第3446話 はるかな過去編 ――動議――
世界の情報の抹消という世界を崩壊させかねない事態の発生。それを受けて大精霊が動いたことによりようやく一丸となり動き始めた大陸各国は大陸全土の国家を集めた会合を開くことを決定する。
というわけで会合の裏で色々と動いていたカイトは会合の裏で起きた魔族側の暗躍や様々な情報共有の結果、『狭間の魔物』との決戦に向けて情報を収集する事として彼自身もまた世界と世界の狭間に赴き敵情の偵察を行っていたのだが、そこで現れた触手の海の如き魔物に発見されそれが弾き出した触手の人形とでも言うべき敵と交戦。これに勝利を収めたものの、直後謎の攻撃を受けて敢え無く敗北。ズタボロの状態でエドナにより王都へと搬送される事になっていた。
「ありったけの薬液を運べ!」
「カプセル、用意まだ!?」
「調整は浸しながらやる! 今はマクダウェル卿の救命が先だ!」
幸いな事が一つあったとすれば、カイトがズタボロになり搬送される事はよくある事だったことだろう。彼の応急処置の手はずはすぐに整えられていた。そうして人一人が余裕で入れるほどの前面がガラスらしき物体で覆われた近未来的なカプセルが中庭へと運び込まれる。
「「「……」」」
怒号と大きな音に包まれる中庭で、ヒメアの周囲だけが沈黙を保っていた。その彼女の手はカイトの手を握りしめ、まるで祈る様な様子があった。が、彼女は祈っているのではなくカイトの手を介して彼の生命活動を維持させていた。そんな彼女へと白衣を着た女性が跪く。
「姫様。生命維持装置、準備整いました。またすでに『黒き森』へも協力要請を出しています」
「わかりました」
ふわりとカイトの身体が浮かび上がり、開かれたガラス面からカプセルの内側へと収納。即座に封が閉じられ、上下から液体が一気に流れ込む。そうして十数秒でカプセルの中が溶液で一杯となり、満たされた溶液が淡く光り輝く。
「……容態は?」
「……」
レックスの問いかけに対してヒメアが首を振る。先には取り乱した彼女であるが、カイトが瀕死の重傷を負うなぞよくあることだ。一年に何日も寝たきりで目覚めない、という事とて珍しい話ではなかった。
エドナの嘶きで彼が戻った事を理解すると、自身の為すべき事を正確に理解。即座に救命活動の指揮を飛ばしてカイトの救命に努めていた。というわけで彼女がはっきりと明言する。
「助けてはみせる……でもだめ。あの傷は大将軍達と戦った時の傷より酷い」
「……そうか。アルヴァ陛下には会えるか?」
「余ならここに居るぞ」
「「「陛下」」」
レックスをはじめとして、中庭に居た全員が跪いて頭を下げる。が、これにアルヴァが手でそれを制した。
「良い。まずはマクダウェル卿の救命を優先せよ。彼の身は我が国にとってありとあらゆる要だ。死なれては困る。ありとあらゆる必要な手立てを講ぜよ。そして必要であれば余に告げよ。誰だろうと協力させよう」
「「「はっ!」」」
アルヴァの言葉に医療関係者達が一斉に作業を再開する。今彼が死ねばありとあらゆる意味でこの国は死にかねない。拒むのであれば王命として命ずるだけであった。そしてシンフォニア王国のカイトへの依存度は貴族達とて理解している。もし拒むのであれば、それはその時別の手を講ずるだけだった。
「レックス殿下。あれの騎士団の指揮権……だな」
「はっ……それと共に、父と共に緊急の動議をお願いしたく存じます」
「動議を?」
カイトの保有する指揮権は先代のマクダウェル卿の当主代行としてマクダウェル家の指揮権。それと共に彼が発足させた<<青の騎士団>>の指揮権だ。
この内前者はマクダウェル家に属するのでアルヴァでも即座には動かせないが、後者は便宜上はアルヴァ直属の騎士団となっている。なのでカイトが瀕死の状態ならばレックスに代行を頼むとて問題はなかった。そしてそのつもりでカイトが運び込まれた中庭にやってきたのだが、動議の要請は想定外だったようだ。
「はっ……もはやこの一件。我が国や貴国単独はもとより、同盟国が協同したとてどうにかなる問題を大きく超えております。であるのならばもはや全ての国の軍を統括し、統一軍を再興させねばならぬかと」
「統一軍……」
かつてカイト達のような圧倒的な英雄が存在しない状況で厄災種などが現れれば、流石に各国も軍を出して臨時の同盟を組むしかなかった。その中でも歴史上最大とも言える相手が存在しており、そこで大陸全土の国家が軍を出動。対魔物相手の臨時同盟が組まれる事になり、それらを統一軍と呼び表したのであった。それが、統一王朝の始まりの第一歩だった。それを思い出したアルヴァであったが、そこでレックスの意図を理解して目を見開いた。
「そうか。統一軍特別法……あの飾りの法律を使うのか」
「はっ……あの法律はどの国も変える意味も消す意味もなく、残っているだけになっているはずです」
「ただあるだけだった法律がまさかここで役立つとは……」
笑うしかない。統一軍特別法というのは、統一王朝が存在していない頃に統一軍を興すために必要な法律の一式だ。故にアルヴァの言う通り統一王朝が発足してからはもはや飾りや記念としての意味しかなかった。
だがどの国もその法律を統一王朝発足の歴史に重要な物として位置づけ、意図的に消していなかったのである。が、法律が存在する以上は使えるのだ。
「だが指揮権はどうする。あれは……っ」
「今、最高指揮官になれるのは我が妻一人。それが意味するところ、理解しております」
死ぬ可能性が非常に高い戦場に王太子が夫婦で赴くのだ。レジディア王国に掛かる負担は推して知るべしというところであった。が、一切の淀みなく返答したレックスにアルヴァも覚悟を決めた。
「……そうか。わかった。動議を発しよう」
「ありがとうございます」
「うむ……だが騎士団の指揮権は採択を待つ必要もない。今この時を以って殿下に預けよう」
「ありがとうございます……クロード!」
「はっ!」
カイトが瀕死の重傷で運び込まれた。その一報はすでに騎士団で共有されていた。故に四騎士以下全ての騎士達がフル装備の状態で揃っており、レックスの号令を待っていた。そうして進み出たクロードに、レックスが告げる。
「即座に軍の出征の準備を整えろ。敵が現れ次第、すぐに迎撃する」
「はっ! 即座に出征の準備を整えます」
レックスの命令にクロードが応じて、即座に指示に入る。その一方でレックスはアルヴァと共に即座に天醒堂へと戻り、緊急の動議を行う事にするのだった。
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