第3455話 はるかな過去編 ――対抗策――
世界の情報の抹消という世界を崩壊させかねない事態の発生。それを受けて大精霊が動いたことによりようやく一丸となり動き始めた大陸各国は大陸全土の国家を集めた会合を開くことを決定する。
そんな会合は当初は罵詈雑言の嵐でスタートするという戦乱の世なのだからある種当然とも言える状況であったが、大精霊達の介入によりなんとか統一軍の結成へと乗り出す事に成功する。
というわけで人類軍・魔族軍共に大急ぎで『狭間の魔物』撃退戦に向けた準備が進められる中、大精霊の助言により魔法もどきと言い表された攻撃の対処を行うため世界達が作った魔導具を手に入れるべく、ソラとレックスはその権限を持つ世界の代行者達と会うべくこの世界ではないどこかへと足を踏み入れる。
そうして足を踏み入れた場で、二人はアーサー王伝説に語られる<<湖の乙女>>達とマーリンと遭遇。対抗策の候補が幾つかある事を聞くに至るも、同時に状況が<<湖の乙女>>達が思うより複雑と考えた彼女らの要請を受けて状況を手短に語っていた。
「なるほど……未来から過去に飛ばされた上、別の世界にも飛ばされたと」
「それは大変だったね」
「だね」
軽い。本当に軽い。ソラはヴィヴィアンとその言葉に同意するニムエに対してそう思う。とはいえ、実際だから何か労いの言葉が欲しいかと言われれば彼自身首を傾げる。下手に腫れ物扱いされるよりずっと良かった事もまた事実であった。
「にしても、そっか……ふふ。相変わらず、だね」
ヴィヴィアンに一瞬だけ、先ほどまでの世界の代行者としての凛とした表情からどこかのほほんとした少女の色が表に出る。しかしそこには言いようもない歓喜が滲んでいた。そんな彼女の感情に、マーリンが問いかける。
「おや、彼らのどちらかは昔ここに来た者の子孫なのかい?」
「そういうことはないかな。多分だけどね……でも、そっか。だからここに招かれた、というわけかな」
どうやらヴィヴィアンは何故レックスとソラの二人がここに招かれたか――より正確には自分が今回の代行者に選ばれたのか――を理解したようだ。そして同時に自身の胸騒ぎの理由も、だ。そんな彼女に、エレインが問いかける。
「なにかわかったの?」
「うん……大体はわかったよ。でもそうだね。どうしようか」
「魔導具の選定?」
「うん」
エレインの再度の問いかけに、ヴィヴィアンが一つ頷いた。確かに状況は掴めたので幾つかある候補を絞れはしたが、まだそれでも全てが定まったわけではなかった。そんな二人に、ニムエが提案する。
「状況から考えれば埋込式にした方が良くない? 長時間の戦闘になりそうなら尚更」
「うーん……でも政治的には紛争地だというのなら下手に埋没式にして回収出来る様にしてしまうと面倒かも……消滅型の方が良いかも」
ニムエの言葉にエレインが首を振る。これは後に今回の旅路を聞いたカイトが教えてくれる事であるが、三姉妹は得意とする分野がそれぞれ異なっていたらしい。具体的にはヴィヴィアンが軍事。ニムエが魔術。エレインが政治という事であった。
「でも出力は高めの方が良いね」
「となると……後腐れしない様に場の改変の固着をメインとして考えるより戦場全体というか戦闘に携わる者全員に対しての護り、とかの方が良い……のかな」
戦場全域を変えられない様にするべきか、戦場で戦う戦士だけを変えられない様にするべきか。そしてそうするのなら何度も再展開出来る様にするのか、それとも一回だけにするのか。考える事は色々とあるようだ。三姉妹はあれが良い、これが良いといろいろと候補を見繕っていた。というわけでニムエの言葉にヴィヴィアンが首を振る。
「でもそれだと杖で対象を指定して、になるから終わったら杖を返却して貰わないとだめになるよ」
「そーなんだよねー……それが悩ましい所……レックスだっけ?」
結局のところ、世界側のこしらえた魔導具だろうと何かしらの長所短所があったらしい。まぁ、数多の可能性を想定していようとそれに完全にマッチする形を拵える事は世界側も現実的に難しいのだろう。そしてだからこそこうして代行者や仲介者が最適な物を見繕うのであった。というわけでニムエの問いかけに今まで黙って成り行きを聞いていたレックスが一つ応ずる。
「はっ」
「世界が授ける魔導具には大まかに分けて2つの種類があるの。貸与型と贈与型。この2つだね……贈与型はそのまま、与えられる形。だけどその分性能は低く……まぁ、貸与型と比較してというだけだけど……とにかく低く設定されている。その代わり原則的には返す必要はありません、という物」
「では貸与型は返さねばならない、と」
「そーいうことだね」
確かに世界側としても自分達が拵えた超強力な魔導具だ。その影響力を考えれば、安易に人の世にそのままにしておきたくはないだろう。だが同時に、先程の言葉にあった使い捨てなどであれば返す事が出来ない物もある。返さなくて良い、という物があっても不思議はなかった。というわけでニムエの言葉を今度はヴィヴィアンが引き継いだ。
「貸与型は返して貰う必要はあるけど、物によってはすぐに返す必要がないものもある。例えば、定められた使用者や国が滅んだ時には必ず返さなければならない、という塩梅だね。これはソラくんが知っているんじゃないかな」
「<<湖の聖剣>>……ですか?」
「そう。あれはアルト……アルトリウス・ペンドラゴンの死と共に世界へと返却された」
「そういう契約だったからね。聖剣の鞘は私という対価を支払って贈与型にして貰ったけど……剣までは出来なかった。まぁ、それでも帳尻を合わせるために彼が再び王として目覚めるのなら再び貸し与えるという契約を結んでいるけどもね」
ヴィヴィアンの言葉にマーリンも応ずる。おそらく地球上で最も有名な聖剣の一つである<<湖の聖剣>>であるが、実のところ本来最も重要だったのはその剣そのものではなく鞘の方だった。なのでマーリンも鞘を重要視して、こちらを手に入れる事にしていたのであった。そしてこれが失われた頃からアーサー王の凋落は始まるわけだ。
「まぁ、そこは良いかな。ここで重要なのは貸与型は条件や貸与期間の長短はあるけれど、絶対に返してもらわないとならない、という所だよ」
「必ず、お返し致します。我が名、そして世界の守護者たる聖獣の名に置いて必ず返します」
「うん。貴方は間違いなく返してくれるだろうね」
この時、すでに原初の記憶を保有しているヴィヴィアンはレックスの事を僅かにだが覚えていた。いや、正確には原初の頃にカイトが語った内容を、だ。だからこそこの男は必ず返しに来ると知ってもいた。だが、それとこれとは話が違う事はレックスも理解していたようだ。故に、彼の方から問いかける。
「ですがこの戦いはおそらく尋常ならざるものとなるでしょう……私とて無事に帰り着けるかわかりません。もし、返せねばどうなるのでしょう」
「そうだね。もしこれが例えば戦場で失われた、とかなら問題はないよ。形として消滅していようとも、物の概念そのものは残る。形が失われた場合は世界に還元される様になっているからね」
「なるほど……ではいざとなれば破壊してしまっても良いと」
「ぷっ……ふふ」
「ははははは! 君、物凄い事を考えるね! いや、それが正解正解、大正解だ!」
本来そんな事をするのは恐れ多いと言われることだ。そんなだいそれた事を言いだしたレックスに、ヴィヴィアンが思わず吹き出してマーリンが爆笑する。だが、マーリン曰くこれが正解だったらしい。故に楽しげに笑いながら彼が続けた。
「そう。もし返せないのなら破壊してしまえば良い。それは世界を破壊するにも等しい難業だが、出来ないわけじゃあない。君達のような英雄であればね。そしてその破壊に関しては世界達もとやかく言わない。あれらにとってはその行為は破壊ではなく返却なのだから」
「うん……でも問題なのは、それも出来ない。どこかの国が収奪してしまった場合だね」
その場合が一番厄介だな。レックスは内心で自身も言及を避けていた内容について、そう思う。相手は国だ。政治が絡んでしまう。しかも世界へと返却しなければならない、という話を知りながら返さないのだ。のらりくらりとはぐらかされる可能性は大いにあった。
「……その場合、どうなるのですか?」
「良くない事が起きる……としか言い様がないよ。所謂振り戻しみたいな感じかな。そうだね……例えば、よく物語で語られる奇跡。それが起きなければ、というような事象。それが逆に働いてしまう事も十分にあり得る」
「と、言いますと?」
「そうだね……例えば運悪く荷車の車輪が脱落して敵に捕まった。例えば、急な雷雨が降り注いで火属性の魔術の効果が薄まって倒しきれなかった……そんな塩梅で不運としか言い得ない事態が必然として起きてしまう。もっと悪いのであれば本来の持ち主……英雄の尊き性質が歪められ、人類に対して悪逆を為す存在と化す。そんな悪夢だって起き得るかもしれない」
「……」
とどのつまり人類にとって最悪とも言える事態が発生するかもしれない、というわけか。レックスは自分が敵に回ってしまう未来を想像して、僅かに顔を青ざめる。
「……まぁ、そこまではならない事が多いと思うけどね。そういう事態が起きるかも、と思っておいた方が良いよ。絶対に、返してね」
「はっ!」
返さなければもしかするとこの『狭間の魔物』の一件より悪い事態が引き起こされるかもしれないのだ。しかもその場合、大精霊達からの助力も望めない。より最悪を引き起こさないためにも、返却は必須だった。というわけで返却を胸に刻んだ彼を見て、ヴィヴィアンはニムエ・エレインと頷きを交わす。
「うん……じゃあ、君に授ける魔導具が決まったよ」
どうやら貸与型という形になるのだろうな。レックスはヴィヴィアンの言葉にそう理解する。そうして彼の見ている前でヴィヴィアン達が乗っていた台座で囲われた水面が揺れて、一つの杖が姿を現したのだった。
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