第3421話 はるかな過去編 ――会合の裏――
世界の情報の抹消という世界の崩壊さえ招きかねない事態の発生を受けて執り行われることになった大陸全土の国家を集めた会合。統一王朝の崩壊から約十年ぶりに開かれることになったそれの裏で、ソラ達はカイトの要請を受ける形で大精霊顕現のためのトリガーの一つとなるべく控室に控えることになる。というわけで同じく控室に控えて各国の軍人達との情報共有に臨むことになるカイトであったが、ソラ達はその立場上のこともあり彼と共に居た。
「「「……」」」
正直に言ってしまえば胃が痛む。あまりに殺伐とし過ぎていて、情報共有も情報交換もあったものではないのではないか。そう思えるほどの殺気と殺意が漂っていた。
一応は<<七竜の同盟>>以外にも同盟を結んでいる国はあるのでそういった国々でひそひそ話程度の話し合いは持たれているが、その程度。ひそひそ話になっているのも場のあまりの殺伐とした雰囲気に飲まれて大っぴらに話すことがためらわれたからだ。
その殺伐とした様子は流石のセレスティアやイミナも感じたことがないほどで、この戦乱の根深さが現れていた。が、そんな光景を前に笑えた人物が居た。
「おぉおぉ、どいつもこいつも殺伐としやがってからに。こんな場じゃなけりゃ、今にも殺し合いが始まりそうだな」
「はぁ……今ほどあんたの顔を見て安心出来たこともないな」
「おう、小僧共。元気してたか?」
ため息を吐いて苦笑いを浮かべたカイトに応ずるのは、南国の英雄フェリクスだ。彼は殺伐とした場にも関わらず、まるでいつもの様に片手を挙げてカイトに応じていた。
「元気か、って言われりゃまぁ、魔族共の介入がないから元気は出来たな」
「そっちもか。こっちもどうにも侵攻の手が緩まってて、楽は出来たな」
「楽はって……あんた外されたのか?」
「外されたんじゃねぇよ。ただ魔族共がこの状況下だからこそ何をしでかすかわからんから、俺には守備に回って欲しいんだとよ」
動かねぇだろうがなぁとは奏上したんだが。フェリクスは何処か辟易とした様子で彼が仕える国王の指示にため息を吐く。
「陛下の小心も困ったもんだ。ま、俺としちゃ信頼されてるってんだから悪い気はしねぇがな」
「他のヤツも信頼してやれ、とわかり易く言う方が良いと思うぞ、その言葉」
「はははは……ま、それについちゃ身内でやり合ってる以上はなんとも言えねぇわな。どこの国もそうなんだろうが、面倒なことばっかして足の引っ張り合いしやがる」
フェリクスは北部鎮守の将軍だ。なので彼以外にも同格となる将軍が何人かいた。その内魔族との戦いの主力を率いているのはこのフェリクスだが、それ以外にも魔族と何度も戦いを繰り広げている将軍はいたようだ。この様子であれば、その将軍はまた別の政治的な派閥に属する将軍と小競り合いを繰り広げているというわけなのだろう。
一方のフェリクス自身はそういった政治的なあれやこれやが嫌いなこともあり、家を出ていたのだ。興味なぞ全く無かった。というわけでそんな彼がカイトへと問いかける。
「で、お前の方はどうよ。お前の所も相変わらずか?」
「いーや、流石に今回はオレが直接神託を受け取っているから、オレが嫌いな連中も軒並みだまったよ。そういや、この間話した大神官グウィネス。なんだかんだで見つかったよ」
「マジか。いや、まぁ……大精霊様に直接話が出来て、そのご指示を受けて動けるとなりゃ妥当というか当然というかなお方だが」
元々風の大精霊が行方不明だったグウィネスをこの大陸に呼び戻した、というのは先の『ドゥリアヌ』壊滅でも話されていた内容だ。なのでフェリクスも発見に驚きはしたものの、生存そのものには驚いた様子は見受けられなかった。と、そんな所に更に声が掛けられる。
「グウィネス……シンフォニアに伝わる伝説のエルフか」
「こいつぁ、驚いた。まさかあんたが話に来るとはな」
「情報交換の場だ。気になる話があれば聞かねばなるまい」
驚いた風は毛ほども見せず、といった様子のフェリクスに対してリオートの方はこの殺伐とした雰囲気に無関心だったようだ。と、そんな彼の視線が一瞬だけ明後日の方向を向いたことをカイトは見抜く。
(……なるほど。東国の連中か。ハヤトは東国に強い伝手を持つ。あっちはあいつに任せた方が良いか)
リオートの視線の先に居たのはレジディアの四騎士が一人ハヤトだ。レックスが表の会合の場に出るため、四騎士の一人である彼がこちらに来ていたのだろう。その彼はすでに語られている通り、東国に強い繋がりを持つ。
そしてリオートは北の帝国と呼ばれる様に、エザフォス帝国が北方全域を支配している。南国においてはフェリクスの伝手はかなり広い。後は西の国々に情報網を持つ誰かしらと話ができれば、という所だろう。と、そんな彼であったがそのフェリクスが自身の少し斜め後ろ側を指し示すのを見ておおよそを理解した。
(ん? なるほど……あっちでおやっさんが話をしてくれている、という所か)
国同士であればかなり殺伐としたことも多いわけであるが、冒険者であれば流れで行動することも多くあまりそういった国同士の軋轢はない。
それがわかっている一部の国――シンフォニア王国もその一つ――では冒険者を敢えて一団の中に加えて、フラットな立場で情報収集が出来る様にしていたのであった。
「で、北の将軍さんよ。そっちはどうなんだ? この間、結構な騒動があったって聞いたぜ」
「……耳が早いな。本来であれば秘すべき内容だが……事態が事態故に明かそう」
フェリクスの問いかけに一瞬苦い顔をしたリオートであるが、彼の言う通りこの場は本来はそういう話せない内容でも話さねばならないのだ。というわけで彼らの話をきっかけとして、殺伐な雰囲気は残りながらも様々な場所で軍人や騎士達により情報交換が積極的に行われることになるのだった。
さてカイト達の情報交換が活発になり始めた頃。カイトは情報交換をソラ達に任せる――相手がフェリクスとリオートだったため――と、自身は一度外に出て各所との連携を取りつつ警備を行う騎士達を横目に、カイトはクロードと合流していた。
面倒な話ではあるのだが、そもそも彼は立場上警備の責任者も務めていた。しかもその上で大精霊達の顕現の礎にもなる必要があるのだ。情報共有にかまけて天醒堂の議論の状況の把握を怠るわけにはいかなかった。
「そうかぁ……まぁ、どこもかしこも恨み辛みが溜まりまくってるよなぁ……」
「ですね。正直に言えば、この場かつ大精霊様が何処に控えているかわからない状況でもなければ刃傷沙汰はいつ発生していてもおかしくはなかったでしょう。見るに耐えない言葉もちらほらという具合です」
「会合を取り仕切られるエルフ王の苦労が偲ばれるな……まぁ、こっちも同じ様なモンだった。もうピリピリ感満載だ。火薬庫にでも突入した気分だった」
これが和平のきっかけとなってくれればと思ったのは少し甘い考えだったかもしれない。カイトは自分が思う以上に蔓延る殺意の断片を見て、深い溜め息を吐く。
「結局、武器を取り上げられて大人に睨まれて嫌々同じ机を囲まされているだけのガキだな、人類は」
「それでも、僅かなりとも解消されればと願うばかりかと」
「……だな。諦めるのは簡単だ。せっかくの機会。活かすだけ活かそう」
「はい」
これでなにかが変わることはないのかもしれない。そう思う内心を封じ込め、兄弟は改めて目の前の事態に取り掛かる。
「で、いつ頃になりそうなんだ? 流石にその前には一度全員を集めておく必要があるだろう」
「ひとまずは大精霊様の顕現は最終手段としたい……というのがエルフ王の言葉です。と、言っても彼自身も出来るとは思っていない様子ではありましたが……」
「足掻くだけはあがきたい、というわけか」
「そういうことなのでしょうね」
長寿で物知りな『黒き森』のエルフ達でも、人の世のあれやこれやという軋轢まで知っているわけではない。なので『黒き森』からかなり離れた大陸の端の国々の軋轢は知らないことも多く、わずかに行けるかもと期待している所があったらしい。とはいえ、カイト自身は先程の控室の様子から早々に諦めていた。
「無理だろう。こっちだって揉めてる連中を分断して話せる所で話し合ってようやく情報共有がスタートしたぐらいだ。それが出来るぐらい一枚岩なら中央は崩壊してねぇな」
「あははは……そうですね」
統一王朝が崩壊した最大の要因は言うまでもなく魔族達の暗躍であるが、根本的には各国の間で不信感が蔓延していたことは大きいだろう。それが今では血で血を洗う争いの真っ只中なのだ。世界が滅びるので仕方がなく会合に応ずるだけで、まともな議論になぞなろうはずもなかった。
「話を元に戻しますが、エルフ王の言葉では大精霊様からのお言葉を賜るのであれば一度休憩を挟みたいとのことです……流石に見苦しい姿のままで大精霊様にご顕現頂くなぞどの国の王からしても嫌過ぎるでしょう。それに荒れたまま大精霊様をお迎えなぞやりたくはないはず。ならば一度落ち着くためにも、と」
「そうだな……はぁ。それぞれの国が休む際、ウチやレジディアなど同盟各国に分散させて良かった」
「ですね」
今回、一応は大精霊から直接の神託を受けたのがカイトであった関係で休憩の場などの提供は<<七竜の同盟>>各国でフォローすることになっていた。その際は天醒堂から出るわけであるが、下手に揉めている国同士を一緒にすると血の雨が降りかねない。なので例えばシンフォニアとレジディアの様に別々の国に分けて強制的に距離を取らせることにしたのであった。
「はぁ……良し。じゃあ、引き続きこちらは頼む。また中に戻って情報共有だ」
「あはは……そちらもお頑張りを」
相当にやりたくなさそうだ。カイトの様子にクロードはそう思いながらも、その背を見送るしかない。というわけで今暫くの間、天醒堂でも軍人や騎士達が集う控室でもいろいろな情報のやり取りが繰り広げられることになるのだった。
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