第3445話 はるかな過去編 ――会敵――
世界の情報の抹消という世界を崩壊させかねない事態の発生。それを受けて大精霊が動いたことによりようやく一丸となり動き始めた大陸各国は大陸全土の国家を集めた会合を開くことを決定する。
というわけで会合の裏で色々と動いていたカイトであったが、会合の裏で起きた魔族側の暗躍や様々な情報共有の結果、『狭間の魔物』との決戦に向けて情報を収集する事として彼自身もまた世界と世界の狭間に赴き、敵情の偵察を行う事としていた。
そうして秩序のない狭間の世界の中を進み続け、カイトはついに自らの住まう世界のすぐ近くに屯する『狭間の魔物』の大軍勢を目の当たりにする事となっていた。
(……だめだ。どれだけの数が居るのか、数えようがない。何なんだ、この群れは……)
『狭間の魔物』の大軍勢を目の当たりにして、暫く。まだまだ自らの世界まで距離があるのを遠目に見つつ、同時にその道中を覆い尽くす数多の『狭間の魔物』達にカイトは愕然としていた。が、同時に彼は疑念も得ていた。
(だが……弱い個体も少なくない。おそらくこれから集まって強化されていく、というわけだろうが……何故この弱個体でこの空間で生存出来る)
この空間で突発的に吹き荒れた熱波にせよブリザードにせよ、どれもこれもが高位の魔術にも相当する威力を秘めている事は少なくなかった。いくら世界に近いからといえど、それを受けてはひとたまりもないだろう。なのに何故、ここでは生存出来ているのか。それがカイトには疑問だった。と、そんな彼の思考を聞いて声が響く。
『どこかに居る親がこの場に変な力場を展開しているんだと思う。多分、だけど……さっきからこの場を満たす暗闇を僕らの方で推測していたんだけど、あれはこの場が安定しているからああなっているんだと思う』
「っと、おっしゃいますと……っ!」
『ああ、流石にその懸念は大丈夫だと思うよ。場の改変はあくまでも生まれたばかりの個体を守るためのものだ。いつ何が流れ着くかもわからないのに、端っこまで感知出来る様にしていたら流石に厳しいんじゃないかな』
「そう……だと良いのですが……」
もし場の改変がレーダーと同じであれば、入り込んだ事が悟られてはいないだろうか。そんな懸念を抱いたカイトに、シルフィードがもう首を振る。と、そこで彼がふと疑問を得た。
「僕ら? 大精霊の皆様は全員ご一緒なのですか?」
『ああ、うん。でもいちいちみんなが出てきて話しかけたんじゃ混乱しちゃうだろうからね。僕が代表して出てきてる』
「ありがとうございます」
このカイトはそもそも大精霊達に名付けるよりも前のカイトだし、大精霊達としても今は世界が滅ぶかもしれない瀬戸際だ。ふざけていられる状況ではなく、窓口をソラ達とも関わりやすいシルフィードとしたらしい。というわけでその気遣いに感謝したカイトに、シルフィードが一つ告げた。
『うん……でもまぁ、油断はしない方が良いだろうね。この狭間の世界は場の改変が容易だけれど、それでもこれだけの空間を改変する事は普通ならば無理だ。今の君が死力を尽くしても勝てるかどうか……』
「……」
それは自分自身でも思っていた。そもそもさっきの巨大な山のような触手の化け物でさえ、何体かいる子供の一体に過ぎなかったようだ。あの個体を更に過ぎた先を見てカイトは思わず愕然となっていたほどであった。
『……まぁ、そこらは今考える事じゃない。とりあえず元凶になる親とでも言うべき存在を探し出さない事には増殖は終わらない。こういう場合、親が弱い場合も大いにある……希望的観測に過ぎないけどね』
「そうですね……とりあえずは奥へ……っ!」
『『『っ!』』』
なにか巨大な物が動いた。カイトもその中に居る大精霊達も揃って空間そのものが鳴動するのを感じ、身を固める。そうしてカイトが周囲を見回していると、はるか彼方。彼を中心として下方向から、まるで海のような触手の塊が浮上してくる。
(なんっ……だ、これは!)
あまりに巨大過ぎる。カイトは数多戦場を駆け抜け、数多の厄災種と戦い抜いた自身でさえ見た事も聞いた事もない様々な意味で巨大な魔物の出現に青ざめる。
(馬鹿な! オレ以上の魔力保有量だと!? 何なんだ、こいつは!)
現れた海の如き触手の集合体はただ大きいだけではなかった。その巨体に見合った魔力を有しており、その出力は八英傑最大であるカイトをも遥かに上回る領域であった。
そしてそれは即ち、エネフィアや地球。そしてこのカイトが住まう三世界で最高水準を更に上回る魔力を有していると同義であった。そして、更に。上回っているのはそれだけではなかった。
『っ! カイト! だめだ! 気付かれている!』
「っ!」
一瞬の驚愕の後。しかしカイトは即座にそれが道理である事を理解して、困惑やら苦みやらを一気に飲み下す。なにせ相手は魔法使いに類する力を有しているのだ。同じ魔法使いの隠形であっても気付く可能性は十分にあった。そうして交戦に備えて双剣に手を掛けるカイトであったが、しかし何も起きる事はなかった。
「……ん?」
『……ああ、そうか。あいつにとって君はまさしく蟻以下の存在なんだ。君達が蟻が歩いている事に気付いても気に留めないと一緒で、あいつも君に気付いてもどうでも良いんだ』
「な、なる……ほど……」
言わんとする事は理解出来る。カイトとしても歯牙にも掛けられないという経験はなかったが、確かにこれだけ色々と巨大な相手かつ自分が息を潜めている状況で相手に無視されるのは無理もないと理解。ほっと胸を撫で下ろす。
「はぁ……とはいえ、それならまだ動き回れそう……ですかね」
『だと思う……まぁ、それでも。僕らに気付かれれば状況が変わるかもしれないから、十分に注意はしてほしい』
「わかりました」
浮上してきた触手の海は本当に巨大で、どこが端っこなのかわかりようもなかった。が、すでにカイトには興味がないのか浮上した一瞬だけ迸った彼への興味はすでに失われていた。
だが、だ。それが即ち、彼に対応する事がなくなったわけではなかった。興味を失う事と対応しない事はまた別だからだ。ただこの触手の海は大きすぎて、カイト達が勝手に対応されないと思いこんでしまっただけだった。そうして再び彼らが移動しようとした、その瞬間だ。
『「っ!」』
隠形が消された。カイトも大精霊達も唐突に無力化させられた隠形に、驚愕する。そしてそれと同時にあまりに総体が大きすぎるが故に彼らでは気付けないほどに僅かに、しかし実際には大きく触手が蠢いて、触手の塊がはじき出される。
「っ! エドナ!」
こんな空間だ。騎馬戦なぞ臨むわけにはいかない。そう判断したカイトはエドナを自身の保有する空間に避難させると、即座に抜刀。ばらばらと触手を撒き散らしながらこちらへと一直線に飛翔する触手の塊を待ち構える。
「はぁ!」
触手の塊が自らの射程圏内に入ったと同時に、気合一閃。カイトが剣戟を叩き込む。が、放たれた剣戟は表層部を覆っていた触手を消し飛ばすのみ。まるで卵の殻が割れる様に、触手で出来た人とでも言うべき存在が現れる。
「っ」
この触手の人形は自身を敵として見定めている。カイトは明確な敵意を察知して距離を取る。そうして距離を取ったカイトであるが、その次に目にした光景に思わず目を見開いた。
「なに!?」
触手の人形が持っていたのは、おそらく触手で出来た剣と盾だ。それを触手の人形は振るい、カイトへと斬撃を飛ばす。
「っ!」
明らかに今までの融合個体とは違う。カイトは明確な技術を以って振るわれる斬撃にそう判断する。そうして彼が斬撃を切り払ったところへ、今度は触手の人形が虚空を踏みしめる。
「っ」
この動きは間違いなく<<縮地>>。カイトは体技とでも言うべき技術を最適な状況で使いこなす触手の人形に、単なる魔物退治ではなく対人戦闘を行っていると思考を切り替える。そうして思考を切り替えたと同時に、触手の人形がカイトへと距離を詰める。
「はぁ!」
がぁん、と明らかに触手を叩いた音ではない硬質な音が鳴り響いく。そうして双剣と触手の盾が激突し、僅かな押し合いが生ずる。
「ぐっ……」
思ったより馬鹿力だ。カイトはギリギリと押し込みながらも、自身の思った以上の触手の人形の膂力に顔を顰める。が、少しすると彼の方が押し勝った。
「はぁ!」
再び裂帛の気合を込めたカイトの力により、触手の人形が吹き飛ばされる。そうして姿勢を崩して吹き飛んでいく触手の人形に、今度はカイトが<<縮地>>で距離を詰める。そしてそれとほぼ同時に、触手の人形もまた姿勢を整えて<<縮地>>を起動。再度両者が激突する。
「はぁああああ!」
無数の剣戟を繰り出すカイトに、触手の人形は盾と剣を以って防ぎ切る。そうして幾度となく剣戟を交えながら、カイトは敵の様子を確認する。
(確かに技術は持っているが……レックス達ほどの達人ってわけでもない。そこは助かったか)
おそらく身体的な性能は現時点で自身が一つ上というところで、技術としては自身がかなり上。カイトはそう判断する。そして実際、触手の人形は彼の攻撃を防げはしつつも攻めに転じる事は出来ていなかった。しかも彼はまだ本気になっていないのだ。十分に勝機があった。というわけで余裕を取り戻したカイトであるが、そこに呑気な声が響いた。
『カイト。おはよう。今大丈夫?』
「姫様? ああ、なんとか大丈夫……だっ!」
がぁん、と強撃を叩き込んで、カイトは再度触手の人形と距離を離す。
「とりあえず今、親玉っぽい奴を発見……そいつに見付かっておそらくそいつの防衛反応っぽいのと交戦中……ちっ。来るよな」
『僕らの方で話すから、カイト。君はあいつを』
「ありがとうございます……勝てはしますが、油断出来る相手じゃないですから」
シルフィードの言葉に、カイトは一つ礼を述べる。そうして彼が再び目の前の敵に意識を集中させたところで、まるで滑る様にして盾を前に構えたまま刺突する様な姿勢で触手の人形が肉薄する。
「っ」
一瞬の鈍色のきらめきの後、盾の裏から片手剣による刺突が放たれる。それをカイトは加速した動体視力で回避すると、盾の下側を通す様にして剣戟を叩き込む。
「っ」
がんっ。明らかに肉を叩いたのではない音が響く。どうやら触手の人形はその体表を硬質の触手で覆い鎧の様にしていたようだ。が、直撃は直撃だ。その硬質の触手の表面には大きなひび割れが入っていた。
「よし」
勝てるな。カイトは油断させしなければ負ける相手ではないと確信する。そうして剣戟の直撃によりダメージこそほぼなかったものの、触手の人形が吹き飛ばされていく。それを見て、カイトは一気に攻勢に移った。
「おぉおおお!」
雄叫びを上げて触手の人形へと肉薄し、カイトはそのまま双剣を重ねる。そうして重ねた双剣に力を込めて思いっきり虚空を踏みしめる。
「はぁああああ!」
その瞬間。閃光と化すカイトは触手の人形が盾を構え片手剣を引いたのを見る。盾で自身の攻撃を防いで、カウンターを叩き込むつもりだと彼は認識する。
(ならば)
諸共に斬り伏せるまで。カイトは総身に力を込めて、最大の一撃を敵に叩き込める様に全てを整える。そうして盾と双剣が激突し、一瞬の空白が生ずる。
「はぁ!」
一瞬の空白の後、カイトが更に力を込めると彼の双腕に龍を思わせる紋章が浮かび上がり、背にはまるで翼の様に巨大な魔力の波が迸る。そうして一瞬。盾に巨大な亀裂が入る。
「っ、はぁあああああ!」
このまま決めきる。カイトは触手の片手剣を自身に振るおうとする触手の人形を裂帛の気合と魔力の放出で押し返し、更に激突する双剣に力を込める。そうして段々と亀裂が巨大化していき、ついに。
「っ」
砕け散った。カイトは自身の双剣を食い止める力が一気に緩まったのを見て、続けて閃光の中で砕けた盾の欠片が消滅するのを見る。そしてそれが、決着だった。
「はぁ!」
止める物を失った双剣が纏う強大な力は触手の人形を飲み込んで、その身を消滅させる。
「……ふぅ」
勝てたか。カイトは僅かに乱れた呼吸を整えつつ、改めて触手の海を見る。そうして遥か彼方まで続く触手の海を見た彼であるが、その一点になにかが浮かんでいる事に気がついた。
「……なんだ、あれは……」
『カイト。勝ったって聞いたが……大丈夫か?』
「ああ、レックスか……ああ、勝ちはしたが……あれは……」
どうやら戦っている間に全員が集まって戦闘終了と共に、声を掛けたらしい。レックスの声にカイトはあれは何なんだろうと視力を上げながら答える。
「……おん……な? え?」
下半身が触手に取り込まれた女の人。カイトがそう認識する。そうしてカイトはその女性へと意識を集中させていくと、どうやらそれは確かに女性だったらしい。その双眸が自身をじっと見つめている事に彼は気がついた。
「……」
視線があった。カイトがそう認識すると同時に、彼はなにかが激突するのをその激痛で知覚する。
「ぐがっ!?」
何だ、何が起きた。カイトは自身を襲った現象が理解出来ず、困惑を露わにする。そしてその困惑は大精霊達も一緒だった。
『カイト!? どうしたの!?』
『カイト!?』
『しっかりしろ!』
聞いたことのない大精霊の声も響いて、それが彼女らでさえ理解出来なかった事態なのだと彼は激痛で朦朧とする意識の中でどこか他人事の様に認識する。そうして一瞬で遥か彼方まで吹き飛ばされた彼が、彼方で光り輝いていた自分達の住まう世界へと激突する。
「がっ! ぐっ!」
自分達が住まう世界の壁へと激突したと同時に、まるで連打するが如く無数の強大な力がカイトを壁へと何度も叩きつける。
『カイト!』
『おい、カイト! 何があった!』
『だめだ! 力が違いすぎる! ヒメア! カイトをすぐに召喚して! このままじゃ世界の壁も持たない! っ!』
ぱりっ。まるでなにかが割れるような小さな音が世界の壁から響く。そうして、次の瞬間だ。世界の壁があっけなく砕け散った。
「……」
『カイト! 返事して! カイト!』
ヒメアの声に対して、カイトは反応を示さない。そんな彼の身体は閃光と共に空中へと投げ出されると、どこかの大地へと落下していく。
『ヒメア! 急いで! 僕らの力でなんとか命は繋いでる! まだ助けられる!』
『だめ! カイト!』
大精霊達の声に、恐慌状態に陥るヒメアは反応が出来ていなかった。こんな事態はあり得ない。心の何処かでそう信じていた認識が根底から崩れ落ち、彼女自身の支えとなっていた物を壊したのだ。無理もなかった。だが、彼女は違った。
「……え……」
遠く。はるか遠くで嘶きが響いて、落下していくカイトの身体を純白の天馬が受け止める。そうして真っ赤な鮮血が純白の身体を染め上げていくが、それが地面に滴り落ちるより前に彼女が地面を蹴って転移して、彼を安全圏へと退避させるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




