第3431話 はるかな過去編 ――もう一つの会議――
世界の情報の抹消という世界を崩壊させかねない事態の発生。それを受けて大精霊が動いたことによりようやく一丸となり動き始めた大陸各国。その裏でカイト達は今回の一件が何者かによる人為的な犯行ではなく、『狭間の魔物』による侵略と推測を重ねていた。そうして彼らが情報を共有し、戦いに向けて動いていた一方。会議の開催は魔族側にも伝えられていた。
「「「……」」」
全体的な報告が終わった後。大魔王の言葉を待つ間、魔族達はただ黙していた。そうして暫く。なにかを考えていた大魔王が口を開いた。
「雷凰」
「はっ」
「砲の調整は」
「問題なく。再調整に加え設計段階では行えなかった現地に合わせた改修を行っており、誤差範囲、射程範囲共に当初の設計を上回る精度での砲撃が可能としております」
大魔王の問いかけに対して、雷凰が頭を下げる。ここしばらくヴアルらに協力を貰いながら行っていた砦の魔導砲であるが、やはり魔族側も動きを止めたおかげかうまく進んだようだ。
これはカイト達にとってすれば非常に厄介なことに間違いはないのだが、それでも現状を言えばこれは有り難い力となり得た。
「そうか。よくやった。ヴアルも大儀であった」
「「有り難きお言葉」」
この大魔王は決して力や恐怖だけで魔族を支配しているわけではない。武力・知力に加えてカリスマもしっかり備えた非常に優秀な王様でもあった。というわけで褒めた後。大魔王は次の指示を下す。
「魔導砲の照準を報告のあった無主の地へ定め、いつなりとも発射出来る様に準備せよ」
「そこで戦が?」
「起こるだろう。彼奴らの情報を集めるに、おそらく穴を空けているのは奴らの本体をこちらに呼び込むためのものだろう。それを考えればあの地は色々と適している」
とんとん。大魔王は配下の文官に視線を送り、現地の情報をプロジェクターのような物に映し出させる。そうして映し出された光景を見ながら、その文官の魔族が会議の参加者へと説明を開始した。
「先に人間側から提供された情報が送り込まれた場所ですが、現在この地は無主の地となっております」
「雷凰。あんたに任された地に近いが、何故攻めないんだ?」
「うむ……この地を積極的に攻めていないことについては大魔王様にも許可を頂いておる。魔術的にも立地的にもいまいち攻める利と理がないのだ」
「まぁ……たしかに立地的に攻める利がない事は確かだな」
雷凰の返答に周囲の地理を思い出したヴアルが納得した様に頷く。それに雷凰も苦笑気味に何故個々を攻めないか、を説明した。
「うむ……見ての通り、この地は山々に囲まれており守るには容易い。が、立地的に僻地にある上に各国の主要街道などとも遠い。攻めて手に入れたとて、どこかの攻略が容易くなるわけでもない。しかも農耕に適した地であったり、希少な鉱石が手に入るなどの益もない……見ての通り補給なども難しかろう」
「攻め取ったとて維持費だけが嵩んで、か」
「どの国にとっても、のう。置くならば最前線に近い砦となり堅牢な要塞を築かねばならぬが、そんなものを置かれては対処せねばならぬ。が、割ける人的資源を考えてもそんなことをすればただただいたずらに戦力を浪費するだけになろう」
「なるほど……それで魔術的にも理がないってのは?」
立地的に攻める意味がない、というのは今の雷凰の説明でヴアルも納得出来た。実際彼が侵攻を任されたとしても、ここを攻め取るのは最後だろうとは思う。そうしないと戦力が分散されすぎて各個撃破されかねないからだ。特に数的な優位がない魔族側にとって、それは死活問題となりかねなかった。というわけでもう一つの問題点を問う彼に、先程の魔族の文官が答えた。
「この地は周囲を取り囲む山の影響か地脈・龍脈の流れがこの地を取り囲む様に出来てしまっており、内部のこの領域には逆に魔力的な空白が生まれております」
「天然の結界になっているのか」
「はい。周囲から流れ込もうとする魔力は空気中の龍脈や地中の地脈に誘われそちらに引っ張られ、この地から魔力が失われていきます。これでは術者の負担が増大することとなります。更には地脈や龍脈にもほど近いことから、山を抑えられれば地脈や龍脈を利用した攻撃も仕掛けられやすい。さらには山々の地脈・龍脈を利用すれば内部を対象に結界や広範囲攻撃も容易い」
「とことん攻める側有利な場所だな」
立地的には山々に囲まれ守りやすい様に見えるが、その実魔術的な関係で攻める側が圧倒的に有利な場所だったらしい。なのでどの国もここを抑えると守るコストが手に入るメリットに見合わない、と攻め込みたくなかったのだ。
だが勿論どの国も自国の領土と主張する以上、こんな所に他国の砦を置かれれば対処せねばならなくなる。だから意図的に誰も攻め込まず、領土を主張しつつもこの地を巡って争わなかったのであった。というわけでそんな現状に雷凰が笑いながらはっきりと明言する。
「うむ。我らを含めこの地を支配している、というのは言うだけだな。いっそあの紅き御子などであれば我らが完全に制圧して欲しいとでも思っているのではないか?」
「あの王子様なら、それぐらいは内心考えてそうだな」
「……」
「「申し訳ありません」」
楽しげに雑談に入りそうになった二人を、大魔王が一睨みして雑談を終わらせる。ちなみに、この言葉は実際事実だ。レックス曰くそうしてくれればエザフォス帝国と協同して魔族側を追い出せるのに、とのことであった。閑話休題。再びその地についての話に戻ることになるのであるが、口火を切ったのは大魔王であった。
「この地はこの通り魔術的に空白地だ。故にこの世界に適した魔術でなくとも行使は容易い。また魔力も薄いことから世界の法則そのものもまた薄い。外の世界から何かしらを呼び込むのであれば、あそこが一番適している。そこに彼奴らはなにかの端末なりを置いているのだろう」
「「「……」」」
それでこの地で戦いが行われるというわけか。というわけで大魔王の解説に、一つ疑問が飛んだ。
「大魔王さま。僭越ながら一つよろしいですか?」
「……」
「ありがとうございます……<<雷鳴の谷>>からの砲撃で焼き払うことは出来ぬのですか?」
先にも報告されていたが、現在<<雷鳴の谷>>は雷凰が拠点を置いていて、そこには巨大な魔導砲が設置されている。これがカイト達さえ攻略出来ない要因の一つになっているわけだが、だからこそその破壊力は折り紙付きだ。それを使って遠距離から狙撃してしまおう、というのは間違った考えではなかった。が、これに大魔王は首を振る。
「無理だろう。ここに居るというなにかはこちら側に外の世界の魔物が送り込んだ端末に過ぎぬ。単に奴にとってそこが都合が良いというだけで、この端末を討ち滅ぼした所で本体には些かの痛痒もない。また別の場所に同じことをされるだけだ。ならばこの場に来るとわかっている上で待ち構え、本体を討伐するしかない」
こういう魔術的に広範囲に何もない地は珍しくはあるが、決して他にないわけではなかった。そこをわかった上で抑えたのか、それとも偶然かはわからないがここが無理でも他を選ばれるだけ。そう指摘する大魔王の言葉は確かに正しいものだろう。
「それに、だ。我らが何故この大陸を最初と定めたか。それを忘れたわけでもあるまい」
「くっ……」
「ははっ……」
何故魔族がこの地を最初の橋頭堡として確保することを選んだか。どこか魔族らしい獰猛な笑みを見せて僅かな笑みを浮かべた大魔王に、大将軍達もまた楽しげに笑う。そうして大魔王がはっきりと告げた。
「そもこの大陸を橋頭堡とすることにしたのは、この地こそがどの大陸よりも難敵であるからだ。この地こそ攻め滅ぼせば後はどうとでもなる。それこそ、外からの手助けでもない限りは」
未来を見ればわかるものだが、魔族達はカイト達が居る大陸以外にも密偵やスパイを潜り込ませていた。それはこの戦いでも動いており、敢えて魔族側の戦力を過小評価させ他大陸からの増援や共闘関係の構築などを阻害していた。
そしてこの戦いが始まる前には各国の戦力を詳細に調べさせており、最も難敵と判断したのが統一王朝というある意味では大陸を統一した国家が存在するこの大陸と判断されたのである。
まぁ、そんな彼らも流石にカイトやレックスという当時無名だった英雄達の力は見誤っていて、一度目の侵略では敗北を喫したわけではあった。
「ならばこの地で片付ける。それが一番良い」
「……なるほど」
「ああ……雷凰」
「はっ」
部下達の納得を見て、大魔王がいつもどおり矢継ぎ早に指示を飛ばしていく。そうして、魔族達もまた決戦に向けて大きく動いていくことになるのだった。
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