第3409話 はるかな過去編 ――危ない橋――
世界の情報の抹消という世界さえ滅ぼしかねない事態の発生を受け、事態の収拾に乗り出すことになったカイト。彼はソラ達と共に様々な地へと調査に赴くことになるのであるが、北の帝国ことエザフォス帝国に赴いた帰り。女魔族のイヴリースからの情報提供を受けることになり、一旦調査を切り上げてシンフォニア王国の王都へと帰還する。
そうして魔族達からの情報を受けて少し危ない橋を渡ることを決めたベルナデットの要請を受け、彼は今度は『狭間の魔物』の一体を捕獲するべく動くことになっていた。
というわけでソラ達と共に王都から少し離れた場所にある老朽化と戦力の再編により放棄された古い砦に潜んだという『狭間の魔物』を捕獲した彼はそれを専用の荷台に載せて、南にあるシンフォニア王国とレジディア王国の国境沿いではあるものの、ほとんど人の寄り付かない僻地まで移送していた。
「……なんていうか何もない場所……だな」
「まぁ、こんな実験をするんだ。僻地も僻地じゃないと危なっかしくてやってられん」
「そりゃそうだけども」
エドナに乗るカイトと並んで御者をしていたソラは周囲に何もないまま一日が過ぎつつある様子に少しばかり拍子抜けした様子を見せていた。
「でもなんでここら、こんな何もないんだ? 一応は国境沿いだし、見たとこ平野部っぽいよな? もうちょっと栄えていてもおかしくはないと思うんだけど……」
「ああ、ここらは魔族の制圧地に近いんだ。だから危険ってことで疎開が進んだんだ。実際、何度か大きな戦いがここらで起きてたりはする。なにもない、ってよりも何もなくなったが正解かな。昔は中央に近いから、結構大きな街もあったりはしたんだが……」
「え?」
何処か困ったようなカイトの返答に、ソラが目を丸くする。そんな彼にカイトは笑った。
「あはは……ま、今回は魔族側も干渉してこないだろうという判断だ。事態が事態だし、どちらかというと向こうも情報が欲しいだろうしな」
「ってことは今回の実験って……」
「一応は掴める様にはしてある……らしい。で。大魔王様とやらが動いているのなら要らぬちょっかいは掛けて来ないだろう、って判断だ」
ソラの推測を認め、カイトは今回の作戦が立案された理由を口にする。そしてここらがあるからこそ、ベルナデットは魔族の介入ないものと判断。実験を決めたのであった。
「ま、それに……もしちょっかいを掛けてくるのなら向こう側に協力の意思はないっていう話にもなる。鼻先で実験をやってそこらを確かめる意味もあるんだろう」
「なるほどな……どっちにしろお前らの騎士団がいりゃ大抵はなんとかなりそうでもあるか」
「ああ……まぁ、こう言っちゃ何だがあそこらはでかい戦略兵器がある場所じゃない。北の砦みたいなな。本当に何もないから、ある意味では安全は安全なんだ」
やはり危険な実験をする以上は色々と大変というわけか。ソラはカイトと話しながらそう思う。というわけで話しながら進むことしばらく。なにもない荒野にぽつんと大きめの野営地が現れた。
「……来たか。団長!」
「おう!」
どうやら周囲を警戒していたらしいグレイスの声に、カイトが手を挙げて応ずる。そうして彼の到着を確認したグレイスの指示により騎士団の魔術師達がやって来て、捕縛した『狭間の魔物』を回収作業を開始する。
「団長……これが?」
「ああ……一応多重に封印措置は施している」
「わかりました。アマシロ。荷台の締結を解除するから、御者席から降りてくれ」
「あ、うっす」
やはりカイトとの関わりがあるからか、騎士団の魔術師達の中にソラを知る者もちらほら居たようだ
。ソラはその指示に従って御者席を降りて、声を掛けた騎士に席を譲る。そうしてそちらに席を譲ると同時に、魔術師達が封印などの強化作業に取り掛かるべく荷台を覆っていた大きな布を取り払った。それを見て、グレイスが苦笑いを浮かべる。
「これはまた……直に見るのは初めてだが……あまり直視したい見た目ではないな」
「北の帝国で見たのはもっと醜悪だった。こいつはまだ良い方だな」
「これでか」
所詮魔物は魔物と言ってしまえばそれまでではあるが。グレイスはそう思いながらもやはり生理的な嫌悪感は抱かざるを得んな、と苦笑いだ。と、そんなこんなで引き渡したり用意されていた結界を更に強化したり、としていると報告を受けたらしいレックスが野営地の中からやって来た。
「おう、カイト。お疲れ……あ、モルテさん。お久しぶりです」
「おや、英雄くん。そう言えば英雄くんの方は本当に久しぶりさね」
そもそもカイト達が冥界に向かうのはシンフォニア王国の方が冥界の入口に近いから、という所がある。そして何度か言われているが、モルテは仕事で出た際に街に繰り出したりしている稀有な死神だ。カイトと遭遇することも少なくなかった。一方でレックスはこれでも他国の王子になるのでタイミングが合わなければ一年ぐらい会わないことも珍しくないらしかった。
「前は一年前ぐらいでしたか」
「もうそんな立つかね。でも確かに前に会った時はうだるような暑さだった気はするし、そんなもんかねぇ」
「だったかと。ああ、今回はご協力ありがとうございます」
一応モルテは冥界神の指示を受けているとはいえ協力してくれている側だ。なのでレックスが頭を下げる。ちなみに彼が丁寧語なのは相手が死神という神族であり付き合いがあまりないことが大きかった。というわけでそんな彼に、モルテの方はいつもの塩梅でからからと笑う。
「あぁあぁ、気にしないで良いよ。別に私の方も上に言われて手伝ってるだけだし、世界の危機って面で見ればこれもお仕事だしね」
「ありがとうございます」
「……おし。で、挨拶終わった所で聞きたいんだけど、状況は?」
「っと……そうだな。状況を話すとするか」
一応は挨拶が終わるまで待っていてくれたカイトの問いかけに、レックスが気を取り直して踵を返す。というわけで野営地に向かうことになるのだが、その前にカイトが問いかける。
「っと、それは良いんだけどその前にソラ達はどうする? なにか手伝わすことがあるならさせるけど」
「ああ、皆は休んでおいて良いよ。ここ一週間ほどは移動やら戦闘やらでいそがしかっただろうしな」
「良いんっすか?」
「ああ……それに実験がどう転ぶかわかんないし、転び方次第だとデカい戦いになるだろうしなぁ……」
「……え゛?」
それは考えていなかった。実験だし今回は融合個体を使うのだから危険はあるだろうとは思っていたソラであったが、レックスが警戒するほどの大きな戦いが起きる可能性があるとは想像していなかったらしい。彼の言葉に思わず目を丸くしていた。
「あはは……いや、そうならないことを願いたいけどな」
「っすねー……わかりました。それだったらお言葉に甘えさせて貰います」
「おう……で、俺らはここから会議と」
「オレらもお休み欲しいな、そろそろ」
「あっははは。まーじな」
ソラ達に休ませるわけであるが、カイトとレックスに休みはほぼあってないようなものである。というわけでソラ達に背を向けると、二人――モルテも一緒だが――は野営地の中心にある少し大きめのテントへと足を向ける。
「あ、そうだ。そういえば英雄くん。結婚したんだって? おめでと」
「あ、ありがとうございます」
「おうおう。流石にご祝儀をウチの上司が送っちまってたから私個人でなにか送ってやんないけどそこは許してくんな」
「あはは。大丈夫ですよ。お礼が面倒になるんで」
「あはは。そこら、英雄くんも大変だねぇ」
やはりあけっぴろげに言える程度にはレックスもモルテと付き合いはある。というわけで一年ぶりの再会とあって色々と話題は尽きないわけであるが、そんな雑談を繰り広げていると比較的大きめの野営地とはいえあっという間に中央のテントまで到着した。そこではすでに二つの騎士団の最高幹部。二つの四騎士達が勢揃いしていた。
「こうやって全員が顔を揃えるのは久しぶり、か」
「前の『銀の山』でも全員は揃いませんでしたからね」
「そうだなぁ……ぶっちゃけレックスの結婚式でも勢揃いしてないもんなぁ……何時ぶりだ? 全員揃うのって」
クロードの言葉にカイトが何処かしみじみとした様子でそう問いかける。これにルクスが答えた。
「全員揃うのは大体6ヶ月ぶりかそこらですね。ハヤトと最後に会ったのがそれぐらいだった記憶が」
「言われてみれば顔をあわせるのは久しぶりでしたね。連絡は取り合っていたのでその感覚がまるでなかったですが」
「ええ……ああ、そう言えば。あの時はありがとうございました」
「いえ。いつぞやの借りを返したまでです」
やはりいくら同盟を結んでいる国の騎士団同士であれ、両者共に国の切り札にも近くそれぞれが別の案件を抱えていることは珍しくなく一堂に会することはほとんどない。
一応個々に会ってはいるし必要に応じて使者を出して連絡を取っているので全員久しぶりという様子はなかったが、タイミングが合わなければレックスとハヤトの様に半年ばかり会うことがない事も珍しくなかった。
「あいあい。まぁ、そういう話は一旦後にして。とりあえず会議だ会議。お客さんも来てるしな」
「お客さん……おや、モルテさん」
「あいあい、ですです。レジディア組の皆さんはお久しぶり。お着物くんとかは下手したら一年以上ぶり?」
「着物じゃなくて陣羽織なのですが……」
「知恵の神じゃないんで見分けつかないねぇ」
「あははは……変わらないですね、貴方は」
モルテのいつも通りのあっけらかんとした様子に、ハヤトが困った様に笑う。ちなみにこのやり取りはもう何度目か、という所なのでモルテもわかりながら呼び方を変更するつもりはない様子であったし、ハヤトの方も諦めていた。というわけでモルテを交えながら現状の報告を行うことになるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




