第3404話 はるかな過去編 ――危ない橋――
世界の情報の抹消。世界の崩壊さえ招きかねない事態の収拾に乗り出すことになっていたカイトはシンフォニア王国を始めとして様々な地を巡り情報を集めて回っていた。そんな中で北の帝国ことエザフォス帝国から帰還するわけであるが、そこで待ち受けていたのは大将軍達の指示書を携えた女魔族イヴリースであった。そんな彼女から魔族が今回の一件を受けて進軍を停止することを決めたことを知ることになった彼であるが、今度はその報告を受けたベルナデットの要請に従って動くことになっていた。というわけで、彼は一旦王都に戻って大休止とホームに戻っていたソラ達の所に顔を出していた。
「別のやり方……ねぇ。どんなのなんだ?」
「さぁ……オレらもベルの考えなんてわからんよ。ただレックス曰く、少し危ない橋を渡って頂くことになりそうですねー……とかなんとか」
「危ない橋」
良い予感はしない。ソラはベルナデットの口ぶりを真似るレックスを真似るカイトにソラは顔を顰める。そんな彼に、カイトが申し訳無さそうに笑う。
「悪いな。良い予感がしないのはオレも完全に同意するが……ただやらんわけにもいかん。現状手詰まり感があるからな」
「まぁ、そりゃ良いんだけど……具体的には何をするんだ? てか、俺達が役に立つのか?」
「役に立つかどうかは知らんよ。ただベルにはお伝えお願いしますねー、って言われたからお前らにも指示を伝えに来たってわけ」
「ふーん」
ここら、やはり未来のカイトとこの時代のカイトの違いは大きい。基本この時代のカイトには政治力がないため、どこか作戦に対して最悪は力技でなんとかするか、というやけっぱちな様子が見られた。
それに対して未来のカイトは政治を含めた手札があるので様々な手段が取れるので、きちっと裏まで把握していることが多かった。そこらは流石にこの数ヶ月の付き合いでソラ達も理解していたので、彼の何処かなげやりな様子にそんなものかとソラも先を促すことにする。
「で、俺達は何をするんだ?」
「とりあえず場所の確保をレックス達がやるから、オレ達には一体サンプルを確保して欲しいらしい」
「あれを?」
「ああ……懸念はわかる」
大丈夫なのか。そんな様子で問いかけるソラに、カイトは一つ頷いた。そうしてここしばらく王都を留守にしていた間でこちらで起きていたことを教えてくれた。
「どうやらこっちはこっちでいくつかの地点……調査隊が同じ様に『狭間の魔物』と遭遇していたらしい。被害もそれに伴って出たらしいが……」
「そうだったのか……被害って大丈夫なのか?」
「いや……流石に駄目だったそうだ」
そもそも今回の『狭間の魔物』が怪我を起点として対象と融合してしまうような化け物であるとわかったのはカイト達も旅に出た後だ。それ以前に調査に出ていた調査隊までその情報が行き届いたのはかなり最近で、どうしても犠牲者は生じてしまっていたようだ。というわけで苦い顔を浮かべつつため息混じりに首を振ったカイトであったが、すぐに気を取り直す。
「ただその中でいくつか有効策に似た物は見付けられていてな……モルテは覚えてるか?」
「あの死神って人?」
「ああ……彼女も今回の一件で別行動してくれていたんだが、そこで有効な結界が見出だせていたらしい」
やはり彼女は世界の末端たる死神という所なのだろう。カイト達では無理な手段で対策が取れた様子だった。
「死神ってのは何を言う必要もなく死を司る神だ。だから時に強固な結界を展開しなければならない場合もあってな」
「まぁ……死神だもんな」
「そういうこと……だから世界の隔離とかできるらしいんだ」
「そんなのできるのか?」
「できるらしい……死神と死神の神使やらに限定される<<隔絶結界>>? とかなんかそんな芸当ができるそうだ」
「なにそれ」
聞いたことのない結界だ。ソラはカイトの言葉に小首を傾げる。そういった手段があるのなら死神の神使たる未来のカイトが一度ぐらい言及していても不思議はないと思ったのだ。
「オレもよくは知らん。そんなものがある、ってのも初めて聞いたぐらいだ。ただ緊急時にだけ使用可能なそういう結界があるんだそうだ。対魔法使い用の結界にも近いらしくて、モルテのヤツも実戦での使用は初めてって言ってた」
「対魔法使い……」
それはまた凄まじい結界なのだろう。ソラは確かに今回の事態の首魁は魔法使いかそれに類する相手という推測があることを思い出し、それだからこそ彼女も使わざるを得ないと判断したのだろうと理解する。
「で、今回の捕獲にはその<<隔絶結界>>の使用を前提として、サンプルの調査を行うらしい。中から出さないでなにかを調べたいって話だそうなんだが……」
「中から出さないってことは肉片とかを調査、ってわけでもないのか」
「それも最初は考えられていたんだが、北の帝国での一件で肉片がこちらが削いだ物か『狭間の魔物』が意図的に剥離したものかがわからん時点でやめた方が良いってなったらしいな」
そりゃそうか。ソラはベルナデット達の判断について妥当と判断。それならと安心を浮かべる。
「確かにそっちの方が良いよな……わかった。できるかぎりならこちらも手伝うよ。俺達も大精霊様からそう頼まれてるし」
「助かる……それで目的地だが現在出ている調査隊のいくつかで『狭間の魔物』と思しき痕跡が見付かっている地点がある。その中のいくつかはすでに討伐されているが、まだいくつかは調査中だ。その中の一つにオレ達も向かう」
ソラの応諾を受けて、カイトはシンフォニア王国の地図を机に広げる。それにソラがふと疑問を口にする。
「そう言えば今回のヤツって融合したりできるんだよな? ならなんで各地で無作為に融合とか仕掛けようとしないんだ?」
「それについては推測が出ている……どうやら奴ら、素体としてはあまり強くはないらしい」
「……はぁ?」
先輩から聞いた話と違うようなんだが。ソラはカイトの言葉に顔を顰める。
「ああ、まぁオレや瞬が戦ったのはなにかと融合した個体だからな。あの軍医に融合した個体の強さはわからんが……ただ持ち運べるカプセルに収納できるから、強さは言うほどではないことは間違いないだろう」
「そっか……持ち運べるってことは強度もそれ相応にならないとならないのか」
「そういうこと」
持ち運べるということは地脈などのバックアップが受けられないということなのだ。必然としてイヴリース達が運んでいたカプセルの強度も察せられる。少なくともエザフォス帝国で戦った異形の化け物とは数段下と考えられるだろう。それはそれとして。だからとカイトは告げる。
「だから、という所なんだがどうやら最初は一体だけに融合を仕掛けると、それに擬態して巣を構築することにするようだ。で、途中で増やした個体と融合を仕掛ける……ってわけだ」
「なるほど。そう言えば魔族の報告書だかで強い相手に融合を仕掛けても逆に消される、って話だったよな。だから弱い個体にしか融合を仕掛けられず……かといって弱い個体に融合を仕掛けても弱いまま。お前とか強いヤツに見つかりゃ一巻の終わり……だから自分を守れる程度の力を確保しよう、って算段なのか」
「そういうことだろうな。だから大々的には動かず、まずは引きこもって力を確保というわけだろう」
「もしかしたら強い魔物とかに見付かって殺されてるパターンとかも多そうだな」
「だろうな。おそらく被害が今まで顕在化していなかったのはそこらもあるだろう……後は何も知らない冒険者が普通に倒してる可能性も高そうだ」
「それはあるだろうなぁ……」
確かに『狭間の魔物』が実態としては言うほど強くないのであれば、一旦融合を仕掛けて潜伏は当然の判断だろう。が、所詮は魔物。普通に討伐されている可能性は高そうであった。
「まぁ、それでも。融合個体が厄介であることに違いはないし、一発アウトの基準が明確でないことも事実だ。油断は出来ん」
「そっか……あ、悪い。話の腰を折った」
「良いよ。その話も若干絡んでたからな……で、そういうわけだからどうやら奴ら、廃墟だの洞窟だの見つかり難い場所に潜む習性があるようだ」
「確かにこの間の秘密研究所もある意味は洞窟か」
「そうだな……で、流石に今回は奇襲を食らうわけにもいかないから、かつて魔族の攻撃で放棄された砦に向かう。そこの地下に潜んでいる可能性が指摘されている」
「わかった……何時出発だ?」
「可能な限り早く……と言いたいがモルテが戻ってからだな」
今回の作戦の肝はモルテの<<隔絶結界>>とやらだ。彼女が居なければ始まらない。というわけで、一同は彼女が戻るのを待って再び王都を出発することになるのだった。
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