第3414話 はるかな過去編 ――証明手段――
世界の情報の抹消。世界の崩壊さえ招きかねない事態の発生を受けて、その収拾に乗り出すことになったカイト。そんな彼はソラ達と共に戦力の再編成により放棄された古い砦に潜む『狭間の魔物』が様々な生き物を取り込んだ融合個体を用いた実験に参加。その結果、融合個体は世界の外側と内側に何かしらの情報を発信していることを掴むこととなる。
それを受けたレックスが大陸全土に檄文を飛ばし協力を求めることになるわけであるが、その一方でカイトはというとその会議で今回の動きが大精霊達の指示を受けるものであることを証明するべくなにか証明になる物を大精霊達から手に入れられないか動くことになる。
というわけで彼は今の内に事務処理やら次の旅の準備やらを進めたいというソラの要望に沿って、この時代では公的書類の処理はしない方が良いと判断したセレスティアとその護衛のイミナを伴って『黒き森』へと赴いていた。
「そういえばここ暫く気になっていたことが幾つかあるんだが……スイレリア様を待ってる間暇だから聞いても良いか?」
「なんでしょう」
「ああ……まず1つ目。連合軍とかってそっちの時代にはないのか? 事態はもう全体陸に波及してる……そもそもそっちだと別大陸が発端だし魔界への扉も別大陸にあるって聞いてるが」
カイトがずっと疑問だったのはやはり全大陸を巻き込んでの同盟軍の結成が出来ているのか、という点だった。この時代のカイト達が苦戦させられているのはやはりその旗印になるべき統一王朝が魔族の暗躍により瓦解させられてしまった、という点が最大の要因だろう。
結果誰も音頭が取れず、各個撃破の憂き目に遭っているのだ。セレスティア達の時代に同盟の有無が気になるのは必然だっただろう。これに、セレスティアは苦い顔だった。
「……正直な所を言えば、出来ていないというしかありません。何度か統一王陛下が同盟を模索されてはいるのですが……」
「魔族達の暗躍で、か?」
「それもないわけではないかと。ただそれだけとは言い得ません。まだ大陸として、統一した政府の樹立が出来ていない大陸も少なくないのです。覇権国家があればまだ良い方……でしょう。その覇権国家の一つが狙われたわけではあるのですが……」
「なるほどね……」
元々魔族達の戦略性についてはこの場では誰よりもカイトこそが理解している。というわけでこの返答については彼も驚くに値しなかったようだ。
「じゃあ、次。魔界の扉が他大陸で開かれたことについて推測は?」
「おそらくこの大陸では侵略に失敗したから、でしょう。開祖マクダウェル……リヒト・マクダウェルと御身。魔族達とて何時御身らが戻られるかわからぬ状況で、時の大魔王をも退けた御身らによる不意打ちを受けたくはなかったのかと。しかも第二統一王朝の設立は魔族達の暗躍が原因にも近い。警戒もされている」
「しかもこの時代を知るスイレリア様はご存命だし、グウィネス殿も何処に潜まれているかわからない状況……確かに暗躍しようにも難易度は高いか」
この大陸は今の二度の侵略を地続きと考えても、最低二度は魔族の侵略を受けているのだ。しかも未来の世界では<<七竜の同盟>>が統一王朝を樹立していることを考えると、魔族達が何処より警戒されているだろう第二統一王朝を最後の敵と捉えていても不思議はなかった。と、そこまで納得した所で彼はふと気になったことが出たらしい。
「……そう言えばスイレリア様ってまだそっちの時代でも現役なのか?」
「それは……まぁ。あのお方はハイ・エルフですから……」
長寿の種族の中でも比較的長寿の部類と言われるエルフ達。その最上位種たるハイ・エルフ達の寿命はもはや永遠ではないかと言われている。というわけでスイレリアは数百年先の未来でも今の姿のままらしかった。そしてそんなものはカイトにとっても常識的な話でしかない。
「だよな……兄君のグウィネス殿って何をされているんだ? 流石にあの方が亡くなられるとは思えんが」
「……グウィネス……先代の大神官様ですか。そういえば何も語られておりませんね。そもそもこの時代の様に御身らがいらっしゃるわけでもありませんし、事態はすでに全大陸へ波及している状況……」
「ということはご助力を求めるとかはしていなかったのか」
「そもそもこの時代にご存命であられたことさえ把握しておりませんでしたので……」
そもそも『黒き森』に深い繋がりを持つカイトでさえグウィネスが存命であったことを知らなかったのだ。ここから更に数百年先の未来でまた再び歴史の闇に埋もれていても不思議はなかっただろう。
「そうかぁ……帰って探せるのなら探してみたら良いんじゃないか? 多分心強い味方になってくださると思うぞ」
「そうですね。ぜひ帰ったら探してください」
老婆心に近い心情で苦戦する未来の子孫達へと助言を与えるカイトに続けて、いつもの柔和な様子ながらも何処か強い力の籠もった言葉が響く。
声の主はもちろん、スイレリアであった。彼女はカイト達の要請を受けて、シルフィードへの謁見へ元老院への許可を貰う手配をしてくれていたのであった。
「スイレリア様」
「お久しぶりです……と言うほど時は経過しておりませんか、勇者殿」
「まぁ……我らにとっても久方ぶりと言うほどではないかと」
スイレリアと別れてからまだ半月も経過していない。一年も十年も百年も大差のないハイ・エルフからしてみれば半月とは人間の昨日あったという所であった。
「元老院の承諾は得られました。即応でしたよ。また大精霊様も貴方であれば喜んでお会いする、と」
「光栄です」
何度も言われているが、規則に煩い元老院であっても大精霊の意向はすべてに優先される。その意向で動くカイトが大精霊に会いたい、というのならば拒める理由はなかったようだ。元老院議長や議員達は議論の余地なし、と即座の承諾を示したとのことであった。
「では、こちらへ」
確かに会合の日までまだ日にちはあるが、だからとのんべんだらりと過ごしていられるわけではない。というわけでスイレリアがすぐに聖域へとカイト達を案内する。
そうしてここ暫くで何度目かになる聖域へと彼らは足を踏み入れて、以前と同じ様に風に乗って移動。シルフィードの待つ試練の間の手前まで移動する。そこではすでにシルフィードがエネフィアでの姿で待っていてくれていた。
「あ、来た来た。待ってたよー」
「ご無沙汰しておりました。直にご報告すべき所、ろくに顔を出せず誠に申し訳ございません」
「ああ、良いよ良いよ。大体は風か君との縁を介して把握してるから……僕ら大精霊の指示で動いていることの証明だね」
「は……何卒、ご助力頂けませんでしょうか」
基本的に大精霊達は今回の敵の様に世界側さえ欺ける相手でなければ、全知全能に近い権能を有するのだ。そして今回の相手は欺ける相手であったため、カイトを介して情報を入手出来る様にしていたのであった。というわけで、カイトの申し出にシルフィードは快諾を示した。
「もちろん構わないよ。そもそも僕らの指示で動いてもらっているんだからね。でも面倒だよねー。こういう時、未来の君なら証明なんて必要ないんだけど」
「必要がない、ですか」
「うん。未来の君だったら僕らを召喚してしまえばそれでおしまいでしょ? こんなやり取りなんて必要ないし、僕らを呼ぶのに特殊な手段なんてのも必要ないからねー。今の君だとそれが出来ないから面倒この上ないわけだね」
「は、はぁ……」
やはり未来の自分は今の自分から見ても色々とぶっ飛んだ存在で間違いないらしい。楽しげに笑うシルフィードに、カイトは困惑気味であった。
「まぁ、でもないものをねだった所で仕方がない。さて、こうする場合、どうするのが一番だろう?」
「手紙かなにかそれに類する物を頂ければそれで大丈夫かと」
「うん。それも良い手かもね。でも一番楽で確実な手で行こうか」
「楽な手……ですか」
「うん……単純な話だ。僕らの指示であることを証明できれば良いんでしょ? じゃあ、僕らが出ていけばそれで済む話だ。違うかな?」
「っ」
一番確実かつ本来であれば不可能なはずの大精霊の顕現。それがなされたのであれば、もはやどの国さえ一切の異論なく今回の神託が事実であり、その無視は不可能と判断せざるを得ないだろう。
そして同時に、もし顕現すれば一切の議論なく合同軍を興すことも出来る。今回の事態が如何に重要かを示すのならば、それは何より簡単かつ確実な方法だった。そうして思わず息を呑み言葉を失うカイトに、こちらも驚きながらではあったがスイレリアが問いかける。
「よろしいのですか? 御身の顕現なぞ、有史上滅多にあったことではありません」
「滅多にない、であって皆無や絶無であったわけじゃないさ。それに今回の事態は間違いなく世界の崩壊さえ招きかねない。喩え僕らが出てでも今回の事態は解決しないといけない事態だ。違うかな?」
「いえ、その通りかと存じます」
「うん。ならそれで決定だ。僕らが出るよ」
スイレリアの同意にシルフィードが頷いて決定を下す。そうして証明手段について決定された所で、カイトが深々と頭を下げる。
「恐悦至極にございます……それでそれはどの様にすれば?」
「ああ、それは問題ないよ。この間ソラも一緒に君と共に会合に行くと言ってたから、それで大丈夫。前に言った通り、君と彼らが合わされば僕が顕現出来る土壌が比較的簡単に構築出来るからね……まぁ、それは言う必要はないんじゃないかな」
どうやら図らずも大精霊達が顕現出来る土壌が出来上がることになっていたらしい。カイトはシルフィードの言葉にそう理解する。というわけで証明について結論が出た所で、シルフィードがしかしと苦い顔で告げた。
「でもうーん……少し気を付けて。モルテという死神が見抜いた場所だけど、僕らでも何が居るか見通せない。どれだけ厄介かとかがわからないんだ」
「情報が消されている、と?」
「ううん……これは多分なんだけど、奴らが融合するのはこの世界の存在に擬態するためというのがあるんだと思う。でもそれは偽装だ。正確な情報が掴めない。そうやって、僕らからも身を隠していたんだろうね。弱い個体ばかりだったのは、おそらく僕らに警戒させないためだろう。強ければ強いほど、僕らもそれに意識を割く。弱ければ弱いほど、僕ら……ううん。世界そのものも問題と認識し難い」
「なるほど……」
今まで何故『狭間の魔物』が融合するかわからなかったカイトであったが、シルフィードの言う通りそれが世界に警戒されないための偽装工作であると言われれば納得出来た。
「うん。だから君がエザフォスで見た融合個体。あれは僕らから見たら非常に……それこそまるで湖に垂れた一滴の墨汁の様に薄くこの世界ではない気配を感じる程度になってしまっていたんだ。それはもはや時折偶発的に発生するバグなのかどうかわからない程度にね。そうなると、いくら僕らでも対応は難しい」
「だから北に居る個体がもし融合個体であるのなら、どういう状況になっているかわからないと」
「そういうこと……頼りなくてごめんね」
「いえ……事前に警戒するべき、という点と何故御身らが察知出来ないかが理解出来ただけ十分です」
シルフィードの謝罪に対してカイトは一つ首を振る。そうして会合における大精霊達の神託の証明をシルフィード当人から取り付け、その後は少しの間今後の方針などを話し合いカイト達は再び聖域の外へと戻っていくのだった。
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