第3461話 はるかな過去編 ――戦闘開始――
世界の情報の抹消という世界を崩壊させかねない事態の発生。それを受けて大精霊が動いたことによりようやく一丸となり動き始めた大陸各国は大陸全土の国家を集めた会合を開くことを決定する。
そんな中で大精霊達の助言によりカイトさえ敢え無く敗北を喫した魔法もどきとも言い表される攻撃への対抗手段を手に入れに世界の仲介者である<<湖の乙女>>達の所へ向かったレックスとソラであるが、地球で地球出身の仲介者であるヴィヴィアンらと会合。彼女らへ現状を説明すると、<<時戻しの杖>>という杖を入手する事に成功する。
そうして<<時戻しの杖>>を手に入れてシンフォニア王国の王都へと戻る最中。準備を整えた魔族軍による攻撃が開始される事になり、人類軍は近くまでたどり着いていたレックスをマーカーとして先遣隊を転移させていた。というわけで先遣隊と合流後。レックスはすぐさま混乱を落ち着かせて隊列を整えさせると共に、自身とカイトの騎士団に指示を飛ばして統一軍総司令部を設営。そこに入っていた。
「よし……ひとまずこれでおおよそ大丈夫、か。ベル、魔法陣は?」
『問題ありませんねー。急場で拵えたものですが、存外うまく働きそうですー』
「よし……本当にカイトが倒れてるのが痛いな……」
『すまん』
レックスのボヤキに、相変わらずカプセルの中で眠るカイトが謝罪する。これに彼が盛大にため息を吐いて首を振る。
「あぁ、寝てろ寝てろ……てか、お前、マジでヤバいんだからな?」
『いやー、マジでヤバいよな』
あははは。カイトは楽しげに笑うが、実際本当に危険だ。なにせカイトは今、本当に身を守る術を持たない。この状況で彼がもし『狭間の魔物』に襲われれば一巻の終わりだった。
それは彼が、という意味だけではない。彼の力を持つ敵が出来上がるという事に他ならないため、この世界が終わりという意味でもあった。というわけで呑気な様子の彼を横目に、レックスは横で杖を手に瞑想し続けていたヒメアを見る。
「笑い事じゃねぇっての……はぁ。とりあえずヒメア。使えそうか?」
「……ええ。なんとかなりそう。カイト」
『おう?』
「ちょっとピリッとするかもだけど、我慢しなさい」
『はい? ぴゃ!』
何がなんだかさっぱり。そんな様子を見せたカイトであるが、そんな彼が唐突に悲鳴を挙げる。その一方、杖を振るったヒメアは満足げに一つ頷いた。
「……良し。成功」
「何をしたんだ?」
「カイトにされた改変を修正してみたのだけど……上手く行ったわね。怪我の回復はしていないけど、これ以上の悪化は防げるようになった」
『……ぅぅぅぅ』
「す、すっごい苦しそうなんだが……?」
確か少しピリッとすると言っていたような。レックスは痛みに悶え苦しむカイトを覗き込みながら、頬を引きつらせて問いかける。これにヒメアが笑った。
「そりゃ、改変されてた情報が一気に戻ったわけだもの。死んでた痛覚とかも全部一気に戻ってきたから、痛むわよ。ピリッとするのは一瞬だけど、その後に痛まないとは言っていないわ」
『ぅぅ……』
『良いお顔ですねー。レックス様も次怪我したらこうして頂きましょうかー』
「それは良いわね。協力するわ……これで少しは懲りてくれれば私も楽になるんだけど」
「……」
明日は我が身か。レックスは自らの妻と親友の想い人が口にするおっかない言葉に心底震え上がる。というわけで、彼は現実から目を背けるようにカイトのカプセルを軽く叩いてその場を離れる。現状、この場に留まるだけでも地雷原でタップダンスを踊るようなものでしかなかった。
「……耐えろ、カイト」
『ぐぅ……』
「……サルファ」
「あははは……あ、はい。なんでしょうか」
「お前らな……」
他人事だと思いやがって。レックスはいそいそと逃げ帰った自分を遠目に見て笑うサルファやノワール達にがっくりと肩を落とす。とはいえ、そんな巫山戯合っていられるわけでもない。なので彼はすぐに気を取り直して確認する。
「……はぁ。状況の報告を。フラウから連絡は入ってるのか?」
「はい……状況ですが、まだ『狭間の魔物』による大規模な攻勢は見えません。これは推測ですが、向こうの時間が狂っているせいで、敵がこちらに来る様子は見せていても実際にはこちらに来るまでに時間が掛かっているのではないかと思われます」
「なるほど……」
それであれだけ敵の攻勢の兆候があってもまだ攻め込まれていないのか。レックスは現状がやはり幸運に恵まれていると僅かにだが勝機はあると判断する。
少なくとも最低限隊列を整え戦闘に備える事が出来ると判断出来たのだ。とはいえ、そうであるが故に何時敵の攻撃が始まっても不思議ではない事もまた事実だった。
「とりあえず各国の準備を急がせてくれ。逆に言えばいつこっちに攻め込まれても不思議はないし、見ている光景と向こう側の実態が全然違う可能性だってある」
「わかりました……それでフラウですが、こちらは彼女から直接報告して貰う方が早いかと」
『おう。話は聞いてたよ、大将』
「おう、悪いな」
どうやら話の途中からノワールがこの場の状況をフラウに繋いでくれていたらしい。彼女の声が一同の脳裏に響く。
『まず魔導砲やらの荷下ろしは終わった。設営を急いでやっている所だ。終わり次第、業腹だが魔族の連中と足並みを揃えて砲撃を開始させる』
「よし……アイク。そっちは?」
『おう! こっちも荷下ろしと人員の積み下ろしは終わった。再出航まで時間は大して掛からねぇ』
「よし」
今のところ、上出来と言える状況を構築出来ているな。レックスは状況としては最悪ではあるが、まだ大丈夫だと自らを鼓舞する。そうして大急ぎで諸々の準備が整えられていく中、統一軍の全員が唐突に空白地だった方角を振り向いた。
「なんだ……? サルファ!」
「はい! 膨大な魔力が収束しています! 魔族側が何かをする模様!」
「ちっ、本当に遠慮してくれてたってか……」
元々転移の前に大魔王はこちらの転移に遠慮して大規模な攻撃は控えたと言っていたのだ。そうであるのなら、転移が終わった時点で遠慮する理由はなくなったと言えた。そうして、一同が思わず手を止める中。サルファが再度報告する。
「っ、ほ、報告! 何か巨大な物体がこちらに侵入してきます!」
「っ」
だんっ。サルファから報告を受けるなり、レックスは外に飛び出して状況を確認する。そうして彼が目の当たりにしたのは、カイトが交戦を避けたまるで小惑星のような巨大な球状の触手の塊であった。
「なん……だ、ありゃぁ……大きさ、どんなもんだ!?」
『わかりません! まだ半分ほどしかこちらの世界に入っていないせいで、比較が出来ません!』
「おいおい……」
間違いなく自分が住む王城より大きいのに、これでさえまだ半分もこちらに来ていないらしい。サルファはあまりに現実離れした状況に思わず苦笑いが零れ出る。が、そんな彼らはより凄まじい物を目の当たりする事になる。
「っぅ!?」
あれが大魔王か。レックスは禍々しく膨大な魔力を纏う一人の男とも女とも取れる美丈夫を遠目に見て、直感的にそう理解する。今まで遭遇してきた数多の大将軍達とも比べ物にならないほどの大化け物。それが、大魔王であった。というわけで攻撃を行っていたはずの魔族軍さえ手を止めた中。全ての生き物が大魔王の一挙手一投足を注視する。
「「「……」」」
騒々しかった戦場の只中が、遠くで生唾を飲む音さえ聞こえるほどの静寂に包まれる。そうして優雅で、されど冷酷さを感じさせるほどに力強く大魔王が腕を挙げて人差し指で入り込もうとする巨大な触手の塊を指さした。
『「……」』
男とも女とも取れる声で、何かが発せられる。それは魔族を含む人類では到底聞き取れない未知の言語。ただその結果だけは誰しもが目の当たりにし、その言葉が何を意味していたかを理解する。
「「「……」」」
一撃で半分が消し飛んだ。全ての者が入り込んでいただろう半分が大魔王の一撃で消し飛んだのを見て、言葉を失う。が、しかし。それで終わる敵ではなかった。
「……む」
これでもまだ再生出来るのか。大魔王は僅かにその端正な眉を動かす。そうして大魔王の見ている前で、まるで蠢くように触手が鳴動し失われた半分を再生させていく。
「雷凰」
『はっ……照準、整っております』
「ならば後は任せる」
『御意に』
まだ再生する様子ではあるが、同時に再生に注力しなければならない様子でもあったようだ。それを見て大魔王は勝敗は喫したと判断。雷凰に向けて後始末を指示する。そうして、その指示の直後に全員を目覚めさせるほどの振動が生じた。
「「「!」」」
どぉん、という轟音と共に遥か彼方の空から、一筋の閃光が飛翔する。それは一直線に再生を続ける触手の塊へと直進し、為すすべもない触手の塊の大半を焼き尽くす。
「……動き始めたか」
どうやら今の巨大な触手の塊が敵にとっての蓋のようになっていたのかもしれない。大魔王は触手の塊が取り払われた事によりまるで溢れ出るようにこちらになだれ込み始めた触手や融合個体達を見てそう考える。
「……大将軍達に告げる。我はまたデカブツに備える。雑魚の掃除は貴公らに任せよう」
「「「はっ!」」」
大魔王の指示に大将軍達が跪いて応ずる。そうして、ついに大量の『狭間の魔物』や融合個体達との戦いの火蓋が切って落とされるのだった。
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