第3462話 はるかな過去編 ――戦闘開始――
世界の情報の抹消という世界を崩壊させかねない事態の発生。それを受けて大精霊が動いたことによりようやく一丸となり動き始めた大陸各国は大陸全土の国家を集めた会合を開くことを決定する。
そんな中で大精霊達の助言によりカイトさえ敢え無く敗北を喫した魔法もどきとも言い表される攻撃への対抗手段を手に入れに世界の仲介者である<<湖の乙女>>達の所へ向かったレックスとソラであるが、地球で地球出身の仲介者であるヴィヴィアンらと会合。彼女らへ現状を説明すると、<<時戻しの杖>>という杖を入手する事に成功する。
そうして<<時戻しの杖>>を手に入れてシンフォニア王国の王都へと戻る最中に魔族軍による攻撃が開始された事により、統一軍もまた戦線を構築。準備を整えられるとほぼ同時になだれ込んできた『狭間の魔物』の群れを相手に交戦を開始する。
「……ふぅ」
どんっ、どどどんっと響き渡る魔導砲の轟音を聞きながら、ソラはひとまず呼吸を整える。敵の数は多いものの、先ほどのような巨大な相手はまだ来ておらず魔導砲の斉射で片付いてはいた。
ただやはり敵の数は多くいつかは白兵戦に及ばざるを得ないだろうが、魔導砲で片付くような雑魚まで相手にしていては到底最後まで持ち堪えられないことは明白だ。
そして魔族軍と異なり、統一軍に無闇矢鱈に戦いたいと思う者は少ない。指示が出るまでは待機だった。そんなわけで魔導砲の斉射を横目に交戦に備えて精神を整える彼に、瞬が話しかけた。
「ソラ。結局何かの魔導具は手に入ったのか?」
「え? ああ、大丈夫っす。なんか色々とありましたけど……とりあえずカイトが受けた不意打ちっぽいのはなんとか対応可能かなって所っすね」
「そうか……流石に即死攻撃と聞いた時は肝が冷えたからな」
やはりカイトの敗北を知る者にとって一番の懸案事項は魔法もどきと言い表された不可視で防御不可で回避不可という三段構えの攻撃だ。瞬は流れでソラがレックスと共にこの対抗策を手に入れるべく急遽出た事を聞いていたが、流石にこの状況でその結果を聞く事までは追い付いていなかったようだ。ソラの返答に笑いながら胸を撫で下ろしていた。
「あはは。そっすね……にしてもまだ雑魚だけって感じっすけど……」
「そうだな……少し懐かしい気もするが」
「懐かしい? ああ、教国のことっすか」
「ああ……あの時はこんな待ち構える事なんて出来なかったがな」
その分だけマシといえばマシかもしれん。瞬はかつてはほとんど見る事の叶わなかった世界の壁のその先を見ながら、そんな事を口にする。
「……ああなっているんだな、世界の外は」
「失敗したら場合によっては、っしたっけ」
「ああ」
瞬もソラも揃って思うのは、自分達が成し遂げようとしている世界間転移術のことだ。というわけで、瞬はその時に聞いた話を思い出す。
「まだどこかに出られるなら良い方……下手をして世界と世界の狭間に落ちれば命はない、か」
「なんとなーくっすけど、これを見て理解は出来ますね。見てわかりますもん。宇宙というか星空というか……なんなんっすかね、あの暗闇。無茶苦茶だ」
「あははは……だな。どうなっているんだ、あれは」
おそらく世界の壁が崩壊してしまった事により、乱れた法則がこちらにも流れ込んでいるのだろうな。瞬は世界の壁が崩壊してこちらに侵食しているようにも見える『星空』の中を見ながら、困惑と共に興味を抱く。
『星空』の中では様々な現象が生じており、例えば炎の雨が降ったり氷の海があったりとこちらの世界では魔術でも使わなければ滅多なことで拝めない光景がまるでそれが自然とでも言わんばかりの様子で生じていた。
『世界の果てのその先なぞ世界の拵えた法則が通用せん場だ。魔族達が突っ込まないのも当然だ。あそこに突っ込めば幾ら強大な力を有する魔族達とてひとたまりもない。貴様らも決して、あそこには突っ込むなよ』
「突っ込みたくねぇよ」
『だろうな』
<<偉大なる太陽>>の言葉にソラは盛大に苦笑いだ。そしてそれに<<偉大なる太陽>>自身も笑っていた。あの炎の雨などが自然現象なのかさえ定かではないのだ。
まだ自然現象として炎の雨という現象であれば良いが、魔力絡みになると途端話は変わる。障壁でどう防ぐか、など色々と考えねばならなかった。というわけで一頻り笑った後、彼は改めて精神を集中させる。
「ふぅ……」
このまま雑魚がなだれ込んでくる程度であればまだ良いが。ソラはこぼれ落ちると言い表すべきか、溢れ出ていると言い表すべきか判断に困る世界の亀裂を見ながらそう思う。と、そんな彼であったがふと気になる事が出てレックス――彼らの役割柄もあり専用回線を一つ用意してくれた――に問いかける。
「レックスさん。今一つだけ良いっすか?」
『ん? おう、何だ?』
「これ、全周囲に溢れかえってますよね。全周囲にこっちも兵力を展開してるんっすか?」
『ああ、それか。そうだな。統一軍総司令部が南部。北部には第二総司令部としてエザフォス帝国を中心とした部隊が展開している……いや、正確には展開する、か』
ということは現在その準備を進めている所でまだ展開は出来ていないというわけか。ソラはこちらからの攻勢の指示が出ていない事をそう判断する。と、それを理解する彼にレックスが続けた。
『で……西側は見ての通り魔族軍。東側はアイクを介して要請に応じて参戦してくれた東の諸島連合だ』
「東の諸島連合……カイトから聞いたんっすけど、希桜? とか言う人が率いている国っすか?」
『ああ、聞いてたのか。そう。希桜様が率いている部族の集まり……みたいなものだけど。数は少ないけど、戦闘力が無茶苦茶高い。雑魚ぐらいなら容易く消し飛ばせる。間に合えば龍神達に来てもらいたいもんではあるけど……』
流石に会議が纏まる前に事態が一気に進行したのだ。龍神達にも打診を送ってはいたらしいが、少なくとも先遣隊には参加していないらしかった。
「間に合いそうなんっすか?」
『微妙……だろうな。流石に。ぶっちゃければ希桜様が来てくださったのだって奇跡みたいなもんだ。そこから使者を送って、としてれば龍神達が間に合うかはかなり微妙だ』
間に合えばかなり心強い戦力になってくれるのだが。レックスは僅かな期待を抱きながら、そう口にする。
「そうっすか……了解っす。すんません、忙しい中」
『良いよ。ぶっちゃければ思考を分割して念話で話してるだけだし。この程度なら苦にもならないしさ』
「あはは……流石っすね」
どうやらこの程度の質問に答えるのはレックスにとって朝飯前でしかなかったようだ。彼の返答にソラが賞賛を口にする。と、そんな彼に今度はレックスの方がちょうど良いと念押しする。
『ああ、そうだ。さっき総司令部に入る前にも伝えたけど、もし大精霊様絡みで何か別の対抗策が判明したら戻ってくれ。お前らとカイトが居ない事には大精霊様のご助力が得られないからな』
「了解っす……てか、マジでカイト連れてきてるんっすね」
『あっははは。寝てるけどな』
ちらっ。レックスは相変わらず痛みに悶えているカイトを見て、今日一番の苦笑いを浮かべる。ちなみにカイトであるが確かに痛みに悶えているが、そもそもヒメアであれば普通に痛覚に作用する魔術で痛みを抑制する事なぞ造作もない。
相変わらずいつもの鬱憤を晴らさんとばかりに、敢えて痛みを与えられている様子であった。というわけでそんな彼を一瞬だけ遠い目で見たレックスであるが、すぐに視線を逸らして真剣な顔で告げる。
『……それはそれとして。とりあえず生還を前提に頑張ってくれ。さっきも言った通り、お前らが死ぬと大精霊様のご助力が受けられなくなる。ご助力を受けるのに誰が必要になるかわからない以上、お前らは絶対に死ぬな。それは回り回って俺達にとって不都合になる』
「うっす」
ここらで全体の利益を絡めて話せるあたり、やはり根っこは為政者という所なのだろうな。ソラはレックスの言葉にそう思う。そうして応じたソラに、レックスもまた頷いた。
『よし……じゃあ、連絡は密に。多分、乱戦になるから誤射やら射線への割り込みは十分に注意してくれ』
「了解っす」
レックスの言葉を聞きながら、ソラがぐっと<<偉大なる太陽>>を握る手に力を込める。段々と魔導砲の斉射で倒しきれない魔物の数が増えてきており、すでに由利を筆頭にした弓兵達は斉射を開始していた。白兵戦の開始まで、もう幾ばくの猶予もなかった。そしてそれはレックスもわかったのだろう。彼が総司令部から姿を現した。
「出るんっすか?」
『まぁな……よっしゃ! 総員、抜剣! 行くぞ!』
「「「おぉおおおお!」」」
レックスの号令を受けて、各国の戦士達が一斉に抜剣し雄叫びを上げる。それにソラ達もまた声を揃える。そうしてソラは周囲の冒険者達と共に迫りくる異形の魔物達の群れへと切り込んでいくのだった。
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