第3463話 はるかな過去編 ――拮抗――
『狭間の魔物』による侵略。かつてそんな事態に見舞われていたセレスティア達の世界であるが、過去へと飛ばされた彼女らはそれに巻き込まれる事になってしまう。
というわけで彼女らの時代には伝説的な英雄として名を残すかつてのカイトらと共にその侵略に対抗するべく動く事になっていたわけであるが、その最中に魔法もどきとでも言うべき攻撃によりカイトが瀕死の重傷を負う事になってしまう。
そんな中で開始された戦いはその多くが雑魚と言える個体だったが故に『狭間の魔物』の殲滅戦にも近かったものの、あまりの数の多さに戦闘開始から数時間は一進一退の拮抗状態に陥っていた。というわけで何度目かになる小休止の最中。瞬は思わずボヤいた。
「ふぅ……何百体と倒したような気がするんだが、全然減っている実感がないな……」
「そうっすね……てか、これ笑い話にもならないんっすけど、あの大魔王様とやらがいなかったらどうなってたんっしょね」
「……さぁな」
ソラの言葉に瞬は遠くで巨大な触手の塊を片付ける大魔王を見ながら苦笑いしか浮かべられなかった。こちらに巨大な触手の魔物が入り込もうとしたら、すぐに大魔王が現れて片付けていた。
やはり大将軍をして格が違うと言わしめる大魔王は凄まじかった。レックスや四騎士、大将軍達のように雑魚の掃討には加わらないが、それ故にこそレックス達でも手を拱く強大な『狭間の魔物』の相手に注力していた。大魔王のおかげで、戦線が維持出来ている所があるのは事実だった。
瞬がまだ苦笑いが出来るのはこの場においては大魔王さえ味方であるからだったし、この世界においては他人事の所があったからでもあった。というわけで、大魔王の戦闘力を目の当たりにして苦みのみが浮かぶセレスティアを瞬は見る。
「……あれと同格、なのか?」
「……おそらく。少なくとも弱い事は無いでしょう」
この場においてだけは頼もしい戦力と言える大魔王だが、セレスティア達は自分の世界に戻ってからはこの大魔王と同格の戦闘力を有する相手と戦わねばならないのだ。大魔王の実力を目の当たりにして思う所があるのは無理もなかった。そんな彼女に、同じ様な顔をしていたイミナが告げる。
「まだまだ遠いと言うしかないのでしょう、我々は。レックス様達にも、奴らにも」
「……わかっています」
相手が強い事はわかっていたし、自分が大将軍級には及ばない事はわかっていた。そもそもセレスティアは巫女であり戦士ではない。担い手達のサポートがメインで、正面切って大将軍級と戦うべきではないことは彼女も承知している。
だがだからこそ担い手達の実力は彼女が一番わかっており、その実力が大魔王には全く届かない事を痛いほど実感していたのである。
「……まぁ、今においてだけは大魔王が味方である事を受け入れるしかないのでしょう」
おそらく現状に一番苦い顔を浮かべているのはレックスだろう。セレスティアはそう考え、現状を受け入れるしかないのだと自らを納得させる。そうして10分ほどの小休止を挟んだ所で、雑魚の侵攻を一時的に食い止めていたブリザードが停止する。
「……良し。やろう」
「はい」
再稼働を始めた魔導砲の砲撃を横目に、瞬の言葉にセレスティアが応じて立ち上がる。やはり何時間も戦い続けていると、魔導砲も調整が必要になる。
幾らなんでもここまでの長時間の戦闘は本来想定されていないからだ。なので小休止には様々な魔導具の調整時間の意味合いが強かった。というわけで、砲撃が繰り広げられていく中を一同は再び空中へと躍り出るのだった。
さて戦闘が再始動してから更に数時間。本来なら夜になるだろう時間になっても戦いは続いていた。しかも不思議な事に、月も星も世界の亀裂により覆い尽くされていたにも関わらずまるで真っ昼間のような明るさがあった。それにソラが気付いて、思わず笑う。
「無茶苦茶だな、これ……世界の法則がそれだけ乱れてるって事なんだろうけど……なぁ、<<偉大なる太陽>>。これって太陽の力があったりはしないよな? こんだけ明るいと案外、ってパターンがあったり……」
『しないな。全く……我としても笑うしかない。なんなのだ、これは』
一応空の状況としては亀裂以外に視線を向ければ月が昇っており、夜である事は明白といえるだろう。だがまるで真夏の昼下がりのような熱気――これには戦闘の影響もあるだろうが――と燦々と照る太陽のような周囲の明るさはそれを否定していた。
「もうなんっつーか……なんでもありかよ。てか、あの亀裂。段々と広がってないか?」
『広がっているな。そしてもう一つ良い事を教えてやろう……敵の首魁。かつての神使殿を打ち倒した触手の海の化け物とやらはまだこちらに姿さえ見せていない』
「笑えるぅ」
<<偉大なる太陽>>の指摘にソラは半ばやけっぱちになりながら笑う。これだけ何時間も戦い抜いて、実際にはまだまだ前哨戦でしか無いのだ。やけっぱちにもなりたくなった。
「まぁ、でも雑魚しかいないのは幸いって所か……ん?」
『どうした?』
何かに気が付いたような様子のソラに、<<偉大なる太陽>>が首を傾げる。そうして若干青ざめた様子で彼がもしかしてと口を開いた。
「なぁ……これってマズくないか?」
『何がだ』
「これってこっち、消耗させられていないか? 敵って多分、戦略的な行動が取れるんだろ?」
『! 確かに……言われてみればそうだな……』
今回敵が『狭間の魔物』という魔物を相手にしている形で誰しもが考えているが、実際の所は戦略や戦術の構築が可能な敵と考えるべきだ。なので今回も厳密に言えば殲滅戦と言うのではなく侵略と捉えるべきだし、それを前提とした戦術を構築するべきでもあった。普通の魔物同様にただ考え無しの相手を倒せば良い、というわけではなかった。
「……先輩。聞こえますか?」
『ああ、聞こえている……大体は聞いていた。どうする? 小休止を挟めているから継続的な戦闘には問題はないが』
「……」
こういう場合、どうするべきかを判断するのはソラの役目だ。なので瞬の問いかけにソラは一度引いて、状況を精査する。
(フェリクスさんは……ちょっと厳しそうかな。軍の指揮もあるし、さっきから何度も<<乙女の怒り>>を撃ってる。あの人がわかってないとは思わないけど……)
古代文明の魔導具と言われている<<乙女の怒り>>であるが、その出力を幾ら制限してもフェリクスとてそう何度も撃てるわけではない。
それでも撃たねば南部諸国の連合による戦線が瓦解しかねない時には撃ち込んでいるし、その判断は正確で彼自身を長期戦に対応させた上で戦線を維持出来ていると言って良い。だがだからこそそこが限界ではないかと思える所はあり、これから先の本格的な敵の侵略をどう考えているのかは気になる所であった。とはいえ、考えていないはずはないとソラは考えていた。
(自分に出来ること、他人に任せることがはっきりわかってるんだろうな……やっぱ軍略家としてあの人は尊敬出来るよな……おやっさんは……あー、無理だな、ありゃ)
フェリクスが知将としての戦略眼で長期戦に備えているのであれば、おやっさんは冒険者としての経験を活かしてレックスらが主導して用意する小休止以外にも隙間を見付けて補給を取る形で長期戦を行っていた。
そして彼は冒険者ギルドの支部長として勇猛さを見せる事で周囲を鼓舞――勿論それ以外にも口で叱咤激励してもいるが――しており、こちらは完全にここから先に待ち構える強大な力を持つ融合個体達を考えていなかった。無論こちらも戦線の維持を優先すればこそであり、仕方がないと言えただろう。
(エザフォス側はほとんど見えないけど……時々展開されている巨大な氷壁はグラキエースさんのものだろうし、巨大な光条は竜騎士達のものだろうな……ってなると、あっちからの対応も難しい……当然か)
どうやら自分が知己を得ている相手は軒並み大局的な視点で戦線の維持を優先しているかせざるを得ないらしい。ソラはその他にも先の天醒堂での会議で知己を得られていた戦士達を確認し、人類側にそこまでの余裕はないのだと再認識する。
(……まぁ、当然だよな。俺達にとって雑魚って言っても俺達って一応こっちの世界でも上位層ってわけだし……本当なら一体倒すのだって大変だろうし。それに今回の相手は……)
改めてソラは今回の触手の『狭間の魔物』が非常に厄介だと認識する。
(自分達が倒されたらその時点で敵の戦力になりかねない、か。厄介だよなぁ……しかも前のえっと……『暴食の罪』だっけ? そいつみたいに生かして取り込むじゃなくて殺して肉体だけ再利用で良いってあたり最悪だよなぁ……)
『暴食の罪』とどちらが良いのか。そう問われた際、ソラは正直に言えばわからなかった。あちらも自分達が倒されれば敵の戦力として取り込まれてしまうわけであるが、あちらはあくまでも生きた状態でなければ取り込めないという制約があった。
しかも『暴食の罪』側は一度滅ぼされた状態からの復活をせねばならない事や、よりにもよって仇敵とも言えるカイトが現地に居るせいで復活を優先せねばならず手加減にも似た行動をせねばならなかったわけだが、こちらは死体と融合出来る上に天敵もいない。一切容赦しなくて良いのだ。そうして諸々を考慮した上で、ソラが最終的な判断を下す。
「……一回引きましょう。多分、今は俺達が出て敵の数を減らすよりその次に備えた方が良い」
『わかった……全員、一度集合しよう』
「了解っす……こっち総司令部近いんで、先に向かって話を通しておきます」
『頼む』
ソラの言葉に瞬が一つ頷いた。そうして一同は一度総司令部で集合する事にするのだが、ソラはそれに先駆け先に総司令部へと戻る。幸いな事に彼らはカイトを活用した大精霊達の切り札にもなる。
総司令部に来た場合はすぐに通すように話は通されており、すぐに残っていたカイト達の所――レックスは最前線で指揮を行っている――へと通される。
「という風に思ったんだけど……大丈夫か?」
『なるほどな。ベル、オレとしては良いと思うが』
「……そうですねー……そろそろ次の段階にはなりそうとは思っていましたし、ある程度戦力は残しておきたい所ではありましたしー……」
『……次は何を考えてるんだ?』
苦い顔で応ずるベルナデットに、カイトは何かがあると察したようだ。そして案の定という所だったようだ。
「そうならなければ良いのですが、とも思っていたのですがー……ここで彼らが戻ってきたという事はやはりそういう事なのだろうなー、という所です」
『……あ、オレの事?』
「そうですねー……こういう時、ちょっと自分の中途半端な頭の良さが恨めしいですねー」
『お前で中途半端って……』
自分達の中で一番かしこいのは誰か、と問われればサルファやノワールでさえベルナデットと断言するのだ。その彼女が中途半端なぞ言われてはカイトからすれば自分は馬鹿かと聞きたくなった。
「中途半端ですよ……何が起きるかわかっても、その対価が何かがわからない。それがわかりさえすれば、事前に対策も出来るのに」
「『……』」
おそらくここから彼女が想定している事は非常に良くない事だが、同時にせねばならない事でもあるのだろう。いつもの呑気さが消えて僅かではない辛さが滲んだ彼女の声に、カイトもヒメアもそう思う。だがだからこそ、カイトが軽い様子で笑う。
『気にするなよ。多少の無茶なら今更だ。姫様に泣かれる程度で良いなら、後でオレがフォローするさ』
「そういうこと。こいつなら私がフォローするから、あんたはレックスの方をフォローしてやんなさい。お互い出来るのなんてその程度でしょう」
『……』
やはりこの八人は親友と呼べる間柄なのだろう。少し呆れたように辛そうなベルナデットへと信頼を露わにするカイトとヒメアに、ソラはそう思う。そうしてソラの申し出はベルナデットの意向もあり受け入れられる事になり、一同は一度次の段階に備えて大休止を挟む事になるのだった。
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