第3416話 はるかな過去編 ――会合――
世界の情報の抹消。世界の崩壊さえ招きかねない事態の発生を受けて、その収拾に乗り出すことになったカイト。そんな彼はソラ達と共に戦力の再編成により放棄された古い砦に潜む『狭間の魔物』が様々な生き物を取り込んだ融合個体を用いた実験に参加。その結果、融合個体は世界の外側と内側に何かしらの情報を発信していることを掴むこととなる。
そうして次はその対応に臨むことになるのであるが、世界の外側という対応が難しいものはともかくとして内側に対応を、となったわけであるが、その内側に向けた情報が届いたらしき場所は事もあろうに<<七竜の同盟>>、エザフォス帝国、魔族の三者が小競り合いを繰り返す厄介な場所であった。
というわけでここから先は敵も行動を本格化させるだろうという推測も相まって本格的に対応するべく、<<七竜の同盟>>の連名で大陸全土へと檄文を飛ばして事態の収拾に向けた協力を呼びかけていた。
「流石は大精霊様……という所か。カイト、骨を折った甲斐があったな」
「ありがとうございます」
アルヴァの言葉にカイトが頭を下げる。これにアルヴァが頷いた所で、部屋の扉がノックされて文官が入ってきた。
「うむ……ああ、そこへ置いておけ。封筒の様式で何処のかはわかった。中身は見ずともわかる……はぁ。どうせ今日だけでもまだまだ来るだろう。よほどでない限り、ある程度まとめさせる様にしろと伝えろ。逐一処理をしていては時間が到底足りん」
「は、はぁ……そうお伝えします」
「そうしてくれ」
なにせエルフやドワーフというの大精霊の名を使って嘘を記せば血の雨が降りかねない存在が名を連ねた檄文だ。その効果は凄まじかった。
その中身が喩え大精霊が直々に言葉を発するとあっても誰もが与太話と笑うことは出来ず、国によっては議会をすっ飛ばして王様の独断で参加を表明した国まであるほどであった。
というわけで朝から次々と寄せられる参加表明の報告にアルヴァも少し辟易としていたほどであった。そうして報告の頻度を落とす様に命じた彼はこの重要な会合への対応を考える。
「ふむ……あれを出すのも良いが……流石に此度の案件で出すにはまだ幼いか」
「ラスティ殿下のことで?」
「うむ……あれに実績を積ませるのも良いかと思ったが、流石に此度の案件でそれをすればレイもあまり良い顔はせんだろう。あいつも自分で来るだろうしな」
「そうされるかと」
ラスティというのはヒメアの弟で、正確な幼名はラスティアという。シンフォニア王家の直系では唯一の男子であった。
シンフォニア王家では王位継承に男が優先されるということはないが、それでも流石にまだ幼名も取れていない王子を今回の矢面に立たせるのは確かにマズいだろう。というわけでふと頭に浮かんだ考えを自分で切り捨てたアルヴァはカイトの同意に頷くと、改めて今回の対応を考える。
「うむ……直に出るのは良いが、これが敵の思惑でなければ良いとも思うのだがな」
「先の魔族共の侵攻の様に、ですか」
「そうだ……あれで我らは酷い目に遭った。失ったものはあまりに大きく、そしてまた多い」
アルヴァの脳裏に浮かんだのは自身の腹心中の腹心にして、眼の前の若き騎士の養父だ。先代のマクダウェル卿を筆頭に、王国でも最古の騎士団の一つを魔族による奇襲で失ったのだ。
その息子達が無事であったのでなんとか立て直せたものの、あの戦い以来十年近くぶりに大陸全土の国々の使者が集うとなればその再現を危惧するのは無理もなかっただろう。そうしてあの事件を思い出して苦い顔をしていた彼がカイトに問いかける。
「……誰もおらぬから言うがな。カイト、そろそろヒメアを娶る気はないか」
「陛下……唐突なお戯れもほどほどに」
「戯れではない。レックスくんも結婚した。そろそろお前にも世継ぎを考えてもらわねばならん年頃だ。同盟の国々もそれを望んでいる」
やはり脳裏に古くからの友が死んだ光景が浮かんでいたからだろう。その立て直しが出来たのはカイトやクロードという次世代の騎士が育っていたからこそであると王としてのアルヴァは理解していた。そして今は戦国乱世で、カイト達こそが切り札だ。
一人でも多くの血を残してもらわなければならないという王としての心情と、娘を想い人と添い遂げさせてやりたいという親心は無理もないことであった。とはいえ、流石に内々だから話しているとはいえ今すぐ決めろと言える話でもないことは彼も理解していた。
「……まぁ、これについてはヒメアのこともある。いや、それも考えればお前が無茶をし過ぎるから、ということもあるかもしれんが。本来お前の身であれば第二夫人第三夫人は娶らねばならんことぐらいわかれと言うに」
「そ、それは……あはは……」
「はぁ……わかっている。が、無茶もほどほどにしろ。王としては受け入れざるを得んが、父代わりを自負する身としてはどうにも胃が痛むことがないわけではない」
また始まっちゃった。カイトはアルヴァの親としての愚痴と苦言に苦笑いしか浮かべられなかった。とはいえ、アルヴァも自分が愚を言っていることへの自覚はあった。
「……いや、すまんな。少し仕事が疲れが出たか。王として出ろと言うのは俺だ。それで無茶をさせていることを詫びるべきで、お前に咎を負わせるべきではないな」
「いえ……それが騎士としての務めです。無理はしておりませんのでご安心ください」
「俺には無理をしている様に見えるがな……まぁ、それについてはお前の言葉を信じよう。レックスくんもいるしな……それはそれとしてもあれの嫉妬心だけはなんとかせねばならんことではあるのだが。さりとてあれを前線に出すなぞもっての外でしかないが」
外向きには聖女と称えられる自身の娘を誇りに思わないわけでもないアルヴァであるが、その彼女の嫉妬心と独占欲が非常に深いことは彼にとって悩みのタネでもあった。
しかしその原因がなにかと言うと幼き頃から最前線で戦い続けることと、何故かその近辺に美姫が多いことにあることは誰でもわかった。
しかもその美姫の大半が自分がしたくとも出来ない共に並び立つことが出来る者たちなのだ。当人が歯がゆく思うのは無理もないだろう。とはいえ、来られては困るのはカイトも一緒だった。
「私としても前線に来られては困ります。確かに姫様は並ぶもの無しの結界の使い手ではあられますが……それでも護るべき主君に常に後ろにいられては私の胃も保ちそうにありません」
「ははは。そうだな。うむ。俺とお前の胃のためにあれにはこのまま後ろで引っ込んでもらうこととしよう」
それでも必要であれば出さねばならないことはアルヴァもわかっているが、必要がなければそうする必要はないのだ。というわけでカイトの言葉にアルヴァも笑って、そしてそれで気が紛れたのか彼はずれていた話の軌道修正を行う。
「……それでだ……兎にも角にもどうしたものか。もしこちらの戦力を一堂に介することが敵の思惑であれば、備えはしておかねばなるまい」
「さりとて全軍を集めるわけにもいかぬでしょう。もしそれが目的であれば、王都が危機に瀕する」
「何より集まれる場もなし、か。頭の痛い問題だ」
今回集まる場として選ばれた場所を思い出しながら、アルヴァは敵への備えをどうするか頭を悩ませる。
「幸いといえば幸いなことは此度の一件、魔族側も協力しようとしていることか。そういう意味での奇襲はないのは助かる」
「は……奴らとて大精霊様が顕現される場へ襲撃することがどのような事態を招くかは理解しているでしょう。せっかく中央を崩しこちらの足並みを乱したというのに、それでは意味がない」
「うむ……だからこそ尚更、大精霊様さえ敵に回すという此度の輩は恐ろしくさえあるが」
大精霊を敵に回すとどういう事態になるか。それはこの現状こそが答えだろう。戦国乱世を一時的とはいえ止めて、挙げ句侵略者たる魔族さえ、この案件は別と協力の姿勢を見せるのだ。その選択は間違いなく常軌を逸していた。
「カイト。大精霊様のご助力は頂けそうか?」
「……おそらく可能かと。情けない話ではありますが、未来の私の縁はそれだけ強固なようです。万が一の場合、願い出ることは不可能ではないかと」
「もしやすると、大精霊様がお言葉を発せられるのはそれ故やもしれんな……」
「あり得る話です。此度の一件、我らを一網打尽にするには丁度良い。ですがそれは精霊様にとって都合の悪い事態です。ソラ達に来る様に命ぜられたのは、おそらく介入出来る様にされるからかと」
アルヴァの推測に対してカイトもまた同意する。そんな彼に、アルヴァはこの世界に住まう者であれば誰もが知ることを口にする。
「大精霊様は世界の危機に動かないのではない。動けないのだ、か」
「は……あの方々の直接の介入は即ち天変地異。故に我らに命を下される。そしてお力をお貸しくださる……此度はお貸し頂けるかと」
大精霊とは世界のシステムを司る、世界そのものにも等しい存在だ。この世界において最高位の存在と言える。だがだからこそ彼女らの少しが人にとって天変地異となりかねなかった。それはこちらも困るし、だからこそ大精霊の契約者という存在があるのだと誰も考えていた。
「うむ……大精霊様をあてにするというのは不謹慎極まりないことであるが」
「そうせねばならぬ以上、致し方がないことであるかと」
「そうだな……」
そうしなければならない。アルヴァも最終的にカイトの言葉に道理を見たようだ。万が一の場合は、とそれを前提に非常時の対応を構築することを決める。そうして、彼らは会合までの時間を最大限活用し、敵への備えを進めることにするのだった。
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