第3429話 はるかな過去編 ――持ち越し――
世界の情報の抹消という世界の崩壊さえ招きかねない事態の発生。それを受けて行われることになった大陸全土の国々を集めての会合。その裏でカイトは大精霊達の指示により未来の自身が手にしていた大精霊との縁を一時的に手に入れることになっていた。というわけでその力を手に再び天醒堂へ戻る彼であるが、戻った天醒堂は静まり返っていた。
「……やばそう……?」
「いや……これは別の意味でヤバい、って感じだろうな……」
ひそひそと声のトーンを落として問いかけるソラに、カイトもまた問いかけのトーンを落として応ずる。中座するまで殺気立った怒声が響き渡っていたのだ。それが中座も終わって戻ってみればこの静寂である。すわ一大事とソラが懸念するのは無理もないことだった。そうして戻ってきた彼らを出迎えたのは、こちらもなるべくは音を鳴らさず歩くグレイスだった。
「戻ったようだな、団長」
「ああ……この様子。大精霊様が顕現されたか」
「ああ……これで各国有無を言わさず、共闘するだろう」
半ば誰もが大精霊が顕現するなぞ嘘なのでは、と思っていたのだ。それが本当に顕現して、自分達の前に現れたのである。と、そんな静寂に包まれる天醒堂をソラがそろっと覗き込む。
「……あれ?」
「どうした?」
「大精霊様って何処に居るんだ?」
「居るだろう、あの中央の上座に。どういうお姿を想像していたかはわからんがな」
「「「……」」」
グレイスの指摘に、ソラ以下エネフィアで大精霊を見知った者たちが顔を見合わせて困惑を露わにする。これに、声が響いた。
『そりゃ僕らだって場は弁えるよ。大精霊として顕現しなければならない時は大精霊っぽく顕現する』
「まぁ……そうだよな……」
『信用ないなー』
「……」
なんと答えれば良いかわからない。ソラはシルフィードの言葉に何処か不承不承で受け入れるしかなかった。まぁ、彼らが見てきた大精霊とは即ち全員が全員何処かいい加減さが滲んだ自由奔放な精霊の長という感じだ。これもむべなるかなである。そしてそれは彼女もわかったらしい。
『まぁ、今回は世界の代行者という立場に近いからね。そして国々の長達に指示を出すのならば、それ相応の姿は取るし風格も出すよ』
「それはそうだな……あれ? てかこっちに居て良いのか? って、あれ?」
『あはは。いつも言うけど、僕ら大精霊は何処にでも居て、何処にもいない。だからあそこに居るのも僕だし、ここで話しているのも僕。あっちと違っても問題ないよ』
天醒堂の中央。お堂の中央というより空間の中央に浮かぶ八色の光球を見るソラに、シルフィードがわかりきったことと告げる。というわけである意味呑気な彼らを横目に、カイトはグレイスに問いかける。
「で、どうだ? 話は纏まりそうか?」
「いや……正直に言えばあれは無理だろう」
「は?」
オレの苦労は一体。苦笑気味に笑うグレイスの言葉に、カイトが半ば愕然となる。とはいえ、これは少し彼女がいたずらを仕掛けたという所だったようだ。
「いや、纏まりはするだろう。流石大精霊様。全員顕現された時点で本能的に怒声も怒号も出来ないと悟ったようだ……が、あの通り。半分程度は頭が動いていない。残り半分の更に半分は……まぁ、あの通り。自分達の情けなさでめそめそ、という様子だ。残りの四分の一が議論を回している……というなんとも奇妙な光景だ」
「な、なるほど……劇薬過ぎたか……」
誰もが仰天した様に、本来大精霊達とは会議の場に出てくれることなぞあり得ないのだ。カイトに呼ばれて、程度であればあり得るがそうでなければこういった世界崩壊の危機ぐらいだろう。
いや、それでも出てきてくれるかはわからない。今回は本来旗印となるべき存在が倒れ一つに纏まれない状況になってしまっていたからこそ、仕方が無しに出てきてくれているだけだ。
が、だからこそ異族に深い縁のある国の王様や自分自身が異族の血を色濃く引いている王様は大精霊に出てこさせた自分達が情けなくて思考停止。それ以外も自らを鍛えるのを怠った王様は大精霊の圧に飲まれ思考停止、と会議どころではなかった。というわけで改めて現状を理解して苦笑いを浮かべるカイトに、今度はグレイスが問いかける。
「そういうわけだ……で、そちらはどうだったんだ?」
「ああ、こっちはなんとか、だ……正直、オレも大概な化け物だとは思っていたけどな。未来のオレにはずいぶん負けるらしい」
「ほぅ……それはぜひともいつか会ってみたいものだな」
元々グレイス達にはある程度情報は共有している。なのでカイトが何をするために天醒堂の奥へ向かったかもわかっており、成果が得られたことは理解出来たようだ。と、そんな所へ。少し小走りにルクスがやって来た。
「グレイス……団長。お戻りでしたか」
「ああ。たった今な……何があった?」
音を出さない様に小走りにやって来たルクスの顔つきが険しいことにカイトは即座に気付いたようだ。のっぴきならないと即座に理解し、彼の顔も少し険しかった。
「はい……北に送った調査隊の第二陣より連絡が。第一陣についての報告です」
「……何か見つかったのか?」
「いえ……未だ見付からず。こちらに伝令を出している様子も無し、と」
「「……」」
これはいよいよ道中で全滅したのではなく、現場で全滅した可能性が高そうだ。カイトもグレイスも険しい顔でルクスからの報告にそう判断する。そうしてグレイスがカイトへと問いかけた。
「団長……どうする? 流石にこうなっては我らが出るのが最適だと思うが」
「わかっている。だがオレ達の一存ではどうにもならない上、そもそもオレも身動きが取れん」
グレイスの問いかけにカイトは自らの右手の薬指に嵌められた指輪に視線を落としながら首を振る。現在の彼は大精霊達の中継地点となる役目があり、そしてそれは彼以外の誰にも出来ないものだ。
誰よりも機動力に長けた彼が動けぬ上に、アルヴァも会議中だ。即座の指示は出せない。現状では動きようがなかった。と、そこに。再び声が響く。
『ああ、それでしたらご心配なさらずー』
「ベル?」
『ええー……あ、まずおかえりなさいませー。どうでしたー?』
「ああ。問題なく大精霊様の中継地点となれる様になった……それでどうして心配無用なんだ?」
『簡単ですよー。今日中にこの会議は纏まりませんねー。少しこれは私も想定外でしたー』
カイトの問いかけに対して、ベルナデットも少しだけ苦笑を滲ませる。彼女としても大精霊達の顕現で一気に話は纏まるだろうと思っていたようだが、まさかここまで効果的になってしまうとは思っていなかったようだ。いくら彼女でも大精霊の顕現という普通はあり得ない状況になっているのだから、予想を違えても不思議はなかっただろう。
『ただ、そうですねー……連絡を絶っているとなると、おそらくかなり敵も本格的な進行の直前ということでしょうねー……うーん……あそこが前線基地になってくれるのであればありがたいのですがー……』
「……そろそろ色々と教えてくれる時期か?」
『そうですねー……今夜あたりみんなで集まりますかー。あ、そうだ。ただまだもう少し会議は終わりませんので、各国の裏方の方々へ軍の準備を急ぐ様にそれとなくお伝え頂けますか?』
「あいよ」
元々情報共有はある程度していたし、それ故に軍の準備も出来ている。なので国という意味では問題はないが、そろそろ情報共有しておかねば各個人の戦士としての戦いに不足が出る可能性がある。そう判断したカイトの言葉をベルナデットも承諾。そうして、彼らはベルナデットの要望を受けて再び会合へと戻るのだった。
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