第3432話 はるかな過去編 ――急変――
世界の情報の抹消という世界を崩壊させかねない事態の発生。それを受けて大精霊が動いたことによりようやく一丸となり動き始めた大陸各国。その裏でカイト達は今回の一件が何者かによる人為的な犯行ではなく、『狭間の魔物』による侵攻と判断。戦いが近いと判断したカイトはアルヴァにそれを報告すると、次の日の会議の日。カイトは会議が開かれている裏で軍部のお偉方と会っていた。
「そんな顔しないでください、アクスト将軍。今日はいつも以上に渋い顔ですね」
「元々だ、この顔は」
「あはははは……卿が私を疎んでいることは重々承知しております。それでも軍の中で重要な情報に触れられつつ、お力添えを頂けるのは卿ぐらいなのです」
「ふんっ……それならスカーレット嬢でも出せば良いだろうに……はぁ。貴様を別に疎んでいるわけではない。貴様があいつの後を継ごうと頑張っていることは知っている。だがだからだ」
「は、はぁ……」
やはりこの男は知らないらしい。困惑気味なカイトの様子に、アクストは盛大にため息を吐く。
「そもそも、別に私とて昔から貴様にこんな顔をしていたわけではあるまい。忘れているかもしれんが」
「……ま、まぁ……そうではありましたが……」
アクストの言葉にカイトはやはり困惑気味に思い出す。彼が接触を取っている様に、このアクストは養父の先代マクダウェル卿が存命時やその死後から暫くはカイトに対してかなり協力的な人物だった。しかしその後暫くして戦争が始まり武勲を上げ始めた頃から少しずつ苦い顔をされる様になり、カイトも少し残念ながらも政治的な勢力関係だろうと諦めていたのである。
「……ランケアだ」
「あいつがなにか? 元気にしてたでしょう、あいつなら。この間も見目麗しい」
「その話は頼むから聞かせないでくれ……南国のフェリクス将軍は貴様も知っているな?」
頭が痛い。そんな様子でアクスタはカイトの言葉を遮る。そうして出された問いかけに、カイトは怪訝そうに頷いた。
「ええ……おやっさ……冒険者ギルドのアルダート殿と共に冒険者の軍勢を率いてくださった方ですから。よく存じております」
「何を思ったかランケアはフェリクス将軍に憧れているらしくてな。ここ数日なんとか会えないかと手を尽くしているらしい。何も聞いていないのか?」
フェリクスは知将としても有名だが、同年代の軍人には放蕩息子の印象が強いらしい。まぁ、南部の大国の嫡男でありながら好き勝手をして、今はまた戻っているのだ。よく思わない者が居るのはなんら不思議のないことだろう。なので同年代の軍人には彼をあまり快く思っていない者も少なくなかった。
「え、えぇ……何をですか?」
「……そうか。なら知らないままで居てくれ。何故よりにもよって奴なんだ……」
「は、はぁ……」
流石に年齢的にもカイトにはよくわからなかったが、どうやら息子のことで悩んでいたらしい。それで同年代のカイトを見てどうしても息子を思い出し、苦い顔になってしまっていたのであった。そうして頭を抱えていたアクストであったが、気を取り直してカイトに教えてくれた。
「まぁ、良い。それで情報だったな……これはおそらく陛下にも上がっていない情報だが……」
アクストはそういうと、持ってきていた封筒を一つ取り出してカイトへと手渡す。
「これは……」
「どうやら貴族派の連中、近くにいた巡回の小隊をあそこに向かわせたらしい」
「迂闊な……もし刺激してしまったらどう責任を取るつもりだったんですか? いえ、よしんば刺激した程度ならまだ良い。操られでもしたら、こちらの動きが捉えかねられない」
「幸いにして、何も起きなかったは起きなかったみたいではあるがな……まぁ、気にしてはいなかったか、貴様を出し抜くのに必死だったのだろう。情報部の連中もこの情報に気付いたのは一昨日の夜らしい。今は必死で情報を集めている所だろう」
眉を顰めるカイトの言葉に、アクストも苦い顔で笑いながら首を振る。
「ということは……この小隊は生きて生還したと」
「だそうだ。ただ今どこに勾留されているかがわからないみたいでな。今回ばかりは情報部もマズいと踏んだらしい……お前に協力を求めたいと思っているようだ」
「なるほど……」
報告書はあくまでも情報部が掴んだ情報を記載しているだけで、現地に赴かされた小隊のものではなかった。
「どうする?」
「……お会いしましょう」
「……そうか。だ、そうだぞ」
こつこつこつ。アクストの言葉に応ずる様に、暗闇の中から足音が響く。そうしてまるで壁を通り抜けたかの様にして、部屋の影の中から若い男が現れた。
「お久しぶりです、マクダウェル卿」
「貴方は確か……アートルム特務少尉でしたか?」
「覚えて頂き光栄です」
ぴくりと笑顔一つ見せず、カイトの言葉にアートルムと呼ばれた若い褐色肌の男性が腰を折る。が、そんな彼にカイトは怪訝な様子で問いかける。
「確か以前は分析官と仰られていたと思うのですが……」
「今は情報部所属の分析官です」
「なるほど」
特定の状況に応じて顔を使い分けているわけか。カイトはアートルムの言葉を理解して笑う。
「それが本業であることを願いたいですね」
「少なくともマクダウェル卿の前に出る時は敵対者の顔はしません。卿の前に立って数秒と生きていられる自身はありませんので」
本当にぴくりとも笑わないな。カイトは自身の冗談に一切の笑顔も動揺も見せないアートルムにそう思う。そうしてそんなアートルムが情報部が追加で入手した情報をカイトへと差し出した。
「こちらが今情報部が入手している全部の情報です……隠してはおりませんよ。流石に私も種族的にこの案件で嘘は吐けません。もし隠された情報があるのであれば、それは私さえ知らない情報とお考えください」
アートルムの耳はわずかだが尖っており、異族の血を引いていることは明らかだ。そしておそらくエルフやダークエルフ達の血を引いているのだと推測された。まぁ、それが本当であるかは彼以外誰もわからないのだが。
とはいえ、大精霊が顕現までしている状況で情報部がカイトを出し抜く意味はないし、流石に危険度が高すぎる。嘘や情報を隠すことはないとカイトは判断していた。
「信じますよ。我々騎士より、情報を集める貴方達の方が実際の情報に触れている。大精霊様までご顕現されている中で足並みを乱すことなぞすることがどれほどの厄介な事態を引き起こすかは貴方達の方が良くご存知のはずだ」
「ご明察です」
カイトの指摘にアートルムは再度頭を下げる。そうして無感情な彼を横目に、カイトは提出された資料を読み込む。そこにはアクストが持ってきた情報の更に深い情報が書かれており、先ほどのアクストの情報も情報部がカイトの興味を惹くために与えたのだと察せられた。
「……なるほど。どこに居るかはわからないものの、報告書そのものは掴んでいると」
「ええ……ですが我々が情報を手に入れようとするだろうことは察知されている様子です。厳重に警備が施されている」
「……どうするつもりなんですか? この彼らは」
「自分達が先行して片付けてしまうつもり……では?」
「無理だ。そんなことが出来るのなら今頃この一件は解決している……っ」
無理。そう考えたカイトであったが、しかし彼がなにかに気付いた様に目を見開く。
「そうか……知らないのか」
「おそらくですが……」
「はぁ……そうだよなぁ……知らないよなぁ……オレ達だって昨日ベルから聞いて、昨夜の間に陛下に報告したぐらいだもんなぁ……てか情報部もどこで聞いてたんだよってぐらいだし……」
「どうした?」
なにかを理解しあったらしく大きなため息を吐いたカイトに、アクストが怪訝そうに首を傾げる。これにカイトが状況を説明した。
「フゲレ伯らは今回の首魁があの空白地に居ると思い込んでいるんです」
「違うのか?」
「ええ……」
やはりアクスト将軍も知らないか。カイトは今回の敵がおそらく世界と世界の狭間に居ることなどを説明する。それに、アクストもまた目を見開いた。
「『狭間の魔物』そのものが……?」
「ええ。なので今回の一件はある意味単独行動です。ですが、だからと言って楽観的に見て良い相手ではない。おそらく相当な強さを……ん?」
どんどんどんっ。カイトの言葉を遮るような大きな扉を叩く音が響く。そうしてこちらの返答を聞くよりも前に、扉が開かれた。そうして入ってきたのは若い兵士だ。
「アクスト将軍! っ、マクダウェル卿! 申し訳ありません! 緊急事態につき、何卒ご容赦ください!」
「オレは構わんが……」
「……何があった?」
「はっ……フゲレ伯領より緊急入電。フゲレ伯が……その……」
「なにがあった?」
「亡くなられた、と」
「「っ」」
今しがたその話をしていた所にこれか。カイトとアクストの顔が歪み、二人の視線が一斉にアートルムへと注がれる。が、これに初めてアートルムの顔に感情が滲んだ。
「……申し訳ありません。私も存じ上げておりません。ただこのようなことをするのであれば、我ら情報部の者もこのような場を設けさせては頂きません」
どうやらこの男も完全に知らないらしい。カイトもアクストもアートルムに初めて滲む動揺が演技ではないことを一目で見抜いていた。そうしてカイトは即座に立ち上がった。
「特務少尉。追加の情報は団の詰め所に送ってくれ。オレはすぐにフゲレ伯の領地へ向かう……万が一の場合は敵が動いた可能性もある。フゲレ伯の領地はあの空白地に近い。あそこが攻め落とされでもしたら厄介だ」
「かしこまりました」
「アクスト将軍。将軍は軍の手配を頼めますか? 時間がないかもしれない」
「わかった。陛下への報告も一切こちらで手配しておこう」
今回の『狭間の魔物』は知性的な行動も可能なのだ。先手必勝と兵隊を送り込もうとして消された可能性は十分にある。空白地に最も近いフゲレ伯の領地での異変は誰の手によるものかわかったものではなかった。というわけでカイトは後をアクスト達に任せて、急ぎエドナに乗って転移するのだった。
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