第3441話 はるかな過去編 ――狭間へ――
世界の情報の抹消という世界を崩壊させかねない事態の発生。それを受けて大精霊が動いたことによりようやく一丸となり動き始めた大陸各国は大陸全土の国家を集めた会合を開くことを決定する。
そうしてその裏で色々と動いていたカイトであったが、『狭間の魔物』の融合個体の一体が潜むという各国が領有権を主張する空白地に近い国境線を警備するフゲレ伯爵の急死を知ってその作為的なものを感じた彼は一路フゲレ領へと移動。そこで暗殺の可能性を見出すと王立研究所を訪れるわけであるが、その最中。女魔族イヴリースと出会い、幾度目かの情報共有を行うことになる。
というわけでその情報やらを下に八英傑が揃って会議を行うことになったわけであるが、アイクのふとした疑問に一同は敵の偵察が必要と判断。それに向けてカイトが動くことになっていた。
「それ、大丈夫なのか?」
「大丈夫か否か、であれば大丈夫の可能性は高いらしい」
ソラの問いかけに、自らが狭間へ赴くことを決めたカイトが少しだけ苦笑いで頷いた。というわけでその根拠を口にする。
「今のオレなら大精霊様が狭間の世界でも一緒だ。だから万が一の場合でも支援は受けられるだろう、ってのが結論だな」
「それでか……まぁ、出力なら未来のお前以上っぽいし、大丈夫なのかも……?」
実際未来のカイトは『狭間の魔物』を相手に勝利を手にしている。確かに技術では未来のカイトに劣っているが、出力でれば圧倒しているこちらのカイトであれば勝利出来る可能性はあった。というわけで帰還の見込みありと考えるソラであったが、そこに軽鎧の調整をしていた瞬が問いかける。
「いや、それ以前にお前なら倒してしまえるんじゃないのか?」
「あー……どうなんだろうな。少し無理な気はしている」
「「「……え?」」」
カイトの推測に、ソラ以下その場に居た全員が思わず振り向く。なにせ彼で無理なのだ。おおよそどんな戦士だろうと無理だった。
「いや、オレも狭間の世界については詳しくは知らんが……最低限魔法使いは取り込んでいそうなんだろう? そうなると厄介だし、狭間の極限環境下で生存する魔物だ。ヤバそうな匂いはしているんだよな」
「な、なるほど……」
もしかしたらあれは尖兵程度だったから勝てたのかもしれない。瞬はかつて見た『狭間の魔物』を思い出し、今更ながら『狭間の魔物』について何も知らないのだと思い知る。
まぁ、そもそもの問題として『狭間の魔物』は世界と世界の狭間に住まうからこその『狭間の魔物』なのだ。世界の中に住まう者が情報を持っていないのは当然だった。というわけで彼の納得を見て、カイトはため息混じりにはっきりと明言した。
「まぁ、そんなわけでな。とりあえずは偵察だけに留める……留められるのか、ってのは誰にもわからないけどな」
「この世界の法則が通用しない世界、か……」
ソラは全く想像も出来ない世界と世界の狭間に、どんなものなのだろうかと疑問を得る。なにせ世界と世界の狭間がどうなっているかというのは誰にもわからないのだ。警戒するに越したことはなかった。と、そんな事を考えていたわけであるが、そこにふとセレスティアから疑問が飛んだ。
「そういえば……ふと思ったのですが、良いですか?」
「おう、なんだ?」
「今回の敵は魔法使いに属する力を有しているのでは、という推測をされておいででした……狭間には世界のシステムが存在しない以上、魔法も何もないのでは? となると、場合によっては殺せぬなどということもあり得る……のでは? 外界の改変は無理でも自ら……即ち内界の改変は可能です。ならば内界を改変し、死の概念を消す事も可能……なのではないかと」
「「「……」」」
セレスティアの指摘にカイトを含めた全員が閉口する。そもそも魔法とは魔力という超常の力を用いて世界の法則を改変するものだ。世界が存在しない場所で世界の改変も何もあったものではない。が、これに答えた声があった。
『ああ、それは大丈夫だよ』
「大精霊様」
『うん……それで殺せないんじゃないか、ということだね。これは実はかなり勘違いされる事なんだけど、世界と世界の狭間にもまた世界は存在しているんだ……まぁ、厳密にこれを世界と言えるかはわからないけど』
「「「え?」」」
それは初耳だ。カイトを含めた全員が驚きを露わにする。それはそうだろう。なにせ世界と世界の狭間。世界が存在しないからこその狭間なのだ。その間に世界が存在するのであれば、それは単に全ての世界に接続する異世界に他ならなかった。
『もちろん世界側が規定した法則がないことに間違いはないよ。それは事実。だからこの世界の法則は通用しないし、勿論エネフィアの法則も地球の法則も通用しない』
「では何故世界が存在する、と?」
『それは簡単だよ。世界が存在するための世界が必要だからだ。世界が世界を創世するためにはその土台が必要だったんだね。その土台こそが狭間に存在する世界だ。無論、世界が存在するために必要な世界だからこの世界のような法則が必要ない。あくまでも世界が無に溶けて消えてしまう事のない様に保護する……そうだね。壁や膜のようなものと考えれば良い』
なるほど。シルフィードの言葉は筋が通っているのだろう。一同は直感的にそう理解する。と、そんな所にソラがふと疑問を呈した。
「……なぁ、その壁や膜の先ってなんなんだ? 保護してるってことはその更に先があるんだろ?」
『おっと……良い所に着目したね。その先に待つのは無。もしくは無限が存在する』
「無、もしくは無限?」
ゼロかメビウス。それは一体どういう意味なのだろうか。ある意味では最も矛盾する言葉にソラは不思議そうに首を傾げる。これに再度セレスティアが口を挟んだ。
「一度だけ、伺った事があります……この世界に無限は厳密には存在し得ない。無限とは有限ならざるもの。有限の世界が無限に触れる事はこの世界の消滅を意味する……」
『その通り』
セレスティアの言葉にシルフィードが我が意を得たり、と拍手を響かせる。
『狭間の世界の更に外側に存在するのは確かに無なんだ……でもそれは正の無限と負の無限が対消滅を起こす事で全体を見れば無になっている、というだけに過ぎない。マクロで見るかミクロで見るかの違いだね。だからミクロに見れば正と負の無限が存在している。マクロで見れば何も存在しない無が存在している。でも君らはミクロの存在だ。まだ正の無限ならば耐えられるけど、負の無限に触れた瞬間君らもまた対消滅を起こす。いや、君達だけじゃない。世界そのものが対消滅を起こしてしまう』
「せ、正の無限と負の無限……」
なんでここに来て数学のお勉強をしているんだろうか。ソラは久方ぶりに聞いた言葉に思わず頭を悩ませる。というわけで久々の数学の単語に頭を抱え込むソラに、シルフィードは知恵熱が出る前にと笑って脱線しかけた話を元に戻した。
『ま、それはどうでも良いよ。本題は世界と世界の狭間……便宜的に狭間の世界とでも名付けようか。そこに存在する魔物は確かにセレスの言う通り、外界からの影響を受けないから内界の改変で不死になる事は出来るだろうね』
ここいらはあくまで推測に過ぎない事は承知しておいてね。シルフィードは一同に向けてそう告げる。言うまでもなく彼女は世界の中の存在だ。外の存在について感知はし得なかった。
『でも、だ。それはあくまでも狭間の世界だから出来ることでこちらの世界に来ればその法則には従わなければならない。だから最悪はこっちに逃げ込めばそれで終わりだ。それに……今回限りだけど最悪は万が一も可能だ』
「万が一……ですか?」
『うん。究極の裏技にも近しいけど……けどこの場合は仕方がないかな』
セレスティアの問いかけにシルフィードが頷く。まぁ、彼女らの役割は世界の秩序を守る事とその守護だ。本来許されざる行為であろうと、世界を守るためであれば許される事はあった。
『そこは気にしないで。もしやるとすると僕らがなんとかしないとならない事だからね。まぁ、その時には君らにも協力はしてもらわないとならないし、そのための君らでもあるからね』
「はぁ……」
オレもなのか。シルフィードの視線が向けられている事を直感的に察したカイトは生返事だ。というわけで、何がなんだかはさっぱりわからないもののとりあえず問題ないという事だけを理解して彼はひとまず狭間の世界への偵察任務の準備に入るのだった。
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