第3434話 はるかな過去編 ――急変――
世界の情報の抹消という世界を崩壊させかねない事態の発生。それを受けて大精霊が動いたことによりようやく一丸となり動き始めた大陸各国。その裏でカイト達は今回の一件が何者かによる人為的な犯行ではなく、『狭間の魔物』による侵攻と判断。戦いが近いと判断したカイトはアルヴァにそれを報告すると、カイトは会議が開かれている裏で旧知の軍の高官であるアクストという将軍とと会っていた。
そうしてアクストを介して接触してきた情報部から提供された情報を精査していた所、彼は自身と敵対する貴族の一派に属するフゲレ伯爵という貴族が付近を巡回していた兵士の一隊を『狭間の魔物』の中継機らしき融合個体が潜む空白地に向かわせていたことを知る。
というわけで今度はフゲレ伯爵らへの対応を話し合っていたその時。入ってきた急報はそのフゲレ伯爵が急死したという情報であった。それを受けカイトは後をアクストと情報部に任せると、自身は事態の急変に備え一路フゲレ領へと赴いていた。
「それで、マクダウェル卿。此度はどのようなご来意で?」
「フゲレ伯が先日巡回の兵士を紛争地へ出されたことは、ご存知ですか?」
「……申し訳ございません。私にはその質問にお答えすることが出来かねます」
知っているということか。カイトはカウテスの返答までの僅かな間をそう理解する。とはいえ、答える必要はないし、それを答えるべきなのは現在の臨時当主であろうベルクというフゲレ伯爵の嫡男だ。というわけでカイトも答えてもらう必要はなく、反応を探るべくそのまま話を続ける。
「そうですか……その件となります。本件はそもそも現在陛下や各国が足並みを揃えるべく動いているもの。事と次第によっては陛下の顔に泥を塗る行為です」
「……かしこまりました」
かなりの苦みがあるな。カイトはこちらを振り向く事なく答えるカウテスの声音からそれを察する。
(おそらくこの様子……フゲレ伯には諫言したんだろうな。そりゃそうか。まだ大精霊様の話が出た頃なだ良い。が、この空白地になにかが潜んでいるという情報が出回ったのと各国の王様達を集めようと動き出したのはほぼ同時だ。そしてその時点で調査隊の編成やらは王都の陛下主導になった……その時点で軍は警備でかなり手一杯だったが……)
確かにこの状況であればうまくやればバレずに情報を手に入れる事は出来るだろう。なにせ情報部でさえ数日前まで情報を手に入れられていなかったのだ。そしてまた暫く無言で歩きながら、カイトは状況を推測する。
(情報部も各国からなだれ込もうとする暗殺者達の対応で手一杯。国内……しかもこの端までの監視の目は緩まざるを得なかった。情報部の落ち度ではあったが……それを見抜いたか。流石は国境警備を任されるだけの事はある……か)
当然だがこのご時世だ。国境警備なぞ最悪は戦争の最前線になりかねない。しかもここらはエザフォス帝国や魔族達の制圧地も近い。軍事力は十分に保有している。
また国境を任されているのだ。シンフォニア王国としても裏切られでもすれば大変で連携も密に取っている。故に王都の情報も目敏く入手しているはずで、今なら出し抜けると判断する可能性は十分にあった。というわけでそこらを考えつつ、カイトは内心で少しだけため息を吐きつつ歩くこと暫く。カイトは応接室に通される。
「こちらでお待ち下さい。ベルク様をお呼びいたします」
「ありがとうございます。急に来訪したのは私の方。お父君が亡くなられてすぐです。お時間は十分にお取り頂ければ」
「ご配慮、痛み入ります」
そう思うのなら最初から来ないでくれとでも思っていそうだな。カイトは頭を下げて礼を述べるカウテスにそう思う。そうして再び一人――といっても給仕のメイドが何人か控えてはいたが――になり、カイトは再び思考を開始する。
(……他の貴族の動きも少し怖いな。まだ陛下への忠誠心の篤い貴族なら、勝手な行動はしないだろうが……)
何人かの貴族がアルヴァに対して不満を抱いている事はカイトも知っている。そしてそれはアルヴァも把握しているし、情報部も目を光らせている。軍本部にはカイトを疎んでいる勢力があるが、それはあくまで彼を疎んでいるのであってアルヴァを疎んでいるわけではないのだ。
なので王国そのものに弓を引く可能性のある貴族はこの状況下でも優先的に情報部も監視していたし、カイトに助力を求める声がない所を見ると事前に対処出来てはいたと考えて良いだろう。が、だからこそ自分が知らされていないだけという案件がどれほどかと思い、ため息を吐くしかなかった。
(……まぁ、まだ陛下に弓引く内容じゃないだけマシ……と考えるべきか。おそらくそうフゲレ家も主張するだろうしな)
まだ今回は目こぼし出来る程度ではあるだろう。カイトは今回は独断専行ではあったが、あくまでも派遣されてくるだろう連合軍のために事前に情報を入手するという建前を押し通すだろうと考えていた。
勿論出来るのなら自分で解決してしまって功績を独占しようという魂胆はあっただろうが、こうなってしまっては流石に無理だろう。そうしてここからの流れを考えること暫く。二十分ほど待たされた頃だ。
一人の若い男が先のカウテスとは別の若いメイドと共にやってきた。彼は亜麻色の髪の顔付きこそ若々しいながらも体付きはしっかりしており、戦う者としての土台が備わっている事を露わにしていた。が、そんな彼の顔は今は少し精彩を欠き、疲れが見え隠れしていた。
「マクダウェル卿。ご無沙汰しております」
「ベルク様。ご無沙汰しておりました。軍の教習所にてお会いした以来……でしたか」
「はい……その節はお世話になりました」
実はシンフォニア王国では国境の警備を任される貴族は後継者を王都の軍本部に数年預け、指揮や戦闘技術を教え込む事は珍しい事ではなかった。これには自領地で教育していると万が一戦端が開かれた場合に当主と後継者が揃って死にかねないことと、万が一の場合は王都の軍を指揮する可能性がある事が大きかった。
そしてその中で騎士団との共闘を学ぶ事も一つの勉強としてあり、そこでカイトは数度だけだがベルクと会った事があったのだ。多くの会話は交わしていないが、少なくとも顔見知り程度とは言えた。
「いえ……この度はお悔やみ申し上げます」
「……ありがとうございます。それで此度は先に父が最後に行ったあの空白地に関する指示について、と」
「はい……何かご存知ではありませんでしょうか」
「その前に一つ……私からも伺わせて頂いても?」
「……どうぞ」
何をベルクが考えているかはわからないが、彼の顔に先ほどまではなかった力強さが滲む。そうして、意を決した様に彼がカイトへと問いかけた。
「……マクダウェル卿。卿は父の死について、どうお考えですか?」
「……どう、とは?」
「……私は此度の一件、何者かによる暗躍を疑っております。ただ悲しいかな、今の私にはそれを突き止めるだけの力がない」
なるほど。やはりこの様子では急死はかなり疑わしい状況ということなのだろうな。強く唇を噛み締めたベルクの様子に、カイトはそれを理解する。そうして彼に応じて、カイトも胸襟を開く。
「我らも、それを疑っております。実は数時間前まで、私は王都にて情報部との間で会合を行っておりました。その中で、お父君の事も話に出ておりました」
「っ……」
やはり聞いた通りだったか。ベルクの顔に盛大に苦いものが浮かび上がる。そうして彼が口を開いた。
「あの空白地の件……ですね?」
「ご存知ですか?」
「ええ。私も父の側近であったカウテスも共に止めたのですが……父は武勲を上げるには時として出し抜く事も必要なのだ、と強引に軍の出動準備を進めておりました……もしや情報部が?」
「少なくともお父君の急死は情報部も初耳だったようです。それで私に助力を求めたいと情報部より打診があり、会談を持っておりました……お父君の死に関して、詳しく教えて頂けますか?」
「わかりました。ただそうなると検死を行った医師にも話をさせねばならないでしょう。ご同行頂けますか? ここの者ではありませんので……」
「ではここで亡くなられたのではない……と?」
「はい……先にお伝えした通り、父は軍の出動準備を進めておりました。その陣頭指揮を取っている最中の事でしたので……検死は軍医が行いました」
確かにそれであれば今から伝令を送って呼び寄せてでは時間が掛かるか。カイトは時間がなかった事もあり、ベルクの求めに応ずる事とする。そうして両者は立ち上がって、足早に移動を開始するのだった。
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