第3448話 はるかな過去編 ――出陣――
世界の情報の抹消という世界を崩壊させかねない事態の発生。それを受けて大精霊が動いたことによりようやく一丸となり動き始めた大陸各国は大陸全土の国家を集めた会合を開くことを決定する。
そんな会合の裏でレックスらの要請を受けたカイトは単身狭間の世界へと移動。敵情の偵察に乗り出していた。その偵察の最中に敵の首魁らしき超巨大触手の集合体に発見されてしまったカイトは尖兵を撃退するものの、謎の攻撃を受けて敗北。瀕死の重傷を負うもエドナの助けもありなんとか王都へと帰還する。
そうして彼が呆気もなく敗走という人類にとってあり得てはならない事態の発生により、大魔王は自らの出陣を決定。それとほぼ時を同じくして思考を英雄のそれに切り替えたレックスが統一軍の発足を提起。各国それに応ずるしかなかったものの、一応の建前もあり会議は中断。統一軍の再興については休憩後となっていた。
というわけで休憩後の採択に備えるという名目で出征の準備が整えられる傍ら、セレスティアはソラと共にレックスに呼ばれて状況を聞くに至っていた。
「カイト様が……?」
「ああ……瀕死の重傷だ。正直生きているのが不思議な領域だそうだ……ヒメアは今、その関係で治療に全精力を傾けている」
信じられない。セレスティアもソラも大魔王や大将軍という本当に両手の指も必要ない相手を除けば圧倒的な強者と言えるカイトが呆気なく倒されたという事態に、思わず顔を青ざめさせていた。
だがその一方のレックスはというと真剣さこそあるもののカイトが怪我を負った事そのものに関しては特段気にした様子はなかった。というわけでそんな彼にソラが問いかける。
「それ……大丈夫なんっすか? 相当ヤバいって事っすよね?」
「カイにぃが怪我して運び込まれるなんていつもの事だ。大戦の後なんて運び込まれない方が珍しい。それよかよ。ヤバいのはカイにぃでさえ呆気なく負けちまったって事だ」
「そ、そりゃそっちもヤバいっすけど……」
なにせあのカイトが敗北だ。しかも今回はかつての柳生宗矩の様に、自らの技を試したいが故に手加減したというわけではない。真っ当に戦って真っ当に負けたのだ。
根本的な能力差による敗北が何を意味するか。この場の誰もがそれを理解していた。だがだからこそ、彼らはそれに意味を見出していなかった。
「……俺達が負ければそれで終わりなんだよ。ヒメアは戦闘力は持っていない。俺達が負けた時点でカイト一人が残ってようが勝ち目なんてない。ならあいつが大丈夫かどうか、ってのは今気にした所でしゃーないんだ」
「……」
レックスの指摘は正鵠を射ていた。カイトが助かろうとその前に世界が滅んでは意味がない。カイトが大丈夫か気にするのは、眼の前に差し迫った戦いをなんとかしてからの話だった。というわけで押し黙ったソラに、レックスは話の本題に入る。
「……それで大精霊様にお話を伺って、とりあえず何かしらの切り札がある事を伺った」
「出立前にカイト様が伺われていた万が一の裏技……というものですか?」
「「「……え?」」」
セレスティアの返答にレックス以下八英傑全員が驚愕に包まれる。まぁ、その存在を聞いていなかったのだからこうもなるだろう。というわけで唐突に降って湧いた情報にレックスが僅かに身を乗り出す。
「なにか事前に話されていたのか?」
「あ、いえ……カイト様とのお話の最中、唐突に大精霊様が裏技を用いる事も出来る、と。申し訳ありません。それがなにかまでは」
「そうか……それがなにか分かれば、まだ戦略の立てようもあるんだが……」
セレスティアの返答にレックスがため息混じりに頭を掻く。そんな彼に今度はソラが問いかけた。
「そういえば出立っていつなんっすか? かなり時間がないから悪いけど休憩取りやめてすぐに来てくれ、って話しか聞いてないんっすけど」
「ああ、出立か……第一陣は早ければ明日の朝出立する。その後は準備ができ次第逐次で出す」
「逐次?」
「言わんとすることは理解出来るよ。愚策中の愚策だ……でももう時間はないらしい」
「ないらしい?」
戦力の逐次投入は特に今回のような大軍相手には愚行中の愚行だ。ただ一方的に揉み潰され、いたずらに戦力を消耗させる事にしか成り得ない。だがそれでも、せねばならない理由があった。というわけで何故不確かなのかを言外に問いかけるソラに、レックスが教えてくれた。
「魔族軍が動いたらしい……しかも大魔王直々に軍を率いて出陣したそうだ」
「大魔王が!?」
「え? あ、え? これそんな驚く事なのか?」
これが意味する所をソラだけは理解出来なかったようだ。しかしそれも無理はないだろう。大魔王という存在が確認されていないと言ってもセレスティアは居る事を知っていたし、それにカイトとレックスが勝った事も知っている。
それを彼も聞いていたので、この状況下で大魔王が出陣したと言われても何に驚く必要があるかわからなかった。というわけで平静とした様子のソラに、セレスティアが思わず取り乱したと恥ずかしげに上げた腰を降ろす。
「あ……すみません。ただあまりにあり得ない事態なのです。かの大魔王さえ出陣したなんて……」
「何がどうあり得ないんだ?」
「大魔王は滅多な事で戦場に出る事はありませんでした……いえ、我々の時代でも正直居るかどうかわかっていません。そんな相手です」
「でも居るんだろ?」
「ええ……この時代然り、開祖マクダウェルの時代然り。大魔王という存在は確認されています。なので我々の時代でも大魔王は居る……そう誰もが睨んでいる。未来のカイト様さえ」
やっぱり居るんじゃないか。ソラはセレスティアの言葉の肝を理解出来ず首を傾げる。
「ならなんでそんな驚くんだ?」
「動かないからです。多分、ソラさんが思われている以上に……正直な所を言えば、大魔王が軍を率いるという事態がどういう事態であればあり得るのか、私にはわかりかねました……が、この領域であれば動くとは……」
「……いや、王様なんだから普通じゃないのか? 今回の一件、放置してりゃこの世界そのものが崩壊するんだろ? 実際、魔族達だって今回ばかりは流石に一旦戦争を停止しよう、ってなってるって話だし」
大魔王の今回の采配は王様という為政者として見れば何ら不思議なものはなかった。が、これはやはり彼がこの状況だけを切り取って判断するしかないという点があった。
「そうですね。今回に限って言えば、大魔王の采配はしごく常識的なものです。だからこそ私には驚きしかなかった。それこそ、今回の一件でさえ大魔王は動かなかったと言われた方が正直真実味があった」
「いやいや……え? マジなんっすか?」
そんな馬鹿な。そんな様子でレックスらを見たソラであるが、彼らが揃って苦笑しながらも納得したような顔を見せた事に驚愕していた。というわけでソラの問いかけにレックスが頷いた。
「ああ……俺達だって一度も見た事がないんだ」
「ただの一度も?」
「ただの一度もな。男なのか女なのか。老人なのか若者なのかも一切わかってない。正直完全に謎だし、大将軍を討ち取った時でさえ出てきた事はない。完全に謎の人物なんだ」
王様である以上、どこかしらでは出ねばならないだろう。そう当然の道理を問うソラに、レックスは常識外れの大魔王についてを改めて語る。だがだからこそ、そんな大魔王が出てきたという状況が尋常ではない事を彼は理解していた。
「ただそんな大魔王が出てきた……って時点でこの状況がどれだけ大魔王とやらにとってもヤバいかって話だ。おそらく向こうは完全に独自のペースで動くだろう。足並みを揃えてくれるなんて考えちゃいない。考えてもくれないだろう」
「同盟も何もないから、っすか」
「そうだ……それにそうする猶予もない、って判断したからこそ出たんだろう。そうじゃなけりゃ、動くなんてない。まぁ、攻撃前には事前連絡をくれるだろうけどな」
その程度がしてくれる妥協点という所なのだろう。レックスは少しだけ苛立たしさを滲ませながらそう告げる。しかし彼はそれを言ってもどうしようもない、と気を取り直す。
「まぁ、それは良いんだ。そっちはこっちでコントロール出来ない以上、なるようにしかならないしな。兎にも角にもこっちの動きだ。一緒に来てくれるか?」
「勿論です。大精霊様が動くのなら、俺達に出来る事があるって事でしょうし」
レックスの問いかけにソラが二つ返事で応ずる。彼らからしても今回の一件は自分達が未来に帰る上で関わらねばならない案件の一つだ。それが後何個残っているかはわからないが、少なくとも今回の一件を片付けない事には戻れない事だけは確定的であった。これにレックスが頭を下げて礼を述べる。
「ありがとう……それでソラ達には大精霊様の指示に従って動いてほしい。大精霊様が裏技とまで仰られるんだ。君達の絡みである事に間違いはない」
「了解です……でもカイトはどうするんっすか?」
「……」
そもそも大精霊が切り札を切る場合、未来との中継機となるソラ達と共にこの世界との中継機とでも言うべきカイトが必要なのは大精霊達も言っている。その役目は未来のカイトと縁を持たないレックスらでは担う事は出来ない。
というわけで再び重苦しい沈黙が垂れ込むわけであるが、これにはベルナデットが答えた。しかし流石の彼女もこの決断は重かったのかいつもの少し間延びした優雅な口調ではなく、どこか真剣味を帯びた声音で、だ。
「カイト様についても連れて行くしかありません。そのためにヒメアにも出てきて頂くつもりです。相当尾を引く事になるでしょうが……」
「それでもやるしかない、と」
「……はい」
幼少の頃から見知った相手、それも幼馴染にして親友の想い人の命を最悪は使い捨てる事になるのだ。いくらベルナデットでもこの決断は重かったようだ。ソラの問いかけに僅かな間が空いた後、頷いていた。
「正直、かなり厳しい戦いと戦場になると思いますが……頑張って頂く他ないかと」
「……がんばります」
八英傑が揃って死を覚悟するほどの戦場にはなるらしい。ソラは自分達が経験した中でも最大の戦いになりそうだと覚悟を決める。そうしてその後も暫くの間少しの打ち合わせを行って、彼らは天醒堂での会議への参加を切り上げて準備を急ぐ事にするのだった。
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