第3442話 はるかな過去編 ――狭間――
世界の情報の抹消という世界を崩壊させかねない事態の発生。それを受けて大精霊が動いたことによりようやく一丸となり動き始めた大陸各国は大陸全土の国家を集めた会合を開くことを決定する。
というわけで会合の裏で色々と動いていたカイトであったが、会合の裏で起きた魔族側の暗躍や様々な情報共有の結果、『狭間の魔物』との決戦に向けて情報を収集する事として彼自身もまた世界と世界の狭間に赴き、敵情の偵察を行う事としていた。
そうしてソラ達に現状の情報共有と協力要請を行って一日。彼は数々の準備を整えると、エドナを駆って一人大空に舞い上がっていた。
「ふぅ……」
この世界には地球の様に飛行機が飛んでいる事もなければ、エネフィアの様に飛空艇が飛んでいるという事もない。確かに飛竜達が飛ぶ事はあるが、王都の真上を頻繁に飛んでいるわけもない。周囲に居るのはカイトだけだ。そうして風の音と呼吸音だけが響く中、彼は数度深呼吸を繰り返す。
「……はぁ……」
基本的に、エドナは高度を上げるか加速する以外で羽ばたく事はない。故に彼女が虚空に足を掛けた状態で響くのは、自身と相棒たるエドナの呼吸音だけだ。そうして王都の雑踏の音を遠くに聞きながら、彼は目を閉じて精神を統一する。
「……」
この時、カイトにさえ緊張が見え隠れしていたのは無理もない事だろう。なにせ相手は自身の常識が通用しない上、どういう存在なのかもわからないのだ。
しかももしかしたら帰ってこれないかもしれない危険性も付き纏う。まぁ、そのためにヒメアと契約を有する彼が選ばれた。万が一帰還不能になっても外部からの救助が可能だからだ。そしてエドナもカイトとの契約があるが故に、帰還させる事もできる。一番帰還の可能性が高いのは彼らだった。そうして数秒。目を閉ざしていた彼がゆっくりと目を開く。
「姫様……こちら準備完了だ」
『こっちも問題ないわ……一応王都側からはそちらが見えない様にしているから、存分にやって大丈夫よ』
「了解」
当たり前だがこれからやるのは世界の壁を突破するという本来は偉業にも類する行為だ。放たれる魔力は膨大で、ただでさえ戦乱で緊迫しているというのに要らぬ負担を強いかねない。なのでヒメアがカイトを隔離して、その中で世界の壁を突破するつもりだった。
「行くぞ」
ぐっと手綱を握りしめ、僅かに前傾姿勢を取って移動に備える。言うまでもない事であるが、この彼は未来のカイトの様に世界間転移術を使った事はない。使う理由も必要性もなかったからだ。そうして彼が姿勢を整えると同時に、エドナが嘶いた。
「はぁ!」
どんっ、と膨大な魔力がカイトの総身から放たれて、並の戦場を遥かに上回る力が彼に宿る。そうして次の瞬間。純白の閃光と化した二人が亜光速まで加速する。
「……」
今までの跳躍とは比べ物にならない力の奔流をその身に感じながら、カイトは転移に備える。そうしてエドナがさらなる加速を続ける一方、カイトもまた思考を加速する。
エドナはその存在故にどのような跳躍でも出来るが、世界の外に出るには繊細な調整が必要だ。そしてこの時代の若い彼女ではその繊細な調整は出来なかった。
というよりここで彼女はカイトの行動をその身で感じ、体得したからこそ世界を超えるという神業に類する技術を出来る様になるのだ。セレスティア達も知り得なかったが、この偵察もまた未来の世界に必要となる事柄の一つであった。
(空間断裂)
ここから先、猶予はコンマ数秒も存在しない。故に刹那を無限に引き伸ばし、猶予を確保する。それだけやっても危険は尽きない。
世界の壁を跳躍すると言えば聞こえが良いが、言ってしまえば世界の壁の破壊だ。そして世界の壁の破壊は世界の法則、ひいては世界そのものの破壊に他ならない。故にその修復は最優先かつ刹那で行われ、それに巻き込まれればいくらカイトとてただではすまない。
(次元跳躍)
どこまでも続く空間を破砕し亀裂を創り出し、どこまでも高く伸びる次元のその全てを飛び越える。
(位相消失……障壁最大展開……)
一つ一つ世界を構成する要素が消えていくにつれ、カイト達へと世界の修正力が襲いかかる。それから身を守るのも、カイトの役割の一つだ。
そうして世界が内包するありとあらゆる情報を消し飛ばし、最後に残ったのは世界の内側に存在するありとあらゆるモノを引き止めようとする力だけとなる。
(引力圏……突破)
ぱりんっ。なにかが小さく割れるような澄んだ音が響き渡り、二人を包んでいた虹が突然一瞬だけ消失する。
「っ……ここ……が……」
上も下も前も後ろもない。自分達がさっきまで居た世界さえも全く見えない。勿論、太陽や月などの目印となるものはない。少しでも展開している障壁を緩めれば、肉体のみならず意識さえ消失しかねないような空間。それが、世界と世界の狭間だった。
(ここが狭間……太陽もないのに……明るい? いや、明るすぎるという事はないが……何なんだ、ここは……だが少なくとも……障壁を解く事は出来そうにない……な)
世界の法則なぞないのだ。自分で展開する障壁を外した瞬間、人類では到底理解出来ないありとあらゆる力がカイトへと襲いかかる事になるだろう。自殺志願者でもなければ、そんな事はするべきではなかった。
(……障壁を縮小しよう。障壁が大きいほど浪費が激しくなる。ここは危険過ぎる)
意識を整え、カイトは自身とエドナだけが包まれる形へと障壁を変化させる。ヒメアがそうである様に、彼もまたヒメアと共に過ごしてきたのだ。その訓練や練習風景を見てきており、彼女には遠く及ばないまでも結界やそれに類する力の扱いには長けていた。
『ふーん……僕らもここには初めて来たけど……あ、声聞こえてる?』
「大精霊様?」
『うん。君を介して僕らも外の状況は把握している……流石の君でもこの状況じゃ帰り方はわからないだろうけど、僕らが案内出来るから安心して』
「ありがとうございます」
どうやらひとまず帰る事は出来るらしい。カイトはシルフィードの言葉を聞いて一つ礼を述べる。本来彼女らの力も世界の外では通用しないわけだが、カイトという通常より強い縁がある存在であれば世界の内側から誘導してやる事は出来た。それは世界との契約ではなく大精霊という存在とカイトという存在の契約、祝福を用いているものだからだ。
「それでこれから私はどうすれば良いでしょうか。周囲は何もなく、敵の影一つ見当たらない。どう移動すれば良いか、そもそも移動出来るのか。何ら一切わかりません」
『そうだろうね。流石にそこらはあの子でも推測は立てられなかっただろうし』
それでも偵察出来るなら偵察せねばならないし、それが出来るのはカイトだけだ。試してみる価値はあった。勿論、これは失敗すればカイトという絶対に失えない手札を失う事に他ならないが、そこは全員が戻れると信頼していた。というわけでカイトの問いかけに、シルフィードが告げた。
『ひとまず移動は出来るよ。ただし普通の移動じゃなく移動という概念による移動だ』
「移動という概念による移動?」
『思考による移動と言い換えても良いかもしれない。移動したい場所を思い浮かべ、そこに自身が移動していくイメージを浮かべる……やり方は君の脳に直接与えるよ』
「っ……これは……」
こんな凄まじい移動方法があったのか。カイトは大精霊達から授けられた思考による移動方法に思わず驚愕する。
『それでどこに移動すれば良いのか、だけど……多分敵は君達の世界のすぐ近くに居るはずだ。中の情報を入手するためにもね……だからまずはそっちを目指すべきだろう』
「となれば……」
すっとカイトは意識を集中させる。思考による移動で重要なのは移動したい先を思い浮かべ、そこに自身が移動するイメージを持つ事だ。そして今回思い浮かべるのは、自分の故国。そして想い人だ。その元へ帰るイメージを浮かべる。そうして、カイトとエドナの姿がかき消えるのだった。
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