第3417話 はるかな過去編 ――天醒堂――
世界の情報の抹消という世界の崩壊を招きかねない事態を受けて、一時なりとも停止した戦国乱世。もはや侵略者たる魔族達さえ密かに停戦するという前代未聞の事態となったわけであるが、その結果。大陸全土の国家が一堂に介する会議が開かれることになっていた。
というわけですべての国を問答無用に黙らせるべく大精霊からの協力を取り付けることに成功したカイトは一度シンフォニア王国の王都へと帰還。アルヴァに状況を直接報告すると共に、会合における警備などを話し合うことになっていた。
そうしてとりあえずシンフォニア王国の流れが定まったことを受けて、カイトは今回の裏の重要人物と言えるソラ達と合流していた。というわけで今回の流れなどを説明されたソラであったが、そんな彼の顔に浮かぶのは困惑であった。
「……どここれ。てかなにこれ。地図か?」
「天醒堂……これが、あの……」
「てんせいどう?」
どうやらセレスティアはカイトの提示した施設を知っていたらしい。が、そんな彼女も実物は見たことがなかったようで、半ば困惑した様子があった。そしてそんな彼女の様子で、カイトも未来の世界ではこの施設が失われているのだと理解した。
「なんだ。未来だと失われているのか」
「失われた、と問われれば微妙な所ではあります。おそらく、現在もまだ存在しているだろうとは言われております。あれはそういう類の物ではありませんから……」
「あー……なるほど。『鍵』か」
その可能性は確かにあったな。セレスティアの反応にカイトはもう一つの可能性を察したようだ。そしてこれにセレスティアははっきりと頷いた。
「はい……ベルナデット様の持つ『鍵』。<<神託の杖鍵>>。御身らが遺された武器の一つ。神の世界へ通ずる扉を開くと言われる神器。歴代であの王笏を本来の鍵として使えた者はベルナデット様を除けば初代統一王と中興の祖たる十七代統一王のお二方のみ」
「え? 確か第二統一王朝だっけ? そんなの作ったんだろ? その統一王は出来なかったのか? 天醒堂までであれば、別にそこまでの力は要求はされないだろ」
「わかりかねますが、少なくとも使わなかったことだけは事実とのことです。色々と事情はありますが……統一王朝発足時の取り決めにより、天醒堂は不可侵とされることが決まっております」
鍵というぐらいなのだから何か特殊な力を持つ杖なのだろうな。ソラはそう思うわけであるが、それと共にどうせここらを詳しく知っても特に意味はないと判断した彼はカイトへと問いかけた。
「あー……なんかよくわかんないけど、とりあえずなんかすごい施設ってことで良いのか?」
「そうですね。魔族達でさえ侵攻は困難と判断したという聖堂です。ただ難点として、そこに行ける方法が非常に限られるという所がありますが……」
「その行ける方法が、ベルナデットさんが持つ<<神託の杖鍵>>とやら、と」
「はい。より正確に言うのであれば、その更に先にあるという神の領域への扉を開くための鍵ですが」
「更にその先にある神の領域?」
小首を傾げながら、セレスティアの言葉をオウム返し気味にソラが問いかける。一応この前かつて神界があった地へと赴いた関係で神の地とやらは知らないではないソラであったが、その亜種かと思ったようだ。
「ええ……それがなにか、と問われてもわからないのですが……古来よりそう言われております」
「へー……」
「……あ、マジで知らない感じ?」
なにか知らないのか。そんな眼でソラに問われたカイトがセレスティアが何も話さない様子を見て問いかける。
「……お恥ずかしながら」
「扉の先は幾つかの階層に分かれていてな。第一層、第二層、第三層……と言った塩梅にな。その最後には、この世界の意思そのものと対話出来る場所がある。オレ達も流石にそこまでは行ったことないけどな」
「ならなんでわかってるんだ?」
「天醒堂に遺されていた超古代文明の調査隊の資料を解析した結果だ。どうやら超古代の文明はあそこに調査隊を派遣したことがあったらしい。そこにそう書かれていた……まぁ、だからこれが本当かどうか問われても実際にはオレ達にもわからんけどな」
「なるほど……」
ソラの脳裏に浮かんだのは『方舟の地』だ。あれだけ超巨大な建造物を建てられる文明であれば、その世界との対話が可能な場を見つけ出していても不思議はなかった。と、そんな話を聞いてセレスティアが目を見開く。
「あれは超古代文明の遺跡ではないのですか?」
「違うだろう、ってのが推測だが……もしかして覆ったのか?」
「いえ、私達は昔からそう語られている話と聞いておりますが……」
どうやらお互いに驚きは一緒だったようだ。故に実際に立ち入ることの出来るカイトの言葉が正しいのか、未来から来たセレスティア達の知る知識が正しいのかは誰にもわからなかった。
「えっと……そもそもなんだけど天醒堂って何なんだ?」
「神殿や議事堂の一種じゃないか、ってのが推測だ。まぁ、だから今回も使おうって話になってるんだが」
「ただ特徴としては大精霊様の聖域に近い力を宿している特殊な場所ということです……今回の様に大精霊様にさえ弓引く相手とて、あの場を改変することは難しいでしょう」
「それだけ空間やらの強度が高いってわけか……」
確かに大陸中の国家を集めると言うのは容易いが、その護衛を考えると喩え最小限の人数だけだったとて数千や数万は必要になるだろう。しかし最低限の護衛とした場合、武力侵攻を受ければ一網打尽にされてしまう。ならばせめて場は最善の状況になる様にしておこう、と考えたのは妥当な判断だっただろう。
「そういうことだな。だから奇襲しようにも正規の出入り口から入らないとどうにもならない。正規の入口から入る時点でそれは奇襲と言えるのか、ってわけだ」
「マーカーとか事前にセットしておくことは出来ないのか? 転移術使う場合で転移し難い場所へ移動する場合の代替案の一つだろ?」
どれだけ転移し難い場所だとはいえ、マーカーを置いておけばそれを目印にその目印へと転移することは不可能ではない。未来のカイトから転移術の講釈を受けた際に聞いた話だった。それを問いかけるソラに、カイトは首を振った。
「無理なんだな、これが。いや、物凄い強引な手段にやれば出来なくもないかもしれないが……」
「強引な手段?」
「特大のマーカーをセットする、とかだな」
「天醒堂とはその名の通り、天も眼を醒ますほどの聖堂という意味です。ここでの天とは大精霊様を指す、というのが一般的です……聖域にも等しいレベルの魔力が集まっている場……それも全属性の魔力が集まっている場だそうです。その強度は魔法使いでさえ場の改変が出来なかったほど、と伝えられています」
「魔法使いでも?」
魔法使いとは世界のシステムを改変してしまえる者のことだ。その者でさえ場の改変が出来なかった、というのは凄まじいことだとソラも理解出来たようだ。驚いた様に目を見開いていた。
「ああ……まぁ、魔法使いが滅多に居ないしよしんば居てもそんなことをする馬鹿が滅多に居ないから誰もがそうだ、と語り継いでいるだけだけどな」
「ノワールさんが試した、とかじゃないのか?」
「あいつ? 流石に魔法行使の許可は出なかったな。いや、出さなかっただけど」
「やろうとはしたのね」
「まぁな……とまぁ、それはさておいて。そんな感じで場がガッチガチに固められた場だ。基本的には正規の出入り口からしか入れない。あそこで無理ならもう何処にも集まれる場所はない、ってわけだ」
これで無理ならもう無理。若干の諦めさえ滲んだ様子に、ソラも本当にこれ以上はないのだと理解する。
「でもどうやって行くんだ?」
「行くのは簡単だ。ベルが鍵を使えば良いだけだ」
「異空間ってわけか」
「そ……で、あっちから招くなら入れる様にはなっているし、元々統一王朝の加盟国にはその『扉』を開くためのマーカーみたいな魔道具が渡されている。さっきセレスの言った初代統一王はあそこを議事堂に使われていたことがあるからな……今も捨ててなかったら、だけど」
「捨ててたら?」
「ウチかレジディアに頭下げろ」
「あははは……」
統一王朝が何年も昔に滅んだ以上は仕方がないことではあるかもしれないが、それでもそれしかない以上は頭を下げるしかないだろう。ソラはある程度はそうなるだろうと思いながら、少し苦笑いを浮かべるだけであった。
「……ま、そういうわけだしベルだとウチには来れるからな。政治的にあんま外に出れないが……ウチなら良いだろうとはなる。だから特に準備とかは必要ないが……万が一会議の場に出るとかあったら困るから礼服とかだけは用意しておいてくれ」
「おう……用意しといて良かった……」
万が一の場合にはそういうこともあるかもしれないだろう。ソラはカイトの言葉にそう思いながら、すでに準備を終わらせていた自身の先見の明に胸をなでおろす。そうして、一同はそうなると特にやることもなし、と会議の開催までの間はいつもどおりの日々を過ごすことになるのだった。
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