即ち、実際に見えているより更に遠いという事の証明だった。
「空間が歪んでいる……のか? そういう風には見えんが……」
「うーん……<<偉大なる太陽>>。どう思う?」
『ふむ……空間が歪んでいる、というよりも光が歪んでいるのも大きかろう。法則が歪んでいることも大きかろうな。おそらくもう暫くすれば……』
「む?」
「あれ?」
『起きたか』
一直線に飛翔していた瞬の槍が唐突にぐにゃりと歪むのを見て、ソラと瞬の二人が僅かに眉を顰める。とはいえ、瞬の方はこれが壊れる兆候というわけではなく、返って来る感覚は変化がないがゆえのものだった。そうして困惑する二人に、<<偉大なる太陽>>が続けた。
『おそらくそろそろ様々な変化が起き出すだろう……光は最も遠くまで影響が起きやすいものだ。小僧、しっかり腹に力を込めておけよ』
「っ、なんだ?」
今までまるで虚空を進むようになんら影響のなかったはずの槍から返ってきた異質な感覚に、瞬が顔を顰める。が、見えている光景としては少し槍が歪んでいる程度で先ほどからの変化はなく、ソラが困惑気味に問いかけた。
「どうしたんっすか? 何か起きてるようには見えないんっすけど」
「なにか……まるで粘液の中を突き進んでいるような……っ!」
何かまずい。瞬は槍を構成している魔力が変質させられていくのを知覚。慌てて接続を解除すると共に、槍を破裂させる。そうしていびつな形状の巨大な閃光が起きるのを、二人は遠くに見る。
「……やっぱ見える限りだと十数キロ先って所っすけど……」
「おそらく距離としてはもっとあるだろうな……あ?」
「へ?」
『『うん?』』
閃光が轟いたと同時。ソラと瞬、そしてカイトや<<偉大なる太陽>>もまた幻聴にも似た音ならざる音が響くのを確認する。そうして何かが砕ける音が響き渡る。
「せ、先輩?」
「お、俺はただ槍を自壊させただけだぞ!?」
『それは間違いない。今程度の攻撃で広げられるほど、世界の壁はヤワじゃない……全員、構えた方が良いぞ。敵の本隊が来る』
そもし統一軍が最初からこの場に居たのであれば、世界の壁が砕け散る音だと気付けただろう。だが誰も居なかったためわからなかっただけだ。が、何が起きつつあるかはカイトであれば見ればわかった。そうして彼の注意喚起とほぼ同時に、広がっていた亀裂が更に大きく広がる事となる。
「「なっ!」」
一瞬にして広がった世界の亀裂は一瞬にして一同の頭上も覆い尽くし、ものの数秒ではるか地平線の果てまでを覆い尽くす。そうして砕け散った世界のその先には。
「「……」」
嘘だろう。ソラも瞬も一瞬、脳裏にかつて交戦した『暴食の罪』の姿が過ぎ去った。そうしてもはや絶句さえ出来ぬ状態の彼らに対して、ヒメアがカイトへと問いかける。
「……カイト。あれが?」
『……ああ。あいつにオレはやられた』
「「「……」」」
カイトとヒメア以外、総司令部に控えていた全ての者が思わず顔を青ざめさせる。あれこそが、人類側の最高戦力である勇者カイトを呆気なく打ち負かした化け物の首魁。正しく触手の海としか言いようのないものであった。そうして、世界を覆い尽くした触手の海が大きくうごめいた。
『来るぞ! 全員、気合を入れろ! 奴こそが敵の親玉だ! 奴の中から無数の敵が来ると思え!』
カプセルの中から、カイトが全員――それこそ魔族にさえ届くように――に聞こえるように念話を最大出力で飛ばす。そして彼が全体に通達したと同時に、無数の触手の塊がまるで大雨のように降り注いでいく。
「……はっ!」
かぁん、とヒメアが杖で地面を小突いて澄んだ音が響き渡り、総司令部の全周囲を覆い尽くすように結界が展開される。それは総司令部めがけて降り注ごうとしていた触手の塊を弾いて、明後日の方角へと吹き飛ばす。
「……先輩」
「ああ……行くぞ。カイト」
『ああ、注意しろ。おそらくお前らでも真正面から戦うのなら一体にしておけ。それもやれるのなら、何人かで戦え』
「やれるなら、か」
厳しいだろうな。カイトの助言に対して瞬はそう直感的に理解する。降り注ぐ触手の塊は百や二百では到底足りない数だ。しかもまだまだ降り注ぎ続けており、終わらないのではないかと全ての者を不安にさせる。と、そこにサルファの声が響く。
『支援は僕の方でやる。総司令部の近辺の敵を掃討してくれ。戦闘に意識が割かれて離れるような事があれば、こちらで指示する』
「「ありがとうございます」」
先にもレックスから言われているが、大精霊達からの支援に誰が必要になるのかわかったものではないのだ。誰か一人でも死ねばそれで終わりの可能性さえあり、そうなれば人類側の敗北だ。そしてここから始まるのはおそらく先ほど以上の乱戦だ。離れすぎて戻れる保証は一切なかった。
「<<偉大なる太陽>>」
「酒呑童子」
この状況だ。ソラにも瞬にもプライドなぞあろうはずもなかった。というわけでソラは黄金に身を包み、瞬は鬼武者と化して無数の触手の人形の中へと突っ込んでいくのだった。
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