第3452話 はるかな過去編 ――対抗策――
世界の情報の抹消という世界を崩壊させかねない事態の発生。それを受けて大精霊が動いたことによりようやく一丸となり動き始めた大陸各国は大陸全土の国家を集めた会合を開くことを決定する。
当初は各国が恨み辛みを言い合う場となってしまっていた会合であるが、大精霊達が現れた事によりなんとか議論が進み始める。その一方。カイトは常人には到達出来ない場所である事から、彼自身が狭間の世界に潜む敵情の偵察に乗り出す事になる。
というわけで狭間の世界に向かったカイトは途中挫けそうになりながらもなんとか敵の一団を発見。敵の首魁と思しき触手の海に発見されるものの、繰り出された尖兵は撃破する。
が、その直後放たれた謎の攻撃により瀕死の重傷を負わされる事になる。それを受けた人類側は統一軍の再結成を採択し、魔族側も大将軍に匹敵する人類側の猛者が呆気なく敗北した事を受け大魔王その人が出陣。両軍共に背水の陣の状態で事態の収集に臨む事になる。
というわけで大魔王率いる魔族軍が出陣に備えて最後の大休止を挟んだ頃。ようやく目を覚ましたカイトが状況を聞いていた。
「……そんな感じか、今は」
『統一軍、か……あいたたた……』
「な、何がそんな面白いんだ?」
統一軍の再結成について話された途端に笑うカイトに、ソラが困惑気味に問いかける。
『そりゃそうだろ……こっちがこの十年、必死で説得して回ったってのに。それが一瞬で結成されりゃ笑いたくもなる』
「全くだ。全部全部どれだけ時間が掛かったと思っているのやら……はぁ、まぁ良いか」
『そうだな……とりあえず今はこんな形だろうと結成された事を良しとしておこう……後で崩壊する事がわかっているものだろうと』
どうせこれは魔族さえ足並みを揃える侵略者が相手だからこそまだ足並みが揃っているだけのことだ。しかも強引に足並みを揃えているせいで統一軍の中でも何が起きるかわからない。
しかも魔族側も今回の一件は流石に危ういと判断して手出しをしていないが故に結束出来ているだけだ。終わった瞬間、瓦解する未来は見えていた。というわけで儚い顔で薄く笑うカイトに、レックスが肩を落とした。
「そんな虚しい事言ってくれるなよな……それでも大変だったしこっから大変なんだから」
『あはは……で、現状はわかった。オレはどうすれば良いんだ?』
「それを聞きたくてな……大精霊様にお伺いしたいんだが……」
『だと思ったよ』
「「「大精霊様」」」
やはりこの場も見ていてくれていたか。レックスを筆頭にこの場に集まった全員がシルフィードの声に跪く。
『さて……それで皆が集まってくれている事だから、まず最初に。カイト。改めて聞いておきたいんだけど、君、何をされたかわかる?』
『……申し訳ありません。何ら一切』
『だろうね。さっきもそう言っていたしね』
目覚めてからレックスはソラ達が来るまでの間に、カイトに改めて何があったかを聞いていた。が、結論としては結局の所何をされたか全くわからなかった、急に衝撃を受けたという感じたままでしかなかった。そしてそれは大精霊達も一緒だった。だがそれでは対策の立てようもない。
『それで僕らの方でその時の状況を再現して、何が起きたかの検証を行ってみた。結果としては正直、非常に芳しくないものだったのだけれど……』
『再現……ですか?』
『うん。君の怪我の痕跡や状態……そういったものをね。ヒメア。一つ聞きたいんだけど良いかな』
「何なりとお申し付けください」
『うん……カイトの怪我、数日経過してみて君はどう見ている?』
「……」
シルフィードの問いかけにヒメアが僅かに驚いた様子を見せる。それにレックスは彼女がなにかを隠している事を理解する。
「なにか普通とは違うのか?」
「……ええ。正直言えば、こんな怪我は見た事がなかった。なんて言えば良いか……」
『カイトそのものを改変された……かな?』
「……はい」
シルフィードの問いかけに対して、ヒメアは非常に苦々しい様子で顔を顰める。それにシルフィードが頷いた。
『だろうね。もしこれがレックス……君が偵察に出ていれば死んでいただろう』
「「「なっ……」」」
カイトと同格であるレックスであっても死んでいた。そんな言葉に全員が息を呑む。そんな一同にシルフィードは続けた。
『生きているのはヒメアがカイトの状態を一番良く知っていて、常にその状態の維持を行ってくれていたからだ。改変によるダメージが致命的になる寸前で何度となく大丈夫になる事で、助かったわけだ。君達が言う<<聖女の護り>>だね』
「<<聖女の護り>>?」
『うん。ヒメアは契約を介してカイトを守っていてね。首が飛んでも……んー、というか頭がぼんって弾けとんでも大丈夫、っていう魔法すれすれの回復術。まぁ、彼女自身戦闘力がない代わりに出来る事かな』
「く、首が飛んでも……ひ、卑怯じゃね……?」
「そんな便利なものじゃないわよ。そんな便利なんだったら今頃こうならないし」
盛大に顔を顰めるソラの言葉に対して、ヒメアその人が苛立たしい様子で吐き捨てる。まぁ、彼女の言う通り回復出来る限度はあるし、それを頼みに突っ込むのがカイトなのだ。彼女にとって痛し痒しとはまさしくこのことであった。
『あはは……でもそのおかげで、彼はこの通り生還出来たんだ。いつもの事だけどカイト、周りの人に感謝しなよ』
『心致します』
『うん……ああ、それで本題に戻ろうか。とどのつまり、そういう事なんだ。敵の情報を改ざんしてしまったってわけ。カイトが吹き飛ばされたのは別に改変はどう改変するかとかは適当でも良いからね。適当に情報を改変する中に移動の情報が含まれていたんだろう』
正直な事を言えば、カイトが助かったのは彼が実は神族という世界側の存在である事も大きかっただろうな。シルフィードは明かさないが、内心でそう思う。
ヒメアの護りとカイトの肉体的な特異性が加わればこそ、彼は生還出来たと言えたようだ。そのどちらもないレックスでは生還の見込みはなかった、というのはその通りであった。
「世界の改変……ですか。それではカイトは魔法を受けた……と」
『そう言っても過言じゃないだろう。それでシミュレーションを行ったのだけど、おそらくこの魔法もどき……ああ、魔法とは言えないからあくまでももどき、魔法もどきね。で、その魔法もどきはもどきであればこそ、世界の中でも使える可能性は高そうだ』
「「「っ……」」」
カイト以外耐えられない一撃をこちらの世界でも使えてしまう。そんなシルフィードの言葉にカイトを含めた全員が顔を盛大に顰める。なにせ回避不能・防御不能の即死攻撃のようなものだ。
無論カイトの様子を見るにある程度の実力があれば一撃で即死とはならない可能性は十分にあるが、それでも狙われれば終わりではどうしようもなかった。というわけで流石にこんな攻撃を繰り出されてはたまったものではない、とレックスが問いかける。
「それでは我らはどうすれば良いのですか?」
『場を強固にして、改変出来ない様にしてしまうしかない……んだけど。それをどうするかが問題という所かな』
「そ、それが一番重要な部分ではありませんか……」
それが出来ないから困っている。シルフィードの言葉にレックスが愕然となる。とはいえ、それでは裏技だ切り札だも何も無い。だからシルフィードが笑う。
『あはは。ごめんごめん……さて。本題だ。こういう事態を世界は想定していた。だから、その対抗策を使用するしかない。そして今回はその使用許可に該当する案件……と言えるだろうね』
「そ、想定していたのですか?」
『当たり前だよ。世界はありとあらゆる可能性を想定し、可能な限りの対抗策をこの世界に内包させた。世界の改変を行う世界の外の相手との戦いだって想定内だ』
「「「……」」」
これぞ正真正銘の創世神とでも言うべきなのだろう。一同は想定された事態とのシルフィードの言葉に思わず言葉を失う。無論これは対抗策があるだけで、世界側が対抗策を講じてくれるわけではない。行う主体はあくまでも、レックスら人の子であった。
『さて……そうなると。彼女の力を借りなければならないかな』
「彼女……ですか?」
『うん。世界の代行者。世界の危機や契約に応じて世界や星の保有する武器……世造魔導具や星造魔導具を英雄達に授ける存在だよ』
「そんな存在が居るのですか」
どうやらこれはレックスも知らない事だったらしい。目を見開いて驚きを露わにする。しかしこれに、サルファが口を挟んだ。
『いえ、おそらく世界や大精霊様に代わり、その命を受け英雄や賢者達に力を授ける存在。例えば、湖の騎士に霊剣を授けた<<湖の貴婦人>>……もしくは<<湖の乙女>>とも言われる存在ですね。それや<<森の小人>>などがそう言えるのではないでしょうか』
「ああ、彼女らか……そうか。そういう存在という可能性もあるな……」
どうやらレックスはサルファの言葉に伝説の英雄達に力を授けた神秘的な存在達をそういう世界との仲介者的存在と見做す事が出来るだろう、と思ったようだ。
「<<湖の乙女>>?」
『……ああ。湖の騎士とあだ名された古代の英雄だ。それが冥界の魔物と戦う際に霊剣を授けた、とされている者達だ。ただ詳しい情報は我々の保管する資料にもない。他にもエルフの英雄的な弓兵に神弓を授けたのが<<森の小人>>だ』
「あ、いや……すんません。ただ聞いた事のある名だったもんで……」
『まぁ、ありきたりな名だからな。そういう事もあるだろう』
ネーミングセンスとしてはあまりに普遍的で、単に湖の周辺に居を構える若い女性と言うだけだと察するには簡単だろう。そしてソラが思い浮かべる<<湖の乙女>>は勿論、アーサー王伝説の妖精ヴィヴィアンだ。
彼女は言うまでもなくカイトにとって何より縁深い存在で、その名がすぐに思い浮かんだのは当然であった。というわけで単なる偶然の一致と口にするサルファであるが、それにシルフィードが告げる。
『違うよ……世界の代行なんてそう何人も居るものではないからね。仲介者にも対価を渡さなければならないけれど、それの限度やらを理解出来て数多の世界で仲介者となれる彼女のような特級の代行者はほとんどいない。だから君が知るヴィヴィとこちらの世界で言う<<湖の乙女>>は同一人物だ』
「「「え?」」」
シルフィードの言葉に全員が驚愕する。しかしこれが不可能ではない事を、全員が知っているはずだった。それを、彼女が指摘した。
『僕らの聖域と一緒だよ。ただ時間軸までは一緒には出来ないけどね……どこの世界にも繋がる代行者のみが保有する空間。そこで世界の代行者達は世界と英雄の仲介を行う』
『な、なるほど……そういう事だったのですね』
『そういうことだねー……うん。そうだね。今回仲介するべきなのは彼女だろう。彼女自身、それを望むだろう……そしてそれが必要な事でもある』
『必要、ですか? この仲介が?』
何故この仲介が必要な事となるのだろうか。サルファはシルフィードの言葉の意味が理解出来ず、首を傾げる。これにシルフィードはソラ達を見た。
『そう……必要な事だ。君らには、意味がわかるよね?』
「え? いや……どゆこと? いや、多分起きないといけないこと、って意味なんだとは思うんだけど……」
『あらら……まぁ、わからないならわからないでも良いかな。君らが知っていた所で意味がないことでもあるし』
なにかわからないらしく困惑するソラに、シルフィードは思わずたたらを踏む。というわけで困惑する彼を横目に、シルフィードは気を取り直した。
『えーっと……ああ、そうだ。とりあえずレックス。流石にカイトがこの様子だから、君が会いに行って必要なものを受け取ってきてほしい。そう時間は掛からないから、すぐに終わるはずだよ』
「わかりました」
シルフィードの言葉にレックスが応ずる。そうして、彼はシルフィードの求めに応じて世界の代行者の待つ場所へと向かう事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




