第3415話 はるかな過去編 ――招集――
世界の情報の抹消。世界の崩壊さえ招きかねない事態の発生を受けて、その収拾に乗り出すことになったカイト。そんな彼はソラ達と共に戦力の再編成により放棄された古い砦に潜む『狭間の魔物』が様々な生き物を取り込んだ融合個体を用いた実験に参加。その結果、融合個体は世界の外側と内側に何かしらの情報を発信していることを掴むこととなる。
そうして次はその対応に臨むことになるのであるが、世界の外側という対応が難しいものはともかくとして内側に対応を、となったわけであるが、その内側に向けた情報が届いたらしき場所は事もあろうに<<七竜の同盟>>、エザフォス帝国、魔族の三者が小競り合いを繰り返す厄介な場所であった。
というわけでここから先は敵も行動を本格化させるだろうという推測も相まって本格的に対応するべく、大陸一丸となっての行動を決めたカイト達はそれぞれの形で大陸の国々を動かす方策を打つことになり、カイトはシルフィードからの協力を取り付けるに至っていた。
『……』
この親友がここまで言葉を失うのは十年ぶりかもしれない。カイトは事の次第を聞いたと共に目を見開いて口を開けたまま何も発しないレックスを見てそう思う。そうして数分。その意味を何度も咀嚼しては吐き出し咀嚼してを繰り返し、ようやく事態を彼も飲み込んだ。
『……未来のお前、マジで何やったんだ? 大精霊様が直々にお言葉をくださる……? いや、確かに今回の事態は大精霊様より頂いた神託だ。俺達もそれだけの事態と判断して動いている。だが、だ。今までそんなことが歴史上あったか? 顕現なら確かに何度かある。だが人の集まりに顔を出す? ……それこそ伝説を含めて、聞いたことはないぞ』
「我々ハイ・エルフの歴史でも一度もありませんでしたよ。おそらく万単位の歴史を見たとて、なかったでしょうね。それこそ開祖マクダウェルの頃でさえあったかどうか……」
伝説でさえ聞いたことのない事態。レックスの言葉にサルファもまた僅かに顔を青ざめさせながらも同意する。そんな二人に、ノワールが告げた。
「それは普通には無理だから、ということで片付くと思います。大精霊様の顕現には聖域に類する大規模な場の改変が必要になる……本来は、ですが」
「その実験動物見る眼で見るのやめない?」
「え? あ、見てました?」
「見てましたね!」
「いやぁ、お兄さん常々変な体質というか変な性質持っているとは思っていましたし、近頃は慣れていたのですっかり忘れかけていましたけど……本当にどういう存在なんですか? 大した場の改変も無しに大精霊様が顕現出来るとか。お兄さんそのものが聖域となるとか? ちょっと興味ありますね……」
「たからマッドサイエンティストの眼で見るんじゃねぇよ! てかオレが知りてぇよ!」
実のところ、ノワールはカイトをその特異性の面から時々調べたがっていた。なにせ彼は一度目の魔族の侵攻においては呪いの爆心地とも言えるシンフォニア王国の王都に居たにも関わらず圧倒的な格上が放った石化から免れ、本来はシンフォニア王家の者しか出来ないはずの夢幻鉱で出来た双剣を使いこなすのだ。謎が多すぎた。
そこに今度は来世では大精霊達まで軽々動けるというのだ。ノワールが久方ぶりに興味を見せたとて不思議はなかった。というわけで少しだけ狂気の滲んだ彼女にカイトが声を荒げるが、そんな彼女にサルファが呆れていた。
「ノワ。それは後にしてくれないかな……とりあえず大精霊様が来られるんだ。それについて話さないといけない」
「……そうだね。とりあえず元老院はなんて?」
「今大神官様が元老院議長に報告しているけれど……泡を食って倒れていないか心配な所はあるね。でも答えなんて最初から出ている。大精霊様が直々にお言葉を話されることが確定しているんだ。大神官様と元老院議長が直々に出るだろうね。議会の承認なんて必要もないだろう。エルフであれば誰に聞いても逆に議論の必要性を問われるはずだ」
「議長とスイレリア様……大神官様が一緒に、か。しかも元老院の議決も不要。これまた歴史上一度もなかった事態かね」
サルファの推測に対して、何がなんだかという様子でカイトは肩を震わせる。無論、全員がそれだけの事態なのだということは知っている。知っているが、理解が及んでいなかった。というわけでそんな彼らにレックスもため息混じりに頷いた。
『だろうな……もしかすると事態を一番軽んじていたのは俺達の方なのかもな』
「かもなぁ」
なにせ魔族側は大魔王が直々に指示し、大将軍達が進軍を停止させているというのだ。今に至ってようやく一丸となろうとするカイト達の方が事態を軽んじていた、と言われても無理はないかもしれなかった。無論大精霊達はカイト達が民の混乱を避けるべく情報収集に務めていたことは知っているし、その重要性は知っているので何も言わないが、だ。
「……まぁ、良い。今更どうにかなる話でもないしな。ま、とりあえずだ。それを有効活用してくれ」
『信じられるか? 気が狂ったと思われるぞ』
確かに、大精霊が顕現するという話は今までなかったわけではない。だが大精霊が直々に各国の使者が出席する会議に顔を出して協力を求めるなぞ有史上一度もなかった事態だ。
与太話にもなり得ない話をされて、挙げ句話す内容が世界の危機だ。フェリクスのように事態を直に触れたならまだしも、普通に考えれば信じられる余地なぞ何処にもなかった。だが、だ。それでも嘘になり得ない名が、この『黒き森』には存在していた。
「であれば、我らもまたその文に名を連ねましょうぞ」
「「『議長閣下』」」
レックスの言葉に口を挟んだのは、元老院議会の議長だ。規律と規則の絶対的な守護者にして、大神官と並んで大精霊に仕えるエルフ達の総トップの一人だ。そして、もう二人。この名が加われば絶対にどの国も与太話と判断されない人物が一緒だった。
「父上」
「うむ……話は聞いた。まさかこのような些事に大精霊様のお手を煩わせることとなるとは……」
「陛下。些事にはございません。なればこそ、大精霊様も我らの前でお言葉を発せられると告げられたのです」
「いや、本来は些事と出来るべきであるのだ。それが出来ぬ我が身が口惜しい」
スイレリアの苦言に対して、サルファに父上と呼ばれたエルフの男性が悔しげに肩を落とす。顔立ちはサルファに似て少し童顔だが、それでも非常に見目麗しい男性であった。そんな彼に、サルファが口を開く。
「父上。今は嘆く時ではないかと。我らがこうして嘆く時もまた、大精霊様にお待ちいただくことになります」
「うむ……レックス殿下。久方ぶりだ」
『久方ぶりでございます。本来であれば、このような映像越しではなく直に顔を合わせられれば良かったのですが……』
「うむ。私も叶うのであれば、かつての様に君とストラテゴやチェスなどを交わし語らい合いたい所であるが。先の勝負も付かぬままであるからな。確かd6へ君が謎の一手を打った所であったか。あの意図がようやくこの間掴めた所でな。返しの一手に良い手を思いついたのだ」
『そう言えばそんなこともありましたか』
「人の世は流れるのが早いな」
レックスの言葉にエルフの王が笑う。ちなみにこの話はまだ平和であった頃の話なので、つい先日の様に話すエルフの王であるが実際には十数年も昔のことであった。レックスがそう言えば、となるのも無理はなかった。というわけで過日を懐かしんだエルフの王であるが、すぐに気を引き締める。
「……まぁ、それは横に置いておこう。殿下。使者を遣わす故、各国へ送る書に我らの名も添えて頂きたい。私の名を添えた書を嘘と断ずるのであれば、それはエルフを知らぬ白痴の者か敵に通ずる者だろう。ドワーフ達とて、我ら三人が名を連ねる事の意味は理解しよう」
『ありがたきお言葉。すでに書には我が父レジディアと盟友シンフォニア王の名も記すことで合意しております。そこに御身の名が加われば、疑う者なぞおらぬでしょう』
犬猿の仲たるドワーフ達が唯一エルフに対して信頼を置くことがあるとすれば、それは大精霊についてのことだ。それは二つの種族を知る誰もが口を揃えることであった。と、そんなところに。更に会話に加わる声があった。
『なるほど。間に合って良かったって感じか』
『フラウ。来てたのか』
『ああ、大将。勝手に入らせて貰って悪かったね。一応、大将の親父さんには許可を貰ったんだけど』
入ってきたのはフラウだ。本来通信中には入らない様にされているわけであるが、彼女は特例として立ち入っても良いことになっていた。レックスの関わる案件は大抵、彼女にも関わりがあるからだ。そうして話がし易い場所まで移動して、彼女はカイト達の側に居るエルフの王を見る。
『……サルファの親父さん。今回ばかりは、エルフだドワーフだは無しとしたい。それがウチの親父……ドワーフの棟梁の言葉だったんだが必要あるかい? もし渋るなら、親父が直々に話すとも言っていた所なんだが』
「……不要だ。大精霊様の前で眷属同士がいがみ合うなぞ、お互いに恥晒しでしかなかろう。それに我々が頭を下げるならまだしも、ドワーフの棟梁に頭を下げられでもしたらそれこそ末代までの恥だ」
フラウの問いかけに対して、エルフの王は少しだけむっとしながらもその言葉を受け入れる。まぁ、どちらも長い軋轢の歴史があるのだ。この程度はいつものことだった。
ちなみに頭を下げられるぐらいなら自分達が頭を下げる方が良い、というのは奇妙に見えるが彼らにとって不思議ではない。それは相手が奉ずる大精霊の言葉を軽んじているからだ、と言う理屈だからだ。というわけでそんなエルフらしい言葉にフラウが笑う。
『あっはははは。だろうね。ウチの親父も同じことを言ってたからね』
「……」
「ふふ……」
「サルファ」
「失礼しました」
基本的には古いエルフであるエルフの王に対して、流石に十何年も付き合いがあるのだ。しかも間にはカイト達まで居る。サルファは自分達が根っこで似ていることを嫌というほど理解しており、笑って流せるだけの余裕があったらしい。
そんな彼が思わず笑うのであるが、犬猿の仲たるドワーフの棟梁とまるっきり同じことを言っていることを知って渋い顔をしていたエルフの王に窘められ緩んでいた頬を引き締める。そんな親子に笑いながら、フラウははっきりと明言する。
『あははは……ま、てなわけで大将。ウチの親父の名前も加えてくれ。ドワーフにエルフ、それに勿論アイクの所も名を連ねるだろうから、これで嘘偽りと思うヤツは居ないはずだ』
大精霊の眷属の中でも特に名の知れた種族の、更にその中でも権威ある存在が今回の檄文に名を連ねるというのだ。しかもエルフとドワーフという犬猿の仲のトップ同士が連名だという。フラウの言う通り、これを嘘と断ずることは理論的に考えれば無理だった。
『わかった。陛下。それではこれにて』
「うむ。我らも会議には向かう。そこで会おう」
『はっ』
とりあえずこれで大陸中の国々から使者を集め戦力をかき集めることは出来るだろう。レックスはそう判断しながら、通信を終わらせる。そうしてそれから暫くの間、一同はそれぞれ出来ることをして会議に備えることになるのだった。
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