第3406話 はるかな過去編 ――監視――
世界の情報の抹消。世界の崩壊さえ招きかねない事態の収拾に乗り出すことになっていたカイトはシンフォニア王国を始めとして様々な地を巡り情報を集めて回っていた。そんな中で北の帝国ことエザフォス帝国から帰還するわけであるが、そこで待ち受けていたのは大将軍達の指示書を携えた女魔族イヴリースであった。
そんな彼女から魔族が今回の一件を受けて進軍を停止することを決めたことを知ることになった彼はシンフォニア王国の王都に戻ると、次はベルナデットの指示に従って『狭間の魔物』を用いたなにかの実験に加わることになる。
というわけでソラ達と共に『狭間の魔物』の捕獲作戦に参加することになると、彼はいくつか見付かっている『狭間の魔物』の潜む場所の内、最も近い一度目の侵攻の後に老朽化により放棄された砦跡へと赴いていた。
「思ったよりボロボロになってないな。もっとボロボロかと思っていたんだが」
「野ざらしなだけだからな。魔物が周辺で暴れたりすりゃもっとボロボロになるが」
「そういえば魔物たちは人がいなければあまり暴れないんだったか」
「そういうこと……だから砦とかも思ったより原型は残る……それでもボロボロになってはいるけどな」
流石に十年近くも野ざらしにされ、何ら修繕がされていないのだ。砦の背後にある丘の上から見れる砦は天井や壁は大きく崩れていたし、人気は感じられなかった。
「ま、後は冒険者たちがここで雨宿りをしていることもあるようだ。ここらは来る時にわかったかと思うが、比較的宿場町から遠いからな。地竜とかの足があれば別だが、徒歩だと一泊二泊はよくあるらしい」
「らしいなのか」
「オレに関係あると思うか?」
「なるほど」
関係なさそうだ。瞬は振り向いた野営地にてセレスティアに背を撫ぜられ気持ち心地よさげなエドナを見て、カイトに徒歩での移動がほぼなかったのだと理解する。
そもそもマクダウェル家の本家では古くからの習わしにより幼少期に馬を一匹確保し、その後は何事もなければ死ぬまでそれを愛馬として共に過ごすのだという。マクダウェル家の騎士はほぼ移動に困ることはないのであった。というわけで雑談を交えながら砦を監視する二人の通信機から声が溢れる。
『カイト様。ロッシュ卿が状況の変化について問われています』
「ああ……今のところ変化は無し。だが……」
居るな。カイトの鋭敏な感覚は身を潜めるなにかの気配を感じ取っていた。
「確かになにか、いそうだ。それも一体や二体じゃないな」
『では、やはり?』
「ああ。おそらく『狭間の魔物』か、それと一体化した魔物たちだろう……ロッシュ卿に代わってもらえるか?」
『かしこまりました』
カイトの要請を受けて、イミナがロッシュへと通信機を手渡す。そうしてすぐに彼が応ずる。
『え? ああ、こう使うのか……すごいな……っと、マクダウェル卿。失礼しました』
「ああ……あはは。驚くでしょう?」
『ははは。ええ……それで御用のほどは?』
「ああ、申し訳ない……そちらがここの砦を封鎖する前後で砦に立ち寄ったのは?」
『誰一人として。事前に宿場町には通達を出しておりましたし……』
「だからこそ、動いた馬鹿は?」
『そこは微妙かと。奴らに気付かれるわけにもいきませんでしたし……』
「そうですか……」
ロッシュの言葉を聞きながら、カイトの顔が段々と険しくなっていく。これに瞬が問いかけた。
「なにか見付かったのか?」
「あれだ」
「あれは……うん? 板状の魔道具……の様子だが。それがどうしたんだ?」
「……ああ、そうか。そうだな」
瞬がわからないのは無理もないことだな。カイトは放棄された砦の近辺に落ちている魔道具を見ながらそう思う。
「あれは最近出た小型の情報記録用の魔道具だ」
「カメラみたいなものか?」
「いや、メモ帳みたいなものだ。出たのは今年の話だな。出回りはじめたのはこの数ヶ月だ」
「ということは、か」
「ああ……ロッシュ卿。今から送る映像の魔道具が最初から落ちていたか覚えているヤツは居ますか?」
『これは……今年最初の軍の制式採用試験に含まれていたものですね。ですが確かこれは不採用になったかと思うのですが……』
おかしいな。こんな物落ちていたかな。そんな様子でロッシュは訝しむ。
「ええ……覚えておいででしたか」
『姉から話を聞きましたので。確か性能は十分過ぎるものの、費用が高くなり上層部が戦費の高騰を厭って却下したのだったかと』
「そういう……ああ、それはそれとして。誰でも良いので確認して貰えますか?」
『わかりました』
最近になってようやく出回りはじめた魔道具が落ちているということは、可能性は二つしかない。ロッシュたちが封鎖に入る前に誰かがここに来たか、ロッシュたちの監視を掻い潜って入り込んだかだ。
あくまで彼らの任務は封鎖と『狭間の魔物』に気付かれない様に監視し、情報を集めることだ。なので夜の監視で照明を焚くことは出来なかった。闇夜に潜むことに長けた冒険者であれば、十分に忍び込めた。
そして今しがた見つけた魔道具を使う冒険者は限られていた。というわけでおおよその持ち主を察している様子のカイトに、瞬が再び問いかける。
「あの魔道具の特徴はなんなんだ? その様子だと知っているんだろう?」
「あの魔道具はさっきロッシュ卿が言っていた通り、一度は軍で採用が検討されたものでな……まぁ、さっきロッシュ卿が言った通り結論としては採用されなかったんだが、実は一部部隊では採用されている」
「一部の部隊?」
「ああ……比較的前線に近い所で諜報活動を行う者たちだ。諜報活動を行う者たちが長年頭を痛めていた問題、って知ってるか?」
「……エネフィアで言われていることなら、だが」
カイトの問いかけに、瞬はこちらの世界の問題であるのならわからないがと前置きする。これにカイトは笑って頷いた。
「それで良い。おそらく変わらないだろうからな」
「なら……えっと。聞いた話だと軍の諜報員達は不意の交戦になってしまった際に情報を記載したメモ型の魔道具の情報が消えてしまうことが問題になっていたと聞いたことがある。流石に無作為な魔術で消えるほどヤワでもないとは聞いたが……」
「そうか。そちらの魔道具は進んでいるな……まぁ、概ね正解だ。あの魔道具はその戦闘の余波による情報の破損に対して高い耐性を持っているんだ。だから前線に近い所で諜報活動を行っている部隊では使用されている。その分価格が高くなったから、全体への制式採用は見送りになったけどな」
「なるほど……そうなると……」
いくら諜報部といえここに来て入り込むとは思えない。ならばさっきのカイトとの会話をあわせて鑑みて、ここに訪れた者が何を考えていたかなどを瞬も察した。
「情報を専門に取り扱う冒険者……か」
「そういうことだな。軍が封鎖した、ということは封鎖するだけのなにか理由があるということ。だから封鎖した原因を調べてそれを売って一儲け、と考えている馬鹿は何処の世界にもいるもんだろうさ」
「だろうな……ん? カイト」
「っと……ロッシュ卿」
どうやら話している間にそこそこの時間が経過していたらしい。通信機に着信が入り、カイトがそれに応ずる。
『マクダウェル卿。こちらで記憶力の良い者に確認を取りましたが、誰も最初はなかったと口を揃えております。また初日の写真も私の方で見直しましたが、やはり落ちていない様子です。申し訳ありません』
「いえ、構いません。もとより卿らへの指示はバレるな、ということ。下手に姿を晒して『狭間の魔物』を刺激しても面倒だ。もし来たのであれば、闇夜に紛れてでしたでしょうからね」
おそらく馬鹿な冒険者が闇夜に紛れて入り込んだのだろうな。カイトは若干の苦味がこみ上げるのを感じながらも、これが悪く影響しない様に願う。
『ありがとうございます……ですがあれが融合を仕掛けるのであれば、要らぬ知恵なぞ付けねば良いのですが』
「そればかりは我々にもなんともしがたい所でしょう……やはり明日の作戦はそのまま決行した方が良さそうですね」
『わかりました。こちらも準備を進めます』
「お願いします」
カイトの言葉にロッシュが応じて、再び準備の差配に入る。そうして再び監視に戻るのであるが、夕刻が近付いた頃に異変が起きることになる。
「……カイト」
「ああ……情報通りだな」
「まだ少し明るいが……そこは問題にならない、というわけか」
「だろうな」
瞬の言葉にカイトが一つ頷いた。二人が見つけたのは、砦の影からゆっくりと現れた骸骨型の魔物だ。しかしこの魔物に、二人は首を傾げることになる。
「できる……のか?」
「魔物である以上、できる可能性はあるんだろうが……」
流石にどうなのだろうか。出てきたのは骸骨型の魔物で、肉はないのだ。肉がないのに融合ができるのか、と問われればカイトも瞬もいまいち想像が出来なかった。そうして訝しむ二人の前で、骸骨型の魔物が砦の影の中へと消えていく。
「……呼び寄せられたのか、それとも巡回の兵士なのかはわからんが……どちらにせよ影響下にはありそうか」
「だな……やれやれ。こりゃ中は魔物で溢れかえっていることになりそうだな」
面倒は避けられそうになさそうだ。カイトは砦の中に消えた骸骨型の魔物を思い出しながら、そうため息を吐く。そうして二人はその後もしばらく砦の監視を続けて、何がこの砦にて起きているかを調査。明日からの突入に備えることになるのだった。
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