第3422話 はるかな過去編 ――中座――
世界の情報の抹消という世界さえ崩壊しかねない事態の発生を受けて、約十年ぶりに開かれていた大陸全土の国家が集まる会合。統一王朝崩壊後は初となるそれは、やはり血で血を洗う戦争の最中である種強制的に開かれればこそ殺伐とした雰囲気の中での開幕であった。
そうしてカイトやソラ達が控室と呼ばれる隣接する建物の中で軍や騎士達がなんとか話せる所だけでも話している傍ら、天醒堂という神殿にも似た開放的な議事堂の中ではそれが出来ず聞くに絶えない状況だったようだ。というわけで会議が一時中座したことにより出てきたレックスであるが、その眼は虚ろであった。
「……」
「お……お疲れ様です……」
「……正直、お前ら未来人にあっちに来て貰わなくて本当に良かった。それこそカイトまで居たらと思うともう……はぁ……」
おそらく大将軍達と戦ったとてここまで精神的に疲れてはいないだろう。レックスの様子を後にソラはそう表現する。それほどまでに彼は疲労困憊の様子であった。というわけで真っ白になりながら椅子に腰掛けた彼が珍しく愚痴を口にする。
「もう聞くに絶えないのなんの……あれで一国の王様だってんだから世の中終わってるよ……」
「な、何があったんですか……?」
「西部の諸国連合だろう。あそこは魔族の暗躍もあるが、元々が険悪な国々だ。中央が崩壊したと同時にこれ幸いと戦争を開始した奴らだ。武器を取り上げてなきゃ今頃殺し合いやってんぞ、あいつら」
「えぇ……?」
曲がりなりにも大精霊が招集を掛けた会合だ。この場では警備を担当するカイト達と各国の王様の直接的な護衛以外は王様自身でさえ一切武器は持っていない。大精霊が来ると言われているのに武器を帯同させるなぞ言語道断というのが常識だからだ。というわけで笑うカイトの推測にかなりドン引きした様子のソラが問いかける。
「よくそれで手放したな」
「オレ達だけならムズかっただろうけどな。流石に常識的な国の王様達まで睨めば手放さにゃならんかっただろう」
「ってことは陛下が?」
シンフォニア王国は大陸でも有数の大国だというのだ。諸国連合とやらが如何なる国かソラにはわからなかったが、国力的に敵わないだろうとは察せられる。ならばアルヴァが睨めば否が応でもと思ったのだが、状況はもっと凄かったらしい。
「いや、当事者達以外のその場に居たほぼ全員だ。まぁ、あれだけ揉めてりゃ誰でも顔を顰めるけどな。サルファの親父さん……エルフ王なんて青筋が何本浮かんでたか。正直オレも若干怖かったぐらいだ」
「あの方が踏みとどまったのはお前を介して大精霊様がご覧になられていたからだろうなぁ……そうじゃなけりゃ今頃戦術級の魔術を展開してても不思議のないレベルだったよな、あれ」
あれは今後百年語り継いで良いレベルの激怒だっただろう。レックスはカイトの言葉にようやく感情を取り戻せたらしい。その時を思い出して楽しげに笑う。とはいえ、笑ってられたのもここまでだった。
「はぁ……まぁ、そんな塩梅だよ。流石にあのレベルはなくても誰かが発言すればそれを貶める言葉が二つ三つ。国によったら発言するだけで暴言の雨あられ。その度に中断だ。会議の体をなしてない。エルフ王が一時中座を提言したのは当然だろうな」
可能であれば大精霊の顕現は無しで共闘体制を構築したいエルフ王であったようだが、流石にこの有り様――レックスいわく会議の体をなしていない――では逆に長々と醜態を晒すと早々に諦めたようだ。一応はそれでも会議の体裁を保つため一時間程度は会議を続けたようだが、そこで彼の方が音を上げたようだ。
「初めてじゃないか? エルフ王が議会進行を投げ出したのは」
「すでに百年近く議会進行をしているはずだが……どうだろうな。議会進行役に任ぜられる前にはあったかもな」
当たり前だが統一王朝とて順風満帆に運営され、魔族の暗躍で一気に崩壊したわけではない。何度か栄華と弱体化を繰り返し、最終的に魔族の暗躍がトリガーとなって崩壊しただけだ。
その中でも一番弱体化した時から立て直したのが、以前カイトが語った中興の祖というわけだ。その頃ならば同等の揉め事があったかも、と二人は思っていた。と、そんな噂をすれば影が差す。先のレックスと同等かそれ以上に疲れた様子のエルフ王が現れた。
「レックス殿下。カイト……それに君達は……」
「あ、えーっと……」
「ああ、良い。道中息子から聞いている。君達がそうなのだろうとも」
目を凝らして見てみれば、確かに彼らの周囲には大精霊様のお力が強く渦巻いているな。エルフ王はソラ達を観察しながら、彼らこそが未来から来たカイトの仲間達とやらなのだろうと察する。
「少々、割って入って良いか?」
「あ、どうぞ」
「失礼する……殿下。先に話した通り、休憩を挟んで大精霊様のお力添えを頂くべきだと私も同意しよう。何よりあれ以上の醜態を大精霊様の前で晒したくない。これはドワーフ族の棟梁、人魚族の提督も同じ意見だ。無論、それ以外にも多く種族の長達が同意している」
心底疲れた。そんな様子でエルフ王が無念そうに肩を落とす。これにレックスも真面目な顔をして同意する様に頷いた。
「そうですか……いえ、私も同意します。まさかあそこまで揉めるとは私も予想以上でした」
「ああ……はぁ……久方ぶりに無力感を実感したよ」
「……まだ我らも帝国も理性的ではあった、ということなのでしょう。小競り合いを続けながらも致命的な一線は超えていない。結果として、大陸の隅々までそうだと思い込んでしまったのかと」
百年も議会の進行役を請け負いながら情けないものだ。肩を落としてやるせなさを滲ませたエルフ王に対して、カイトが慰めにも似た言葉を口にする。これにエルフ王が少し気を取り直して笑った。
「そうだな……いや、かたじけない。カイト。確か今も大精霊様は君を介して直接この場をご覧になられているのだったな?」
「ええ。基本的にはそのような形を取られているそうです」
「大精霊様にお力添えをお願いしてくれ。これ以上は事態が悪化するだけだろう」
なんとも情けない。エルフ王は苦虫を何十匹も噛み潰したような顔でカイトへと頭を下げる。これにカイトが応ずる前に、声が響いた。
『まぁ、君は頑張った方だと思うよ。実際、あれはもうまともな会話にもなっていなかった所もあったし』
「っぅ!?」
声はすれども姿は見えず。さらには大精霊の気配が漂っているわけでもない。しかもこの声音はエネフィアの性質のシルフィードだ。にも関わらず、エルフ王にはこの声が風の大精霊と即座に認識出来たらしい。本能が彼女の声と認識すると共に気配の方向へと跪いて、深々と頭を下げていた。
「誠に申し訳ございません。我が力が及ばぬばかりに、このような醜き場をお目に掛けることになってしまうとは……本来であれば彼奴らの首を切り落とし御身の前へ供えるべき所。何卒、それが果たせぬことへご容赦のほどお願い致します」
『い、いや流石にやめて欲しいんだけど……』
流石に首を備えられたら引く。シルフィードはエルフ王の言葉に盛大にドン引きした様子を見せる。というわけで下手にこの話題を続けて本気でエルフ王が動く前に、と彼女は話を進めることにする。
『ま、まぁ……それはそれとして。元々そのつもりだったからね。僕らが居るだけでまともな話が出来るなら、僕らも全員出るよ』
「ありがとうございます」
そろそろ頭が地面に着きそうだ。シルフィードの言葉にエルフ王が深く下げていた頭を更に下げる。と、そんな彼であったが、そこではたと気付いた。
「……僕らも全員?」
『え? あ、うん……僕ら八大精霊全員』
「……」
あれはそういう意味だったのか。僕らという意味は単に大精霊全員が協力してくれるという意味だと独り合点していたエルフ王であるが、まさかの全員が顕現するという事態に言葉を失っていた。
『……あれ? もしかして誰も僕……風の大精霊以外も来るって思ってない? なんだったら全員最初からカイトを介して一緒に居るんだけど』
「……」
前代未聞の事態。シルフィードの言葉を噛み砕いて、エルフ王がレックスを見る。が、こちらも寝耳に水の状況で、思わず問いかける。
「も、申し訳ありません。ほ、本当なのですか? す、すべての大精霊様が、この場に……?」
『そうだけど……あれ、そんなあり得ないかなぁ……リヒトの時とかも全員集まってたし。でも確かにあの時は彼らの前だけだったから、無理もないかなぁ……』
リヒトと言えばマクダウェル家の開祖マクダウェルだろう。全員はその時も同じ様に大精霊達から神託があり、彼らが事態の収集に奔走したと聞いている。が、その詳細はほとんど語られておらず、シルフィードもそれなら知られていないかもと思ったようだ。というわけで早々に思考を切り上げた彼女がはっきりと明言する。
『……ま、良いか。そういうわけで僕ら全員も居るから。それで進行はやりやすくなると思うよ』
「ありがとうございます。粉骨砕身、喩えこの身が朽ち果てようが血の川ができようが必ずやこの議を取り纏めてみせます」
ごんっ。おそらくエルフにとって大精霊達が自身のために骨を折ってくれるなぞこれ以上ない栄誉なのだろう。若干感極まった様子でエルフ王が頭を下げる。その深さたるやもはや地面に頭をぶつけたほどで、しかしその痛みは一切感じていない様子であった。
『い、いや……血の川は良いかな……割と物騒だね、君……』
色々と自分の眷属には変人が多いことは理解しているシルフィードであるが、それでも稀に見る物騒な発言に少しだけ引いていた。
『ま、まぁ……それはそれとして。会議の間に一度カイトを借りたいんだけど、大丈夫かな?』
「勿論です。何なりとご命令ください」
「謹んで拝命致します」
本来カイトへの命令はアルヴァが行うべき所であるが、今のエルフ王にそこまでの思考力は残っていなかったようだ。ノータイムで出された返答にカイトはわずかに苦笑しながらもシルフィードに応ずる。というわけで、カイトへと要件が話されて彼らは自分達が次に為すべきことを為すべく行動を開始することになるのだった。




