第3420話 はるかな過去編 ――天醒堂――
世界の情報の抹消という世界そのものを滅ぼしかねない事態の発生を受けて行われることになった大陸全土の国が一堂に介する会議。そこに参加することになったカイトはソラ達と共に事前に天醒堂と呼ばれるかつての統一王朝が保有していた古代文明の議事堂に近い場所の安全調査に赴くことになっていた。
というわけで『雲の階』という雲で出来た螺旋階段へと足を踏み入れていたカイト達であるが、少しの間上へ向けて登り続けていた。その最中のことだ。ソラがふと気になったことを問いかける。
「そういえば……一応手すりとかあるっぽいけどさ。もしここから落ちたらどうなるんだ?」
「手すりの上の方触ってみろ。それでわかるから」
「うん?」
カイトの返答に、ソラは階段の端にあった手すりの更に上へと手を伸ばす。この手すりもまた雲で出来ているもので、そこから先は更に先の雲海が望める様になっていた。
「あれ……ガラス? じゃないよな……なんなんだ?」
「障壁の一種……だろうとは言われている。流石に壊して確かめるのは憚られるし、どういうことになるかもわからん。誰も試したことはない」
こんこんっ、と叩いて返ってくる感触は非常に硬質で、多少強引にタックルした程度では破れないだろう重量感もあった。そんな彼が壁を確かめるのを横目に、カイトは再び上へと向かいながら口を開く。
「あの雲が本物なのか、この雲が単なる演出なのかは誰にもわかっていないが……ここが最悪は世界の中心に繋がっているのなら下手だけは出来ん。それに中央……統一王朝もこの場は神聖視して聖域扱いにしていた。ここが使われるのは歴代統一王が代替わりして、そのお披露目みたいな時だけだな。本来の会議場として使われるのは数百年ぶりじゃないか」
「そうなのか……っと」
置いていかれる。一同が遠ざかっていくのを見て、ソラが少し急ぎ足で駆け上がる。そうして雲で出来た螺旋階段を登っていくこと更に数分。元々警戒しながら進んでいたので少し遅めではあったので、本来であれば入口から五分ほどという所だろう。急に螺旋が終わりを迎えた。
「「「っ」」」
そこにたどり着いた瞬間、ソラ達は思わず顔を顰める。『雲の階』の終わった先にあったのは、見た目としては総大理石の円形の建物。パルテノン神殿とコロッセオを組み合わせたような巨大な建物だ。それは確かに荘厳かつ見事であったが、そんなものに顔を顰めたのではなかった。
「なる……ほど。螺旋階段にしていたのはこれを防ぐ目的もあったのか?」
「じゃないか、とは言われている。調べられていないから誰にもわからないけどな。ただ実際、『雲の階』の中は比較的マシだ。まだ常人でも耐えられるぐらいにはな。だからそうじゃないか、って話だ」
螺旋階段を抜けた最上階にたどり着いたと同時に一同が感じたのは、強烈な力だ。無論それは禍々しい力ではなく、どこか神聖さや清浄さが感じられる心地よいものに近い。
だがそれも過ぎたるは及ばざるが如し。あまりに強大な清浄なる力は時として毒にもなってしまうものだろう。聖域より更に強い圧に、一同は思わず顔を顰めるしかなかったのだ。そんな彼らに笑いながら、カイトは更に一歩を踏み出して天醒堂のある最上階へと足を踏み入れた。
「何もなし、か」
「どこか潜める場所とかはないのか?」
「あの柱の裏か、あの控室……とオレ達が呼んでいるだけの建物か、ぐらいだ」
「建物?」
身体を順応させるべく何度か深呼吸を繰り返していたソラがカイトの指差す方を見る。するとそこには確かにあの円形の議事堂より少し小さな建物が存在していた。どうやらいきなり現れた天醒堂に注目するばかりであの建物には気が付かなかったようだ。
「が、まぁ……この様子だとそのどちらも何もないんだろう」
『それは、僕らが保証するよ』
「大精霊様?」
『うん……一緒に来てくれていて助かったよ。僕らも君を介して直接状況を把握出来たからね』
響いたのはシルフィードの声だ。それでカイトも今まで僅かに入っていた肩の力をようやく抜くことが出来た。というわけで僅かに咲いながら、彼が感謝を露わにする。
「そうですか……ありがとうございます。助かりました。流石にここで奇襲を受けるともうどうしようもなかった」
『あはは。だよね。そう思って裏から見てたよ』
そもそも全大陸で協力して欲しいのは大精霊達側も一緒なのだ。現状魔族側に大陸の中央を抑えられ、連携がまともに取れる状況ではない人類側にとってこの天醒堂だけが唯一全国家が集まれる場所であることはわかっていた。
というわけで天醒堂を落とされるといよいよ連携を取ることが厳しくなってしまい、後は冥界やらのここより更に厳しい場所しか集まれる場所はなくなってしまう。大精霊達にとってもこの場は重要だったのだ。そんなシルフィードに、セレスティアが問いかける。
「見えなかったのですか?」
『ここは少し特殊だからね。大丈夫とは思うし、そう認識していたけれど。それでも自分達で直接確かめる程度の重要性はある。どう重要か、とかは言えないけれど……まぁ、それだけでカイト達なら察せられるかもしれないけれど』
「大体は。やはりあの推測は正しかった、と」
『うん。だからこの場は厳重に管理されているわけだ……まぁ、だからもしここが落とされでもしていたらその時はもう僕らが権能を行使するか、それに類する力を行使しないとならなくなっていた……そうならないための『鍵』だったわけだけどね』
どこか真剣な顔のカイトに、シルフィードもまた少しだけ真剣な様子でしかし少しの安堵を滲ませる。とはいえ、これで安全の確保が完了――実際は何もしていないに等しいが――と言える。というわけで一同は天醒堂を一度後にして、状況をレックスへと報告するのだった。
さてそれから明けて翌日の朝。カイトは騎士としての正装を纏い、更には同じく正装に身を包んだ四騎士達と共にアルヴァの周囲――正確にはカイトはヒメアの横で四騎士達がアルヴァの後ろ――に控えていた。そんな光景を少し離れた場から見ていたソラ達が圧倒されていた。
「す、すっげー場違い感が……」
「唯一浮いていないのはセレスティアとイミナさんぐらい……か」
流石はお姫様とその守護を担う騎士。言ってしまえばカイトとヒメアだ。しかも今の状況から民を勇気づけるために前面に出ることは多いのだろう。こういった公的な場への出席はかなり多かったのか、セレスティアは例の巫女服でイミナは自前の騎士の装いだがだからこそ様になっていた。そんなソラと瞬のつぶやきに、イミナが苦笑する。
「そう言ってくれるな……流石にカイト様を見られた後に見られては私の立つ瀬がない」
「それでも俺達よりはマシですよ。俺達なんて完全冒険者なんで……」
「冒険者だろう?」
「っすけどね」
イミナの問いかけにソラはわずかに肩を震わせる。
「にしても……大丈夫なんっすかね。俺達までここに一緒で……いや、離れた場所にはいますけど」
「大丈夫……だろう。冒険者としてアルダート殿も今回はいらっしゃる。そちらと同じ……と見られているのだろう」
それでもチラチラと窺い見る様子があるのは致し方がないことではあるだろうな。イミナは自分達の存在を知らされていないが故にこちらをしきりに警戒する兵士達を見ながらそう思う。
まぁ、自分達の国王が並ぶ場に一緒に居る冒険者達だ。しかもおやっさんの様に有名でもない。末端の兵士が警戒感を露わにするのは当然だった。とはいえ、そんな彼らもカイトを筆頭にした騎士達やアルヴァ直属の守護騎士達が全く反応していないので不思議には思うものの追い出そうとはしていなかった。そうしてそんな話を待つこと数分。一同の前で『天の階』が降下してきた。
「あれ?」
『招く場合は別にベルがこっちに居る必要ない……そのかわり、マーカー代わりの魔道具がないと降ろせないらしいけどな。昨日はベルに先に入らせるわけにもいかなかったからこっちに来てもらっていただけ。昨日の間に天醒堂を介してレジディアに戻って、更にそこから天醒堂に入ったってわけだ』
「あ、そうなのか……手間は掛かるけどしょうがない……か」
自身の疑問に応ずる形で念話を飛ばしてくれたカイトに、ソラはなるほどと納得する。それならレジディア側でも良いのではと思うわけであるが、そうなると今度はヒメアもソラ達も移動せねばならないし、と移動の人数が増えてしまう。
特にソラ達の存在は隠しておきたいカイト達からすればそれはあまりよくない。なのでレックスとベルナデットの二人とそれに追従出来る少数の護衛が密かに移動して、戻る時は安全の確保がされた天醒堂で一気に、としてしまうのが一番楽かつ安全と判断されたのであった。
『そういうことだな……わかってると思うが、一番最後に入ってくれ。今回の会場周辺の警備はオレ達が取り仕切るから、お前らが止められることはまずない。というかない』
「わかってる……ラシードさんの指示に従えば良いんだよな?」
『ああ……あの人も忙しいが、そこらの手抜かりはない人だ。安心しとけ』
なにせオレのお目付け役だしな。カイトは顔には出さなかったものの僅かに内心で苦笑しながら、そう告げる。そうして言っていたら案の定だ。
『そうだな……で、お前さんらだが流石に最初と最後に入ると目立つ。ウチ……俺の隊に紛れてくれ。俺の隊というかマクダウェル家の騎士は色々と見た目がごっちゃ混ぜになっている所もあるからなぁ……』
『あははは……一番最古の騎士団なんですけどね』
『なのに何故か、鎧に統一感ないんですよね、ウチ』
カイトの言葉に続けてクロードが困った様に笑いながら告げる。カイトの率いる騎士団はそもそもシンフォニア王国が誇る4つの騎士団の精兵を集めた騎士団だ。
故にスカーレット家が中心となるグレイスの部隊などはかなり見た目も統一感があるのだが、逆に一番統一感がないのがマクダウェル家の部隊なのであった。
『お前らがそもそも本流以外の武器を使いだした挙げ句、鎧まで改造しまくってるからだろ。ウチの本来のものは紫紺だってのに』
『『あははは……』』
やはりカイト達のお目付け役は楽ではないのだろう。武器の性能などの関係から仕方がない――更にカイトは<<青の騎士団>>という兼ね合いから蒼色になったのも仕方がないが――とはわかっているが、苦言も仕方がない所であった。
というわけでマクダウェル家の騎士達の他愛もない雑談を聞きながら、一同はアルヴァ達が『天の階』を登っていくのを見守るのだった。
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