第3431話 はるかな過去編 ――推測――
世界の情報の抹消という世界の崩壊さえ招きかねない事態の発生を受けて開かれた大陸全土の国家を招いての会合。それは当初戦乱の世の最中に行われた会議ということもあり、多くの王様達が感情を剥き出しにして非難を交わし合うという聞くに耐えない会合となっていた。
とはいえ当初からこの事態を懸念していた大精霊達が顕現することにより場は収まったわけなのであるが、その代償というべきか対価というべきか大半の王様達は議論どころではなくなり、会合の初日は参加者全員が醜い争いをしている場合ではないと理解。各国隠していた情報を明かすことを決めた程度で終わりを迎えていた。
そうして一日目が終わった後。各種族の長達や王様達の間で夜会が行われている一方で、カイトを筆頭にした後に八英傑と呼ばれる若き英雄達は情報共有を行うことになっていた。そしてそこには今回の一件に無関係ではいられないソラ達もまた一緒だった。
「ということは、やっぱり異族達は総じて全面協力か」
「ええ……まぁ、当たり前の話かと」
「エルフとドワーフが一緒になって冗談を、なんてたちの悪い冗談だからねぇ……しかもその冗談の内容が大精霊様に関わると来た。どっちかが嘘なんて言った瞬間、血の雨だ」
サルファの言葉に続けて、フラウが楽しげに笑いながらそう口にする。やはりどの世界でも生真面目なエルフ達と豪放磊落なドワーフの相性が悪い、もしくは仲が悪いことは一般常識だったようだ。
そして大精霊の眷属の中でも特に有名な二つだ。この二つがいくら同盟関係にあるとはいえ、一緒になってたちの悪い冗談を述べるとは誰も思わなかったようだ。というわけで二人の言葉にレックスが納得しかなかった。
「だろうな……で、猜疑心の強い各国の王様達や血の気の多い王様達も流石に今回は黙って協力となった、か」
「それしかないですねー……一般の方々における大精霊様の信仰は様々な宗教とはまた別種の強いものです。その信仰心を無視することはどの国の王様にとっても狂気の沙汰でしかないかとー」
大精霊達とは世界のシステムの権化だ。そしてそれは魔術を知るのであれば誰もが知っていることであり、超常の存在の頂点と断じて過言ではない。故に信仰心が皆無な冒険者でさえ大精霊は別とその神殿を詣でることは決して珍しくなく、信仰心とは別の敬意を表されることは珍しいことではなかった。
故にこそその意向を無視することは全国民の大半を敵に回すに等しく、大精霊を無視することは各国の王様にとって命取りと言って過言ではない。勿論、王様達自身が信仰とは別に大精霊達に敬意を持つ者は非常に多く、それがなくとも無視しようとは思わないのだが。というわけで各国の意向やら今後の動きが話し合われた所で、カイトが一つ安堵の吐息を零した。
「はぁ……ってことはこれでひとまず、魔族達に笑われずに済みそうか?」
「そうですねー……少なくとも笑われる必要はなさそうかとー」
「助かった。どうせ今回の会合の結果なんて魔族共には今頃伝わっている頃だろうからな……」
相変わらずおもしろい人。そんな様子で笑うベルナデットにカイトがほっと胸をなでおろす。誰が言う必要もなく、どうせ魔族達はどこかに潜んでこちらの情報を入手しているのだ。今日の会合の結果を当然と捉えるか苦笑いするかは別にしても、どこかで聞いている可能性は非常に高かった。
「なんでかオレがいの一番に馬鹿にされるからなぁ」
「何? 実は密かにむかっ腹立ってたの?」
「そりゃ立つよ。しかも言い返せないから余計に腹が立つ」
相変わらず繊細なんだか豪快なんだかよくわからないヤツ。そんな様子で笑うヒメアにカイトは少しだけ憮然とした表情で明言する。
とはいえ、そこらを気にしていても始まらないし彼も自身に責任がないことはわかっている。そして何より彼自身そんな他人の決定などに責任を持てるわけでもないと考えてもいた。というわけで、彼は思考を切り替えてベルナデットに問いかける。
「……ま、そりゃどうでも良いか。で……結局の所、何が今の所わかっていて何を考えているんだ?」
「そうですねー……まぁ、今回の敵と言いますか、相手と言いますか……おおよそ間違いなく魔族ではないことは間違いないですねー」
「それは最初からわかっている……いや、想像は出来ていた」
ベルナデットの言葉にカイトは肩を竦める。そもそも魔族であるのなら大精霊が出てくるほどの事態ではないだろうし、何より魔族側がこんな自爆めいたことをするとも思えない。イヴリースや大将軍達の考えも同じで、おそらくそんなことになれば魔族側でクーデターの一つでも起こるだろう。
その兆候がない所を見ると、おおよそ今回の一件は魔族絡みではないと判断出来た。そしてこれはベルナデットにとってもあくまでも現状の再確認に過ぎなかった。
「はい……となると、答えはもう出てるんですよー。というより、答えそのものは結構前にそうじゃないか、とは思ってたんですよねー」
「「「……はい?」」」
からからから。いつもの優雅な笑顔を浮かべながら出された言葉に、カイト以下全員――聞いていた大精霊達まで――がまさしく鳩が豆鉄砲を食らったような顔で目を丸くする。
なにせ大精霊達や各国の賢人・王様達まで揃って全員が誰がこんな愚かなことを、と首を傾げているのにこれである。当然だった。しかし相手はベルナデット。未来に存在するカイトをして、この女が一番ヤバいと言わしめる相手だ。あり得なくはない、とノワールが問いかけた。
「え? あの……それだったら何故わざわざこんな仰々しい会議まで開く様に、と……」
「それはですねー……1つ目は会議を開かないと協力体制は構築出来ないから。まず大精霊様のご助力がないとこの全大陸で足並みを揃えることは構築出来ませんねー。2つ目はどこかの狂人ならあり得るかもしれないかなー、とも思っていましたのでー……でも調べれば調べるほど無理っぽいかなー、と」
「……? こんなことをするのは狂人だろ? 誰がどう考えても」
なにせこんな狂気の沙汰だ。アイクはベルナデットの言葉にきょとんとなりながら誰よりも深く首を傾げる。この大陸全部の国家と敵対する魔族まで一緒に敵に回した挙げ句、そのどちらにも優先課題と判断されている。おまけに魔族も人類側もこの相手を討伐するまでは一旦休戦、とまで言わしめているのだ。
とはいえ、この事態は大精霊が出てくることが想定出来るのなら十分に想定出来るはずで、今までの動きなどを考えればこの程度は見通せているはずだ。どう考えても狂気の沙汰でしかなかった。
「ですねー……で、考えたんですがそもそも狂人ではない、と考えると筋が通るんですよね」
「狂人だろ?」
「いえ、そもそも人でしょうか」
「「「?」」」
今まで何度も戦略的な行動をしてきたことから全員がこの相手を魔族なり人類なり、どちらにせよ何かしらの知性を持つ人と考えていた。だからこそ狂気の沙汰に見えるのだ。が、そうではないのなら。何になるのだろうか。一同再度首を傾げる。これに、ベルナデットが推測を開陳した。
「おそらく今回の一件……『狭間の魔物』は操られているのではなく、それそのものが主体的に行動しているのだと思っています」
「……つまりこれは『狭間の魔物』そのものが引き起こしている……ってわけか?」
「はい……そこまでいくとなんでもありだろう、というお言葉は横に置いておいて……『狭間の魔物』であればこの世界が崩壊しようが気にはならないのでー」
表情を険しくしたレックスの問いかけに対して、ベルナデットは相変わらずのんびりとしたものだ。そして確かに、それであれば喩えこの世界が滅びた所で全く影響はない。なにせそもそもこの世界の存在ではないからだ。
「確かにあれらならそれも出来るだろうけど……魔物だぞ? それが魔法を使うのか? いくらなんでも知性的過ぎないか?」
「ですねー。そこが解せなかったわけですが……カイト様からの報告やらを聞いて、おそらく可能ではないかと」
「オレの報告?」
レックスの問いかけに答えたベルナデットの視線を受け、カイトが小首を傾げる。なにかそういった判断が出来そうな報告をしただろうか。そう思ったのだ。
「はい……『ドゥリアヌ』などでの報告から考えれば、今回の中心は『狭間の魔物』ですが、おそらく多くの存在を取り込んだ存在ではないかと思ってますー」
「なるほど……魔法使いを取り込んだ、というわけですね?」
「そうですねー。おそらくどこかの世界で魔法使いが興味半分などで世界の狭間へ転移。今回の騒動の中心に取り込まれたのではないかとー」
おそらくあり得る。ノワールは自分もまた魔法使いに属する存在だからこそ、そういった興味本位で動く輩がある程度存在すると理解していた。そしてそういう輩の中にうっかり、としでかす可能性がないかと言われれば否定は出来ないことも。そんな彼女を横目に、ベルナデットは続ける。
「そうすれば魔法の行使も自由自在ですしー……そしてそういった存在を取り込めば、組織的な行動も可能かとー……いえ、何より全てが同一個体であるのならそもそも組織的な行動もしていませんね。単に単独行動です」
「「「……」」」
魔術的に見れば全ての個体が同一個体。そして取り込んだ知識などを有している可能性が高い。それであれば相手が魔物でありながら、こういった知識的な行動も可能というのは納得出来た。というわけで少しの沈黙の後。カイトが問いかける。
「ということは、だぞ? 今回の一件を解決しようとすると……」
「ああ、いえ。おそらくそろそろこっち側に本体が進出してくるかとー」
「「「はい?」」」
「その『狭間の魔物』が空けていた穴。あれは情報共有と共に、こちらの世界に穴を空けてこちらにやって来ようとしているのではないかと思うんですよねー……その試験というわけですねー。ここらは完全に推測ですが」
そうなると厄介どころの話ではなくなるが。カイト達はベルナデットの推測に盛大に顔を顰める。そうして、その後も暫くの間彼女が行った推測やその根拠などを詳しく聞くことになるのだった。
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