第3427話 はるかな過去編 ――雲の上で――
世界の情報の抹消という世界の崩壊さえ招きかねない事態の発生。それを受けて行われることになった大陸全土の国々を集めての会合。その成功へ向けて重要な一手となる大精霊絡みの様々な案件を片付けていたカイト。そんな彼は会合の開始後は各国の軍人や騎士達との間で情報交換を交わしていたのであるが、表の王様達の会合が大紛糾してしまったことにより一時中座。それと共に大精霊達の仲裁による会合の再会を待つことになっていた。
そうして一時中座のその最中に大精霊達の指示により、彼はソラ達と共に世界と世界の狭間においても大精霊達の中継地としての役割を果たせる力を手に入れるべく天醒堂の更に奥にある空間へとやって来ていた。
「……にしてもなんというか、不思議な空間だな。いや、でもまぁ、さっきの天醒堂を考えれば普通なのかもしんない?」
「まぁ……こんな空間が延々と続くよ。最初は雲。次は青海。その次は星空……そんな塩梅にな。段々と現実感が喪失していく」
雲で覆われた足元を見ながらのソラの言葉に、カイトは言われてみればとここから先を語る。言われてみれば、なのは単に見慣れてしまっていたから今にして思えば、というだけだ。
「青海?」
「ああ……青海というよりも青空……なのかもしれないけどな。そんな感じで変わっていく」
「まるで宇宙に出ていってるみたいだな」
段々と地上から遠ざかっているような印象。ソラはカイトの言葉からそんな印象を得ていたようだ。というわけで暫く進み続けるわけであるが、数分後。後ろを振り返って入ってきた入口が少し遠ざかっていたのを見て、ソラが疑問を呈する。
「なぁ、カイト。これってどっちに向かってるのか、どっちに戻れば良いのかとかわかるのか? なんにも目印がないけど……」
「一応はわかっている。出方もな。実際、入ることは別にして出ることは簡単なんだ」
「そうなのか?」
「ああ……そうだな。先に出方だけ教えておくか」
流石にここまで何も無い空間で逸れることはまずないだろうし、実際カイト達が調査していた中でもそういったことは一度もなかった。だが、絶対にないかと言われればあり得る可能性はある。というわけでカイトは足を止めて、足元を覆う雲を蹴っ飛ばして吹き飛ばす。
「おらよ! 良し、出てきた」
「大理石……か?」
「いや、流石に大理石じゃないと思う。詳しいことは聞いてくれるな。オレもわからん」
カイトが蹴った雲の下から出てきたのは、外の天醒堂と同じ大理石に似た床材だ。そうして数秒も経てば端から再び雲がモクモクと伸びてきて、白亜の床が雲で覆われていく。
「基本的に層と層の間の地面は似てるんだ。天醒堂は地上とここの間という塩梅だな。だからオレ達の目指す第一層……ここと次の層の間は青空に似た床で覆われている。そこが見えれば今回の終着点ってわけだな。まぁ、その前に扉というか『転移門』というかがあるからはっきりわかるけどな」
「へー……で、それが出口とどう関係するんだ?」
気付けば自分達の足元を完全に覆い隠した雲に手を突っ込んで少し吹き飛ばしてみながら、ソラが問いかける。これにカイトが教えてくれた。
「この足元をぶち壊せ。そして出来た穴に飛び込めば、下のエリアに戻れる」
「そんなこと出来るのか?」
「頑張ればな……まぁ、そんなことしなくてもこんななにもない空間だ。なにか打ち上げれば誰かしらには見つかるだろう……いっしょにさっきの連中みたいなのにも見付かるかもしれんが……そこは覚悟の上でやるしかないだろうな」
「それもそっか」
確かにカイトの言う通り、この場で逸れることはまずないのだ。一応床に突っ伏して雲の中に隠れてしまえば隠れ潜むことは出来なくもないが、そんなことをする意味はと問われれば誰も思いつかない。というわけでソラと共に出方を聞いていた瞬であったが、そこでふとした疑問が浮かんだ。
「……ん? そういえばさっきのあいつらは何処から来たんだ? こんななにもない空間だ。遠くからでも見付けられるし、見付かるだろう。実際、さっきの交戦時は遠くからでも見付けられたしな」
「それか。これはオレ達も推測の域を出ないんだが……おそらく位相が違う所に居るんじゃないか、ってのがサルファ達の推測だ」
「それで見付からないのか」
「ああ……だから高度な魔眼……先天性の魔眼の中でも特に視ることに長けた魔眼だと何処に潜んでいるかわかるみたいだ。流石にオレは持ってないけどな」
先天性の魔眼なんてレアも良い所だしな。カイトは瞬の疑問に答えながら、笑って首を振る。
「とはいえ、そういうわけだから運が悪いと衝突事故みたいに激突しちまうし、こっちがぶつかったつもりがなくても向こうはぶつかられた様に感じているんじゃないか、ってこともあるらしい。不意の遭遇戦には……」
「「「ん?」」」
ぱしっ。まるでなにかが割れるような小さな音と共に、カイトの動きが止まる。そうして彼の顔に盛大な苦笑が浮かんで、それと共に双剣を抜き放って振り向きざまに斬撃を放つ。
「こんな風にな! 全員、戦闘だ!」
ぱりんっ、とガラスが割れるような音とともに、唐突に影のような存在が現れる。これはこの戦いの後のカイトの言葉であるが、どうやら立ち止まっていようと向こうが動いて来て激突してしまうこともあるらしかった。
というわけで逸れた場合でも立ち止まっていることが最善というわけでもない、というのが続く彼の言葉であった。そうして、一同は話を切り上げて戦いへと臨むのだった。
さて不意の遭遇戦から暫く。その後も何度かの遭遇戦を経ながらも一同は進み続け、三十分ほど経過した所だろう。戦いながら動いていたからかすでに入ってきた入口は見えず、ただカイトに従って先に進むだけであった。というわけでようやく敵との戦闘も一段落してきた様子であることもあって、ソラが再度問いかける。
「で、結局は何処まで進めば良いんだ?」
「もうそろそろだな……魔力の流れとかは見えているか?」
「この状況でか?」
カイトの問いかけに、ソラが無理も良い所だとばかりに笑う。天醒堂でもかなりの圧の魔力が蓄積していたわけであるが、更に奥であるここはもっと強い魔力が収束していた。それこそもうそろそろあまりの濃度に魔力が固体化するのではないか、とソラには思えるほどであった。
「そうだな……だがよく見れば流れがあって、一つの方向を目指していることがわかる」
「……」
遥か天高くを指さして、カイトはおそらくその流れを指し示しているのだろう。それにソラもまた天高くを目を凝らす。そうして魔力を視るための目へと意識的に切り替えて、しっかりと様子を観察する。が、少ししてしかめっ面でぐっと目を瞑る。
「うあ……すっごい痛い」
「あはは……無理はするな。魔力の濃度が高いから、じっくり見すぎると目が痛くなる。視るということは目から魔力を取り込んでいるようなものでもあるからな。太陽を直視するのと一緒だ」
「そうする……でもまぁ、なんとなーくだけどずももももっ、って動いているような感はあった。ほっとんどわかんなかったけど……」
今までは意識してじっくり視ない様にしていたからわからなかったのか、カイトの言う通りわずかにだが粘土の高い泥が動く様にゆっくりと、それでいて大海の様に巨大な流れがあったことをソラも理解する。もう少し慣れたり色々対策すれば、流れや濃淡などから出入り口を探すことは確かに出来そうであった。そうして暫く目をぐっと閉じて耐えていたソラであったが、マシになったのか目を開いてカイトへと問いかける。
「はぁ……そういえば向こうの方になんか無茶苦茶濃い魔力が見えたけど、あれはなんだ?」
「ああ、それが出口だ。オレ達はそこを目指しているわけだな。そろそろ普通の目でも見えてもおかしくない頃合いだが……」
カイトの言葉に一同そちらを見る。するとそちらにはうっすらとだが半透明の扉らしき物体が見えていた。
「あれは……」
「出口だな。第一層以外には『鍵』は必要ない……じゃ、あと少しだけ頑張るとしますかね」
なにもない空間なので距離感が掴めないが、この様子だとどれだけ長く見積もっても三十分程度だろう。一同はどうやら自分達がちょうど折り返しまでたどり着いていたのだと理解する。そうして、一同はそれからも何度かの交戦を経ながら進み続けて、次の階層へと続く扉へとたどり着くのだった。
お読み頂きありがとうございました。




