第3438話 はるかな過去編 ――王立研究所――
世界の情報の抹消という世界を崩壊させかねない事態の発生。それを受けて大精霊が動いたことによりようやく一丸となり動き始めた大陸各国。その裏でカイト達は今回の一件が何者かによる人為的な犯行ではなく、『狭間の魔物』による侵攻と判断。戦いが近いと判断したカイトはアルヴァにそれを報告すると、カイトは会議が開かれている裏で旧知の軍の高官であるアクストという将軍とと会う事になる。
そうしてアクストを介して接触してきた情報局よりフゲレ伯爵という空白地に最も近い貴族が独断先行をしていることを知らされるわけであるが、その最中にフゲレ伯爵死亡の急報が舞い込む事になる。
そんなこんなで色々な事態を経たカイトは王立研究所にいる養父の先代のマクダウェル卿の妹であるノアの所へと協力を求めてやってきていた。というわけで情報局から渡された書類を受け取った彼女はそれを暫く読み込んで、なるほどと頷いた。
「なるほど……次はフゲレ伯爵と」
「やはり何人か居るんですか? 情報部はシンフォニア王国以外でも何件か起きていると言っていましたが……」
「そうね……まず簡単に言うと、この話って比較的誰でも思い浮かぶ話ではあるの」
「え?」
そんな暗殺方法考えた事もなかったのに。ノアの指摘にカイトは驚いたような顔を浮かべる。とはいえ、これはそれはそうと言い得る事だった。
「そうでしょうね……単純に言って、貴方やクロードくんも逆の使い方をする事はある」
「逆の使い方?」
「治療行為よ。心臓が止まった相手に雷撃をぶち込むこと、あるでしょう?」
「ええ、まぁ……」
詳しい理論はカイト達も知らないのだが、心臓が停止した者に雷属性の特殊な魔術を打ち込めば助けられる事があることは知っていた。
「それの逆なの。心臓を動かすのと逆に、心臓を止めるわけ」
「なるほど……あ、もしかして」
「そう。だから元々第4研究科でも私の所に持ってこられていた案件でね」
ノアの研究分野は雷を利用した戦傷者の治療だ。元々は身体に麻痺の生じた患者に対して微弱な雷属性の魔術を使用する事で動きを取り戻したりとする事を目的としていたのだが、その一環で心肺蘇生法も研究していたのだ。というわけで手っ取り早く
「それで結論から言えば不可能ではないのではないか、という所ね」
「出来るんですか? 魔術も使わずそんな事が」
「ええ……少し待ってて」
カイトの問いかけに応じたノアは立ち上がると、サンプルなどが置いてある棚へと移動。戸棚を開いてガサゴソと中を漁る。
「これじゃなくて……こっちは抜いた後……これは分解したものだから……あ、あったあった……これ、なにかわかる?」
「……なんですか? これ。箱? にしては不思議な……いや、ソラ達が持ってる箱型の通信機に似てる……?」
ノアがカイトの前に置いたのは、手を目一杯広げたぐらいの大きさの箱だ。ただ材質は滑らかさは見受けられるものの彼は見た事がないもので、金属の小さな板が中に嵌った穴などがあるかなり特徴的な形状だった。
「電池……って知ってる?」
「……でんち?」
「でしょうね……魔石やらに頼らず雷を蓄電……雷を溜めておける道具よ」
「こんなのに? はー……これはどこで?」
「古代文明の遺産よ。製造方法とかはさっぱり。その中には半固体の不思議な物質が入っていて、それが電気を溜めておける何かしらの作用をしている様子なのだけど……」
これが詳しい原理とかはまだわかっていないのよね。ノアは少しだけ困り顔で笑う。
「それは良いわね。とりあえずそれを使えば十分に殺せるだけの出力は得られるわ」
「はぁ……でもこれでどうやって雷を取り出すんですか?」
「そこの穴になにか特殊な線を差し込むと、取り出せるみたいね。電気を溜めることそのものは魔術でも出来るみたい……まぁ、あまりうまくいった試しはないんだけど」
ノアは少しだけ恥ずかしげに笑う。どうやら色々と試してはいるらしいのだが、古代文明の遺産の電池だ。劣化や未知の物質である事から錬金術での危険性の調査などを行っているため、解析にはかなりの時間を要しているらしかった。
「それは横に置いておいて。兎にも角にもそれを使って電気を溜めた場合、魔術による攻撃やらとは違う扱いになるみたいね。だから結論としては出来るだろう……というわけ」
「この穴に線を通して、何かしらの魔導具……みたいなものを繋げれば良いというような感じというわけか」
「そうね……それでなくても使い方次第では逆の使い方も出来るんじゃないかしら」
おそらくノアの頭の中に浮かんでいるのは、地球で言う所のAEDなどの心肺蘇生装置の類の事だろう。というわけであくまでも推測という形で語る彼女に、カイトは本題を問いかける。
「なるほど……で、質問なんだけど」
「わかるわけないでしょう。これは古代文明の魔導具よ。まぁ、殺すだけならこれを再現するだけで良いでしょうけど……それを誰が使っているか、なんてわかりようがない」
「ですか」
前のめり気味なノアの返答にカイトは思わず気圧される。まぁ、彼女にしてみれば自分の研究分野と真逆の使われ方をしているのだ。不満になっても仕方がなかった。と、そんな彼女であったが、カイトの胸が僅かに光っている事に気がついた。
「……あら?」
「ん? これは……通信機か。ごめんなさい」
「ああ、良いわよ。それが光るってことは軍の通信ということだし」
「ええ……ああ、オレだ」
『ああ、兄さん。今まだ王立研究所ですか?』
どうやら通信の相手はクロードだったようだ。通信機から彼の声が響く。なお、何故王立研究所に来る前の様に念話でないのか、というと王立研究所は情報漏洩などの懸念から念話や大半の通信機が使えず、使えるのはカイトが保有するような特殊な調整がされた通信機だけだった。
「ああ……何かトラブルか?」
『いえ、ああ、直接話してもらった方が早そうですね。ソラさんに変わります』
カイトの問いかけに首を振ったクロードであったが、どうやら近くにはソラが一緒だったらしい。声が彼に変わった。
『あー……カイト?』
「おう……どうした?」
『いや、魔術を使わない暗殺で電気……雷を用いたやり方はないか、って聞かれてさ。それで幾つか可能そうだって話になって、ただ説明が出来ないから直接お願い出来ないかって』
『あはは……というわけです』
どうやらカイトが王立研究所でノアと話している間に、クロードの方もソラ達に話を聞いてくれていたらしい。というわけで少しだけ恥ずかしげに笑ったクロードであったが、これにカイトも笑う。
「そういうことか。すまんな」
『良いよ。世話になってるし……それに暗殺とかだったらヤバそうだしな』
「っぽいから困ってる」
「誰?」
「今協力してくれている冒険者だよ……詳しい事は後で。とりあえず先に話をしてもらおう」
小声でのノアの問いかけに、カイトが当たり障りのない範囲で答える。一応彼女もかなり高位の情報へのアクセス権限を有しているので彼女に協力を求める上では明かさなければならないとは思うのだが、クロードも色々と仕事がある。あまり長々と通信出来るわけでもない。というわけで、カイトはノアと共にひとまずソラから電気を用いた技術の話を聞く事にするのだった。
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